1話
__殺せ。その女を今すぐに裂き殺せ。
薄暗い空間の中、古びた丸椅子に腰掛けていた女は、確かにそう男に命令した。男の傍らには、まだ幼い少女が手足を縛られて放られていた。少女には確かにあどけなさが残っており、純情であるはずの瞳も心さえも、憎しみの炎で焼きつくされているようである。
「っ……、……」
口元は布で縛られており、ろくに喋ることもできない様子である。男は女の言っている意味が理解できなかった。そもそも聞き間違いかと思った程だ。何も抵抗出来ない相手を殺めるなどという命令もだが、それ以前に、女子供に手を出すこと自体が外道極まりないと言えるだろう。
「……どういうことだ? 何故俺がこの子を殺さなければならない。____というかどこなんだここは……?」
男は困惑した。勿論この状況にもだが、そもそも自分の現状が分からずにいた。一体今まで自分が何をしていたのかさえ分からずにいたのである。
「他のことは考えなくていい。五体満足の形で生きたいのならな」
女は冷ややかな目で男にそう答えた。男は悟った。この女は平気で自分を殺すつもりでいるのだと。
男は歯向かうことが出来なかった。自分の命が可愛く無い訳がない。整理のできない溢れ出す感情が男の体を動かそうとするが、それでも良心がそれを許さない。とどのつまり、男は少しも動けずにいたのである。
「分かっているだろう? もうお前に選択肢は残っていないんだ」
記憶がない。男は一触即発の状況でもそんなことを考えていた。理由は分からないが、きっと存在した幼き日の思い出、名前、出身地、全て脳に焼き付かれていない。自分が何なのか、どうしてこんなところにいるのかすら理解できずにいたのである。
「……お前がそいつを殺せば≪契約≫は完了する。まぁ、深く考えることはない。お前にはこれから何万とこのような仕事を遂行してもらうのだからな」
そう言うと、女は下賤な瞳で縛られている少女を見つめた。