街角
市街地に近づくと雰囲気が賑やかになった。
石畳の通りは思ったより広く、車が数台すれ違える程度の幅はある。
恐らく大通りにあたるのだろう。
人が多い。僕の基準で言えばアングロサクソン系ーアメリカ人やヨーロピアンの顔立ちをした人間が多いが、アジア系に近い顔立ちの人間もそこそこいる。
黒髪に黒目のあっさりした顔を見ると何となく安心する。
文化レベルは大航海時代レベルと判断していたが実際に目の当たりにするとやはり違う。
複雑なデザインの服を着た人間が少ないのは縫製技術がまだ高くはないからだろうか。
幾つかの角を曲がりアッシュとシャリーが足を止めた。
見上げると二本の剣が斜めに交差した紋章が刻まれた看板がその店にぶら下がっている。
「武器屋?」
「正解だ。せっかく片手剣と盾のスキルがあるんだ。使えるようになった方がいい」
アッシュが僕の返事を待たずに店の扉を押し開ける。ぎい、と蝶番を軋ませながら扉が開いた。
戦いの場に臨む覚悟を決めるしかないか、と自分に喝を入れる。他の平和な生活を営めそうなスキルが無いから仕方が無い。
しかし店に入っても僕には手持ちが無い。
「大丈夫ですよ、私達が買いますから。カイトさんに向いている武器と防具くらいは国が負担します」
シャリーが僕の心を読んだように促した。ここは甘えるしかない。
窓から午後の光が差し込む店内は一見アウトドアショップやゴルフショップを連想させた。
木製の壁には剣が展示され、その壁際には鎧が置かれている。
初めて見る本物の武器と防具は金属の鈍い輝きを放ち、重い存在感があった。
(最初が単なる棒きれやこん棒で無くて幸運といえなくも無い、か)
考えてみれば無人の野原に転生していれば全くのゼロスタートだったのだ。
手探り状態には変わりは無いが国がある程度はバックアップしてくれて案内役まで付けてくれる現状は比較的ましな方だろう。
アッシュが話しかけてきた。
「最初だからよく分からないだろう。この店は騎士団も利用する身元確かな店だ。店主に相談して使いやすいと感じた物を買えばいい」
「ありがとう、アッシュさん」
「アッシュと呼び捨てで構わないよ。歳もそう違わないみたいだしね」
「私もシャリーでいいですよ」
シャリーが口を挟む。
中年の人の良さそうな男性がアッシュの顔を見ると「いつもごひいきに」と笑顔で対応してくれた。
彼が店主か。
騎士団が利用している店というのも嘘ではないらしい。
「すいません、全く剣を握ったことは無いんですが片手剣と、あと盾を見せて貰えますか」
店主に話しかけるとにこにこしながら彼は頷いた。
「うちには色んな剣があるからね。自分の腕力に合わせて選んだ方がいい。好みはあるかい」
「出来れば両刃の直刀を。あまり重くないものを」
片刃だと反対側では切れないし、日本刀のような沿った剣よりは西洋風の方がこの世界には合うと考えた。
一番スタンダードな形だろうし僕のようなビギナーには無難だ。
一度奥に引っ込んだ店主が四本ほど在庫を抱えてきた。
そのうちの一本を手にとる。革の鞘に収まった鋼の長剣は独特の様式美があった。
「何なら素振りしてみるかい。店の庭を使うといい」
「ではお言葉に甘えて」
命を託す道具になる。ここは念入りに選ぶに越したことは無い。
一本の剣を選び生まれて初めて武器を鞘から抜き放つ。銀色の刃が狂暴な光を弾き、僕はぞくりとした。
日本にいた時には料理の為に包丁を握ったことがあるくらいだ(自炊は嫌いじゃない)。
汗をかいた手の平をポケットで拭き、片手で握った剣を上段に構え振った。
重い刃が空気を裂く音、地面に触れるぎりぎり寸前でその刃を止めて今度は下段から見ようみまねで切り上げる。
「思ったより重いんですね。もっと簡単に振れると思っていました」
本音が出た。しかし店主は感嘆したように何回も頷いている。
「いや、初めてにしてはなかなかだよ。振り下ろした剣をぎりぎりで止めるのは難しいんだ。お客さん、剣に向いているのかもしれんな」
「いえいえいえ」
褒められて悪い気はしないけど、どうせなら他のスキルが高い方が良かったな、と思う。
だが他の剣も試しに素振りしているうちに徐々に気分が晴れてきた。
鈍っていた体が剣の動きに慣れ、適度に暖まる。
「これを貰えますか」結局、最初に振った一本を選んだ。
次は盾だがこれはあっさりと円形の物を選ぶことにした。
デザインがシンプルだし表面に丸みがついており、攻撃を受け流しやすそうだ。
盾は革のバンドに腕を通し、更に持ち手を持って支える造りになっているが持ち手を手放すことでフリーハンドにすることも出来る。
当然、盾による防御は不安定になるが剣を両手持ちにしたい時や、空いた手を他の用途に使いたい場合は便利だろう。
「剣と盾はこれで揃った、と。若いの、鎧はいるかな」
「見せてもらいます」
躊躇なく頼む。命綱になる防具は手に入れておきたい。
アッシュとシャリーも何も言わないのだから予算内なのだろう。
しかし一口に鎧といっても種類が多い。
革鎧、胸当てくらいならまだ身動きには支障はなさそうだが、鎖帷子、スケイルメイルとなるとかなり重そうだ。
ましてや全身を覆うフルプレートなど拷問具にしか見えない。
高い防御力を持つ鎧ほど重量があるのだ。
