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分裂日本  作者: 三等兵P
5/5

北サイド第5話

翌朝、白根少佐は耳をつんざく爆音で目覚めた。


時計はまだ午前6時を指している。


(………自分の愛機の機種だから言わないけど、やっぱりMiG-31のエンジン音うるさい。しかもこっちでエンジン改造したタイプだからさらに甲高くて耳につくぜ。)


ふとこたつを見れば、まだ梶原准尉は無防備な顔で眠っていた。


(くそっ、梶原准尉が羨ましい。)


彼は舌打ちをするとカーテンを開いてまだ日の出ていない暗い空を見た。



暗い空に今まさに着陸せんとする深紅と黒の塗装がなされたMiG-31が編隊を組んで占領した成田空港へと着陸せんと着陸脚を出したまま地面へと降下していた。


(ははぁ、一般パイロットの空輸か。)


北日本空軍では長距離移動の時、パイロットに負担をかけさせないため航空学校卒業間近の生徒に長距離飛行を体験させる目的で戦闘機を目的地へと飛ばすことは珍しくない。



だが、エース部隊である『レッドタイフーン』隊や攻撃機のエース、『村正』隊は自ら機体を飛ばすのが常で、空輸してもらったことは無かった。


(多分、明日ぐらいに侵攻作戦でも控えているのだろうか。)



だが、そんな考えはすぐに中断させられた。


ドガシャーン、バリバリバリッ!!




いきなりエンジン音とは違う、どちらかと言えば航空機の墜落したような音が響く。



(誰かの機体を着陸し損ねたか。もし俺の機体でなおかつパイロットは生きてたら佐久大尉をけしかけて懲罰大隊にぶち込んでやろう。)


だが、至近距離での落雷より凄まじい音がしても梶原は起きなかった。



そんな彼女の頬をつまむと、ギューッと引っ張る。


ついでにこたつにあったみかんの皮を鼻の穴に詰め込んだ。



「…………痛い痛いです!それに鼻にみかんの匂いがついて離れませんっ!………もう、私もレディーですから優しく起こして下さい………。」


頬をつねられた痛さから少し涙が出た梶原だが彼は知らん顔、


「新米のアフォがうちの隊の機体を落としやがった。今から成田空港に向かって操縦してた奴をひっぱたくぞ。」


と言うなり彼は少佐の階級章が輝く空軍用の上着だけを寝間着の上から着るとまだ寝ぼけている梶原を押しながら入り口に向かい、キーの付いていた元は南日本陸軍所属であろうアメリカ製トラックに梶原准尉を乗せる。



無論、寝間着のまま。


「一応大型車の運転はやったからな。」



そうボヤくと彼は数百メートルしか離れていない成田空港目掛けてトラックのアクセルを踏み込んだ。






トラックで正門まで回り、そこで衛兵に止められたが彼の上着の少佐の階級章と『レッドタイフーン』隊所属を示す台風の中に描かれた赤い星に鎌と鎚がクロスしたパッチを見た衛兵は即座にゲートを開き、彼のトラックを通した。




