カラーディの町へ
パチパチと火のはぜる音が耳を打つ。
僕は膝を抱えて焚火を眺めていた。秋の夜だ、冷える。毛布を肩にかけたまま火の番をしている。
(交代までまだしばらくあるか)
焚火の向こうにはテントが二つ。僕らのパーティーの男性用と女性用がそれぞれだ。
こんな大型荷物でさえもウィルヘルム公からもらったリュックは容易に収納できるのだからありがたい。
夜営。
ノールズ村を出て三週間が経過した今、シルベストリ共和国との国境を越えた僕達は大陸中央の大湿地帯を時計回りに迂回して、その北側の森の中を進んでいた。
町や村が無いので今日は屋根の無い場所での宿泊だ。
左肩を動かす。もうドゥドァにやられた痛みはひいている。十分左腕も使えるのだが、未だに魔法を使う以外は戦闘には使っていない。
盾があの一撃で壊されてしまい、代えの盾を買うこともなくここまで進んできたからだ。
この辺りの怪物なら盾無しでもやり過ごせるだろうし、少しいいものを買った方がいいだろうとの判断から次の町に着くまでは剣のみ装備の状態だった。
ざ、ざ、と夜風が頭上の葉を揺らす。
赤い焚火がそれに合わせるようにうごめいた。
獣除けと暖をとるための焚火だが、こうして闇の中ただ一人で番をしているとむしろ明かりとしての用途の方が強い。
夜営をしたことが無い訳ではないが、秋の醒めた空気のせいか妙に夜気が身に沁みる。
(早く次の町に着きたいな)
これでほんとに一人旅ならどれほど孤独だろうか。
カサカサという枯れ葉の音を足元で鳴らしながら考える。
******
オーラの使い方には未だに四苦八苦していた。
とにかくむやみに使うとむしろ有害だというのは痛感していたので、今は実戦では一日一回だけ落ち着いて使える時だけ使っていた。
闘気と似ているためアッシュが練習に付き合ってくれるが、この扱いには手こずり中々上手くならない。魔法と違ってこれという形式が無い為、感覚的に掴んでいくしかないのだ。
しかし修業の甲斐あってどうにかこうにかこの三週間で一つようやく形になりかけた技がある。
オーラを掌に集めてそのまま直線的に打ち出す技だ。
掌を向けた真っ正面にしか打てないが威力は折り紙付きで、この青いオーラの閃光を浴びた怪物ー大型のゴブリンであるホブゴブリンーは一瞬で消滅した。
「一撃どころか消し飛ばした?」
「塵さえ残ってないときたもんだ」
パネッタが呆然と、トマスが驚きを茶化すように言ったようにホブゴブリンは影も形も残さなかった。ただ黒い粉のようなものが一塊、ゆらりと風に揺れて消えたから塵もないというトマスの言葉は言い過ぎではあったけれど。
倒すだけなら普通の攻撃呪文で十分倒せる相手だったが、オーラの練習台になったばかりに悲惨極まりない死に方をしたかと思うとすこしだけ罪悪感は残る。
絶対仲間目掛けて打つなよ!とアッシュが注意するのも無理は無い。それほど桁外れの、だが制御が難しい技だった。
「私のティエルグオーラ並ね。呪文の詠唱が無い分、使いやすいんじゃない?」
「全然。力を溜める時に神経使うから疲れるし。もっと上手くならないと実戦では使いづらいかな」
シャリーが興味深そうに聞いてきたけど僕の返事はちょっとそっけなかった。
出力を低めに抑えて取り回しが簡単に済む程度にまでコントロールしないと危なっかしくてたまらない。
******
火の粉がパチンと爆ぜる音に意識を現実に引き戻す。
今はオーラのことで迷う段階ではない。少しずつでも上手く扱えれば実戦向きに作り直せるだろうし。
「それよりか、早く屋根のある場所で寝たいよ・・・」
ここのところ野宿が続いており、ついそんなボヤキが出る。
確か明日には町に着く予定だがこうして夜露に濡れると気分的にはへこむ。
なんせ現代日本では滅多にお目にかかれない本物の深い森だ。木々の息吹も闇の深さもどろりとした粘度があるかのごとく濃い。こうして火の番をしているとそれに取り込まれそうな錯覚を覚えてしまう。
(狼や熊くらいはウロウロしてるしね)
もっともその程度の野生動物など僕らの敵ではなくなっているが、やはり恐くないわけでもない。
それでも夜眠れるのが一人前の冒険者だということらしいけど、なかなか慣れるのは難しかった。
明日到着する予定の町は僕らが当座目指す町では無いから滞在期間は短いだろう。一つ二つミッションを受けてそれで終わり、すぐに町を後にするはずだ。
戦うさすらい人という言葉が胸に浮かんだ。冒険者の自由というのは定宿の無い孤独と紙一重だ。
結構組織に属さないって寂しいもんだ、と改めて思いテントを見る。
皆は平気なんだろうか?