迷っている僕にアッシュが声をかける。
「カイト、鎧は革鎧でいい。体力がついてから徐々に重い鎧に変えていけばいいよ」
「やっぱりそうかな?」
「今の君には金属鎧は無理だろう。体力強化スキルがあるならいきなり負荷を高めても良かったが」
正直ほっとした。
「じゃ、革鎧一つ。これで全部です」
「ありがとうございます、しめて2,400ゴールドになります」
通貨単位はゴールドか。ゲームでお馴染みの単位だけど、どんな種類の貨幣が使われているかすら僕は知らない。
「お支払いはこれで」
シャリーが金貨二枚と銀貨四枚を出す。お釣りは無い。
恐らく金貨一枚が1,000ゴールド、銀貨一枚が100ゴールド相当になるのか。
これより価値が下の通貨として銅貨があり、一枚1ゴールドなら分かりやすい。
購入した盾と鎧は王宮まで届けてもらうことにした。片手剣だけその場で腰に吊す。
「なかなか似合ってますよ、カイトさん」
シャリーがおだてる。武器の一つくらいは無いと怖いと付けては見たけど何だか動きがぎくしゃくする。
「そうかな、落ち着かないんだけど。それで何でシャリーはさん付けなの?」
「あ、すいません。男の人を呼び捨てにするのはあまりしたことが無くて」
それなら仕方ないかも。
アッシュとシャリーに買い物の礼を言う。
とりあえず世話になっているのは間違いない。
気にしなくていい、と二人とも答え更に街の奥へと足を進める。
「え、まだ買う物が?」
僕の質問が気に障ったようだ。
シャリーが目を吊り上げて答える。
「だってカイトさん、この世界で何にも持っていないでしょう?服や靴、身の回りの日用品とか色々買わないと困りますよ!?」
何故他人事なのに女の子は買い物となるとやる気が出るのだろうか。
(彼女もそうだったな、どの世界でも一緒かな)
不意に胸の中で湧き出た感情を慌てて封印し、ここは素直に従うことにした。
結局買い物が終わったのはそれから二時間後だった。
当面必要になりそうな下着から服、靴下や靴など一通り買ってもらい更に鞄と小物入れ、外套も追加する。
本屋では子供向けらしい絵本を買った。文字を覚えるのに最適らしいけど少々情けない。
「おーい、シャリー、そろそろいいだろう。俺もこれ以上は持てないぞ」
くたびれた様子のアッシュは両手に荷物を抱えている。
一人称が私から俺になっているけどこちらが地なんだろう。
僕が抱えている荷物も結構な量だけど、アッシュの方が更に多い。完全に荷物もちだ。
「うーん、もっとカイトさんの買い物に付き合ってあげたいけど・・・」
いや、もういいです。というかのりのりで買い物しているのはシャリーであって僕ではない。
「あ、じゃああれで最後にしましょうか」
そう言ってシャリーが指差したのは道端に並んでいる露店商のうちの一軒だった。
ちょうど祭りの屋台のような露天商が午後の日が落ち始めた頃からぽつぽつと店を出し始めていたのだ。
「本当に最後なんだな」
念を押すようにアッシュが問う。
「嘘はつかないわよ。ねえ、カイトさんはどれがいい?」
シャリーが指差した先には金具からぶら下がるアクセサリーが所狭しと並んでいた。
ネックレス、ピアス、指輪などだ。どれもそれほど高そうな物には見えない。
「うーん、あまりアクセサリーはしないからね。そうだなあ、これかな」
僕が選んだのはヒイラギのような尖った葉っぱの形をしたブローチだった。外套のアクセントとして付ければ男でもそう変ではないと思う。
「あ、可愛いですね。ねえ、アッシュはどれがいいの?」
「えー、俺は別にいいよ」
「そんなこと言わない!ノリの悪い男は嫌われるわよ!」
シャリーに押し切られる形でアッシュも品物を見る(この時点で僕のシャリーに対する印象はかなり変わった)。
彼は羽ばたく鷹が黄色の石を爪で捕まえたデザインのネックレスを選んだ。
「勇壮なデザインだね」「一応これでも若手騎士の筆頭だからな。鷹は凛々しい感じがあって好きなんだ」
僕の感想にアッシュが照れくさそうに答える。シャリーは満足そうだ。
「男性陣は決まったわね。それじゃあ私の分をカイトさんに選んでもらおうかな」
「え?僕が選ぶのかい?」
「女性のアクセサリーは男性が選んでくれるものでしょう?」
違うのかしら、と言わんばかりにシャリーが僕に迫る。綺麗な紫色の髪に落日寸前の夕陽が映えていた。
「そ、その通りです。。じゃあ心をこめて選ばせていただきます」
何度か女の子の為にアクセサリーは選んだことはあるがこんなに緊張したことは無い。
迷った挙句、透明度の高い紫色の石を細い金が唐草状に包んだ指輪に決めた。
「これが似合うと思う」
シャリーに声をかける。彼女は心なしか嬉しそうだ。
「可愛い。カイトさん、いい趣味してますね」
そんなことはないけど、と僕は少し照れた。
三人がそれぞれ自分のアクセサリーを手に取る。露天で買った安物だけど三つとも個性があっていい感じだ。
「カイトの初外出の記念品だな。無くさないようにしないと」
「そう、やっと分かった?いいアイデアでしょう」
シャリーは得意げだ。アッシュは「はいはい」と軽く受け流している。
ありがとう、と僕は礼を言ってブローチを大切にしまいこんだ。これは大事にしなければばちがあたる。