月下線香
駅のホームで二人の人間が電車を待っている。
「夏といえば花火だよね」
わくわくした表情を浮かべて話す女。
一人の男がそれを聞きながら答える。
「そういえば花火なんて久しくしてないな。夜野は?」
夜野と呼ばれた女の子は、靴紐をいじりながら答えた。
「3年くらいしてないね。うーん、友達の少なさよ。新田は結構誘われるんじゃない?」
「いや、あんまり誘われないぞ。一回くらい誘われたことはあったけど断った」
電車はまだ来ない。
新田と夜野は大学の同級生で、現在二年生。
気の合う仲で、なんとなくつるんでいる二人だった。
「今度、花火買ってきてやってみる?来週とかさ」
靴紐を結び終わった夜野が言った。
「何かの記念にいいかもしれないな。何人くらいでやるんだ?」
「そうだね……」
夜野は椅子に座ったまま足をぶらつかせて答える。
「気を遣う友達ばっかりだから、新田と二人だけでもいいかな」
「二人きりか。まあ、変にストレス溜め込むよりは二人の方がいいか」
新田の反応に夜野が笑って言う。
「あら意外とあっさり。どうしましょう」
夜野は頬に両手を当て、首を左右に振る動作をしている。
「お前ってリアクションが時々面白いよな」
動作を見ながら新田が言った。
夜野は答える。
「いや、だって、新田とデートだし。乙女といたしましては、これはもう、大変なことですよ」
「悪いけどお前の期待には応えられないよ」
電車が来た。
翌週の日曜日、二人は人気のない公園を訪れた。手に花火のセットの袋をぶらさげて。
時間は夜だ。月が綺麗に出ている。
夜野が花火を広げられそうな場所を発見し、袋から次々と花火を出していく。
「うーん、青春だねぇ」
そんなことを言いながら。
新田も花火を出すのを手伝う。
花火を出し終わって、手軽な片手で持つタイプの花火を始めることにした。
二人で花火に火をつける。
激しい音を立てて花火が燃え上がる。
新田が燃える花火を見つめながら言った。
「懐かしいもんだな」
夜野も花火を持ちながら答える。
「子供のころは何にも考えないでやってたよね」
二人は次々に花火をつけていく。
3本目くらいになった所で、夜野がやや暗い口調で言った。
「新田、留学するんだよね」
新田は少し手を止めて、答える。
「ああ、2年ほどの予定だよ」
「だから私と付き合ってくれないの?」
夜野は新田を見つめている。
新田は目を逸らしながら花火に火をつけて言う。
「俺がお前に縛られるし、お前も俺に縛られるだろ。お前は綺麗だし、
俺なんかよりいい男が出来るよ」
「綺麗なんて言われたら私どうしていいかわかんないよ。縛られたっていいよ。私、待つよ」
「狭い世界しか見えてないから、お前はそう思うんだよ」
公園の風が二人の髪を揺らした。
夜野は少し泣きそうな顔をしながら言った。
「私、諦められないよ。好きだよ、新田のことが」
「ダメだ」
「新田は、私のことが、嫌いなの?」
「嫌いだったら花火なんて来てないよ」
花火が燃え尽きる。
新田は花火の中から線香花火を二つ選び、一つを夜野に渡して言う。
「少し落ち着こう」
椅子に腰かけ、線香花火を見つめる新田。
夜野も椅子に並んで腰掛ける。
そして呟くように言った。
「線香花火ね」
それから、新田の方を向いて言った。
「ねえ、私の花火の方が長く燃えたらさ」
じっと新田を見つめている。そして言った。
「キスしてもいい?」
新田は俯いて言う。
「いいよ、構わない」
「じゃあ、同時に火つけようね」
二人はゆっくりと線香花火に火をつける準備をする。
新田は横の夜野を盗み見る。
明らかに緊張した様子だ。手が震えている。
「じゃあ、つけるぞ。3,2,1、はい」
新田の合図で線香花火に火がついた。
静かに音を立て花火が燃え始める。ぱちぱちと。
しかし、夜野の線香花火の火がすぐに地面に落ちてしまった。
手の震えのせいだろう。
夜野は乾いた笑い声で言う。
「はは、全然だめだったね」
夜野は自分の線香花火を見つめている。
「全然、だめじゃん」
夜野が再び言った。瞳からは涙が流れている。
その横顔を新田は愛しく思った。
夜野の方に顔を近づける。
「なに?可笑しい?」
夜野は泣きながら笑って言った。
その顔を引き寄せキスをする。
短いキスの後顔を離す。
夜野は不意を突かれて驚いている。
「花火、私の落ちちゃったのに」
「残念賞」
新田がそっけなく言う。
次の瞬間、夜野が新田に抱きついてきた。
「ずるい。ずるいよ。好き。新田が好き。あなたのことが好きです」
夜野の感触が伝わってくる。
新田は夜野の頭を撫でながら言う。
「俺も好きだ。責任取らなきゃな」
夜野をさらに引き寄せ、覚悟したような声色で言った。
「待っててくれるか?」
「待ってる。待ってるよ」
二つの線香花火が地面に落ちている。
髪の長くなった夜野と顔つきの変わった新田は2年後再会する。
線香花火の時のように抱き合って。