「あ~よく寝た!ほれ、ラーク起きろ。いつまで寝ぼけてんだ」
「むにゃむにゃ、、」
どうやら僕の心配は余計だったらしい。翌朝トマスは元気に飛び起きていた。しんみりした気分とは無縁のようだ。
アッシュらも普通に起きてきている。火の番をしながらうつらうつらしていた僕は朝日に目を細めながら目を覚ました。
「おはよ、カイト。ほら、コーヒー」
「ありがとう」
パネッタが湯気の立つカップを差し出してくれたので両手で包みこむように貰う。
湧き水で抽出したコーヒーは美味しかった。
それを啜りながらパネッタの方を見ていると目が合った。
「何?じーっと見て?何かついてる?」
「ん、パネッタは冒険者になってから寂しさとか感じたことは無いのかなあと思ってさ」
僕の疑問に彼女はふい、と首を傾げた。
「無い、なあ。自分の帰る部屋が無いからちょっと不便ではあるけど、でも皆で旅しているから寂しくはないよ」
カイトはあるのかな、と聞かれ素直にすこしね、と答えた。
「こっちに来る前も来た後も何だかんだ言って自分の帰るべき家とか部屋がある生活が当たり前だったからね。遠征しても帰れば自分の部屋自体はあったし」
だからすこし落ち着かないな、と付け加えた。
「ああ、なるほど。冒険者て根無し草みたいなものだからね。特に今まで軍にいたらうるさい半面、居所は確保されてたしね」
分かる気がするよ、とパネッタは僕の隣に腰を下ろす。落ち葉がカサリと音を立てた。
「私の場合はー」
隣で口を開いて一瞬パネッタが口ごもった。
「私の場合は、家を出て無理矢理王都に行く時が一番孤独感はあった。だからそれに比べたら今は寂しくないよ」
「なるほど」
ほとんど家出のような形で実家を出てきたパネッタならではの感想だ。
人それぞれだよなあ、と思いながらコーヒーをまた一口。
「それに今はカイトと旅出来るから楽しいし」
パネッタの弾んだ声に意表をつかれた。
軽くむせ、コーヒーを吹き出しそうになる。
「あ、ありがとうと言うべきなのかな?」
「さあ?行こうよ、もうすぐ朝ごはんだよ」
先に立ち上がった彼女に手を引っ張られる。何だか今日はペースを握られているなあ。
でもこういうのも悪くはないかな、と考えつつ腰を上げた。
******
その日、森の中を進みつつ何回か襲撃してきた怪物の群れを撃退してきた僕達は夕方近くになってようやく街道へと戻った。行商人や旅人の姿がちらほらと見える街道の遥かに視線をやれば遠くに町らしき物影が見える。
旅人の一人をつかまえて聞いてみるとあれがカラーディの町だよ、と親切に教えてくれた。
「久しぶりに人が集まっているところに行けるかと思うとさすがに心浮き立つものがあるな」
アッシュがホッとしたように呟いた言葉に全員が頷く。この三週間、ひたすら戦闘経験を積む為にあえて街道を避けて怪物との遭遇率が高い森や荒れ地を通ってきたからか全員辟易していた。
「そろそろ暖かい物が食べたいです」ラークの言葉もまた真実。
日持ちする固パンや食用になる動物ー野ウサギや鹿などがメインの食事にも飽きは来る。
「よし、今日はカラーディの町まで行って宿を取ろう。十分休息して明日に備えるぞ」
「助かるわ、ほんと」
アッシュの決定にシャリーが同意する。ぽくぽくと街道を歩く足取りも軽く僕達は夕暮れの中を町へと急いだ。
適当な場所に宿を見つけそれぞれ宿泊した翌朝、僕達は一日休息することにした。この三週間で溜まった疲労の回復が必要だ。
「そういえば他国の町ってなにげに初めてかも」
「砂漠に行ったわよね?カイト、ボケたの?」
朝食をとりながら何気なく言った僕にシャリーが容赦なく突っ込む。
こっちの世界に飛ばされた時はこんなんじゃなかった、と内心ぼやいてしまった。
「いや、あそこは町というか砂の部族の集落というか本拠地だったからさ。普通の町っていう意味なら初めてだよ」
「ああ、そういうことね。なにげに私もすっごく久しぶりだけど」
「初めてじゃないんだね」
シャリーが頷く。
「小さい時にデズモンドまで親に連れられて行ったことあるから。大々的な戦争してない時なら民間人が他国まで行くのは許可されてるのよ」
(じゃあ僕らは完全アウトだな)
一時除籍されているとはいえ軍人だ。絶対オープンには出来ない。
懸念が顔に出たらしい、アッシュが安心させるように低い声で話しかけてきた。
「心配するな。黙っていれば分かりはしない、堂々としておこう」
