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本当の戦い 1

貧富の差が生活の苦楽に比例するのは現代と変わらないけど、その差はこの世界の方が激しいようだ。


ゆっくり見て回ろうと思ったけど家が十数軒しかない村などすぐに見回ってしまう。手持ちぶたさになった僕は宿に戻ろうかと考えたが、こちらをじっと見つめる視線に気がついた。


一軒の家の扉の隙間から小さな頭が覗いている。五歳くらいに見える小さな子供だ。

くすんだ色の茶色の髪はもつれ、お世辞にも綺麗とは言えない服だがこちらをじっと見ている。


「何か用かな?」

声をかけるとにこり、と笑いこちらに駆けてきた。そのまま僕を見上げる。

「こんにちは、お兄ちゃん。ねえ、王都から来たんでしょ?王都てどんなところ?」

思いがけない質問にぎょっとなる。

まさかこんな小さい子供に自分は一回死んでこちらの世界に転生したばかりですと説明するわけにもいかない。

しどろもどろとしていると不意に僕の横から聞き覚えのある声が割って入った。


「ごめんね、お嬢ちゃん。このお兄ちゃん、あんまり王都のこと知らないんだ。代わりにお姉ちゃんが話してあげるからそれでいいかな?」

パネッタが女の子に答える。この三日間聞いたことも無いような優しい声音に内心驚いていると、パネッタが僕の方を振り返り小さく手で(行けば?)と合図した。


女の子の視線もパネッタに向いたのでここは彼女の気遣いに感謝することにし、その場を離れた。

一度振り返るとパネッタは女の子の視線の高さに合わせて膝を着いて笑顔で話していた。


宿に腰を落ち着けた後、全員で夕食を取り明日の予定を確認するともうやることは無い。

明かりが貴重品である竜の大地では夜が早い。娯楽の多い都心部ならともかく農村なら尚更だ。

自分の部屋に戻り、部屋に備え付けのランプの明かりで読み書きの勉強をしているとコンコンと部屋のドアがノックされた。


バーナム隊長かと思い「はい」と返事をすると、「パネッタだけど出られる?」と予想外の返事が返ってきた。

今まで彼女の方から話しかけてきたことはほとんど無い。もしや昼間、村の女の子の質問に答えられずしどろもどろだったことが気に入らないのかと若干憂鬱になりながらドアを開ける。


廊下に立っていたパネッタを認めて一瞬おや、と思ったのは束ねていた髪を下ろし普段着に着替えていた為だ。

ずいぶん印象が変わる。

「夜分に済まない。少し話したいことがね」

「長い話でないならいいよ。ここで?」一体何だろう。見当もつかない。

「いや、外の方がいい」

それだけ言うとパネッタはすたすたと宿の出口に向かって歩いていく。

外套だけ慌てて掴んでその後を追った。


森に囲まれているせいか王都よりも夜気が冷たい。外套を羽織ってもうすら寒いくらいだ。

しかしパネッタの話とは何だろう。

見当もつかない。

本人はポケットから細い煙草を取り出すと、指に付けた小さな火打石で着火し唇に加えた。

「一本吸う?」「、、貰おうかな」

ほんとは全く吸えないのだけどせっかくの好意なので戴いた。


煙草は地球にいた時もほとんど吸ったことが無い。物は試しとゆっくり煙を喉から肺に通すとくすぐったいような香りが鼻を刺激し次に激しくむせた。

「げっほげっほ!ごめん、やっぱりいい」

「ん」パネッタは平然とした顔つきだ。細い煙草を同じく細い女性的な人差し指と中指で挟んで唇から離す。


「済まなかった」

突然パネッタの口から飛び出した言葉にどう反応していいか分からず固まった。


何、なんで謝るのこの人?


