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襲撃

「回答に一週間かかるってなんなんだよ」

「寿命が長いから時間の感覚がおかしいのかしら」


アッシュが参ったなという表情になれば、シャリーは辛辣な口調で文句を言う。

ローランメルツとの会談が終わり、再び爆睡した大部屋に戻った僕らの顔は一言で言えばウンザリ、だ。



アッシュが渡したウィルヘルム公からの依頼文書を読んだローランメルツの返事は速かった。

それが「今すぐには決断出来ぬ。一週間待ってほしい」だ。

眉が寄って難しい表情になっていたのでどうもこれは一筋縄ではいかなそうだ、と内心思う僕達の顔が微妙だったのが分かったのか、一週間後には何かしら返答するのでそれまで客人としてエルフの住家を見学していくといい、と言い添えてくれたのがせめてもの情けだった。



交渉なので粘ってもよかったが、どうもこの気位の高そうなハイエルフと真っ向からぶつかるのは難しいと判断したのかアッシュもシャリーも特に何も言わなかった。


いや、そもそも使いから預かった文書は厳重に封がされており中身は見ていなかったので、こちらが交渉しようとしても具体的には何も言えなかったという事情がある以上、せいぜい向こうの承諾を待つしかなかったという方が近い。



「待つしかないね」

クッションに座りながら腕を組む。何も打つ手が無いのかな、と考えながら何となく思いついたことを口にした。


「ここに案内された時に最近物騒になったとエルフが言ってたけど、具体的に何なんだろう?」

「普通に考えたら怪物との遭遇率が上がったとか?」

「エルフが襲われる事件でもあるのかな」


パネッタとラークが即答する。早い話がエルフを一人捕まえて聞けば解決する疑問だがやたらとプレッシャーのかかった会見と"面倒ごとに巻き込まれるかもしれない"という懸念からイマイチ積極的に聞く気がしなかった。


そう今までは。


「探りいれてみるか?」

「何のために?」

聞きつつシャリーは気づいたようだ。


「その物騒なことの解決に僕らが手を貸せばローランメルツに好印象を与えられるかもね」

「そうなれば協力も得やすくなるか」

僕の言葉にアッシュが頷く。


「どこまでエルフの問題に俺達が踏み込むかだよな」

「聞いてみるくらいならいいんじゃないすか?ここに一週間もいるんなら俺らも巻き込まれるリスクあるし、知っておいて損はないかなと」


このトマスの意見に概ね皆が賛成した。聞いてから判断しよう、と基本方針が決まったので次の食事時にでも聞いてみることにした。

食事時の雑談としてさらっと聞けば相手も話しやすいだろうという配慮だ。




時間がよく分からないので食事時がいつ頃なのかもよく分からない。

この貸してもらっている建物にお目付け役として配備されているエルフに聞けば昼前だという。

つまり昨日案内されてから24時間が経過。そのほとんどが睡眠時間だったわけだ。


「皆この見知らぬ環境で爆睡できるなんて度胸ある」

「人のこと言えないでしょ」


真面目腐った顔のラークにシャリーが突っ込む。ちなみにラークが起きるのは一番遅かったのは一番早くに起きて様子を伺っていた僕が保証する。

とりあえず昼ご飯を取りながらそれとなく探りをいれてみることにした。


(そういえば朝ご飯出なかったな)


会見前の緊張があったので失念していたが、今更ながら今日は何も食べていないことに気づいた。





あまり客を泊めることもないので、と謝るエルフに「気にしなくていいですから」と言いながら全員が昼ご飯を堪能した。

緊急事態とやらについて探りを入れるのはとりあえずお腹が満たされてからでいい、と言わんばかりの食欲だ。普通にパン、川魚などが出てきたのでエルフの食文化は人のそれと変わらないらしいと安堵する。


「ごちそうさまでした」


ふうと息をついて全員が食べ終えた。すぐに食後のお茶が出る。至れり尽くせりだな、と思いながら正面に座るエルフを見ると接待役をこなすのも大変なのか、こちらの様子を気にかけていた。


