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弓取る者達

ーーー襲撃があってから三日が経過した。ウィルヘルム公の依頼を受けてから47日目になる計算だ。

二ヶ月が期限だからあと13日しか依頼達成までに時間がない。

そういえば二ヶ月の期間というのは相手が提携を承諾するまでを指すのか、あるいはラトビアの王都に実際に辿り着くまでを指すのか。


後者なら完全にアウトだ。なので前者だろうと前向きに考えようとするが落ち着かない。





「落ち着かないですね」

「言うな。色々考えることがありすぎるのは皆一緒だ」


その日の朝、これといってやることも無く貸してもらっている屋敷の一室に集まった僕らはじりじりとしていた。

ラークのぼやきをアッシュがたしなめていたが僕もラークと内心同じだった。

今、シャリー、トマス、パネッタはエルフ達と共に索敵の為に森に入っている。先日ローランメルツから要請があった通り、しびれを切らしたローランメルツは僕達の力を借りてこちらから攻め込むことを決意した。

ただし、まだ相手の居場所がはっきりしないので分かり次第ということだった。


「二、三日ごとに攻めてくるぐらいだからそんなに遠くではないはずですよ」とケストナーが言っていたが、向こうが小出しに戦力を分けて遠方から随時繰り出している可能性もある。

そのため、エルフ達が何組か索敵範囲を手分けして敵の本拠を探っており、僕らもローテーションで近場の索敵を手伝っているわけだ。



勿論ただ単に待っていても時間の無駄なので、手のあいたエルフに住家の案内をしてもらったり書物を貸してもらったりはしたのだが如何せん食客状態というのは暇である。

ハイエルフの四人とも少し話をする機会はあったが、あまり人間の暮らしには興味が無いらしく会話が弾まなかった。


「エルフの生活て淡々としてるね」

「ん。森の中で生き森の中で死ぬ。その繰り返しだな」


アッシュが僕に同意する。

ここ数日見てきたこのセントアイラのエルフ達はあまり外界との接点も無く、それに疑問も持たずに生活しているように見える。

ローランメルツと四人のハイエルフにより完全に管理された閉じた環境が自然の恵みもあって成り立っているわけだが、退屈には思わないのだろうか。


「俺は堪えられそうもないな。けどここに生まれてそんなものだと教えられてきたら慣れてしまうんだろうけど」

「いい意味穏やかな生活は保障されてるからねえ」

「人間ほど欲が無いんだろう。強いてこだわりがあるとしたら弓矢の強度と魔法の研究くらいのようだし」

「ああ。他人より良い生活がしたいとかはなさそう」


アッシュに答えながらふと思う。もし、突然変異的に外への好奇心を持ったエルフがいたらどうするのだろうかと。何だか閉鎖的なので村八分にされて二度と帰ってくるなとか言われそうな気もする。


とはいえ里を出て人間の町に流れてくるエルフがいないこともないらしいので、それを覚悟でということなのだろうか。


「ーまあ、頂点に立つのが自らを大樹と同化させてまでいるならおいそれと出ていくなんて口に出来ないだろうがな」

「あれは驚いたよ」

「同じ生き物と思えん」


"宮"の雰囲気を思い出したのか、アッシュが顔をしかめる。そう、何か超越してしまった存在にしか見えなかった。あのローランメルツの血のような赤い目は何を映しているのか分からない深さがある。



「ウィルヘルム公もおっかないところはあるけど、人間には変わりないからね。そういう意味では自分達が恵まれていると思える」

「違いない」


アッシュが笑った時、コンコンとドアがノックされた。

「どうぞー」とラークが答えると「宝石の鑑定結果が出ました」とケストナーが顔を覗かせた。



******



知能の上昇及びある程度の身体能力の向上。

そしてある特定の者の指示を聞くように脳に働きかける精神系魔法の受信機。


魔具に詳しいエルフによるあの赤い宝石の鑑定結果である。

肉体と精神双方に影響をもたらすかなり高度な魔具だそうだ。

装備した対象の精神力に効果は左右されるが、実際にこの目で見てきた僕らにはそれが効くらしいというだけで十分だった。



「怪物にこの赤い宝石をつけて操っている奴がいるのはもう明らかだな。誰が何のためにかは分からないにせよ」

「物騒なもん造ってくれたもんだよ」


僕の言葉にラークが答えた。魔術師としてこういう物に興味はあるらしく、しげしげと見つめている。

シャリー達が戻ってきたら伝えるとして今分かっているのは一つ。

今回の黒幕に相当な技術を持った魔術師がいる、ということだ。


どういう意図があってエルフ達にちょっかいをかけてきているのかは分からないが、意図的にこんな宝石を怪物につけているならもはや害意は明白である。 エルフ達に伝えられると怒り心頭といった感じだ。


そして夕方には更に朗報が寄せられた。索敵に向かったエルフ達の一団が敵の親玉らしき存在の情報を掴んで戻ってきたのだ。




このエルフ達の居住地域から南西に一日半ほど歩いた辺りに木で作った砦が出来ていたらしい。

警戒して遠目から観察しただけだったが、トロールらしき怪物が周囲をうろうろしておりまず間違いないのではとのことだった。

砦の大きさは人間で言えば百人くらいは入ることが出来るサイズであり、木製とはいえそこそこ防御面はしっかりしているようだ、と索敵に出かけたエルフ達は知らせてくれた。



相手の親玉の顔は確認出来ていない。だがもう待つ必要も無い。これまで一方的に攻撃を仕掛けられてきてストレスのたまっていたエルフ達は敵の本拠地の壊滅と親玉の捕縛ーもっとはっきり言えば処刑ーを望んでおり、それはすぐに行動に移されることとなった。





