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真緒が気を取り直して菓子屋に入ると、甘く香ばしいにおいが真緒の心を満たしていく。入ってすぐのところの、両端に置かれたショーケースの中で、迎えるようにいろんなパイやクリームたっぷりのケーキが1列に並んでいた。
真緒は竹で編んだ買いものかごを取って、店内を回った。できるだけすぐに食べ終えられそうなものを選び、買える分だけの菓子を入れていく。ふと、近くにいた女性客ふたりの会話が真緒の耳に入ってきた。
「知ってました? この前、水の精霊がなにか問題を起こしたとかで」
「ええ、知ってますとも。大きな事件ですもの、知らない秘人なんていらっしゃらないわ」
「精霊が起こしたことですし、私たちがとやかく文句を言うことはできませんが、やはり気になりますよね」
「ええ、気になりますとも。それが原因でさらに大きな事件が起きなければいいんですけど」
真緒は唾をごくりと飲み込んだ。手が微かにふるえる。まだ会話は続いていたが、真緒は聞くまいとしてその場を速やかに離れ、会計を済ませた。
それから店を出て、買ったばかりの菓子を口にいれ、それが食べ終わらないうちに次々と菓子を詰め込んでいく。途中、うっとむせて、紙コップに入ったりんご汁をのどに流し入れる。苦しくて涙が出た。胸をトントンと叩き、肩で息をする。さっき聞いた女性客の会話が、耳に付いて離れない。冷や汗を手で拭い、急いで家に帰った。
荷車を置き、グオウオを引きずって真緒が家に入ると、目の前に直立不動のおばさんがいた。さっきの鬼のような顔をして両手を腰にあて、真緒をにらんでいる。
「こんな時間までどこほっつき歩いていたんだい?」
怒鳴ってはいなかったものの、その一言一言にすごみがあった。
そんなおばさんの顔を見ながら、真緒は自分の血の気が引いていくのがわかった。まるで足元から凍っていくように体が固まる。
「あ、あの……」
真緒の乾いたくちびるがうまく動かず、開いたままになる。鼓動だけがドクドクドクと速かった。
「隠さず、全て話しな」
「は、はい」
そう返事したものの、なにも言葉が出てこない。真緒はのどを詰まらせたときの倍以上の汗をかき、全身が溶けていくようだった。
「あの……あの、市場に行く途中で……秘人にぶつかりました。それで、それで……その秘人のお姉さんに……」
「なんだい! 聞こえないじゃないか! 渋ってないで、はっきり言ったらどうさ!」
消えいるような声で真緒が話しはじめると、おばさんが怒鳴りつけた。
「それで? そのお姉さんがどうしたっていうんだい!」
「その……その秘人のお姉さんに、けがを治してもらって」
真緒が言い終わらないうちに、おばさんは手の平で思いっきり真緒の頬をひっぱたいた。
「あんた! 私の言ったこと、覚えてないのかい! 何回言えば、あんたって子は私の言うことを聞くんだい!」
ひっぱたかれて赤く腫れた頬を押さえながら、真緒は涙をぼろぼろとこぼした。
「あんた、まだわかってないようだね! こっちへ来な!」
おばさんが乱暴に真緒のローブの袖を引っ張って、地下室に連れていく。