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思いは力で通すもの

「まさかそんなことまで考えていたとはな」

重々しい口調で僕達六人に向かって話すのは刺繍の入った灰色のローブを着た壮年の男ーウィルヘルム公だ。

じろりと一列に並ぶ僕達を睨んで一つため息をつく。

その右手には分厚い資料が乗っていた。


「アッシュ、シャリーの二人に加えてカイトもそこの三人までも一時離籍か?そんなこと認められるとでも思っているのか」

ウィルヘルム公の斜め後ろに立つリー師父が唸った。こめかみに血管がぴくぴくしているのを見れば彼の方がこの事態に怒り心頭なのは明らかだ。ウィルヘルム公がいなければ部屋に備え付けの机をその鉄拳で叩き割るくらいのことはやりかねないように見える。


(覚悟はしてたけどやっぱり恐すぎる)

泣く子も黙る宮廷魔術師第一位と第二位を前にして僕は自分の背筋が凍りつきそうな恐怖を抑えつけていた。

横を見るとアッシュですら緊張の色がその顔に滲み出ている。ラークに至ってはほとんど青ざめていた。


早まったかなー。

頭の中で僕はキャンプ終了から今日までのことを思い出していた。


******


楽しくもあり、そして僕達の進路を大きく変える決断もあったキャンプからの帰り道。

それはとりもなおさずいかにスムーズに軍からの一時離籍を申し出るかだった。

事が事だけにそれなりにきちんとした理由が必要であり、最初にシャリーがアッシュに忠告しようとしていたのもそこだった。


「要は私達がちょっといなくなってもそれ以上の利益があると思わせないといけないわけ」とはシャリーの言葉である。

最後に押し切られるような形で僕らと同行することを承諾したトマスとラークはまあいいか、とあまりこだわっている感じは無い。

「ま、いいぜ。冒険者生活ってのも悪くなさそうだし」

「シャリーさんがいくなら同行するよ。もしかしたら凄い魔法の道具が手に入るかもしれないしね」

トマスもラークもそれぞれ思うところはあるだろうが、皆がいるならいいや!というノリらしい。

六人パーティーとなればかなり戦えるはずであり、心強い。



そして王都に戻ってから僕とアッシュとシャリーは上層部を説得するための資料作成に没頭した。モレーン野外宿泊場から帰ると残された休暇は半日。

ほぼシャリーの部屋に缶詰で必死で資料を仕上げ、休暇明けとなる翌朝に最初の発言者であるアッシュが代表となって六人一時離籍の許可を得るための申請書を提出したのだ。


(何も無いわけないとは思ってたけどウィルヘルム公の呼び出しか)

二日間は何も無かった。通常任務についていた僕らは拍子抜けする思いだったが、このまますんなり許可出るのかと期待したがそれは今朝打ち砕かれた。

申請書提出から三日経過した本日、午後一番に僕ら六人はウィルヘルム公の執務室への出頭を命じられたのである。


******


パラパラとウィルヘルム公が資料をめくる。もう何回か目は通したのか、資料の紙に折り目が幾つかついていた。その背後を警護するように立つリー師父は相変わらず苦虫をかみつぶしたような顔だ。