「何が起きている!」


彼は上は軍服、下は寝間着のズボンという一見政治士官や憲兵の軍曹辺りに注意されそうな格好で滑走路上で燃え盛る機体を囲む面々に尋ねる。



「大変です、松田のバカが国の英雄白根少佐殿の機体を壊してしまいました!」

そこまで言ったその整備兵達はようやく彼の正体に気付いた。


「おわわわわわわわわわ!!ど、同志白根少佐殿!大変だ、かなり怒っていらっしゃるぞ!」


「松田少尉、潔く詫びれば懲罰大隊行きは免れるかも知れないぞ!」


「同志少佐、新米のバカをどうかお許し下さい!」



彼は確かに機嫌は良くない。


しかしそれは機体を破壊された事よりその墜落音で眠気が吹っ飛んでしまった事を怒っていた。


白根は基本温厚な性格で部下にも優しいが自分だけの時間を本当にどうでもよい事に費やされるのを極端に嫌う。




「で、松田少尉は?」


視界の端で梶原准尉が基地で飼育している犬と戯れているのを意識的に無視して白根は尋ねた。


「今はパラシュート降下に失敗して足を骨折、今は医務室で安静です。」



その時だった。


「やあやあ大変だの、成田空港の同志諸君。」


ニヤニヤとなかなか様になるはずの顔を気持ちの悪い笑みで歪めた政治士官、佐久夏樹大尉が格納庫付近から現れた。


だいたいその理由は察しがつくが、あえて知らぬふりをして、


「同志佐久大尉、何故ニヤニヤしている?」


と聞いてみる。


「ふっふっふ、ついに念願の幼女」


「あ、わかった。」


自分でふっておいて答えた瞬間切るのは南日本では外道だが、北日本ではそんな事は通用しない。





「申し訳ありません同志白根少佐殿!!今日から始まる浜松解放作戦に使う機体を訓練生のミスで壊してしまって!!」


教育航空隊の教官のパッチをつけたベテランの大尉が自らの子供くらい若い白根に平身低頭、平謝りをする。


「まぁ、この件は後です。取りあえず代わりの機体を探してください。」


「ハッ、仰せのままに!」

たかが一階級差で大げさだと白根は思ったが彼は日本人民党によって共産主義の英雄と発表されているため彼が通れば中佐や大佐位なら先に道を譲ってしまう。

もちろん彼は恐縮しているが。









結局白根はMiG-31と同じ二人乗りであるSu-30J『フランカーH』を選んだ。



Su-30Jは最近北日本空軍が導入を始めたフランカーシリーズの中では最新型であり、中東諸国や東欧の共産圏への 輸出型として開発されたものである。Jはもちろん日本向けを表す。


彼は一応北日本空軍正式採用の機体はヘリコプター含めて全機種操縦は出来るため問題はない。

それを『レッドタイフーン』隊仕様の塗装に急いで仕立て上げると早々に11機のMiG-31を従えて離陸した。






成田空港から150キロ程飛ぶと眼下に南北日本の陸軍が半径30キロに入り乱れて戦う様子がありありと見えた。


「第二小隊は対地ミサイルで南側の榴弾砲陣地を叩け。第三小隊は対電波源ミサイルで浜松市街近郊に位置する対空ミサイル陣地だ。上空の援護は第一小隊と二個航空連隊が行う。では散開!!」


日頃は年長者には敬語を使う白根だが、いざ戦闘というときは上官にしか使わない。




第二小隊はすぐさま急降下すると胴体下に吊してあったAT-8改対戦車ミサイルを一機につき八発、榴弾砲にロックオンして放つ。


こんな芸当はオリジナルのMiG-31では不可能だが北日本国内でライセンス生産、改良されたバージョンは『マッハ3を出すマルチロール戦闘機』として運用可能なようになった正式名称MiG-31JMならあらゆる空から発射する兵器を搭載し、有効に活用できる。



地上からは南日本の自走対空機関砲が火箭を放つが絶対数が少なすぎるため歴戦のエース揃いな第二小隊に軽々とかわされ逆に23㎜ガトリング機関砲を食らい煙を吐いて停止する。


そして一時的に対空火器がなくなった隙をついてロシア生まれ北日本育ちの対戦車ミサイル、AT-8改32発が50門はあろうかという陣地に殺到し、秘められた破壊力を解放した。



爆発音は聞こえないが榴弾砲の大半はただの鉄くずと化し、砲を操作していた兵士を巻き込み弾薬が大爆発を起こす。





一方の第三小隊は距離100キロで二発ずつ対レーダーミサイルKh-31Pを発射。


敵の対空ミサイルが旧式な未改良型ホークなのも幸いして一発がレーダーを破壊、残る七発のミサイルが対空ミサイルを満載した車両にぶち当たり地上に花火を上げる。


ドオォォッッッッ!




破片が飛び散り、地上の兵士をざく切りにする。


その光景は戦闘機の操縦席からは見えないが第二小隊に劣らずエース揃いのためその情景を想像するのは容易かった。




『第二小隊長鳴浜より隊長、榴弾砲はあらかた破壊しました。』


『第三小隊長水無より隊長、対空ミサイル陣地は潰しました。』


次々と上がる任務完了の報告。


(さすが、レッドタイフーン………隊長になって初めてその真価を知ったぜ。)


