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魔術戦! シャリー・マクレーンの手記

攻撃魔術の飛び交う物騒な戦いです。

私は思い出す。

ある朝、いつものように王宮に出勤し当時直属の上司であったウィルヘルム公に挨拶をした。

厳つい顔のウィルヘルム公は「君に話がある」と言って一人の男性を連れて来た。


短い黒髪に鋭い刃物のような細い目の痩せた男。

第一印象は切れ者という感じだった。ウィルヘルム公のように表で働くことも出来るが後ろ暗い事件もこなすような、清濁合わせもった複雑さがあった。


「リー・フェイレンと言う。今日から空席の宮廷魔術師第二位を務めてもらうことにした」

なるほど、私の上司はこの方になるのだな。噂だけは聞いたことがある。数年前異世界からやって来て魔術師と体術双方のスキルを持った異能の存在。

それが今目の前に立っている。


「どうぞよろしく。シャリー・マクレーンさん」

「こちらこそよろしくお願いいたします」

短い挨拶。だがこの時私は密かに予期していたのかもしれない。


いつかこの男と戦うかもしれないと。



******


(何でこんな時に思いだしちゃったのかしらね)

開戦ののろしとばかり振り向きざまに得意のライトニングストームを浴びせた私は次の行動に移りながら内心で首を捻った。

10歩のカウント中に呪文の詠唱をこっそりスタートしていたのだが、奇しくもリー師父も同じことをしていたらしい。


向こうが放ってきたファイアストームに見事に相殺されてしまい、先制攻撃は不発。

稲妻と火炎の嵐の激突が視界を占め、荒れた空気が爆風となりこちらに向かってくるがかけてもらったプロテクションとアンチマジックシェルの効果でこんな流れ弾のような爆発の余波はあっさり掻き消された。


やるじゃない。さすが私の上司。


通常魔術師は肉体的には弱く、あくまで戦士系ジョブが壁となって守ってこそ真価を発揮するという点から一対一をあまりしない。

だが体術に優れたリー師父は少なくとも私よりは一対一の戦いの経験は豊富だろう。魔術戦に徹するという本人の言葉を信用はしていたが、ペースの掴み方は向こうが有利なはずだ。


それを踏まえた上で二の手、三の手を打つ必要がある。

「光り輝く天使の羽よ、いでよきたれよ我が手元に。仇なす攻撃に立ちはだかる盾となるよう命じる。オートシールド」

まず防御の強化だ。爆発の余波で視界が利かない間を利用して唱えた呪文により私の周囲に六枚の長方形の盾が出現した。

自動の盾<オートシールド>の呪文名から分かる通り、物理攻撃でも魔法による攻撃でも自動的に反応して防いでくれる便利な呪文だ。


これがさっそく役に立つ。

いまだ不透明な視界の向こうからこちらに向かって飛んできた燃え盛る火炎球ーリー師父の得意のファイアボールかーを見事にシールドの一枚が迎撃してくれた。

勘だけでぶつけてきたせいか直撃コースからはやや離れた一発だったがそれでも掠めただけで重傷になりかねないだけの威力があることを思えば、やはりこの戦いは防御面にある程度気を払う必要はある。


(よし、この程度ならシールドも一撃で粉砕されないか)


ファイアボールを止めたシールドは消えていない。まだ六枚、私には防御手段が残っている。

距離をとりながら晴れてきた視界の向こうのリー師父の気配を追った。この広い闘場に相手しか存在しないのだ、魔力感知は難しくない。

勿論それは向こうも同じだが。

「守ってばかりで勝てる気か?レディへの配慮だ、一発撃たせてやろう」


わざわざ気配を読むまでも無かったか。

ようやく風に吹き飛ばされた火炎と電撃の爆風の向こうから現れたリー師父が挑発するように指をくいくいと手招きするように曲げた。

その顔に不敵に浮かぶ笑み。

かちんときた。


「願わくば仕事ふる時にその言葉聞きたかったですけどね!」

舐められているのかもしれないが、わざわざチャンスは逃さない。一撃だけでも与えておきたい。

「大気に漂う雷獣の吐息をまとめて貫く矢とせん、ほとばしれ電撃!サンダーボルト!」

振りかざした杖から唸りをあげて飛ぶのは青白い電撃の矢。

雷系攻撃呪文の初歩だ。当然この程度で倒せるわけは無いので、更につなぐ。


「一の矢に続け、連なりて。サンダーボルト弐連!」

追加発動で放ったのは通常のサンダーボルトではある。だが同時に二発。最初に放った一発を先頭に三角形を描くように高速で飛ぶ電撃の矢だ。いくら何でも全部はかわせまい。


左にステップして一の矢をかわすのが見えた。

だが弐連の片方がそちらには飛んでいる。

青白い電撃がリー師父にぶつかり火花が散るのが見えた。激しいスパークだ。まずは先手と思ったのも一瞬。

「ハッ!」

力強い声が響くと同時に電撃が霧散した。


(甘かったようね、さすが第二位)