「い、いきなり何かな」

怒られるよりむしろ気持ちが悪い。理由が分からな過ぎる。

「あー、いや、全く私の勘違いだったんだけど。。カイトが異世界人で高スキル保有者ということで、正直私は君が嫌いだった」

いきなりストレート。


「きっと君が生きていた世界と比較してこちらは文化レベルは低いのだろうから内心馬鹿にしているのだと思っていた。それにいきなり高いスキルに恵まれてきっと私達のような凡人を見下しているんだろうな、と勝手に思っていたんだ」

パネッタは言いづらそうに、だが何とかつっかえずに僕に説明してくれた。

指先に挟んだ煙草を神経質にいじっている。


「そうだったのか」

「ああ。だけどこの村に着いてから君は村の様子を細かく見ようとしていたし、覗いていたあの女の子にも自分から声をかけたよね。あれを見て私が思っていたような悪い奴じゃないんだろう、と反省したんだ」

なるほど。パネッタなりに今までの態度には理由があったんだ。


「うん、分かった。君の言う通り、こちらの世界が不便だなと思うことはあっても馬鹿にする気は全然無いつもりだし、むしろ教えてもらう事の方が多いよ。正直に言ってくれてありがとう」

「そう言ってくれると助かる」

もう一度頭を下げたパネッタについでに質問する。


「ところであの女の子と何を話していたか聞いてもいいかな」

「ああ、王都にはどんな人がいてどんな暮らしをしているのか知りたかったらしい。この村から外に出たことが無いから憧れがあるんだろう」

この家が十数軒しかない村から出たことがない、だって?