「あのー、お聞きしたいことがあるんですが」

「何か茶菓子でもお出ししましょうか?」

ピクンと動くエルフを押し止める。


「いえ、お構いなく。最近このあたりが何か物騒とお聞きしたんですが、どうかされましたか?」

僕のストレートな質問にエルフが黙る。答えられないではなく、自分が答えていいものかどうか分からないように見えた。


「どこまで話していいものやら・・・」


言葉に詰まるエルフ。六人全員の視線が集中する中、ためらいながらもそのエルフは口を開いた。


******


僕らの会話は大して長くもならず聞き終わった後に「さて、どうしたものか」と皆で顔を見合わせた。

ちょうどその時である。バッターン!と大きな音を立てて建物の扉が開かれたのは。


「ケストナー!いるか!」

「どうした、ウェイン!?」


僕らの接待をしていたエルフーケストナーというらしいーがガタンと音を立てて立ち上がる。

ウェインと呼ばれたちょっと背の低いエルフは服の上から革鎧を着込み、弓矢を背負った戦闘体勢だ。

その格好と表情だけで何があったのかおおよそ想像はつく。


「いつものやつらが出たぞ。西側の畑の方だ!」

「今行く、お客人達はここでお待ちを!」


その身を翻して駆け出したウェインにケストナーが続く。いつの間に取り出したのか腰から一本の(スタッフ)を抜いてその手に握りながらだ。


「彼、魔術師みたいね。どうする?おとなしく待つ?」

「そんなわけにはいかないですよ」

シャリーに答えるパネッタ。さっき聞いたばかりの"物騒なこと"が早速起こったこの状況でただ待つのはまずい、と言わずとも全員が認識していた。


「よし、皆武器だけ持って彼らを助けに行くぞ。鎧を着けている暇はない」


言うがはやいかアッシュが二階に駆け上がった。全員がそれに続く。

僕も愛用の剣を引っつかみ、守護の青杖(ワンドオブガード)を腰に差し込んだ。巻き込まれた形だがこのまま放っておくわけにもいかないだろう。


「西側て言ってたな!」


いち早く建物を飛び出した。居住区に住むエルフ達の中には同じように西側に走る者もいれば、逆に家に走り込み鍵をかける者もいる。戦闘員と非戦闘員の差なのか、と考えながらひた走りにエルフの街を走った。


「こっちが西側の畑か!?」

「え?あ、ああ、そうだけどあんた人間なのに俺達に加勢してくれるのか?」

「タダ飯食らいは嫌なんでね!」


適当に捕まえたエルフに答えながらさらに加速した。僕の耳に剣戟と喧騒が飛び込んでくるまでそう時間はかからなかった。



******


戦闘面におけるエルフの特徴は遠距離攻撃にある。武器は弓矢を愛用し、魔法に長ける為だ。だがそれは裏返せば接近戦に弱いということを示していた。


(最近急に森の怪物がエルフの居住区を襲うようになったとケストナーは言っていたが、これがそうか)


家が立ち並ぶエリアを抜けた。目の前に広がるのは野菜の苗を植えた畑。その先の森の中から戦いの音が聞こえてくる。

そこへ目掛けて走る。


「うわっ、突破されかけてる!?」


森の中に入ると戦線をじりじりと下げたエルフ達が目に入った。引きながら攻撃呪文や矢で迫ってくる敵を攻撃しているものの、それも十分ではないようだ。


(遠距離攻撃だけじゃ押し込めてない。相手は何だ?)