「了解だ、第二、第三小隊は残った対空陣地を見つけ次第潰せ。低速のSu-25ではかわせないだろうしな。」


『『了解です。上空援護はお任せします。』』




白根は新たな指示を下すと自ら率いる小隊を上昇させていつ来るか分からない南日本軍機に備える。


だが二番機の白倉少尉機含めてMiG-31は白根の乗るSu-30Jに比べて最大速度と上昇能力に勝る。


たちまち三機に抜き去られポツンと一機上昇してゆく。


「第一小隊は高度8500にて待機せよ。」


ついに1000メートル離れるにあたって白根が指示を出さざるを得なくなった。




(なんか劣等感………)


だが三機に遅れること18秒高度8500に辿り着いた白根機。


ここで機体のレーダーが距離85キロ、30機程の編隊を探知した。


「白根機より全機、R-77をありったけぶっ放すぞ。フェンサーやフロッガーには手出しさせるな。」


『了解なの。』


『わかったフィ。』


『了解です。』



直後、放たれるR-77。


MiG-31からは四発ずつ、白根のSu-30Jからは六発が飛んでゆく。



「さ、敵のミサイルだ回避!!」


だが30機の編隊も同時に中距離ミサイルを放った。

鳴り響く警告音。



「白根少佐っ、敵はF-16と思われますっ!」


急旋回するGに耐えながら後ろでレーダー画面を睨む梶原准尉が叫ぶ。


「ならまだいい。F-15は厄介だからな。」


確かにF-16はどんな任務も程々位にこなす多用途戦闘機だが、F-15は空対空戦闘を重視した高速・重武装戦闘機で巨体に見合わず運動性は彼の乗るフランカーHに引けを取らない。



「命中、命中、命中!!やりました、敵機半減!!」


ようやくR-77が敵機に命中し始め、F-16をバタバタと叩き落とす。


しかし『レッドタイフーン』隊はチャフを早めにバラまき急旋回したため被弾した機体はない。


「白根機より各機、三機で編隊を組んで当たれ。こちらは一機で敵を翻弄する。」



エース揃いのため三機は二番機を先頭とする編隊を組むとバラバラになって僚機とはぐれた新米が操るであろう機体から順に攻撃をかけてゆく。


しかも彼らは23㎜ガトリング機関砲だけで次々とはぐれたF-16を切り裂いてゆく。


それは戦場を貫く深紅の矢のようであった。


「さて、俺らもスコアを稼ごうか。まだ俺らは公式には白いファントム一機だしな。」


「はいっ!」


陣形を乱された上にエース部隊に突撃された南日本F-16部隊は不幸であった。


機体が未改良型のF-16だったのと相手が悪かったため一瞬にして半数を失い、バラバラにされた編隊は一機ずつ食われていくのだから。



結局攻撃を阻止しようとしたF-16は数機が無事に明野基地に帰り着いただけであった。


『こちら二番機、三機を落としたの。』


『三番機だフィ、四機を食ったフィ!』


『四番機です、二機を撃墜しました。』


「さすが『レッドタイフーン』隊。桑原機に一機多く食われたが。」


『気にするなフィ。それより帰ったら真帆ちゃんを見て和もうフィ。真帆ちゃんのメイド服姿、楽しみだフィ!』


確かに六条真帆のメイド服姿は楽しみであった。


なんせ露出の少ない18世紀の本格的英国調タイプのため優雅な感じが出る。



「白根少佐っ、敵第二波来ます!速力からしてF-15です!」


「よし、白根機より全機、最大速力で撤収せよ!!フルスピードならサイドワインダーは振り切れる!」


そう言うなり第一小隊は翼を翻して遁走にかかる。


必死にF-15部隊は戦友の仇を討たんと最大速力で飛ばすがどう頑張ってもマッハ2.5以上は出ない。


しかしMiG-31JMは武装を使い果たせばマッハ3は堅い。


故に軽々と振り切って成田空港まで帰り着いた。


Su-30Jはマッハ2強のため一旦は追い付かれたがR-73を四発真後ろに撃つと慌てて彼らは散開、そこに増援のMiG-29部隊が乱入してF-15の追撃を防いだ。


「ありがとさん、32飛行連隊。」



『困った時はお互い様だ。あ、そうそう、さっき白根少佐の撃ったR-73、F-15を一機落としてるぜ。』


「そうかい、じゃ、すぐ補給して戻ってくるさ。」





白根少佐率いる『レッドタイフーン』隊は今度は空対空ミサイルを満載すると成田空港を再び発進、北日本が進撃する浜松を目指す。

眼下では横須賀の前線基地からSu-24やSu-25といった大小の攻撃機が爆弾や対地ミサイルを目一杯積んで出撃、慌ただしく蟻のように行ったり来たりを繰り返していた。