魔術師というだけでなく体術もエキスパートという腕自慢だけあり、全身から発する怒気が物理的な圧力すら伴う。


「何回かは読んだ。それなりに理屈は通ってはいる。

対シルベストリ戦に向けての個人修練の必要性、あのトリュース将軍を打ち倒した時の戦略的利益。

同様にデズモンド軍におけるドラグーンのその存在感と脅威についても頷けるものはある」

渋い声でウィルヘルム公が僕らに話しかけた。一応評価はしてくれているらしい。だがその目が鋼の強靭さと冷たさで一睨する。


「だがやはり君達を今、軍から欠くのは痛すぎるというのが私の意見だ。あの二国との本格的な戦争まで少々時間があるのは同意しよう。

しかしだ、軍の任務として小規模な反乱鎮圧や各地に出没する怪物掃討、民兵の訓練など戦以外にもやるべきことは多い。

それらに従事する優秀な手駒をわざわざ今手放す気にはなれん」


ずん、と空気が重くなりそうな重圧感が部屋を包む。筋が通り過ぎていて非の打ち所が無い否定の言葉だ。

だが言われてはい、そうですかと引き下がるくらいなら最初から言い出さない方がましだ。


「それでも、行かせて下さい」

「しつこいぞ、カイト」

リー師父が止めに入る。だが構わず僕は話し続けた。

「僕は砂漠の民との共同戦線であの黒竜を操るドラグーンと戦いました。

あいつのせいで“岩石“の部族の砦は一夜で陥落したんです。

そして僕もコバルトもあいつを倒せなかった。ラトビアが現在保有するただ一騎のドラグーンをもってして尚勝てない、そんな相手なんですよ」

話している間に頭が熱くなる。

思わずウィルヘルム公が座る机の前に詰め寄っていた。


ち、と舌打ちしながら前に出ようとするリー師父をウィルヘルム公が片手で制する。

続けろ、と僕を見る暗灰色の目が言っていた。

「・・・ご存知の通り、僕はもともとこの世界の人間じゃありません。

戦争なんかしたことも無かったし、出来れば今でも回避出来るなら回避したい。

でもあのデズモンド軍との戦いで実感したんです。嫌でも戦わなきゃいけない時があるって。

そうしなければ罪も無い人々が殺されてしまうって。

自分一人でどうにか出来るなんて思っちゃいませんが、僕とコバルトならそんな事態を少しでも減らせるかもしれない。だからその為にもあの敵のドラグーンに好き放題にやられる訳にはいかないんですよ!」


思ったより声が大きくなった。

ウィルヘルム公は座したままだ。ただぴくりと一度眉が動いたことだけが感情表現と呼べるだろうか。

「君の感じているのは義憤か。冷静さは欠いているが、個人としては好ましいよ。しかし、いみじくも君が今言った通りラトビア唯一のドラグーンを軍から引き離すなど、やはり狂気の沙汰なのだ。司令官としては容認出来かねるな」


再びの否定。

だがその声音が先刻より少し柔らかいものになっていることに僕は気づいた。

ウィルヘルム公が机から立ち上がる。長身を翻して僕らに背を向けた公は執務室の出窓を眺めながら言った。

「アッシュ、シャリー。君達が入隊してから何年になる」

「四年になります、ウィルヘルム公」

淀みなくアッシュが答えた。シャリーは居住まいを正している。

「四年か。まだまだヒヨッコだと思っていた君達もようやく若鳥くらいにはなったかな」

ハハハ、、と深く沈むような笑い声が部屋の中にさざ波のように広がる。

台詞とは裏腹に僕達を揶揄するような調子の無い優しい笑い声だ。


「リー、君はシャリーがいなくなったら困るか」

「困りますな。私の下で何かと働いてくれる優秀な部下です」

「そうか。ならばそのかわいい部下の言い分を少し聞いてやる気はないか。むろん鵜呑みにしろとは言わん」

ウィルヘルム公の言葉にリー師父が眉をひそめる。真意を掴み兼ねているらしい。

「といいますと?」

「シャリーの決意の程を試してみろ。宮廷魔術師第三位として相応しい力があるかどうか、君がその身で測ってやれ。それによって今回の離籍を是か否かの判断材料にしろ」


すっとリー師父がシャリーの方を向く。

先刻とは違い、静かな戦意を貯めるような迫力がその細い視線に満ちていた。

シャリーもまたそれを受ける。その美しい顔にふわりと浮かんだ笑みに刃物のような鋭さがあった。

「なるほどね、わかりやすいじゃない。己の意を貫きたければ」

「その威を示せだ。容赦なくこいよ、シャリー。後で言い訳などする余地が無いようにな」


宮廷魔術師第二位と第三位が向き合う中、ウィルヘルム公が更に言う。

「アッシュ。君も条件付きだ」

「はっ。心得ました」

アッシュの纏う雰囲気が変わった。僕らは次のウィルヘルム公の言葉を固唾を呑んで待つ。

「エジルを呼ぶ。やれるな?」

「はい!」

アッシュの返事は揺るぎない。むしろ動揺したのは僕らだ。


(よりによってあのエジル将軍か)


