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『ミツイのトリセツ』  作者: 三衣 千月
前編 24才のミツイ
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-06- ミツイ、過去に会う ~日曜ミツイ劇場①~

 ―――三衣氏、過去に会う ~日曜ミツイ劇場①~


 まず述べておく事がある。三衣氏は京都が好きである。

 学生時代に京都左京区の片隅に居座っていた時期があり、その時から京都に惚れているのだ。惚れたところで何かしら氏に良いことがあるわけでもないが、一方的に慕っている。


 ある日曜日、「そうだ京都、いこう。」と昔のCMのキャッチコピーを呟いて氏は奈良の地から近鉄電車を使って石清水八幡宮に向かった。


 その年の2月の節分の折、石清水に恵方参りへと赴いていたことを思い出したからである。

 恵方参りとは、自宅から見てその年の恵方にあたる方角にある神社を詣でて、無病息災を願うものである。別段、氏は信心深いと言う訳でもないが、思いついたのでしれっと一人出かけていたのだ。

 そして恵方参りに行った後には春分、夏至、秋分、冬至の節目ごとにお礼参りへと赴くのが習わしなのであるが、三衣氏は持ち前の横着振りでお礼参りをさぼっていた。礼を欠かして御利益だけ受け取ろうとは随分な心構えである。


 その非礼が今回の不調の一因を担っているのかしらしれんと省みて、季節はずれも良い所ではあるがお礼参りを決意したのだった。

 そしてそのご利益とでも呼ぶべき小さな奇跡がこの日の氏に舞い降りるのである。



   ○   ○   ○




 岩清水に到着した三衣氏は、極楽寺、高良神社を颯爽と抜け、先達はあらまほしきこともなしと二礼二拍手一礼にて頂上の八幡宮を詣でた。岩清水八幡宮はいくつかの寺社仏閣の複合地なのである。「俺は仁和寺にある法師のような阿呆ではない。歴史から学びを得る事のできるナイスガイだ」と氏は豪語していたが、二度目の来訪であればそれは当たり前のことである。

 きっちりと今までの非礼を詫び、不調なれど大病に侵されぬことを感謝し、ついでに何かしら与えたまえよと身勝手な願いを投げて、三衣氏は山を降りた。


 それから氏は京都の街をぶらつくために近鉄電車と京都市営地下鉄を使って松ヶ崎まで北上した。

 かつて暮らした左京区に来て、氏は京都人になったつもりになる。なったからと言ってどうと言うこともないが、なんとなく楽しくなるのだと言う。


 ふと、昔よく通った食堂が懐かしく思えた。格別にうまい訳でもないただの食堂だが、貧乏学生に優しい値段の食堂であった。あの店のコロッケ定食は未だ健在であろうかと懐古の念に駆られても致し方の無いことである。

 思いついたら、やらねばならぬ。いつもの格言を胸に氏は路地を抜けた。


 だが、定休日であった。


 思えば学生向けの大衆食堂である。日曜に店を開けておくのはなるほど道理に合わない。氏は期待を裏切られた気になって看板を睨み付けたが、食堂からすればいい迷惑であろう。





 仕方なく閉まっている食堂を後に北大路通りをのらくらと東に向けて歩き、高野川で右に折れて川沿いに川端通りを南下する。

 するとやがて右手に糺の森と下鴨神社が見えてきて、加茂大橋付近で高野川と加茂川が合流し鴨川となるのだ。変わらぬ街と変わらぬ風景に安心しながら、氏は昼飯をどこで食おうか考えた。


 平安神宮近くの喫茶店でも良いし、今出川にある中華でも良いなとあれこれ考えた挙句、寺町でたこ焼きを食べることにした。

 寺町蛸薬師の近くにあるたこ焼き屋は昔から氏のお気に入りの店である。京都らしさの欠片もないが、好きなのである。


 その店は軒先に椅子が置いてあって、その場でたこ焼きを食べることが出来る。無論、氏はそこで食べた。

 寺町往来を行き交う人々を眺め、これ見よがしに美味そうにたこやきを頬張る。頼まれてもいない宣伝作業であるが、実際美味いのである。自然とそうなるのはやむを得ない。




   ○   ○   ○




 奇跡の始まりは6個入りのたこ焼きを3つほど食べた時に起きた。

 目の前で「あっ」と小さく声がしたかと思うとじっとこちらを見つめてくる人がある。


 そんなにこのたこ焼きが欲しいのか、ならば一つくらい差し上げても、などと変に紳士的な考えを巡らせていると目の前の人影は急に三衣氏の名前を呼んだ。いくら三衣氏であっても、「見知らぬ人に名指しで声をかけられるとは自分も有名になったものだ」とは考えない。


 声の主を見上げてみると見知ったようなそうでないような顔があった。どこかで見たことがあるその顔は思い起こせば高校時代の同級生であった。

「おぉ、カワさん」氏は手を挙げて平然と答えた。「おひさし。何してんの?」


 聞けば、カワさんは友人から晩飯に誘われており、それまでの時間を潰すためにぶらぶらしていたとの事だった。


「もっと感動しようよ。10年振りだよ?」

 なに?京都に住んでるの?今。

 ほんと、昔からのっぺりしてるよね」


 矢継ぎ早に質問と勝手な意見が飛んできて、氏は少したじろいだ。

 人生、何があるか分からぬし、また何があってもおかしくない。街角でふと、卒業以来会っていなかった友人に会う確率も少ないながらあるだろう。


「あ、そうだ。一緒に行こう」


「どこに?」


「滋賀」


「は?」


 人生、何があるか分からぬし、また何があってもおかしくない。10年振りに会った友に連れ去られる。そんな確率も少ないながらあるだろう。彼女のマイペース振りも変わっていない。