散っていく電撃を見送りながら私は身構えた。

電撃の矢を私のように魔法で呼び出したシールドを使うでもなく、ただ気合いで放出した魔力だけで防いだらしい。

アンチマジックシェルの効果があるからこそだろうが、生半可な実力で出来ることではない。


(だけど策の種は仕込み開始させてもらったわ)

最低限の手は打てた。最後にこれが効くだろうか。


「いい攻撃だったな。私じゃなければダメージは与えていただろうよ」

「まんまと防いでいてその台詞ですか。嫌味にしか聞こえませんわ」

最初よりやや距離をとって30メートルほど離れたところだ。

よく見ればリー師父も左手に一枚魔力で形成したシールドを出している。

反射神経に自信があるから一枚で十分、しかも場合によっては温存か。


(さすがに強いわね)


次の呪文の詠唱はほぼ二人とも同時にスタート、

しかも同じ呪文だ。

詠唱、そして同時に完成。

「加速せよ、我が足!スピードステップ!」

私とリー師父の声が闘場に響き、そして魔法で強化した脚力で一気に駆け巡り始めた。


******


魔術戦といっても一対一である以上はより有利な位置を占め、手数と威力に勝る方が勝つのは戦士や騎士の一騎討ちと変わりは無い。真正面からの攻撃よりは横や背後からの方が命中率は上がるし、逆にそうされないためにも移動速度は速いにこしたことは無い。

いわばスピードステップを駆使してより互いの防御が薄い箇所を狙おうとする意図が明白になったここからが本番だった。


そしてコツコツと私は仕掛けの種を成長させ続ける。


一撃必殺の強力な攻撃呪文を使えばいかに魔法防御がお互い優れている状況とはいえ、一気にペースを掴むだけのダメージは与えられるだろう。

だが威力の高い呪文ほど詠唱時間が長い。必然それだけ相手に手数を譲ることになる。

そのバランスを見極めながらの戦いはさすがに神経を使う。


(久しぶりのスピードステップだけに感覚がついていかない)

滅多にこの呪文は使う必要が無かったからか、足は速くなったもののそれを生かしきれない。

どうしても加速とブレーキのタイミングが微妙にずれ、動きが荒くなる。そこはリー師父の方が流石に上だ。


互いに速度を増した状態で目まぐるしく動きながら呪文をぶつけ合う展開が10分程続いただろうか。

徐々に息切れしそうになってくる中、展開的にも押され始めてきた。



「風よ、流れよ。小鳥の羽ばたきから大鷲の飛翔まで雄大に!切り刻め、ウィンドスラッシュ!」

リー師父が放った風系攻撃呪文が私の行く手を阻むように疾走する。得意とする系統は火炎系ただ一つとはいえ、そこは宮廷魔術師第二位だ。

他の系統もそれなりにこなすのは当然だった。


「うわっ!?」

動きを読まれた。かわしきれないと覚悟しつつ、咄嗟に走りながらジャンプする。

高速で飛来する風の刃を見事に何発かはそれでかわしたが、着地際に足首を狙った最後の刃だけはオートシールド一枚を犠牲にして避けざるを得なかった。


次々に被弾を重ね、残るオートシールドは三枚にまで減らされた。新たに作る暇は無い。

そして単発攻撃で終わらせる程、本気のリー師父は甘くは無い。

着地と共に私は迎撃の為の氷系呪文を強くイメージする。読み通り、二段目の攻撃呪文が襲ってきたと感じた瞬間、それを短縮詠唱で解き放った。


「ー狂える火炎が地を荒らす。焔の槍に突き通されろ、スピアリングフレイム!」

赤々と輝く火炎の槍が五列にもなってまるで闘場の大地を喰らうかのように一気に迫ってきた。

轟音を立てながら連続した間欠泉のように炎が足元からゴオゴオオと吠えながら噴き上がる火炎系呪文の中でも上位の攻撃呪文だ。


リー師父お得意の高速詠唱での完成だ、迎撃が間に合うか。

「氷華狂咲、アイスブラスト!」

自分の体の前面を守るように放った氷系攻撃呪文アイスブラスト。

氷の刃と凍気をぶつけるアイスブレードに似てはいるが、空中の一点から放射状に冷気を解き放つ点が異なる。

その放射冷気の空域を私は同時に五点配置。一つの放射冷気がスピアリングフレイムの火炎槍の列を一つ相殺してくれればそれで防御は成り立つ計算だ。


炸裂音がつんざき、大量の水蒸気が闘場に発生した。スピアリングフレイムの進撃を私のアイスブラストが上手くその進路に立ちはだかり防御してくれたのだ。

討ちもらした残り火が足元近くまで這い寄るがその程度ならば魔法防御が簡単に撃退してくれた。


(間一髪!)