まずい相手だ。展開如何では本気でアッシュを仕留めにきかねない。そういうやばい雰囲気が彼にはある。

だがもうこの機会に乗るしかない。

そして最後に僕の方へウィルヘルム公の目が向けられた。

鋼と同等の硬度の視線に気圧されそうになる自分を叱咤し、それに耐える。


そうか。つまり僕も試される訳だ。

そしてその相手は。

「ドラグーンの実力、私が試させてもらおうか。カイト、そしてコバルト。私が相手だ」

右手が震える。ビリビリと青い光が咆哮するかのように洩れ始めるのを左手で抑えながら僕は目の前の最大の難敵に真正面から向かいあった。


「ドラグーンの全力、叩きつけさせてもらいます。より僕とコバルトが高みに登る為に」


低く響く笑いはウィルヘルム公のものだ。窓から差し込む夏の陽光にも関わらず、冷や汗が背筋をつたうのが分かる。

「ふふふ、、いい意気だ。ドラグーン相手なら私も本気を出せそうだよ。ひさかたぶりにな」


******


ウィルヘルム公の部屋を出た僕達はどんな顔をしていただろうか。

アッシュとシャリーの顔が思い出せない。パネッタがとんでもないことになったというように前髪をくしゃくしゃと掻きながら僕の横を歩いていたのは覚えている。


ルールは簡単。

アッシュvsエジル将軍、シャリーvsリー師父、僕&コバルトvsウィルヘルム公の三組の対決を通して僕達の一時離籍を許可するかどうかを決める。

トマスら三人については僕達の許可が得られれば一緒に行っていいことになった。


勝敗が最も重要なファクターだが戦い方や内容もまた問われる。つまり負けても許可が下りる場合もあれば、勝っても下りない場合もあるということだ。

どちらにせよこの三組の対決が行われるならば大規模な戦闘になるのは避けられない。それなりの場所を用意するのはリー師父が手配するので待てということだった。


「対外的には個人技量を測る為の模擬戦ということにするか。殺し合いでは無いので勿論武器に制限はつけるし、急な重傷に対処出来るように高位の僧侶も複数呼んでおかねばな」

どこか楽しげにリー師父は僕らに告げた。シャリーとの腕試しがそんなに嬉しいのか。


「心配せずとも私の体術は封印しておく。近づいて一撃でさようならではあまりに不公平だからな」

「では私とはあくまで魔術戦で競うということですね?」

シャリーの確認にイエスと答え、リー師父はウィルヘルム公の部屋から僕らを見送った。

とりあえず今決まっているのはこの戦いは10日後に行い、おそらく場所は王都郊外に敷地を確保という点だけだ。

そもそも僕らが無理を通そうとしているので後は向こうの出方を待つしかない。多少不利なルールでも飲む覚悟だった。


そして今、この日の通常任務を終えた僕達六人は誰からともなく言い出して街中の一軒の店で集まっている。酒は頼まず素面での会話だ。

その中心は勿論十日後の模擬戦という名の離籍認定試験だった。

「コバルトは攻撃魔法の耐性はかなり高そうだが実際どうなんだ」

「多分大丈夫。まともに喰らった回数少ないからはっきり分からないけど」

アッシュの問いに答える。少なくともコバルトから動揺した感じは受けない。


「むしろカイトよね。ウィルヘルム公の攻撃魔法をまともに喰らえばいくら手加減してくれても一撃でのされると考えた方がいいわ。耐魔障壁が張れるアイテムでも買えば?」

シャリーのアドバイスは有益ではあるが、攻撃魔法に対して抵抗力を持つアイテムは高額だ。とてもじゃないが手が出ない。


「うまく避けて回るよ。接近戦に持ち込めばウィルヘルム公といえどなす術無しだし、何とかする」

実際、ブレスで力押ししていけば高レベル呪文に必要な詠唱時間を与えないくらいは十分出来るはずだ。

そこをついて僕が切り込むしかないだろう。

遠距離戦は向こうのペースなのは間違いない。早めに距離を潰す。


「コバルトの抵抗力と体力がどれだけウィルヘルム公の攻撃魔法に耐え切れるか、カイトが隙をつけるかってところか。ま、さすがに公でも一人でドラゴンの相手はきついだろうとは思うんだが」

