これも人助け
しばらくトマス視点です。
(トマス・キンバリー)
いきなり現れた黒服のおっさんの衝撃発言に俺の全身は固まった。
何無茶苦茶言ってやがんだ、こいつと危機感が高まりいますぐ逃げ出せと全身の神経がそそけだつ。
そうしなかったのは単にこのおっさんがごくごく真面目に低姿勢に自分の話を聞いてほしいと言ってきたからに他ならない。
「とりあえずここは目立つから」とアッシュさんが言い、俺達はギルドの隣の安い食堂に移った。昼を回ったこの時間、人は少なく少々密談しても問題は無い。
「まず最初に言っとくけどー「偽装結婚していただきたいのですよ」
席に着くなり言いかけた俺の言葉は、おっさんに遮られた。
聞き慣れない単語に脳がうまく回らない。
「なんとなく読めた気がするんですけどね」
頭の回転が速いカイトが口火を切った。その黒い両眼が細められている。
「もしかして彼にそっくりのだれかさんがいらっしゃって、その人が出なきゃいけない結婚式に何らかの事情で出られないことになった?」
「大まかにはその通りです、それを念頭に置いた上で私から改めてご説明致します」
黒服の紳士はカイトの察しの良さに感嘆の声をあげて俺の顔を見た。
「それにしてもよく似ていらっしゃるー」
めんどくさい話になりそうだな、と俺は覚悟した。
******
それはどこにでもある話といえば話だった。
オズワルドと自己紹介をしてから俺に突拍子もない依頼をしようとしたおっさんの話は、時に涙ぐみ時に同じ話を何回も行うために
非常に時間がかかったが要約すると次のようになる。
ここ、カラーディの街を中心に商売をやっているディロス家。
当代の主人の才覚のおかげでそこそこに上手く商機を生かし、顔も利く存在となった。
2人の息子、1人の娘にも恵まれたディロス家の幸せな日々はしばらく続いた。
やがて子供たちは大きくなり、縁談の話がちらほらと寄せられるようになった。
焦ることもないがあんまり悠長に構えていては良い縁組を逃してしまうのも道理。
いつしか長男のエルンストは一人の女性と見合いを通じて知り合い、互いに愛し合うようになった。
(これで肩の荷が降りたというもんだ)
ディロス家の主人、ガタニアはそう呟いた。カラーディの街の役人という相手の実家の家柄にも特に問題は無い。
いや、むしろそこそこ手広くやっているとはいえ所詮は新興の商人に過ぎぬディロス家にはわずかに過ぎたる身分の相手ともいえるくらいだった。
それに男女共々相手を思いやっているのであれば特にこの縁談について障害となるものは何も無かった。
後はつつがなく結婚式を行えばよい。
そのはずだった。
だが悲劇は突然やってくる。
商人の家に生まれた男子ならば遠方の顧客向けに積み荷の輸送を自ら行うことがある。
勘定、倉庫での物流管理などと同じように輸送とその後の客との折衝は商いの中でも重要な項目に入るからだ。
故に齢18に達したエルンストが自ら商隊を率いてお得意様の一人のもとへと出向くと言った時、ガタニアは認めこそすれ止めようなどと思うはずも無かった。
もうすぐエルンストは結婚し責任ある立場となる。ディロスの家の商売を自ら背負うのは少し先の話としても、結婚式前に箔を付ける意味で商隊を率いて自ら積み荷の輸送を行うと言い出したのは当然歓迎すべきことだった。
勿論、積み荷を狙った夜盗や人間の肉を求める低級な怪物の出現するリスクはあるので通常レベルの護衛は配備し、長男に華を持たせてやろうと配慮した。
準備は万端、無事に戻ってきたら褒めてやろうと思いながらガタニアとその妻はエルンストの出発を見送った。