気温は高いのに背中に冷や汗が流れる。全体としてはリー師父がペースを掴んでいるのは間違いない。どこかで私が仕掛けた種が逆転を呼びこんでくれるのを信じながら更にそれを紡ぐ。


「なかなか粘るが防戦一方だな、シャリー。そろそろダウンしてくれないか」

まさか。

耳を疑った。今の攻撃は間違いなく正面から来たし、姿こそ見えないが魔力の気配も同方向からする。

なのに何故リー師父の声が右から聞こえるのか。

私の反射神経を遥かに上回りこの短時間の間に周り込んだのか、だが考えるより先にとにかくー防がないとー本当にヤバい!!


「シャリーさん、右だ!避けて!」

ラーク君の叫び声が聞こえる。残り三枚のオートシールドが自動的に私の右側に高速で動き、同時に私自身は強化された脚力を駆使してステップバックしていたがそれでも。

避けられないだろう、と覚悟すると共にまた少し仕掛けた種を育てた。それこそ呼吸一つ分。


リー師父はこの機会を逃すような男では絶対に無いことを私は知っている。

「ー高じて集うこと火山の噴火にも勝りて超越す。フレア・・・!」

リー師父の誇る最大最強の火炎系攻撃呪文、フレアか。


景色が歪む。

王都中の夏の空気全てどころか、この場の観客全ての体温をかき集め濃縮化した気体に地獄の火を点火させたかのような灼熱が私に迫る。

(防げるかしら)

余りの恐怖に感覚が麻痺してしまったのだろうか。半ば無意識に最低限の省略詠唱でフロストアーマーを自らの身に唱えるのが精一杯だった。


三枚のオートシールドが超高熱に飲み込まれその光の残滓までも焼き切られた。

倍にまで威力を高めたアンチマジックシェルの対魔障壁とフロストアーマーの白い冷気の鎧がフレアの灼熱地獄に抵抗してくれたが、それでも最強ランクの火炎呪文の一角を占めるフレアを防ぐには足りない。


「ああああっあああ!!」

みっともないとか、醜いとか考える暇も無かった。喉から絶叫をほとばしらせながら私は吹き飛ばさされ、黒ローブのあちこちを焦がしながら地面をのたうちまわった。

ただの火炎呪文なら今まで何発か受けたことはある。

だが、これは、フレアの痛みは普通じゃない。


火炎がまるで獣の牙のように肉に食い込み神経を荒らし回り、血管を焼き切るような痛み。ただの火傷じゃない。

それでもこうして何とか正気を保てているのは三重の防御が私を守ってくれたからだ。それが無ければ華奢な魔術師の体など一瞬で消し炭になっていただろう。


******


せめてもの意地だ。強力な攻撃呪文を放ち、動きが鈍ったリー師父にお返しを浴びせなくては気が済まない。

「地面から沸き上がる美しき氷の女王のダンスよ。時の流れすら止めよ、凜たる氷輪・・・フロストピラー」

何とか痛みを堪えて唱えきった。だが、駄目だ。これまでの戦いで消耗した気力体力が魔法の完成度を下げている。

白銀の凍気に包まれたにもかかわらず薄皮一枚しか凍らせていないリー師父を見ればそれは明らか。

忌ま忌ましいことに左手に保持している魔力で形成したシールドもまだ健在ときている。


(やっぱり一発逆転に賭けるしかないわけね)


なるほど、正攻法では私はまだ彼には敵わない。悔しいけどそれは認める。

追撃のファイアボールをかろうじて張った小さなシールドとアンチマジックシェルで防いだだけで私は再び倒れ込みそうになった。


「シャリー」

リー師父の声が聞こえる。

頭を無理矢理起こす。傲然と見下ろす彼の顔がぐらつきかけたのは私にもう自分の体を支えるだけの体力が無いからだ。

「諦めろ。魔力はともかくお前の体力はもう限界だろう。今ここで降伏するならこれ以上のダメージは与えはしない」

「ー完全に悪役の台詞じゃないですか。いいんですか、それで?」

私の返事を皮肉と受け取ったのかリー師父はふん、と顔を一度振った。

だがその目は敵意ではなくむしろ少しだけ優しさを含んでいると思ったのは私の錯覚だろうか。


「お前をこてんぱんにのせば私は観客全員から悪人扱いだからな。だからあながち間違いでもないさ」

最後の反撃を警戒してか左手のシールドを解かないのはやはり用心深い。

私の逆転の種が上手く萌芽するか、五分五分といったところか。


(仕方ない、これ以上は私の体力も持たないしね)