「さて、今度は長距離からの敵機狩りだ。各機R-37のチェックをしておけ。」



今度は三種類の空対空ミサイルを合計12発搭載して離陸した。


長距離攻撃用のR-37を6発、中距離用のR-77を2発、短距離用のR-73を4発。


今回は全機同じ装備である………………白根機を除いて。


彼のSu-30JではR-37は搭載できないためR-77を6発、R-73を4発積む。


「敵AWACSを二機探知、距離200キロです。」



今回の作戦は東京侵攻作戦のように奇襲ではなくあからさまな強襲のため南日本側の迎撃準備も整っていた。


『おい『レッドタイフーン』隊、早くあのE-8Aを叩き落としてくれ!あれのせいで攻撃機、特に低速のSu-25がやられている!』


「了解しました。すぐさまはたき落とします。」


たまに攻撃機部隊からの矢のような催促が入るが彼は自らのペースを崩す気は毛頭なかった。


だが敵機が上空から迎撃戦闘を指揮するAWACS、特に新型のE-8であると話は別になる。


コイツが俺らの隊に戦闘機を集中させたらたまらない。


そう考えた白根は、


「二番機から四番機、R-37をAWACS一番機に全弾発射せよ。俺は単機で二番機を叩く。」


と瞬時に部下に命令を下し、最大の脅威から排除する姿勢を鮮明にした。


『発射なの!』


『ファイア!』


『発射完了しました。』


新任の隊長にも命を預けているエース達はMiG-31最大の武器、R-37を三機合計で18発放った。


R-37はアメリカのF-14が積んでいたフェニックスミサイルのようなものだ。


6発同時にマッハ6で目標を捉え、射程は300キロを越す。


レーダー出力の低い戦術戦闘機や攻撃機はもちろん、半径400キロを捜索するAWACSのような大型機にも大きな脅威となる。


今、そんなソ連製最強のミサイルが放たれ、たった一機のAWACSへと向かってゆく。



当然護衛の戦闘機がついているがたかが4機で防げる数では無い。

何とか数発は撃墜したが残る10発以上がE-8Aに殺到し次々に爆発して機体をジュラルミンの破片へと変えてゆく。

エンジンが壊れ、タービンブレードが一枚ずつ宙を舞う。



南日本空軍に4機しかないE-8Aが一機失われた瞬間であった。




「白根少佐っ、AWACSの反応が1つ消えました!」


「よし、俺らも別のAWACSを潰すか。」


彼は顔がにやつくのを抑えながら機を操り最大速力で反応のある方角へと進む。


「目標から距離160キロ、AWACSの護衛が反転します!」


「仕方ない、距離100キロを切ったらR-77を全弾撃ち込め。」



当然、予想はしていた。


だがF-15の4機は彼一機では手に余る。


元より白根はF-15を相手する気は全く無い。


ただ邪魔だからR-77で回避行動を取らせて追い散らすだけ。



「距離100キロっ!」


「発射!!」


R-77が6発、機体から離れて4機のF-15へと狙いを定めて飛翔する。


元々命中は期待していない。



だがF-15はR-77が接近すると散開してチャフを播きながら高速で空域から離れていった。


「ありがとさん、わざわざ護衛対象から離れてくれてな。」


なおも直進し距離を毎秒一キロで詰める。



ただE-3Aは白根機を地対地ミサイルだと勘違いしたのか動かずに陸軍部隊に警報を送った。


これはラッキーだが、別の意味でアンラッキーであった。


その警報は地上の対空ミサイル陣地を刺激し、狙いを彼に合わせるからだ。



当然、機内には彼の一番嫌いなミサイル警告音が鳴り響く。


「南日本のアホめ、短距離弾道ミサイルと勘違いされるとは。」


「AWACSとの距離60キロっ!まだR-73の射程の二倍です!」


だが地上が機体をロックし高度8500にミサイルが上るには最低あと20秒かかると思い直し白根はエンジン出力を無制限にした。



一般に旧式のソ連製兵器が壊れやすいと言われるのは機材のせいではなく扱う人間が性能を超えたことをするせいの方が多い。

