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砂漠の国へ 2 交渉

日が沈み砂漠の風景が黒く変わった後も僕達は進み続けた。

結局足を止めたのは日没から三時間ほど経過した頃、満天の星が夜空を覆い尽くした下で夜営のためキャンプを張る。

砂漠とはいえ全く水が無い訳ではない。オアシスは無くても小さな泉や川はちょこちょこ見つかるのでその周囲での夜営となる。


馬に水をやり休ませた後に火を燃やし明かりにする。

昼間の熱が逃げた後の砂の上はかなり涼しくなるのでまだましだ。

焚火の火の周りに腰を下ろすと疲れがどっと出た。泉の水で身体を拭いても砂が取り切れず不快だが、我慢するしかない。


「こんな土地に何で住み続けてるんでしょうね」

火の向こうに座ったランセルさんに問いかけた。他には見張りの兵を二人警戒につかせただけで、後の全員は横になっている。

「全く何も取れない訳ではないんだよ。砂丘の近くの川底に金が眠っていたり、僅かな草地で放牧をして彼等はここに住みついている。それでも私達からすれば移住すればいいのにと思うけどね」

穏やかな話し方をするランセルさんだが実際は僕より一つ年下だ。旅の途中で「二人子供がいてさ、かわいいんだ」と顔を綻ばせながら細く丸めた紙に描かれた家族の肖像画を見せてくれた。


「ああ、、全く産業がないわけではないんですね」

「そうだね。後は、先祖代々ここに住んできたからその意思を継いでかな。。」

ランセルさんの返事を聞きながら水筒から水を飲む。

ちょっとこの温厚そうな騎士と話してみようかという気になった。

「ランセルさんはご家族の為に戦っているんですか?」

「そうだよ」

あっさり肯定された。にこにこと温厚な顔がこちらを向いている。

「勿論軍人だから国の為に、という気持ちもあるけど、基本は家族の為かな。私が頑張らないとラトビアが負けるかもしれないしそうなると妻や子供も危険に晒されるからね。だから頑張れる」

「そんなもんですか。。」

焚火に視線を落とす。赤々と燃える炎、パチパチとはぜる薪の音。


「急にどうしました」

口調を改めたランセルさんを焚火越しに見る。

話してもいいか、という気になった。

「怖いんですよ。負けるのが。もしデズモンド帝国のドラゴンと戦うことになって戦って勝てなかったらと思うと」

相手は黙ったままだ。だけど聞いてくれていれば良かった。

「今までコバルトがいたから何とかやってこれました。ドラグーンだから色々親切にしてもらった部分もあると思います。

だけどもし相手にもドラグーンがいて、そいつが僕より上だったらと思うと怖いんです。

命を落とすかもしれない、というのもあるけど僕とコバルトは所詮その程度かって思われるのが怖くてたまらない」


あの日コバルトにこぼした気持ちはこの旅路で日ごとに強くなっていく。昼間は暑さのせいもあり考えの片隅に引っ込んでいるが、夜営の時など周囲に人がいない時にむくりとネガティブに心が染まる。

(勝たなきゃ)

(でないと全てを失う)

良くないと思いつつもそこから抜け出せずにいた。



「私が助言できることはあまりないかもしれないんですが、カイトさんは大丈夫だと思います。

貴方がこの三ヶ月、どれほど苦労してきたかは皆知っているし、その貢献に感謝していますよ。

それはドラグーンだからというだけじゃなくてカイトさんが頑張ろうという態度を示してきたことを含めてね」

砂に足を投げ出してランセルさんは話してくれた。僕は膝を抱えながら黙ってそれを聞いている。


「それに忘れないで下さい。もし相手にドラグーンがいて戦うことになったとしてもその時は集団戦です。

シャリーさんもいる、私もいる。トマス君らも他の兵もいる。

勝利も敗北も全員の責任なんです。カイトさん一人が背負いこむことじゃない」

「戦いってそういうものですか?」

「そういうものです」

深くランセルさんが頷いた。

自分の中で敵のドラグーン、いればの話だが、に対する戦意が消えた訳ではない。だが少し自分を追い込むようなプレッシャーが減った気がする。

「一人は皆の為に。皆は一人の為に、ですかね」

「いい言葉だね。カイトが考えたのかな」

「いえ、僕のいた世界でよく使われていた標語みたいなものです」

「うちの騎士団でも使いたいくらいだよ。アッシュ隊長に言ってみよう」

ランセルさんの笑顔に僕も少しだけ笑顔を返せた。


やれるだけのことをやるだけだ。例え誰が来ても。



そして翌日の夜、ついに僕達は“砂嵐“の部族の集落に着いたのだった。

(予想外だ)

