初めての乾杯
今日は外で食べようというアッシュの一言で買い物を終えた僕達は一軒の酒場に足を運んだ。
石造りのがっしりした店舗の中はまだそれほど混んではいない。
こういった店には早い時間帯だ。
「色々買ってくれてありがとう。街も見れたし楽しかったよ」
「いや、お陰で俺達も日中堂々と街に出れたし礼を言われる程のことはないよ。気にしないでいい」
アッシュは肩を回しながら答えた。だいぶ荷物を持たせてしまったようで恐縮だ。
「カイトさんが楽しかったなら何よりです。私も久しぶりに買い物を堪能出来たし」
笑顔でシャリーも言う。やはり相当に買い物好きらしい。
席に着いて改めて見てみると二人とも最初に会った時からかなり打ち解けた感じがする。
軽装に着替えたアッシュは現代の感覚から言ってもかなりもてるだろう。
イケメンのアクションスターかプロのスポーツ選手といわれても信じてしまいそうだ。
シャリーも美形である。
ミステリアスな紫色の髪は緩やかなウェーブを描いて肩にかかり、その細い体を白いワンピースで包んだ姿は芸能人並に目をひく。
街を歩いた限り、別にこの世界の住人が誰しも容姿に恵まれているわけではないようなのでこの二人が特別なのかもしれない。
一つ気になっていることを聞いてみた。
「率直に聞きたいんだけど」と前置きしてから二人両方を見る。
「アッシュとシャリーはお付き合いしてるのかな?」
一瞬静寂があった後、二人が同時に噴き出した。
「違う違う、そんな風に見えたなら誤解だよ、カイト!」とアッシュは答え。
「腐れ縁みたいなもの、かな?」とシャリーは受け流した。
そのまま二人が簡単に説明してくれた。
その間にウェイターが注文をとりに来たので三人共エールを頼む。
こちらでは一番ポピュラーなアルコール飲料だそうだ。
「俺もシャリーも四年前に王宮に全くの新入りとして仕え初めたんだよ。最初、新入り達は数人集まって一つのパーティを作るんだ。
旅の準備から集団行動、模擬戦から実戦までこのパーティで一年半過ごす。
辛い見習い時期を乗り切る為の仲間意識を高めるため、と」
アッシュの説明をシャリーが次いだ。
「一年半の見習い期間後も気がね無く話せる人間関係を今後の任務の糧とする為にね。つまり私とアッシュは同じパーティを組んだ仲間なのよ。
私達の他にあと一人、パーティを組んだ人がいるけど彼は今は王都にはいないの」
なるほど、そういうことか。新人研修で一緒だった仲間だから気軽に話せるんだな。
「その人は今はどこに?」
「神官として今は地方を回って修行中だ。しばらく会ってないけどね」
アッシュが懐かしそうな顔をする。電話もメールも無い世界だ。離れて暮らす友人と連絡を取るのは大変だろうな。
シャリーが「ミルズなら大丈夫よ、しっかりしてるしね」とぽん、とアッシュの肩を叩く。
二人が気さくに話しているのを見て少しだけちくり、と心が痛んだ。仲の良い友人がいる身が単純に羨ましい。
(女々しいぞ、酒井海人)と自分をたしなめる。
頼んだエールが運ばれてきたので三人ともグラスを持つ。
「それじゃ、カイトの初外出を祝って!かんぱーい!」
「かんぱーい!」
アッシュが音頭をとってささやかな宴が始まった。
見た目は完璧に地球のビールと同じエールを口に含む。うん、ちょっと重い風味だけどビールだ。地ビールに限りなく近い。
「ふー、生き返るよ」
思わずプハッと息を吐き出した。
「あら、、そういえばカイトさん、アルコール飲んでいいんですか」
シャリーが妙なことを言う。
「え?全然いいと思いますけど、、何でそんなこと言うんですか」
「ひょっとしたらまだ飲酒が許される年齢じゃないかもと思って。18歳超えてます?」
思わぬ不意打ちに僕はエールを噴き出しそうになった。
「とうに超えてますよ!僕は25歳です!」
25と聞いた途端、シャリーがギョッとした顔付きになる。
「う、嘘ですよねー!?その顔で25歳は無いですよ。どう見ても二十歳以下にしか見えないです!」
そうなのだ。やや線が細いのと童顔が重なって僕は若く見られがちだった。地球で生前働いていた時も学生と間違えられる時はよくあった。
しかしそれにしても18は酷い。
「25です、神かけて誓います」
わざと重々しく言ってぐい、とエールを飲み干した。
アッシュとシャリーは微妙な顔付きだ。