だが最近は多少無理な事をしても壊れない物が多くなっており、それにSu-30Jも該当した。


キイィィィィィンというタービン音が激しくなり、機体がガタガタと揺れ始める。

それに恐怖を覚えた梶原准尉が速度計を見るとマッハ2.4が出ていた。


「しっ、白根少佐!こんな事したら壊れちゃいますよ!!」


「なら機体が壊れてベイルアウトかSAM(対空ミサイル)が直撃でお陀仏、どっちがいい?」


「………お陀仏はいやです。」


「だろ?ならレーダーを見ててくれ。」


謎の会話をしながらもAWACSに接近する白根機。


ビーッ、ビーッ!!



「SAM来ましたっ!」


「チャフ播け、そして降下するぞ。」


当たれば一撃で航空機を破壊する地対空ミサイルの飛来にも慌てない白根。


ベテランですら恐れる人はいる物に怖じ気づかないのは彼の人並み外れた精神力の賜物だ。


マッハ2オーバーを維持したまま特殊なアルミ箔をバラまき、緩降下を始める。

スピードが緩やかに上昇し、高度が緩やかに下がる。



SAM二発はそのまま上昇して目標をロストしたが残る6発がそのセンサーに白根機のエンジン排気を探知、食い付いた。


「後ろ10キロに6発っ!」

「3キロまで引き付けろ。」



一旦上昇したSAMは彼の機体を追って緩降下、速度差で少しずつ迫る。



「5キロ!」





「4キロ!」




「3キロっ!!」


「とりゃあっ!!」




それは北日本将兵なら見慣れた光景、だが地上にいた南日本兵士にとっては目を剥く光景だった。



いきなり白根機の機首がグインと垂直に上向き、さらに110度位にまで機体が反れた。

当然機首が少し後ろを向くのでミサイルが追い求めるエンジンは真下より20度程進行方向へと向く。


その飛翔体が試作中の新式中距離SAMやパトリオットミサイルならば赤外線に頼らずに白根機をぶち抜き、彼らに死を強要しただろうが生憎このミサイルは赤外線誘導の91式短距離ミサイルだった。

赤外線を見失って目標を追尾する道理はない。


6発のミサイルは垂直に立った白根の機体を追い越し迷走する。


そしてあろうことかたまたま正面を飛んでいたF-15に命中、バラバラに引き裂いた。



「相手がIR誘導型で良かった。レーダー誘導だったらやられていた………」


また水平に機首が戻った機体で彼は呟いた。


「もうっ、一時は頭打って死ぬかと思いましたよ………いきなりプガチョフ・コブラしないでください!!」

梶原准尉はいきなりのプガチョフ・コブラで頭を強打、ヘルメット越しでも痛いことは痛かったようだ。


プガチョフ・コブラは彼の駆るフランカーシリーズの十八番とも言えるような機動である。


傍目からはいきなり機首が90度以上上向く事がコブラが鎌首をもたげるようであったため西側の軍事関係者がそう名付けたのだ。


西側の軍事関係者は、

「ただのアクロバット飛行」

と切り捨てていたが旧式の赤外線誘導ミサイル位ならかわせることはソ連空軍で実証済みであった。


もちろん西側はそんなことは知らない。


ともあれ発射煙で位置が露呈したミサイル陣地はSu-24攻撃機の対地ミサイルで吹き飛ばされ、汚い花火を地上にてあげた。


「F-15部隊、降下します!攻撃機隊が狙われて…………」


「ほっとけ。フェンサー(Su-24の愛称)も一応は戦闘機だ。自衛位できるだろう、ヘリじゃあるまいし。俺らはAWACSを潰すぞ。」

「はい………」



飽くまでも狙った獲物は逃がさない。

それがAWACSという戦局を左右する大物であるならなおさらだ。


「AWACSとの距離28キロ、R-73の射程内に入りました。」


「よし二発発射。」


短距離ミサイルは前席である白根の管轄のため彼が発射スイッチを押せばミサイルが飛び、赤外線ホーミングを開始する。


プシュウと音を立てて飛びたつ二発のR-73。


たちまち巨大なAWACSのエンジンから発せられる赤外線を捉えると一直線に突っ込んだ。


バァン!!


