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Summer isn`t over 4

「キスってどんな感じだった?」

「はひ?」


いきなりだった。

キャンプ二日目、滝登りに出かけたアッシュとトマス、ハンモックに揺られながらの読書とガールズトークに夢中のシャリーとパネッタ、そして小川で釣りをすることにした僕とラークの三組に分かれそれぞれ休暇を楽しんでいた時だった。

釣り竿を隣で垂れていたラークの不意の一言で虚を突かれ、変な発音になる。


いきなり何を聞くのかと思ったがラークの興味津々という表情を見て悟った。

「見てた?」

「偶然ね。酔いから覚めて窓の外見たらカイトとパネッタが、ね。びっくりした」

きまり悪そうに言うラーク。彼に責任は無い。ロッジの近くで寄り添っていた僕らがどっちかというと非があるだろう。


(どう答えたもんか)

今更ごまかすようなことでも無いし、話してもいいんだけどキスの感じって言ってもな。

ちょっと考える。目の前の綺麗な林と清流のせせらぎが静かに目と耳を満たす。

「柔らかかった。としか言いようが無い」

「そうか。パネッタの唇柔らかいんだね」

ラークに改めて言われると昨夜のことを思い出し、鼓動が速くなる。もしもう少し理性が足りなければあのままパネッタを押し倒していただ

ろう。


(ゆっくり付き合っていけばは自分に言いきかせた言葉だ)


愛情と性欲が混ざり合いパネッタの胸に行きそうな手を必死で抑えつけ、何ともないようなふりをするのは結構辛かった。せっかく彼女が感じていた気持ちを話してくれたのにそんなことは今は出来ない。


ラークの顔を見ると平然としている。それがふりで無いのは水面に浮く彼の釣り竿の浮きの動きが乱れていないことからも分かる。

「そんなこと聞いてどうするんだ?キスの心の準備?」

「いや、単なる興味。あとカイトのびっくりする顔が見たかった」

ハハ、と爽やかな笑顔を見せるラーク。

軽くコツンと小突いておく。


「仲良さげで良かった、良かった」

「それはどうも」

何が嬉しいのかニヤニヤしているラーク。対照的に憮然とする僕。

ちょっとやり返したくなる。

「それより自分はどうなんだよ?シャリーとうまくいってるの」

「まあまあだと思うよ。シャリーさんほんと可愛いよね。あー、もう抱きしめたい!」


テンション高いな。こんなラーク初めて見たぞ。

とりあえず慎重に聞いてみる。

「まだ付き合い始めて間が無いんだっけ?」

「そっ。砂漠遠征の間に告白したから二週間くらいかな?その前に何回か会ってたけどね」

鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌だ。

しかしなあ、意外とラーク抜け目無いなあ。競争相手多そうなシャリーを見事射止めるなんてなかなかやる。


「ちなみに人生の先輩たるカイトに聞きたいんだけどね。何回目のデートでキスがいいのかな」

「あくまで僕がいた世界の標準と断っておくが三回目くらいが多い」

「へー、じゃあ楽しみにしとこっと」

いや待て。うまく持ち込めるかは君の腕次第だ。


******


そのまましばらく釣り糸を垂れていた。

釣果は僕が三匹、ラークが二匹。小さな鱒のような魚が釣れ、カゴの中で銀色の鱗を光らせている。

(もう一匹くらいいけるかな)

餌をつけ直しキャストする。綺麗な放物線を描いた針がちゃぷんと水音を立てた。

ラークも少し離れた淵にキャストする。しばらく無言のまま水面に集中した。


「変なこと聞くけどいいかい?」

ラークの声が耳に届く。視線だけ横に走らせ「物によるけどね」と答えた。

「カイトさ、こっちの世界に来てからずっと禁欲中?辛くない、それ?」

唐突だな!念わず竿を持つ手が揺れる。

「・・・女の子としたか、って意味なら無いね。自分で処理した、はある」

真昼間に話す内容だろうか。

少なくともパネッタには聞かれたくは無い。


「へー、真面目なんだね。もっと遊ぼうと思ったらいくらでも遊べるだろうに」

「別に堅物では無いつもりだけど、何となくそんな気にならなかっただけだよ」

「そっか。僕はダメだな。人生短いから思い切り楽しみたいよ。いつ死ぬか分からないからね」

言葉とは裏腹にラークの口調はしんみりしていた。ちょっと気になる。


「シャリーさんと付き合えなかったら娼館行ってたなあ、多分」

「まじで?顔に似合わずお盛んなことで」

そう言うとラークは釣り竿を少し動かしながら答えた。

「だってさ、18歳だよ?ぼちぼち童貞捨てたいし、軍人やってたらいつ死ぬか分からないからね。楽しめるものは全部楽しみたいよ」

「まあ、それは分かる」

あまりお金で性欲発散させるのはお勧め出来ないけど、性体験が無いというのを気に病むくらいなら行った方がいいのかもしれない。

ましてや明日をもしれぬ職業だ。ラークの言う事にも一理ある。



「生き急いでる訳じゃないけどさ。実際戦争の中に身を置くと考えちゃうね。あんなに元気だったランセルさんだってあっさり死んでしまうし。だから僕は死んでやり残したことがあった!とあの世で嘆かないように生きてる間にいろいろやってみたいよ」

それは分かる。

時間はどんどん過ぎてゆくし、僕達軍人はいつ最前線に出てもおかしくない。

出来ることは今やる、というラークの考えは合理的だ。


「のんびり待つことが許されない世の中か。切ないなあ」


こっちの世界には企業間の競争や受験勉強は無い。

でもそれ以上に命のやり取りがある。どちらを見ても自然豊かな竜の大地だけどこの世界なりの厳しい一面は確かにあった。

「おっと、あたりかな?」

その時ラークの竿が大きくしなった。大物か?水面に魚影が浮かぶ。

今まで釣った魚より一回り大きい。


ラークの顔が真剣になった。ぴんと張り詰めた糸とぎりぎりと曲がる竿からかなりの重量と分かる。

「焦るなよ」僕も自分の竿を一旦回収して彼の傍に回る。その間にも魚とラークの格闘は続いていた。


器用に魚が引っ張る力を竿にまともにかからないよう逃がしながら粘り強くラークが相手との力比べを続ける。

だが長時間になればなるほど腕への負担も増える。けして力自慢とはいえない魔術師の彼にどこまで耐えられるだろうか?