だがうまくいって当たり前の積み荷の輸送は思いもよらない結果となってしまったのだ。
エルンストとその商隊が出発して三日後。
急に天候が荒れはじめた。時は秋、青天高く気候も安定していた時期にこのような荒れ模様は珍しいと街の人間が眉をひそめているうちに次第に雲は厚みを増し、風は強くなり、雨が降り始めたのだった。
「なんぞ良からぬことが起きねばいいがの・・・」
ディロス家でそう呟いたのはガタニアの母、モーリン。
既に灰色になった髪を後ろでまとめた彼女は心配そうに窓から外を眺めている。
人生の重みが刻まれたしわが深い顔に浮かぶ表情は少々淀んでいた。
「大丈夫だよ、母さん。このくらいの嵐、すぐに止むって」
ガタニアは老いた母の肩に手を置いてなだめた。モーリンが何を心配しているかは分かる。かわいい孫のエルンストが無事に帰ってくるかどうかが心配なのだ。
天候。こればかりは人の身ではどうしようも無い。川の氾濫、がけ崩れ、落雷、山火事。
それらに巻き込まれ命を落とす者は少なくはない。
だがガタニアは無理にでも自分の不安を押さえ付けた。
エルンストが通る予定の道は途中に低い山が一つあるだけであとは平坦な街道だ。滅多なことで悪天候によりどうこうなるものではないはずだった。
三日三晩嵐は続き、そのあとは嘘のように青空が広がった。ディロス家の皆も当たり前のように仕事をしながらエルンストの帰りを待っていた。
待った。
待った。
待ち続けた。
出立から一ヶ月が経過し、さすがに遅すぎるとディロス家全体が慌て始めた頃である。
エルンストとその商隊について一つの情報が寄せられた。
彼らの通るコースを通った旅人がディロス家に立ち寄ったのである。
浮かぬ顔でその旅人が手渡してきたものは、他でも無いディロス家の商隊に必ず付けていた家紋のレリーフだった。
旅人は低い山を横切る山道でその金属製のレリーフを拾ったらしい。
山道はあの時の嵐で見るも無残にぐしゃぐしゃに崩壊していた。旅人がいうには「地下水が急な雨で増量して鉄砲水みたいに吹き出したのか、道が押し流されていた」とのことだった。
レリーフはまさにその崩壊した山道のはずれに転がっており、たまたまディロス家の家紋に覚えのあった旅人は直接届けにきたのだ。
崩れた山道。帰らぬ商隊。そして無残に転がっていた商隊の所属を示す家紋。
それらが示すところは一つしかない。
ー悪天候に阻まれての事故ー
客観的に見てエルンストと彼の率いていた商隊は土砂崩れに不幸にも巻き込まれたとしか考えられなかった。
無論、ガタニアも黙ってこれを認めたわけでは無かった。すぐに捜索隊を出し、事故があったと思われる土砂崩れで崩壊しかけた山道を探させた。
だが執拗な捜索にも関わらず、商隊の痕跡を示すものは壊れた荷馬車と生き埋めになった馬の死体のみ。生存者を示すものはどこからも発見されなかった・・・
******
オズワルドさんはそこで口をいったん閉じた。全員が今までの話を聞いていたのを確認するかのようにゆっくりと見渡してから
水で喉を潤す。
これが今からちょうど一年前に発生した事件だそうだ。
そこそこ栄えていた商家が一つの事故で不幸のどん底に落ちる。
悲劇ではあるが、ここまでなら割と珍しくない話だ。
いや、商人でなくてもごく普通の農家でも兵士でも貴族でもこういうことは起こりうる。
大切なのはそこからどう立ち直るかじゃないか、と思う。
そう思う俺の脳裏には故郷に残してきた四人の妹の顔がちらりとよぎった。あいつらも俺がもしいなくなったら何かしら思うことはあるのだろうか?