「了解」
一つ頷く。
カラーディ。
シルベストリ共和国の中規模の町。デズモンドとの国境に近く、町として一通りなんでも揃っている為、ここを拠点にする冒険者も多い。
さらっとカラーディの町を要約するとこうなる。
主要な道路にだけ木と石を組み合わせたタイルを敷き詰め、馬車が通りやすく舗装されている一方で未整備の区画ではがちゃがちゃと入り組んだ迷路のような細い路地がある、まだ発展途上の町だった。
当たり前だがどの町にも冒険者より元から住んでいる住人の方が多く、忙しい朝の風景をこうして見ていると活気を感じる。
「丸一日フリーと考えていいかな」
「半日かな。午後三時に宿に集合、それから冒険者ギルドに行って受けるミッションを探そう」
「まだ立場的には所属ギルドは決めないままでいいんだっけ?」
「ああ、ここには長くはいないつもりだからな」
そう決めるとアッシュは全員に三時集合の旨を告げて部屋に戻った。もう一度寝直すというのでそっとしておく。
「珍しいね、アッシュさんが二度寝なんて」
「それだけ疲れてるのさ、リーダーやるのは大変なんだよ」
ラークに答えながらせっかくの自由時間をどうしようかと考えた。
パネッタも特に決めていないようだから一緒に町を歩いてみることにする。
「んじゃ、俺はシャリーさんとラークにくっつくかな」
トマスの言葉に「え?」と二人の顔が固まる。付き合っているカップルを邪魔する気かと思ったがトマスなりに考えがあるらしい。
荷物持ちだよ、と笑いながら二人のボディガードのようにすこし離れて歩いていく。
それを見届けて僕達二人も宿を出た。
「シャリーとラークには悪いけどトマスがついてた方が安全かもしれないな」
往来を見渡せる茶店で頼んだ紅茶を待ちながら何気なく呟いた。
パネッタは目だけで何故と聞く。
「悪党に絡まれたら魔法無しじゃあの二人だとめんどくさいことになりそうだしね」
「それもそうね。魔術師は腕力はほとんど一般人並だし」
相槌をうちながら思い出したようにパネッタは付け加えた。
「でもシャリーさんくらいになったら張り倒せそうな気もするけど」
その反応には曖昧な笑いで答える。本人が聞いたら怒るか笑うか分からない。半分は冗談だったらしくパネッタもそれ以上は何も言わなかった。
このあと何をするかはすぐに決まった。時間もないし僕の盾を見て、あとは秋物の服を見ることにする。
「そういえば一着も秋冬物が無い」
必要なかったから当然だし、旅に余分な荷物は不要だから買っていなかったがこれからの季節には必要だろう。
「すぐ買おう、見立ててあげるから。風邪ひくよ」
パネッタの言葉に後押しされ僕らはカラーディの雑踏へと踏み出した。
******
約束通り午後三時に戻り全員で町にある冒険者ギルドへと向かう。アッシュは言葉通りずっと部屋で寝ていたらしく、その金髪がピンと寝癖で跳ねていた。
シャリーらはやはり秋冬物の服が目当てだったらしく魔術師二人はローブの上からジャケットを羽織り、トマスは半袖のベストを今までの服の上から着込んでいた。
「いい盾なかったのか?」
「残念ながらね、しっくりこなかった」
アッシュに答えた通り、せっかく武器屋に足を伸ばしても自分の感覚としていいと思える盾が無かった。命にかかわるだけに多少はこだわりを捨てて選ぶべきなんだろうが、なぜかその気にならず結局買ったのは服だけだ。
薄手のウインドブレーカーみたいな服(もちろん化学繊維なんてあるわけないので羊毛製)を僕が買って、パネッタは肩から上半身を覆うストールを買っている。
「もう盾無しで左手は魔法用に空けておいてもいいかな」
この僕の意見に賛成派はシャリーとトマス、反対派はアッシュとパネッタ、中立がラークだ。
焦点はやはり盾による防御力上昇をどの程度考慮するかでシャリーとトマスはそれを無視しても、攻撃呪文を使いやすくなるなら別にいいという考えで、反対派のアッシュとパネッタは攻守のバランスが悪いということで渋い顔だ。
ラークは良い盾が手に入れば付けた方がいいかもね、とやんわり言及しただけだった。
結局どちらがいいのかという件は棚上げになっている。余程のことが無い限り、盾を片手に持って防御を固めた方が良いのは分かる。戦いとは絶対に守勢に回る時があるからだ。
大剣のような両手武器を使っているわけでもない現状、合う盾があるなら使うべきかなと思い返す。