「年上だったのか。失礼した、とてもそうは見えなかったから」
「いいよ。日本人はたいてい若く見えるからね」
アッシュに答える。
シャリーが恐縮したように口を開いた。
「えーと、私が20歳でアッシュが22歳なの。カイト、同い年か少し年下かなと思ってたから。。」
申し訳なさそうに縮こまった彼女に気にしないように伝えた。
昔からよくあることだ。
「それより四年前に王宮に仕え始めたということは18歳と16歳で働き始めたということか、、」
ほとんど独り言のようにつぶやく。
今の日本なら大学をストレートに出た場合、22歳で初めて社会に出る。顔立ちよりもむしろ社会に揉まれた経験が見た目の年齢を作ると考えれば、二人の勘違いも頷けなくは無い。
程なく前菜やスープが運ばれささやかな祝宴が始まった。
年齢のことを僕が気にしていないことが分かり、アッシュもシャリーも安心したのかよく話す。
僕が地球で何をしていたのか、向こうではどんな生活をしていたのかなどを話すと二人は興味深そうに話に聴き入ってくれた。
「そのケータイデンワというのがあれば遠くにいる知人と連絡が取れるのか。凄い技術だな」
僕がポケットから取り出した携帯を手に持ったアッシュがしみじみと言う。
腕時計、財布と共に僕がこの世界に持ってきた貴重な所有物だ。充電は期待できないので電源は切ってある。
「そうだよ。連絡先を知っていればね。でもこっちの世界でも魔法で遠距離通信できるとかあるんじゃないの?」
「あるにはありますけど、カイトさんが思っているほど便利じゃないですよ。割とレベルの高い魔法なので誰でも使えるわけではないですし、集中力の問題から一回あたりの会話時間も限られます」
シャリーが僕の疑問に答えてくれた。
何でもかんでも魔法で何とかなるわけではなさそうだ。
試しに電撃の呪文で充電できそうかと聞いてみたが、こんな精密そうな機械に電撃呪文を使えば壊れてしまうと一言で断られた。最初から無理だろうとは覚悟していたけどやはり残念だ。
「でも仮にそのジューデン?できたとしてもこの世界では使えないんじゃないですか。他に持っている人もいないですし」
もっともなシャリーの指摘だった。
「それはわかっているよ。でも中に色々データ・・・あっちの世界の情報が残っているから必要な時に見れれば便利だなと思ってね」
僕もたいがい諦めが悪いようだ。携帯で写した写真や受診フォルダに残ったままのメールは今や貴重な思い出の品だけにいつかは充電を実現させたい。
そんなこんなで宴は進みエールのグラスは次々空いた。久しぶりの開放感から気がつけば四杯目のグラスも空けていた。アッシュとシャリーも似たようなものだ。
アルコールに強いのかアッシュは平然としたままだが、シャリーはろれつが怪しい。
「ひっく・・・カイトさん、そんな可愛い顔だったらあっちの世界で凄くもてたんじゃないですか・・・?えへへ、私、何聞いてんだろ~」
とろんとした目つきでシャリーが聞いてくる。からみ酒か、この子。
「別にそんなことないよ」とかわすが「嘘だ~、絶対もてたと思うな。私だったらほっとかないし~」とやっぱりろれつが怪しい。
アッシュが目で謝ってくるのを同じく目で受ける。
(ごめん、こいつ酒癖悪くて)(いや、いいですよ。この程度で済むなら)とアイコンタクトで瞬時の受け答え。
第三位宮廷魔術師と言ってもまだ二十歳の女の子なのだ。きっとストレスが溜まっているに違いない。
ここは年上らしくどっしりと受け止める義務がある。
エールのグラスを空けてそのままシャリーは机に突っ伏した。「私もいつか素敵な恋人欲しいなあ、、むにゃむにゃ。。」と寝言を言いながら。普段は白い顔が真っ赤だ。
(大学の新歓コンパみたいだ)と思いながら「どうすればいい?」とアッシュに聞く。
金髪のイケメン騎士は苦笑しながらシャリーに外套をかぶせる。
「よくあることなんだよ。こいつ、普段真面目で周囲からは天才だと期待されちゃっている分、酒の入った時の弾け方が凄くてね。高い才能を持て余しちゃってる普通の女の子、なんだよな」
「分かる。僕の世界でも時々いたから」
僕は頷いた。アッシュの説明は的確だと思う。そして人は世界や時代が変わっても、同じような悩みを抱えることはあるんだなとこちらのエールで怪しくなりつつある頭で思った。