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「だ、大丈夫です。それより、急がないと」
早く市場に行かなければならないことを思いだした少女は、慌てて立ち上がった。
「あっ、ごめんなさい」
よろめき、少年の腕に思わずしがみつく。
「本当に大丈夫?」
「は、はいっ。だ、だだ、大丈夫です、本当に!」
少女は赤面してすぐに少年の腕から手を離した。見ると、少年は少女と同じくらい体が細く、背も低くてほとんど変わらなかった。
「あ、ちょっと待って!」
荷車を起こして引いていこうとしている少女に、少年が呼び止めた。
「市場に行くんだったら、僕も一緒に行く! いい?」
そう言って、少年が少女の横に付く。後ろに大きな灰色の生きものを太い縄で従えていた。さっき少女の荷車に衝突した生きものだった。
ふたりは一緒に行くことになったが、少女はまたあの生きものが暴れたりしないかと心配した。市場に向かう途中、ちらちらと何度もその方を見る。
「大丈夫だよ」
「え?」
話しかけられ、少女は少年を見た。
「多分、大丈夫。あのプレウッティス、さっき暴れていたのはね、僕が噛んだからなんだ」
「かんだ?」
少女は耳を疑った。
「あ、そんな思いっきりじゃないよ? ちょっとじゃれて軽く噛んだだけ! 愛情表現のつもりだったんだけど、いきなりだったから驚かせちゃったのかなぁ」
へへっと小さく笑う少年に、少女は返す言葉が見つからなかった。秘人が生きものを噛むなど聞いたことがなかったのだ。それも自分より大きなものに。
「きみはプレウッティス飼ってないの? あ、僕の名前は遊。きみの名前は?」
「私の名前? 私は……真緒」
少女は少しためらいがちに答えた。
「まお? 素敵な名前だね」
「ありがとう。えっと、遊くん?」
「うん、なあに?」
遊という名の少年が笑顔で答えた。
「遊くんの頭の……ううん、なんでもない」
真緒は、遊の頭から視線をそらした。遊のフードで隠れている、頭の上に付いた三角の耳が本物なのか気になったが、聞くのをやめた。