10分も歩けば冒険者ギルドに着いた。公民館のようなこじんまりした建物だ。アッシュを先頭にさくさく入る。
僕らの他にも何組かパーティーがいた。先客らしい、依頼の貼られた壁を眺めあれはどうだ、これの方がと意見をぶつけ合っていた。
「いらっしゃいませ」という職員の応対を受け流し、今受けられるミッションを聞いてみた。
そこの壁に貼られたもの以外にも幾つかあるので持ってくる、と職員が席を外し、すぐに戻ってくる。
「どれどれ」
依頼の用紙を受け取り僕らはギルド内でそれらを眺めた。
既に他のパーティーが取ってしまった依頼はどけてまだ手がついていない分だけをより分ける。
「さすがに雑魚退治は受けないわよね
、時間の無駄だし」
「今さらオークやコボルト退治ってのも締まらない話っす」
口さがない筆頭のシャリーとトマスが遠慮ない意見を口にする。
(ギルドの職員に睨まれるぞ)とアッシュが慌てて注意するが、なるほど、これが続けばそりゃ疲れるわ。。ご愁傷様。
僕も何気なく一枚手に取った。そのミッションの依頼内容を読んでみる。
<ラングリオ鉱山への鉱石採取に同行していただける方、募集中。
同鉱山にはミスリルが埋まっており、是非とも採取したいが往復の道のり及び鉱山内に潜む怪物がいるため困っている。
護衛をしていただけると大変助かる。
依頼主 モス・バーリン
報酬 お好きな武器か盾を一つミスリル製でオーダーメイド。またはナイフのような小さい武器なら二つ作成を請け負う>
「お金が払われる訳じゃないから誰も受けてないのかな」
依頼が出された日を見る。既に一ヶ月もほったらかしになっていたようだ。確かに命を懸けて戦う冒険者は強欲とまでは言わないが、報酬にはこだわる者が多い。
金銭が得られないなら依頼を受けたがらないのも無理は無い。
だが僕の目をひいたのはその金銭が得られない代わりの報酬だった。
「これ受けてみないか?」
ん、と皆の目が僕に向く。目ざとくラークが最初に読み上げた。
「へえ、、ミスリルの武器か盾が。って魔術師の僕やシャリーさんには全然旨味が無いよ?」
君正気?とでもいいたげな顔でラークがこちらを見た。視線が痛い。むしろ刺さる。
反対にアッシュやトマスは乗り気だ。「金は道中倒した怪物から採取した牙や毛皮を売れば何とかなるさ」とアッシュが言えば、「俺、このバトルアックスをそろそろ変えようかと思ってたんだよ」とトマスは目の色を変えていた。パネッタは別にどちらでも良さそうだ。
一つだけというのがやはりネックか。ナイフ二本作ってもらってもあまり使い道が無いし。
だが妙にこの依頼が気になる。そうだ、そもそもミスリルって何だったっけな。聞いた覚えはあるんだけど。
「ミスリルって魔力を秘めた銀だっけ?」
「そうよ。性質として聖なる魔力を帯びた金属。きらめく銀光は魔を払う力を秘め、それで作られた剣は鉄をも切り裂き鎧は爆撃にすら耐えうるとされる高性能。鋼に比べたらかなり高いランクの金属ね」
シャリーが言うには魔力を帯びた金属は何種類かあるらしく、七色の輝きを放つ神の金属とされるオリハルコン、溶岩の中でごくまれに産まれるとされる黒色炎鋼、水の性質の魔力を持つアクアメタルなどが有名だそうだ。
ミスリルは殊更珍しいという程では無いが並の鋼鉄より遥かに強力な金属なのは確かだった。
正直惹かれる。これで盾が作ってもらえればと食指が動くが正直僕のわがままでパーティー全体で受けるミッションを決めるのは出来ない。
他の依頼を受けた方がいいかな、と思いかけた時、ふと一つの考えが浮かんだ。
「この鉱山てもしミスリルが採れたら僕らが使ってもいいのかな」
「それは構わないんじゃないかな。依頼主が独占権があるものじゃないだろうしね」
パネッタが相槌をうちつつギルドの職員に聞くと持ち帰れるなら持ち帰ってもいいそうだ。依頼主のモスさんも一人で山ほど持ち帰るわけでもないだろう。運搬はミッション内容に含まれていない。
ということは。
「ミスリルを自分達で採取して町に持ち帰って精錬してもらえば皆武器が手に入る。勿論手数料は払わなきゃいけないだろうけど」
皆はこれを聞いて色めき立った。ミスリルなら軽く魔術師のシャリーやラークでも杖にしてもらえばミスリル装備が持てる。
原材料費がかからないのだから店頭で買うよりはかなり割安に手に入るだろう。
「このミッション受けます」
力強くアッシュがミッションの受諾書にサインした。




