2薩摩
俺の名前はキャプテン★ファブリーズ! 訳あって船に乗れなくなった元★船乗りだ!
因みに右手にはファブリーズがくっついている。
色々あって職を失くして、更には酒代まで踏み倒して借金取りに追われているんだけどこれからどうしよう。
俺は今、港町に来ている。前は潮風を嗅ぐだけでも不安な気持ちになったが、今では随分平気になった。海賊船長だった経験を生かして、何か出来る仕事がないか探しているのだが、なかなか見つからない。今まで色んなアルバイトをしてきたが、どれも長くは続かなかった。一番相性が良かったのはピザの配達のバイトだが、あの貸し出されたオートバイ、恐ろしいことにマストがついてねえんだ! あれじゃあ風が拾えない。それに気付いた瞬間、俺は辞表を出したね。近頃はバイクで海まで行ったりするのが流行っているらしいが、マストがないのに海に出たら一瞬で沈むぞ!
さて、多分俺はまともな仕事には向いていないから、賞金稼ぎとか泥臭い仕事を探して張り紙やら聞き込みをしている。街で買い物をしていたおばあちゃんに「あんた、海賊とか向いてるんじゃないの?」と言われたのだが、なぜ分かったのだろう。俺が今でも海賊帽子を被っているからか……?
海賊にあやかって、海賊版DVDの商人でもやろうかとも思ったのだが、割れたみんとかいう男に「割れはやめた方がいい。俺のようになりたくなければなっ!」なんて涙目で訴えられたのでやる気を失くした。あとは……なかなかふざけた企画で
『自転車でカスピ海一周レース! 優勝賞金100万$』
というものがあったが、カスピ海一周は俺の船でも1週間はかかる。ましてやマストの無い自転車なんかじゃ、一生かかってもたどり着かないだろう。優勝賞金100万$なんて誰が出すんだ。
俺は煤けた裏通りを歩いていた。そこかしこから異臭がする。こんな道を通っていると碌な事がないのは知っていたが、如何せん俺は自暴自棄になっていた。曲がり角から猫が飛び出してきた。こんなところにも猫はいるんだな。猫には白い布が覆いかぶさっていた。誰かのイタズラだろうか。俺は布を取り払ってやるため猫に近づいた。
その布は自転車を覆っていたものだった。随分汚いママチャリだ。前かごが錆び付いている。しかし、それよりも俺の目を引いたのは……。
ハンドルの中央の部分から、長い棒が突き出ている。何のために……、いや! 俺は下に落ちている白い布を見る。そして確信する。これは、帆だ。誰かが自転車に帆を張ろうとして、マストを取り付けたんだ! 自転車を帆船にするために! ……でも、一体誰が?
前かごには小さなメモが入っていた。そこには
『宝のありかぁ? 探せ! この世の全てを置いてきたかったんだが、最近だとそれは不法投棄に当たるようだな。多分もう撤去されている。この自転車もそのうち撤去されそうだが、俺はこいつを信じて託すことにした。こいつは《かいわれ一号》。上手く使いこなせよ!』
と中学生女子みたいな丸文字で書いてあった。
読みながら、俺はボロボロと涙をこぼしていた。
何故だか分からないが、救われたような気がした。
船乗りとしての魂に、もう一度火が点いたのだ。
でも《かいわれ一号》はダサいから《ファブリーズ一号》にしよう。
俺は白い布、いや、帆を拾って前かごに入れ、錆びついた自転車を力いっぱい押して歩き始める。
《ファブリーズ一号》は車体を軋ませながらも、ゆっくりと動き出す。
俺は『自転車でカスピ海一周レース』に、参加届けを出した。