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「けがをした。そうだね? それにそのようだと、泣くこともあったんじゃないのかい?」
おばさんは静かに言った。その言葉に真緒がうなずくと、はぁ、と荒い息を吐く。
「誰かに、正体を疑われたかい? それと薬は使わなかったのかい?」
「薬は……使いました。でも……」
そう言って、真緒は霧雨通りで起きたできごとをしどろもどろに話した。自分の正体やおばさんを知る少年に出会ったこと、貴夜に自分の正体を見破られたこと、怪物が襲ってきて薬を2瓶とも使わざるを得なかったこと、など。
怒られる覚悟ですべてを正直に打ち明けた真緒は、心に重くのしかかっていたものがスーッと消えていくように感じた。
「その貴夜って子は秘密にすると言ったらしいけど、心から信用できそうなのかい?」
おばさんは珍しく怒鳴ることも手をあげることもなく、真緒に質問した。口調もいつもより少しだけ優しい。
「多分、大丈夫だと思います。私が助けを求めに行こうとしたら、血のにおいを消していけってアドバイスをしてくれたから……」
「そうかい。でも秘人なんていつ気が変わるかわからないもんさ。だから信じすぎてはいけないよ。疑う心も持っておくんだ、いいね?」
「はい、わかりました」
おばさんが怒らないので不思議に思う真緒だったが、おかげで落ち着きを取り戻した。
「だが、あんたの正体と私を知る、そのもうひとりの少年が気にかかるねぇ。ただのいたずらや、からかいにしては度が過ぎる」
そのおばさんの言葉で、落ち着いたのも束の間、再び真緒の体がこわばった。
「あ、あの……」
真緒は言いにくそうに口を開ける。それを、おばさんが片眉を上げて疑わしげに見つめた。
「実は……入儀式の日に、私……血を出したんです。そのっ! ぎ、儀式なのでっ、ど、どうすることもできずっ、そ、その、ごめんなさい。仕方なかったんです……」
「あんた! どうしてそんな大事なことを早く言わなかったんだい! そんな大事なことは、すぐに言うべきじゃないのかい?」
おばさんがいきなりテーブルを強く叩き、息を荒げながら真緒をにらんだ。
「何度も言おうと、思ったんですけど……い、言えなくて……そ、それに、血を出した後……特になにもなく、疑ってくる秘人もいなかったので……それで、大丈夫だと……」
真緒は半泣きになって言いわけした。
「そう勝手に判断したんだね! なんだい、あんたって子は! そんな弁解がましいこと言って、私にずっと隠してて……それで、それで良いと思ってるのかい?」
顔を真っ赤にするおばさんの目にも涙が浮かんだ。そしてせきを切ったようにおばさんの話が続く。
「あーもう、呆れてものが言えないよ! さっき、あんた言ってたねぇ! もう耐えられないとかなんとか! そんな甘いこと言ってんじゃないよ! そんな調子でこれからどうするのさ? 本気で自分の家に帰りたいと思ってるのかい? え? どうなのさ?」
「か、帰りたいですっ……早く、早くっ……おうちに、帰りたいです」
真緒はわっと泣きだして、両手で顔を覆った。
「あんたの行動を見てると、そんな風に思えないよ! 何度言っても、そうやって泣くし血を出すし……そりゃあ、どうしようもないこともあるだろうが、私に黙って大事なことも言わない! 言っとくけどねぇ、わたしゃあんたをかくまってあげてるんだよ? それに、あんたの正体が町中に知れたら、あんた自身どうなるのかわかってるのかい?」
おばさんの言う通りだと真緒は思った。多少泣いても血を流しても、心のどこかでそんなに危険な、大したことではないように思えていた。正体がばれてしまったら、おばさんがあの警備隊の秘人に捕まるかもしれない。周囲から非難されるかもしれない。その心配はあったが、もしそうなれば、その前に自分がおばさんの家を出て、自分が捕まったときにおばさんとはなにも関係ないと言うつもりでいた。だが、自分自身がどうなるか……そこまで深く考えていなかった。
「こんなこと言いたくはないが……最悪の場合、あんたは命を落とすよ」
おばさんが、暗い表情で静かにそう告げた。