「助太刀に来たぞ、敵は?」

「お、オーガとゴブリンロードだ。。今、後退して戦線を再構築するところなんだ。手伝ってくれるなら助かる」


右肩の傷を押さえたエルフが答えてくれた。見れば彼以外のエルフ達も結構怪我をしている。相手がどの程度手強いのか分からないが油断は出来ない。


僕に追いついたアッシュ達が左右に展開する。ばらばらと木々の間をこちらに戻ってくるエルフ達は結構な数がいた。百名近くいるかもしれない。


「ちょっとした戦争じゃないか」

「エルフ達を逃がす必要があるわね。前衛の三人に武器魔力付与(エンチャントウェポン)をかけるから粘って!」


アッシュが気合いを入れ、シャリーは素早く呪文を唱える。パネッタは手近な怪我人にヒーリングを唱えて傷を治し、トマスが牽制の為に前に出る間にラークは攻撃呪文の準備だ。


戦いの全貌が分からない以上、僕らだけが突出するのは危険だがもし怪物共の追撃を阻止出来なければ戦線総崩れの恐れもあった。

シャリーら後衛三人をその場に残してアッシュ、トマスと共に前に踏み込む。


「来やがったな」


トマスが脅しの為にブン、と大剣を横に振った。それに応えるように森の木々の中から怪物が群れをなして現れた。

のそり、とでかい図体を現したのは身長三メートルはある人型の怪物に、体格が妙によく武装も立派なゴブリンだ。

僕らの前にそれが三匹ずつ。それなりに圧迫感がある。


「でかい方がオーガであの偉そうなゴブリンがゴブリンロードだ。ゴブローの方は呪文を使うぞ、気をつけろよ」


アッシュの注意を聞きながら僕は右に、トマスが左に分かれた。さっきシャリーに唱えてもらった武器魔力付与(エンチャントウェポン)の効力で愛用の長剣は青白い光を放っている。


鬼のように一本角を額から生やし口からは牙を覗かせたオーガが吠えた。ゴブリンロードがその背後で何やらブツブツと呪文の詠唱を始めているのが見える。


「一人二匹ノルマ」


自分に暗示をかけるようにして飛び込んだ。まずはオーガが大振りに振り下ろす拳を避けて、軽くその腕に切りつけた。血飛沫があがるや否や返す刀で相手の膝を薙ぎ払うとさっとバックステップで下がる。


「ゴアアアッ!!」

「先にこっちかな」


怒りに任せて突っ込んできたオーガを大きくかわし、僕が取った行動は縦一文字の唐竹割り。

それがオーガの陰からゴブリンロードが放った氷系攻撃呪文アイスブレードの冷たい刃を粉々に粉砕した。


自分の呪文が防がれたことに動揺するゴブリンロードは無視してオーガに迫る。もう攻撃させる暇も与えずに三発目の剣閃は相手の太い首をぶった切り、地面に昏倒させた。


「逃げようなんて思うなよ!」

「ギィイイイ!」


破れかぶれに剣、盾、鎧で完全武装したゴブリンロードが突進してくる。だがいかに強くなっても元がゴブリンなら今の僕の敵ではない。

数合刃を交わした後、相手の体勢を崩して肩に切り込んだ一撃が致命傷となった。


断末魔の悲鳴を上げて倒れるゴブリンロードの死体をかわしながら追撃の手を緩めない。

距離さえ稼げればエルフ達が弓矢や攻撃呪文を使えるようになる。そうなればー


「形勢逆転になる。だから圧力かけてくるお前らは倒させてもらう!」


六人加勢しただけで不利を覆せるのかは分からない。だが僕らの参戦は敵にとっては予想外のはずだ。

そこそこ暴れれば怖じけづいて逃げる可能性もある。


アッシュ、トマスらと前に飛び出し切り崩す。オーガ、ゴブリンロードのみならず普通のゴブリンも先兵として群がってきたが僕らの暴れっぷりに時間稼ぎにしかならなかった。


「三人とも後退!呪文飛びます!」

「分かった!」


パネッタの合図に前線から急に撤退する。狭い範囲とはいえ無視出来ない損害に足が止まったオーガらの群れにとってはそれは死の宣告だった。


「ーーー万物凍らせる冷たき空気の放射、吹き上がれ!極寒の地に変えよ、氷凜ーーーフロストピラー!!」

「ーーー我が敵を撃つ凍気、刃となりてほとばしれーーーアイスブレードトリプル!」


シャリーの広範囲の氷系攻撃呪文が森を白く染め上げ、その吹雪は効果範囲を白い地獄に変えた。不幸にも巻き込まれた敵が氷雪地獄の中で体組織を凍結させられそのまま死ぬか、あるいは四肢をもぎ取られて無残に転がる。

