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春の暖かな陽気が石造りの階段に立ち込める。寂れた神社に参拝に来る物好きなどは殆どおらず、酒田祐希は一人でぼんやりと石段に座り込んで物思いに耽っていた。
「あぁ、祐希君。今日も来てたんだね」
ふと背中に人影を感じる。ぼーっとしていたので気づかなかったが、どうやら叔父の俊介が降りてきていたらしい。
「部活も休みだったんで。ここの石段気に入ってるんですよね」
俊介はここの神社で神主をしている。親に強要された進学校で腑に落ちない高校生活を送っている祐希には、ここの石段は恣にできるオアシスのような場所と化していた。
「ちょっと車出すんだけど乗ってくかい? ジュース位なら奢るよ」
祐希が是非、と答えると俊介はゆっくりと石段を降りていった。幼い頃から見覚えのあるこの神社は、祐希にとって一番心の落ち着く場所であった。
車は祐希の自宅に近いコンビニに向かっていた。
窓の外を眺めていると、いきなりキィーーッという甲高い音が脳内に響いた。驚いてフロントガラス越しに景色を覗くと、どうやら前方で事故が起こったらしく、何やら若い男女と中年の男が揉めているようだった。
「もう少しで巻き込まれてるところだったなぁ。いやぁ危ない危ない」
俊介が呑気にそんなことを言ったので、祐希は少し笑みをこぼした。こんな狭い道でこれからどうしようかと俊介が呟くと、事故が起きているよりもっと前方から凄まじいスピードで一台の車が走ってきていることに気がついた。
あんなにスピード出して急ブレーキできるのかなぁと祐希も感染ったように呑気に考えていた。
しかし、車は止まる気配を一向に見せなかった。また、キィーーッという甲高い音が脳内に響いた。何故か目の前が真っ暗になり、一瞬電撃のように全身に痛みが走ったような気がした。
何が起こったのかかよく分からないまま、酒田祐希はその短い生涯を終えた。