私は黙ったまま一、二歩進んだ。それは傍から見たら重傷者がよたよたと崩れ落ちかけたようにしか見えなかったに違いない。まあ、それも半分正解だったのだが。


喉が渇いたなとこんな時に思いながら私は仕掛けた種を発動させた。文字通りMagicの種を。

「貫け、雷竜の咆哮。ティエルグオーラ」

当たれ。当たれ。絶対に。

急速に魔力が放出されていく感覚とそれが白い巨大な電撃球となってリー師父との距離を一瞬にして詰め切ったのだけは分かる。


信じられないとでも言いたげに目を見張りながら私の上司はそれでもシールドを構えて必死に堪え凌ごうと防御姿勢を敷く。

ああ、そうね。正解よ。シールドとアンチマジックシェルの二重防御を以ってして貴方は私の仕掛けた種の萌芽を最後まで見届けてくれるの?


「無駄よ」

薄れてゆく意識の中で最後に見たのは私の最大最強の攻撃呪文、ティエルグオーラで全身をもっていかれ闘場を包む結界に叩きつけられるリー師父の姿。


(後で考えればいいわ、、どこで私がティエルグオーラの詠唱を唱える暇があったのか、、)


******


<ウィルヘルム・アトキンス>

その時私は思わず席を立っていた。体力、集中力、反射神経で勝るリーが勝つだろうと予想していたのだがこの土壇場になってまさか。


(ティエルグオーラだと?あんな高度な呪文いつ習得していた。いや、それよりもシャリーはいつ詠唱を完成させていたのだ)

ティエルグオーラの存在は知っている。現存する数少ない古代語により構成された攻撃呪文だ。一応電撃系に属してはいるがその並外れた破壊力、貫通力は既存の攻撃呪文の枠を遥かに上回る。並の魔術師にはとても扱えない。


そして当然ながらそれほどの呪文ならば必要な詠唱も長くなる。あのリーがそんな隙を逃すわけが無いにもかかわらず、何故最後まで唱えきれたのか。

数秒思考を集中させた。私の持っている魔法に対する知識の隅に答えは眠っていた。

私自身滅多に使わない詠唱技術の一つだ。まさかシャリーが習得しているとは。


「二重詠唱<シャドースペリング>か」

「何ですか、それは?」

耳聡く隣に座ったエジルが聞いてくる。魔術師では無い彼にしてもこのいきなりの逆転劇は予想外だったらしい。


仕方ない、説明してやるか。

「どんな呪文でも必要なワードを組み込んだ詠唱が発動には必要になる。それを唱えきった上で魔力を消費して望む呪文の効果を生み出すというのが全ての呪文に共通する大原則だ」

分かりますよ、とエジルは頷いた。基礎の基礎だけに何を今更と言わんばかりだ。

「だがこの詠唱の中にわざと違うワードを組み込んで唱えていくという器用な詠唱技術があるのだよ。それを二重詠唱<シャドースペリング>という」

「ほう、それをするとどうなるのですか?」

「メインとして唱えている呪文とは別にその影に隠れるように潜ませた呪文は所詮影なので完成させられる程は唱えられない。詠唱の途中で中断される訳だから次の詠唱再開時までその中断状態をキープさせ再開する必要がある」


口で言うのは簡単だがメインとして唱える呪文の詠唱速度の邪魔にならないレベルで他の呪文の詠唱を組み込み、更にその中断状態を保持するというのは精神的にかかる負担が大きい作業だ。

一応魔法学校で生徒に教える詠唱技術の一つではあるが実用性はあまり無い為に使用者がほとんどいない廃れかけた技術だった。


だが、実際にシャリーは使った。リーとの目まぐるしい魔術戦を何とか凌ぎながら逆転への布石として二重詠唱<シャドースペリング>を使ってティエルグオーラの詠唱を着々と進めていたのだ。

リーからすればいきなり超攻撃呪文が完成して襲ってきたようなものだ。咄嗟に魔力のシールドを反応させただけでも誉めるに値するだろう。


(だがシャリーもあの一発で逆転を狙うしかなかったほど追い詰められていたということか)

私は説明を終えて席に着いた。

結界に叩きつけられ白煙をあげているリーも、ダメージが蓄積されたシャリーも両方とも倒れたまま動いていない。

こうなると10カウントダウンが適用されるのがルールだったか。


観客がどよめき、次々に「立てええ!」「早くしねえとノックダウン負けだぞ!?」という叫び声が上がる。

まさか二人が同時に倒れるなどという事態は想像していなかったらしい(私もだが)

そしてバーナムのカウントダウンの声が開始された。

ウィルヘルム公が男塾の雷電ポジションですね。魔法のことなら彼にお任せで。

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