かろうじて攻撃範囲から逃れた何匹はラークの放った三枚の氷の刃の餌食となり、傷口と流血を同時に凍らせながら倒れていく。



これを何回か繰り返す間にこちらが息を吹き返した。怪我人もパネッタが出来る限りヒーリングで治し戦線復帰させたのが更に追い風になった。

追い回されたエルフ達の反撃の時だ。


弓兵(アーチャー)、射よ!」

狙いさえつけばエルフの弓は正確に相手の急所を射ぬく恐ろしい武器となる。木々の間を縫って飛ぶ矢がオーガの巨体を針ネズミの如く変え、ゴブリンロードの首筋に突き刺さり血に染めた。

しかしまだ終わりじゃない。


自信を持って唱え終わった攻撃呪文がダメを押した。

火炎球(ファイアボール)氷刃(アイスブレード)電撃矢(サンダーボルト)など出の速い初級呪文が次々に敵を削り、それでもまだ倒れない相手にはタイムラグを置いて広範囲攻撃呪文が襲いかかった。


ウゲアアアアという絶叫が耳に響く。あるゴブリンロードは全身を感電させ、雷に撃たれたかのように煙をくすぶらせて死んだ。

その横では火炎系呪文で徹底的に攻撃されたオーガが消し炭と化している。


(魔術師の集団攻撃ほど火力において怖い物はないな)


もう僕らに出来ることは無かった。完全に劣勢を悟った敵が逃走するのを見届けるのみ。

追撃は相手の予備戦力を警戒して封印したらしく、エルフ達は追わない。こちらもそれに倣う。








「勝ったみたいだな」


敵の気配が消えたことを確認して戻ろうとした時だった。

急に背後から強烈な悪意を感じ、咄嗟に横に飛ぶ。細い枝に頬を切り裂かれながら藪の中に逃げ込んだのとキュン!とさっきまで僕がいた空間を引き裂くような音を立てて何かが飛んできたのはほぼ同時。


どっと冷や汗がこめかみを伝う。

完全に勝ったと思っていたが今の一撃は何だ、という疑念と矢の速さなど比較にならない飛び道具の存在に恐怖に体が痺れそうだった。

分かったのはこれが魔法ではなく物質的な攻撃なのだろうということくらいだ。


姿の見えない敵を警戒して身を伏せる。

出来る限り音を立てないようにしてそのまま動かない。

もし今動けば命がないかもしれない。


「・・・もう大丈夫か?」


三百ゆっくり数えてからそろそろと体を低くして動いた。背後の気配を探るが何も感じないことを確認する。

さっきの攻撃が当たったと思われる木の辺りにさしかかった時、目が何かを捉えた。


「何だ、これ」


思わず小さく声が出た。

木の幹に食い込んだその黒い物体は明らかに鏃などと違うメタリックな輝きを放っている。

用心しながら指で摘むと、一方の先が尖った円筒形だ。長さはせいぜい二センチ程度の小さな物。


うっ、と呻き声が喉からあがった。

「・・・弾丸、か?」


再び背筋を恐怖がはい上がる。そんな馬鹿なと打ち消しながらも手の中の黒い物が僕の考えを後押しした。


"銃を使う敵がいる"

僕と同じように地球から飛ばされてきた異世界人かも、いや、そこまで断定するには情報が無い。

早く戻らなければいけないのに、僕はほうけたようにひざまずき森の奥を凝視していた。


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