グシャァ!!


一発は四つあるエンジンのうち左端のエンジンを粉みじんにしたが、もう一発は巨大な機体がAWACSであるために不可欠な機体の上についている直径10メートルもあるレーダーを直撃、砕け散る様子が皿を落として割った時のようであった。


「敵AWACS損傷、レーダー破壊っ!」


やはり大物を攻撃するのは嬉しいのか後席の梶原准尉の声も弾む。


「もう二発発射。」


距離は20キロに縮んでいるため余裕で射程内だ。


だが敵機はしぶとかった。

一発は右端のエンジンを破壊したがもう一発は機体に突き刺さるが不発となってしまった。


「あー………ミサイル無くなっちゃいましたよ。」


まさかの大逆転、すんでのところでE-8Aはエンジンを吹き飛ばされずに済んでしまった。


「………まだ機関砲がある。エンジンに弾を撃ち込んでやろう。」


彼は行きかけの駄賃とばかりに30㎜機関砲をすれ違いざまに撃ち込み、今や木偶の坊と化した機体に穴を空ける。


E-8Aは必死に逃げ惑うが格闘戦に強いフランカーから逃れることは出来ない。


彼は悠々とE-8Aの後ろに回ると残る二つのエンジンに機関砲を叩き込んで破壊する。



「北日本空軍全機に告ぐ、AWACSは全て撃墜、繰り返す、AWACSは全て撃墜…………!」



彼が眼下に広がる光景を見れば、浜松基地攻略戦も佳境を迎えていた。


南日本空軍機は西へと撤退し、代わりに北日本空軍機が上空を乱舞、地上でなおも抵抗する陸軍兵力に爆弾や対地ミサイルを雨あられと浴びせる。

北日本陸軍も遂に滑走路に突入し管制塔を占拠した。

『こちら第三師団第四連隊長丸山、浜松基地を制圧した。』


『こちら第四師団、静岡県から南日本勢力を駆逐した!指示を待つ。』


次々と朗報が入る中、


『静岡県上空の全北日本機に告ぐ、南日本空軍は爆撃機を出撃させてきた、静岡県に達する前に撃墜せよ。』


という物騒な無線も混じっていた。


「厄介だな。燃料も厳しいが殺らないと陸軍に甚大な被害が出るしな………。」

だがその心配は無用であった。


その爆撃機部隊は空対空ミサイルを積んで再出撃した『レッドタイフーン』隊第二、第三小隊に散々に叩かれ4機を落とされた時点で撤退していたからだ。



『第二小隊鳴浜より白根少佐、爆撃機は追い散らしました。』


「助かった、ありがとう同志鳴浜大尉。」


こういうところでも彼は自らが隊長となった部隊の力の片鱗を感じる。


「成田空港へ帰るぞ、六条さんを放置したら佐久大尉がナニかをするに決まっているからな。」


『了解です、第一小隊の方々は一旦浜松基地で給油してから成田に帰るそうです。』


(………やはり操縦の腕だけでは隊長は務まらない。もっと戦局を見る力や部隊の居場所を把握する力が必要だ。)



『………白根隊長、どうかなされましたか?』


「んっ、何でもない。援護頼む。」




空が薄暗くなる17時06分。

白根は第二小隊を従えて成田空港に帰還した。



「お帰りなさいませぇ………」


そして彼は基地にある自室へと入るや否や室内の光景に目を奪われた。


最近散らかり気味だった教書や南日本空軍機の性能表やらがちゃんと片付けられ、さらにはいつもは温風乾燥機で済ます布団も天日干しされているのかフワフワとなっていた。


極めつけは18世紀本格英国調のメイド服を着た美少女、六条真帆が少し心配そうな顔で室内にいたことであった。


「ちょっとお片付けしましたぁ、どうですか………?」


その瞬間、彼は何故桑原や佐久が幼女に心酔するかを少しだけ理解してしまった。



補足説明

MiG-31JM

エンジンや電子系統に北日本独自の改良をしたバージョン。


ソ連製ならほぼ全ての空中発射兵器を運用出来るマルチロールファイターであるが、やはり格闘戦には不向き。

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