ローランメルツの名前で早急に記された出陣宣言。

それは三日後、エルフ250名を主力とする軍勢を敵と思われる砦に向けて差し向けるものだった。

どんな敵がいるか分からない為、ハイエルフの中から赤のナウファ、黒のグラウディアルの二人を従軍させる念の入り用である。


「やっと動ける」

パネッタの言葉が僕ら全員の気持ちを代弁していた。先日の要請どおり、僕達六人もこの出陣に参加する。

赤い宝石により知能が上昇したオーガらが組織的に動くようになったことは全員に通達されたが、銃については過度に警戒して疑心暗鬼になってもということを考慮してハイエルフと一部の隊長格のエルフのみに通達されている。


「コバルトのことは皆、周知なんですね」

「はい。行軍中に少し召喚してもらってもいいですか。戦闘になってから初めて見ると攻撃対象と間違える恐れもあるので」

ケストナーの恐縮しながらの依頼を受ける。他に僕らの傍にはウェインが付いた。見た目どおり弓兵(アーチャー)である彼は森の中の戦いで僕らを支援してくれるだろう。



出陣直前。

個人個人に別れて各々の装備を身につけていく。


使いなれた長剣を腰から吊す。

守護の青杖(ワンドオブガード)は背中につけた専用の収納ケースに入れた。

布の服の上からパネッタがくれた対魔障壁付きのチェインメイルを着込むと心地好い安心感が全身を包んだ。


(今回は久々の大規模な戦闘になりそうだな)


コバルトが唸る。まだ召喚はしていないが待ちきれないといったやる気が声に滲み出ていた。


(そういえば大多数を相手にするのは砂の部族の時以来か。頼りにしてるよ)


最後にブーツを履きながらコバルトに答える。

フウウと呼吸音だけが僕の中で唸った。血が騒ぐのを止められない、か。




50日目。

森の中へ僕らは出陣した。


******


自分の周りを警護するように進むエルフ達の顔を見る。

個人差はあるものの、一様に整った顔をしており大多数は肩や背中まである金髪だ。

ほっそりした体つきなので男か女かもよく分からない。


「今更エルフが珍しいわけでもないでしょ。何を見てるの?」

「パネッタはエルフの性別て外見で判断出来る?」

「そんなことか」


パネッタは首をかしげた。


「顔だけだと難しいなあ。体つきまでみたらどうにか?」

「そうだよね、難しいな」

「行軍最中なのに随分余裕だね」

「精神消耗しないためにわざと戦闘と関係ないことを考えていたんだ」


あ、そうと呆れたような顔になるパネッタだがそれ以上突っ込んでこなかった。

実際、エルフの性別を見分けるのは難しいのだ。中性的な顔立ちに加え、男でも髭が生えない。スレンダーな体型なので体つきからも分かりづらい。


(ま、分からなくても困りはしないけど)


もうそろそろ戦闘になりそうだ、という緊張をほぐすために全く関係ないことを考えていた。

出陣二日目の昼。索敵の報告どおりならそろそろのはずだ。


コバルトを全開全力で使えるならこういう大多数との戦いでも臆することは無かった。

全力ブレスを叩きつければほとんどの敵はそれでおしまいだ。それを抜けてきた敵を全員で刈りとる。

大雑把だがそれくらいの戦術で事足りるだけの力がコバルトにはある。


ただしやはり短期戦に限る。

コバルトを召喚できるのは戦闘に集中させるならやはり一時間が限界で、それ以上はもたないからだ。


「だから最悪なのは相手に逃げ回られることです」とこのエルフ軍を統率する赤のナウファにも言っておいた。

時間切れしてコバルトが召喚不能になる前に一気に叩き潰す。それがベスト。


(とはいっても僕が作戦を決める立場ではないわけで)


なるようになる、と腹をくくって今ここにいる。





木々のせいで視界が悪いがどうやら敵の砦の近くに着いたようだ。進軍していたエルフ達が三々五々散っていく。平地での戦いと違い、綺麗に隊列を整えて戦うことは出来ない。

砦を囲むような形にする、と聞いていた。


「砦見えないんだけどほんとにこの先にあるの?」

「ええ。先遣隊が確認しました。まだ敵に発見されていないのでまずは先制攻撃をコバルト殿にお願いしたいとのことです」


ケストナーの言葉に従い、コバルトを呼び出す。

このあたりなら十分彼が体を広げるスペースはある。このブレスでこちらの存在は気づかれてしまうだろうが、構うものか。


青い鱗で覆われた巨体が覇気にキラキラと輝いた。こちらの指示に従い、思い切り息を吸い込む。


「ぶちかませ!!」


大きく開いた顎から白いブレスが爆発的なスピードで木々を引き裂きながら伸びた。


爆発音が響く。白い閃光が散り木々の合間から視界を焼いた。完璧な先制攻撃。

だがーーー


「な、なにぃ!!」

「なんだ、あれはっ!」


ブレスの射線から逃れていたエルフ達が叫ぶ。ぼろ雑巾のようになるはずだった砦は未だ傷一つなく、その前面の地面が大きく盛り上がっていた。その地面が黒く焼けていることから恐らくあれが盾のように盛り上がってブレスを防いだんだろうと予想をつける。


大地硬盾(アースシールド)!?拠点防御用の高等呪文か!」


パネッタが叫ぶのと、壁のごとき土塊がバリバリと音を立てて裂けたのは同時だった。

土埃と共に轟音をあげて巨大な獣がその四肢を大地に踏み下ろすのが見える。


「やるぞ、コバルト・・・!」

「了解、マスター」


視線の先に現れたのは"不沈"の二つ名を誇るベヒモスの岩石のような姿だった。

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