「これくらい釣れなきゃつまんないからね!」

いきなりラークがポジションを変えた。それまでただ耐えるだけだった姿勢から魚の逃げる方へ合わせて小刻みに走る。

力比べより相手をめちゃくちゃに動かせ疲労させることを選んだらしい。


ぱしゃりと音がして魚影が水面に閃いた。想像以上に大きい銀色の魚が跳ね、それにうまくタイミングを合わせたラークがここぞと竿を上げる。

(糸は!?)

限界張力ぎりぎりまで伸びていた釣り糸が切れるかとギョッとしたが、何とかもってくれたらしい。

空中を舞った魚がこちらの岸辺にどさりと落ちる。


ラークの勝ちだ。

「はは、釣れたよ。大物だ、やった!」

「おめでとう。しかしこれ食べ甲斐ありそうだね」

脱力したようなラークに代わって岸で跳ねる魚を覗きこむ。

体長40cm近いだろうか。今まで釣った魚より一回りどころか二回りは大きい。

間違いなく今日の獲物では断トツだ。


「これでシャリーさんにも自慢できるかな」

そう言いながら額の汗を拭うラークの顔はさっきまでの刹那的な雰囲気とは違い、青年らしい溌剌としたものだった。

年相応の明るい感じの方が彼には似合う。


******


そんなこんなでキャンプ二日目は過ぎていった。

子犬サイズのコバルトもあまり他の客には見つからないように、という条件付きながらロッジの外を走り回ったりトマスとじゃれたりしている。楽しそうだ。

「あれがドラゴンとはどうしても思えんなあ」

アッシュが笑いながら言った。視線の先ではコバルトがトマスの投げたボールを追っている。



「楽しそうだよねー。のほほんとして」

相槌を打つ。実はごく最近までコバルトを小さなサイズで召喚できることを知らなかったのだ。こんなことなら早めに試しておけばよかったと悔やむ。


うん、と頷くアッシュ。その目がふと真剣な光を帯びた。

「カイト、少し歩かないか。話がある」

「分かった」

あの目だ。決意を秘めた堅い視線を含んだアッシュの目だ。

何か大事な相談なのだろう。

ロッジを離れ、林の中の遊歩道を進むことにした。


「軍を離れるだって?急だな」

思わず声が大きくなった。木々の間に吸い込まれ誰も聞いてないはずだが周囲を見回してしまう。

「ああ。今のままじゃあの男に勝てる気がしないからな。自分が納得いくような修練を積みたい」

アッシュは伊達や酔狂でこういうことを言い出す男じゃない。

本気だ。

しかしはい、そうですかと賛成するのもしかねる。


「その間、君の部下はどうする」

「メルシーナに任せる。部下といっても厳密に隊が組まれているわけじゃないし、そんなに混乱はしないだろ」

そこはそうなのだが。

いや、問題はそこじゃない。


軍を離れている間、当然給与は出ない。

何かと便利な制度や割引も使えないだろうし、軍人専用の施設も利用出来ないだろう。

そしてそれ以上に簡単にそんなことをラトビア王国軍は許可するまい。


だが。そんなことは覚悟の上なのだろうな。

そこまでして強くなりたい理由があるんだ。

ずくん、と僕の胸に響く何か。それをあえて考えずに聞いてみた。


「狙いはシルベストリの北の氷壁か」

「そうだ。だがそれだけじゃない。恐らく近いうちにでかい戦争が起きると俺は睨んでいる。シルベストリもデズモンドも不穏な動きが過ぎるしな。それが本格化する前に出来る限り力を高めておきたい」

そこで言葉を切ったアッシュは近くの岩に腰掛けた。


「それにランセルの分まで強くなりたいという思いはある」

「それは理解出来るが、さすがに軍を離れるとなると大事だよ。諸手を上げて賛成は出来ないな」

「嘘つくなよ、カイト。お前もいるんだろ。乗り越えたい相手が」

言葉に詰まった。

脳裏から離れないあの一人と一匹の姿。砂漠の激戦で煮え湯を飲まされたデズモンドのドラグーンが黒い染みのように僕の記憶に張り付いていた。


一撃でやられたランセルさんの遺体にかけられた白い布。

首からこぼれた赤い血。

あのプラチナブロンドの女に圧倒された苦い戦い。


(いいのか、このままで)

よくは無い。だがどうすればいいのか具体的に考えるのを一時棚上げにしていた。

そこに切り込むようなアッシュの言葉だ。

思うところは、ある。


「一緒に来ないか。俺もお前も超えなきゃいけない壁がある点は同じだ。悪い話じゃないだろ」

アッシュの誘いにどう答えていいか迷う。

即答出来る話じゃない。

「・・・考えさせてくれ」

自分の中で疼く戦意と現状打破へのためらいがぶつかり合う中、今はそれしか言えなかった。

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