 懐かしさを覚えた三衣氏はくすりと笑い、二つ残ったたこ焼きを自分と彼女の口に放り込んだ。そうして計画性のない京都散策を打ち切り、二つ返事で友の誘いに乗ったのである。




   ○   ○   ○




 五条通りを東に、カワさんの愛車とやらに乗って二人は滋賀へと向かった。聞けば、彼女の友人は滋賀在住で、カワさんは大阪在住とのこと。

 途中、ふらりと京都に寄りたくなったそうだ。確かにカワさんの大学も京都だと、卒業前に言っていたのを思い出した。


「大学に行ってる時には全然会わなかったのにねぇ」カワさんは言う。


「そんなもんやろ。俺のテリトリーも狭かったし」そう、氏も答える。


 三衣氏のかつての活動区域はほぼ烏丸以東であり、且つ夜の住人であった。真面目に自宅から通っていたと言う彼女との接点は無いに等しかったのだ。

 そうなってくると、話は必然的に高校時代へと遡り、そこから空白の10年のあれこれへと移っていくのが最も自然であろう。

 それに、ここだけの話カワさんと三衣氏は浅からぬ仲であった。青春の隙間で培われた繊細微妙な男女の絆は、かつてはもつれ絡まる寸前の危うさを孕んでいた。二人の糸が結び目を作り上げるまでに至らなかった理由は、三衣氏の検閲に引っかかるというコトなので割愛させていただく。氏はどうにも卑怯な男である。


 しかしそれも昔の話である。二人は思い出話に花を咲かせ互いに現状を述べた。


「カワさん、今なにしてんの?」


「あたし?自由人」


「フリーターか」


「そっちは?」


「夢追人」


「フリーターね」


 他愛の無い会話は続き、彼女の愛車は滋賀県の浜大津駅へとたどり着いた。日本の誇る最大級の湖、琵琶湖の南端近くに位置する駅である。カワさんはここで友人と待ち合わせているのだと言った。


 三衣氏は、彼女が友人と合流する前に退散しようとした。不思議そうな顔で引き止めてくる彼女に氏は「見知らぬ君の友人に鉢合わせするのも気が引けるではないか」と説明した。向こうにしても、いらんハプニングだろうと氏は紳士的に気を遣ったのである。


 しかし、彼女の次の一言は氏の気遣いを完全に無駄なものにしたのである。


「会うの、みーちゃんだよ?覚えてない?5組だった宮本さん」


「……忘れるものかよ。けど聞いてないぜー」


「だってそこまで聞かなかったから」


 してやったりと彼女は口の端をあげる。なるほどかつて三衣氏の友人を称していただけの事はある。性質が悪い。まるで三衣氏である。

 してやられたという顔をして、ダッシュボードの上に氏はごつんと頭を乗せた。それを見てカワさんは「久しぶりにその仕草を見た」とけらけら笑っていた。



 しばらく駅前で待っていると、一組の男女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 カワさんが窓を開けて二人を呼ぶ。「ビッグゲスト拾ったよー!」

 敬意を払われているのか、蔑ろにされているのか良く分からない扱いだと思った。


 そして、三衣氏は混乱した。

 かつて5組在籍であった宮本さん(当時はミヤさんと呼んでいた)の横を歩いてきた男性がこれまた氏の同級生だったからである。

 その男はオーバーなリアクションでかつての氏の呼び名を呼んだ。


「部長!?部長じゃん!え?何?何で!?」男性は弾んだ声で三衣氏の肩をばんばんと叩く。


 間違いない。このテンションは間違いなく俺の知る高橋に違いないと氏は確信した。




 三衣氏は高校時代、部長であった。生徒会会計の肩書きを持つ傍らで部員のいなかった化学部に一人静かに入部し、好き勝手に実験を繰り返す日々を送っていた。学校にあった氏のロッカーには白衣が数着は必ず常備されていた。

 そして化学部で部長、兼、部員の一人二役をうごうごと演じていたのである。


 まじめな実験の傍ら、小麦粉や砂糖や卵、つぶ餡やこし餡などを鍋と共に持ってきて甘味を作ることもあった。いや、半分ほどはそうであった。

 もちろん、それっぽい理由をつけて実験風を装うのを氏は忘れなかった。


 そんな甘味実験の時にだけ表れて部員でもないのに氏の根城である第一理科室へと乗り込んでくるのが彼ら「第一理科室連合」であった。

 高橋は、その中でも特に食い意地の張った男であったのだ。




 三衣氏はかつての理科室がふと見えた気がして、くつくつと笑った。


「高橋こそ、なんでミヤさんと一緒なん?部長不在で同窓会でも開くつもりやったか?」


「いや、結婚した。カワさんにはその報告も兼ねて飯でもどうかって」


「うえぇ!?」


 三衣氏は驚いた。人生、何があるか分からぬし、また何があってもおかしくない。氏は常に冷静であることを信条にしていたが、この時ばかりは驚いた。まだまだ心の鍛錬が足りぬとこっそり反省もした。


「なして俺には連絡がないのかね」当然の抗議である。高橋とはたまに連絡をとっていたというのに。


「すまん。よくある話なんだが、データが飛んじゃった。」


「カワちゃんの連絡先は、私が知ってたから」ミヤさんが慌てたように言う。


 さりげなく夫をフォローするとは彼女も良き妻になったものである。


「みーちゃん、立派になって……」カワさんの言葉に、氏も深く同意した。






 まるでドラマである。ちょっと見るのも青くさくて恥ずかしい青春小説である。

 かくして、ここに「第一理科室連合」は再会を果たした。


 そして勢いに任せたまま、理科室連合の青春の一ページは10年振りに新しく項を追加し、書き足されていくのである。



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