「今更後には退けない。それより二人は大丈夫かい。エジル将軍にリー師父だぞ」

アッシュの意見に応えるように僕は彼の顔と次にシャリーの顔を見た。

極度に緊張はしていないがやや堅いのは仕方ないだろう。


トマス、ラーク、パネッタはそんな僕達を和ますべきなのか黙って見守るべきなのか迷っているようだが気を効かせて飲み物の追加をしたりしてくれている。


「俺はやれる。戦い方次第だがエジル将軍相手でもいける自信はあるね」

「リー師父が魔法だけに徹するなら互角じゃない?互いに得手も不得手も知ってるから潰し合いになるでしょうけど」

ほぼ同時に二人が答えた。脅えは無い。ぴりぴりした高い気迫が既に二人から感じられる。

アッシュとシャリーが大丈夫というなら僕はそれを信じて自分の準備をするだけだ。


「俺が言うのも何ですけどエジル将軍相手ってまたウィルヘルム公も酷いすね」

ぼやくようにトマスが言う。心配はしているのだろうが鳥の手羽先をかじりながらなので切迫感は無い。

今回の認定試験に直接は参戦しないトマスらだがサポート役は快く引き受けてくれた。具体的には今日から認定試験までの間、この六人と一匹が集まりひたすら修練を積むことになったのだ。


「怪我しても大丈夫だ、私が回復させるから」と僧侶のパネッタが言えば、「強度はともかく攻撃魔法を実戦で裁く練習台くらいにはなるさ」とラークも続く。

せめてものハンデをくれたのか、王都を離れる任務は僕らには課されず夕方から寝るまではかなりの時間を修練に充てられるのは確認した。


その夜、明日からの修練を約束して

解散となった。

僕とパネッタは帰りが同じ方向なので一緒に歩く。

石畳に影が落ちる。夏の夜らしく小さな甲虫がぶん、と唸り飛んでいった。

「やるだけのことはして挑まないとな。相手はあの莫大な魔力を誇るウィルヘルム公だし」

「私は見守ることしか出来ないが、勝って欲しいよ。カイトとコバルトならやれると信じている」

横を歩くパネッタが言い切る。気休めでは無い、その声にこめられた感情は強さがあった。


勝敗が即許可の是非に繋がる訳では無いがやはり勝って離籍を認めてもらいたい。これはアッシュもシャリーも同じ気持ちのはずだ。

「しかし対魔法防御の手段が何も無いのは心許ないね。コバルトの陰に隠れていれば防げるかもしれないが」

「言っても仕方ないよ。ある物でやるしかないんだ」

うん、と頷くパネッタだが何やら思いついたらしい。

その顔が明るくなった。


「二、三日待っててくれないか、カイト。何か私も役に立てると思う」

「そりゃ待つけど、何かいい手でもあるのかい?」

僕が半信半疑で尋ねるとうん、と彼女は頷いた。

「きっとカイトの力になるよ」

そこまで言ってくれるなら信じたい。いや、言わなくても彼女の信頼に応えたい。

街灯の下で軽く抱擁して別れ、僕は宿舎へと一人歩く。コツコツと石畳を叩く靴音がやけに耳に響く。


(心配するだけ無駄だぞ、マスター。いらぬ消耗をする)


「分かってる」

コバルトが姿を見せないまま呼びかけてきた。大丈夫だ、まだ気を尖らせる時じゃない。

全力投球で挑む。ただそれだけを念じて僕は夜の街を歩き続けた。

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