「その、子供が生まれた村や町から出たことない、というのは普通なの?赤ちゃんなら理解できるけれどあの子五歳くらいだろ」

パネッタは首を傾げる。

「割とよくある。街道といっても危険はあるし他の町に特に用が無ければ一生のほとんどを生まれた村や町で過ごす人の方が多いだろうね。それとあの子は八歳だよ」

会話の流れで教えてくれた、とパネッタは付け加えた。


八歳にはとても見えない小柄な体に手入れされていない髪の毛を思い出す。それだけ普通の住人の生活は豊かではないのだろう。


僕の表情が怪訝なものになったからか少しパネッタの声のトーンも落ちる。

「、、珍しくないさ、ちょっと郊外に出ればね。酷い場合は口減らしの為に子供が売られたり棄てられたりする場合もある」

「そうなのか。。」


剣、魔法、勇者、魔王、竜。

ファンタジーの世界の表側がそれだとしたら裏には過酷な現実があるのだ。


「カイトが気に病むことじゃないよ。さ、戻ろうか。わざわざ呼び出して済まなかった」パネッタが声をかけてきた。確かにもう頃合いかもしれない。

「いや、こちらこそ女の子との対応代わってくれてありがとう。明日からもよろしく」

「うん。そうだ、今度よかったらカイトのいた世界の事を聞かせてくれないか。私も興味があるんだ」

「勿論。大歓迎だよ」

にこりと笑いパネッタは手を差し出した。その手を軽く握り笑い返す。


少しずつ少しずつ僕はこの世界に馴染んでいけばいい。

いいことも悪いことも引っくるめて。



だが翌朝、いつも通りの静かな夜明けを迎えたこの村を揺るがす凶報が飛び込んできたのであった。


「おい、おまえら皆起きろ!緊急事態だ!」

バーナム隊長ががつんがつんと扉を叩きながら怒鳴るのが聞こえた。その声の真剣さが瞼に纏わり付く眠気を剥ぎ取る。

最低限の身支度だけ整えて廊下に飛び出した。ほぼ同時にトマス、ラーク、パネッタも部屋から飛び出す。

「どうしたんすか、バーナム隊長!」

まだパジャマのままのトマスの問いは僕達全員の気持ちを代弁したものだ。

いくらこの世界が朝早いといってもまだ夜明けにもなっていない。

昨日の打ち合わせでも今朝は野宿の疲れも考慮してゆっくりでいいという話だった。


だがバーナム隊長の顔は真剣そのものだ。起きただけでは無い、既に鎧も着込みそのあだ名でもある自慢の大剣を装備した完全武装になっている。

その歴戦の戦士がにぃ、と笑った。

ぎらぎらした細い眼が逆立った灰色の髪の下で鋭く光る。

「強敵出現てやつだ。とりあえず武装しろ。話はそれからだ」

有無を言わさぬ強い口調に僕らは従う他無い。10分もすると全員が宿の一階に各々の武装を整え集合した。


一階は帳場と食堂を兼ねたやや広めのスペースになっている。

ようやく朝日のかけらが窓から差し込み始めたそこに村長、宿の主人、そしてもう一人旅人らしき男が車座になって座っていた。

旅人らしき男はさして寒くも無いのにガタガタと震え、歯を鳴らしている。


そのただならぬ雰囲気が漂う空気を破って村長が口を開いた。

「こんな早い時間帯に起こしてしまい申し訳ありません。バーナム様にはお話ししたんですが、この村に怪物が迫っておることがわかり皆様のお力添えをお願いしたい次第です」

人の良さそうな顔の村長が深々と頭を下げた。

傍らの宿の主人も合わせて頭を下げる。

「バーナム隊長、ここまで慌てる必要のある怪物って、、」

ラークの目が鋭くなる。普段の理知的な雰囲気ににわかに凄みが加わった感じだ。

「言ったろ、強敵だってな。断定は出来ないがドゥドァの可能性が高い」


「ドゥドァ!?」

トマスらが異口同音に口を揃えた。そしてぶるぶると震えていた男はその聞き慣れない単語が恐怖を煽るのか、ひぃ!と甲高い叫び声を上げてその場に突っ伏す。

その拍子に返り血らしき赤い物がその服の裾に飛んでいるのが見えた。


「ああ、俺も今しがたこの人から聞いたばかりなんだがな。おい、あんた。悪いがこいつらにあんたが出くわした化け物の話をしてやってくれ」

バーナム隊長がばんばんと男の肩を叩く。ちょっと乱暴なようだが今の恐慌状態に陥っている男には有効だったらしい。

何とか口を開き恐る恐るながら彼が怪物と遭遇した状況を聞く僕達の表情は徐々に凍りついていった。



(急ぎの旅なんで夜中を徹してセルタの町からこの村への街道を馬で走ってたんだ。

俺ともう一人、俺の連れとでね。王都で商売の種仕入れなきゃいけなかったんだけど、ちょいと日程が押してたからさ。

ああ、夜中の森は危険だって知ってたよ。でもここで出るのはゴブリン、コボルト、それにオークが殆どだ。俺と連れも武器は使えたし馬で駆け抜けるなら大丈夫だろうって思ってたんだ)


(あと一時間もすればこの村に着くってところでさ。急に馬が止まっちまったんだ。

鞭で叩いても宥めても全然動きゃしない。何かに怯えたみたいにひんひんと鳴くばかりだ。

俺も連れも訳が分からなかったけどろくでも無い事が起きる前触れなんじゃないか、て気持ち悪くなってよ)


(とりあえず馬から降りて引っ張って行こうとした時だ。

いきなり俺達の背後の森がこう、ヌウッて膨らんだみたいに見えたんだよ。

勿論森が膨らむ訳が無い、目の錯覚かと思ったけど違った。

もっと怖い物だったのさ)


(ベキベキって音がして木がへし折られたかと思うとそいつが俺達に襲いかかってきたんだ。

まず連れの馬にそいつのでっかい拳が叩きこまれた。一発で馬は首へし折られて血の泡吹いて倒れちまってよ。

恐怖で足がすくんだ俺の連れをあいつのもう片方の腕が捕まえた。

抵抗する間も無く連れが胴を握り潰されたのが分かった)


(もう何が何だか俺も俺の馬も分からなくなってたんだろうな、恐怖で一杯になった馬に祈るような気持ちで飛び乗って「走れ!走らなきゃ俺もお前も死ぬぞ!」て叫んだらさ。

それが通じたのか、弾かれたみたいに馬が駆け出したんだ。

その背中から一度だけ振り返ると見えたんだよ、三つの目のあるでっかい猿みたいな化け物が連れの馬に牙を突き立てて、それで、、俺の連れをその足で踏み潰してんのが・・・!

真っ赤な池があの化け物の足元に広がってるのを見た。

気がついたらこの村に着いてて、宿に飛び込んでひいひい泣きついてたさ、怖くて、怖くて体がさっきから震えが止まらないんだ。。)


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