「・・・その話と俺に結婚式に出てほしいっていう突拍子もない話がどう結びつくんだい」
「それは今からご説明しましょう」
「ああ」
答えながら何となく嫌な予感がしてきた。さっきカイトが推測した内容とかけあわせれば・・・
「一年前のあの事件以来、ガタニア様のご母堂のモーリン様はショックで寝たきりになってしまいました。
何かモーリン様が喜ぶようなことでもお見せできればお元気になられるのではないかと考えていたところ、
偶然冒険者ギルドでトマス殿を見つけたのです。驚きました。
トマス殿、あなたはエルンスト様によく似ていらっしゃる。双子といってもいいくらいに」
オズワルドさんはしげしげと俺を見つめた。
「で?」
「私の頭に閃いたのです。トマス殿にエルンスト様のふりをしていただき、一年前から実行されずに中断されたままの結婚式の主役をしていただければ
モーリン様もお元気になられるのではないかという考えが!」
「そんな無茶な!」
オズワルドさんが身を乗り出してこちらに迫るのを、俺は必死で首を横に振って否定した。
だってそうだろう。そっちの事情はどうか知らねえがふりとはいえ結婚式を挙げてばあさんをだまくらかして元気にしてやろうなんて
俺が出来るとは思えねえ。
大体本人じゃないってばれるに決まってる、とてもじゃないが俺は演技力には自信が無い。
あまりの突拍子もない話にアッシュさんやカイトらも口をあんぐりしている。思考がついていっていないらしい。
比較的冷静なシャリーさんが口を開いた。
「実行は難しいとは思いますけど、仮にその話を受けたとしていったいどの程度彼を拘束されるおつもりですか?」
「考えていただけるのですか?」
話に食いついたとみるやオズワルドさんはシャリーさんの反応に目を光らせた。この親父、見た目によらず強引というか強情だ。
絶対引く気がねえ。
「ちょっ、シャリーさん、俺そんなんできねえよ!?」
「報酬と拘束期間次第じゃ考えてもいいんじゃない?どっちみちこっちが失うものはないもの。
成功すればおばあさんを喜ばせてあげることが出来るわけだし、ね?」
「無理無理無理!」
淡々としたシャリーさんの微笑が怖い。どうやら向こうから引き出せるだけ好条件を引き出してみようというつもりのようだ。
普段ならそんなふてぶてしいまでの度胸が頼もしいシャリーさんだが、今回は俺が人身御供にされるような立場なので鬼にしか見えない。
「それって条件次第なら俺をこんな茶番劇に貸し出してもいいってことっすか?」
きっと俺の声はかなり悲壮な響きを秘めていたのだと思う。でもそんなことはおくびにも出さずシャリーさんはにっこり笑った。
「そうよ?だってねえ、世の中お金も無しに渡れるほど甘くないじゃない」
「勿論無茶なことを言っているのは分かっております故、それなりに報酬は弾ませていただきます。
そうですな、最低一週間くらいはトマス殿をお借りできませぬか。報酬5万ゴールド、勿論滞在費は全てこちら持ちで」
ここぞとばかりにオズワルドさんが詰めてきた。
条件だけなら相当いい。全然命に関わるようなことは起きそうもないミッションで5万ゴールド、しかも必要なのは俺一人だ。
アッシュさん達はその間、別のミッションをやるなりして稼ぐことも出来るし。。
一瞬俺が静かになったのが命取りだった。
オズワルドさんがさっと取り出した依頼用紙にシャリーさんが受諾のサインをするのを見て俺が「あっ!」と叫び声をあげた瞬間、アッシュさんがぽんと俺の肩に手を置いて言った。
「トマス、人様のお役に立って来い。お前なら出来る。なあに、たった一週間だ、心配するな。次のミッションに入る前の骨休みだと思え」
勝手なこと言うなよ!ミスリル探索のミッションが金銭的には無報酬だったからって仲間売るような真似していいのかよ~と
俺は主張したかったがもはや後の祭りだった・・・こうなったら花婿を無事に務めて戻ってきてやる、それしかない。




