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「いっ……」
歯を食いしばって、針で指を刺した。じくっと鋭い痛みが走り、真緒の目にうっすらと涙が浮かぶ。指先には、ぷくりと赤い点ができ、真緒はすかさずその指をカードに押しあてた。瞬間、指先が焼けるように熱くなる。反射的にカードからすぐ指を離し、口にくわえた。
カードには指跡しか残らず、血はついていない。次第にその指跡も消えていった。カードの反応に驚きつつも、真緒が大丈夫だろうかと周りの反応を気にしたが、周りは特に変わった様子もなく、真緒のおそれた結果は出なかった。
「次の者……はじめたまえ」
副学園長が次の者を呼ぶ。真緒は念のため指をくわえたまま、舞台を降りて自分の列に戻った。途中、副学園長を振り返り見たが、副学園長は台のカードを回収して新しいカードを置いたところだった。真緒のカードを回収しても、特に変わった様子はない。真緒はひとまず大丈夫そうだと安心した。
梅クラス全員が舞台に上がってもとの位置に戻ると、導士たちは石の台を片づけ、長い折り畳み式の机を各小クラスの前に出した。その上に何枚かのプリントと授業で使う教本、そして紙袋を用意する。
「次は、小クラスごとに置かれた机の上のプリントを1枚ずつ、教本を1冊ずつ取り、袋に入れて持ち帰ってもらう。プリントは、この学園についての簡単な仕組みやルール、年間スケジュールなど、学園に関するものばかりだ。家に帰ったら必ず目を通すように」
副学園長が次にすることを皆に指示した。
真緒はプリントを取るとき、プリントの内容にさっと目を通した。学園の階級や規則の一部が書かれている。階級は7段階あり、Aクラスからはじまって、B、G、D、H、V、Zと上がるようになっていた。一応見習い期間はVクラスまでで、Zクラスはおまけのような扱いになっている。進級するには、1年の終わりの進級テストに合格しなければならない。規則では、学園内での飛行を禁止とされているが、それは下級クラスまでで、Dクラスからの上級クラスは飛行を許可されている。また、Dクラスからは学園の寮に入寮しなければならず、自宅通いは全員できないようになっていた。他に使用不可の部屋や無断立ち入り禁止の場所など、注意しなければならないことが多く、真緒は学園の膨大な情報量で頭がパンクしそうだと思った。
プリントを取った後、教本を取って、それらを全部そろえて大きな紙袋に入れると、袋がいっぱいになってぱんぱんに膨れた。真緒が片手で持つと、腕が千切れそうなほどずっしりと重い。
「これで、入儀式を終わりとする。新見習いたちは今からここを出て、食堂に移動し、食事をしてもらう。無理強いはしない。帰りたい者は帰って良い。次に学園に来る日は、あさっての18時半だ。全員、噴水広場に集合するように。時間厳守だ。忘れずに覚えておけ」
話を終えた副学園長が、杖を持ち上げた。副学園長から正面に向かって、直線上にある暗闇に杖先を向けたとたん、そこに隠れていた金の扉が勢いよく開いた。
それを見た新見習いたちは、騒ぎながら次々に外へ出ていく。副学園長がいつ呪文を唱えたのか、念じただけで扉が開いたのかなどと、疑問と感動の声が飛び交った。
「私、聞いたことがあるわ。すごい魔示士にもなると、詠唱しなくても魔法が使えるって」
「僕も僕も! 昔、姉さんがそんなことを教えてくれた!」
麗華と遊も、もれなくその話題を口にした。
魔示士とは、ものを操ったり未来を占ったり、精霊を呼んだりする、魔法を使う資格者のことを言う。麗華と遊の会話を聞きながら、真緒は魔示士のことがもっと知りたくなった。図書館で秘人のことを調べたときに、魔示士についても少し調べていたが、基本的なことしかわからなかった。しかし、この魔示士になるための大きな学園なら、きっと魔示士についての本がたくさんあるだろう。真緒は近いうち調べておこうと思った。
新見習いたちが食堂行きの箱列車に乗り、連なる塔のような場所にやってくると、案内係の男性が大きな扉の前で出迎えるように立っていた。前髪を斜めに流した黒の短髪。パリッとした白いシャツに、襟付きの黒いベスト、黒いズボン。艶のある黒の革靴。ベストの胸元には、白いシルクのポケットチーフが顔を覗かせている。真緒たちが箱列車から降りると、その案内係の男性は会釈した。
「これより先は、食事をするときに使われる、大食堂となっております。皆様、お入りになる際は、ローブを脱いでからお入りください。今宵は歓迎の宴、どうぞごゆっくりとお楽しみください」
案内係の男性の後ろにある扉が、内側に開いていく。扉は重厚で、ギイィッときしむ音が鳴った。扉に描かれたバラの花の浮き彫りが、黒く鈍い光を放っている。
ローブを脱いだ新見習いたちはそわそわと身なりを整え、緊張を隠しきれずにいた。真緒もドキドキしながら、ボウタイは歪んでいないか、襟は曲がっていないかと触って確認する。ふと、貴夜と遊を見れば、女の子の服とは違い、上着がグレーを基調としたチェック柄で、その中にベスト、下は半ズボンを履いていた。ふたりとも緊張した面持ちではなく、それぞれリラックスした雰囲気で、ボウタイや髪型を整えている。麗華は頭の上に白の大きなリボンを付けていた。それを見た真緒も慌てて赤いバラを取りだす。そして、それを麗華に付けてもらった。
開かれた大食堂からは、パイプオルガンの音色が流れてきた。激しさを含みつつゆっくりのテンポで、どこか悲しげで重苦しい気分にさせる、そんな曲調だった。
中に入ると、天井からきらびやかなシャンデリアがぶら下がり、色とりどりの花が飾られ、磨かれた銀食器にごちそうがある、明るくて豪華なものを真緒は想像していた。が、実際は違ってほの暗かった。
天井は高く、淡い光の玉がぽつりぽつりと数個浮かんでいて、その下に、白いテーブルクロスのかかった大きなまるいテーブルがいくつも宙に存在する。壁には、赤いろうそくと黒いカーテンで締め切った窓が、交互に取りつけられている。真緒には、そのテーブルが幽霊のように見えたし、溶けるロウはしたたる血のように見えた。
「こっ、ここ、ここが食堂って、ほ、本当だよね? ま、間違っていたり、しないよね?」
真緒の歯が、ガチガチとふるえて鳴った。鳥肌が立ち、足もガクガクする。