砂漠の中の集落と聞いていたので正直砂に埋もれそうなあまり大きくない街を想像していた。

だが実際見てみるとなかなか。

きっちりとオアシスから引いた水を掘とし城壁を築いている。王都とは比べるべくも無いが小規模の城くらいの守りは十分期待出来そうだ。


「やっと着いたわね。今日はもう遅いからまず寝ましょう。あー、髪洗いたい」

馬の背でシャリーがぼやく。パネッタも「同感です」と頷いた。確かに砂まみれ、汗だらけの砂漠の旅路は特に女性陣にはきつかっただろう。


この世界では珍しい風呂はともかく水浴びくらいはしたい。

さすがにこういう時はシャワーが普通に使える日本が懐かしい。

幸運にも水が使える宿が見つかり、久しぶりに寝床で寝ることが出来た僕らは翌朝、砂嵐の族長の館を尋ねることにした。


******


「じゃ、もたもたしても仕方ないから交渉の方針を固めたら彼等を引き渡しに行きましょうか。あんまり刑が厳しくないといいわね、貴方達」

長袖は流石に暑すぎると昨夜、宿の近くの夜市で買い求めた半袖の上着とエスニックな雰囲気のスカートに着替えたシャリーが亡命者五人に呼びかけた。

五人のリーダー格らしい中年の男性は悔しそうに歯噛みしているが、残りの四人(彼の一族にあたるそうだ)は観念したように下を向いている。


こういう厳しい環境で生き抜く人々にとって団結力は重く見られる。その分、裏切り者には容赦が無い。重罪に値するとのことだった。

「シャリー、交渉の落としどころはどうする」

今回の交渉ではシャリーが正式な国使として交渉の席に着くが、僕もサブとして同伴する。最初は無理だと断ったが、「こっちの世界よりカイトのいた世界の方が文明的に進んでいるのだからきっと頭も回るだろう」というよくわからない理由で選ばれてしまった。

全体的に純朴な人が多い竜の大地では確かに悪巧みを働かせる点では、僕でも軽く平均は越えるだろう。選ばれた以上は良い条件を引き出したいところだが。。


「この人達が砂嵐の部族にとってどの程度の要職についていたか、彼等がシルベストリに渡った場合にどんな損害があったかが問題なのよね。 所詮よそ者の私達からは金額的にこれくらい、と持ちかけても相手が妥当性にかけると否定したら泥試合になるし」

聡明なシャリーも迷っているようだ。損害賠償では無く、今後起こりうる推定損害額が焦点なので交渉が長引く可能性はあった。


この五人が地位を剥奪されるのは間違いないことから、その年収の何割かを要求するという案もあったがこれもまたスマートとは言えない。

彼等の地位から得られる年収が単に持っている土地からだけなのか、職位に対する報酬も含むのか、更には社会的地位があることから受ける恩恵ー優先的な仕入れの権利や軽い罰則は見逃してもらったりーなどはどうなるか、など意外にその範囲を絞るのが厳しいからだ。


彼等が今保有している金銭と引き換えに引き渡すというのは悪くないアイデアではあった。

だがそれもすぐに無理と分かった。

亡命時に密かに財産を売り払い身につけていたらしいが、どうもグノスは船を襲って彼等を捕らえてからそれらの財産を不浄の物として海に捨ててしまったらしく残念ながらほぼ無一文である。


(発想を変えよう)

あまり相手からむしり取るような形よりは互いにメリットがあるような形で落ち着けたい。

ラトビア王国と砂の部族が緩やかな同盟関係にあるとはいえ、こちらの態度が「おまえらのピンチを未然に防いでやったんだけど?」と捉えられれば今後の二国の将来に影を落とすだろう。


ここは一発頭を使え、カイト。

伊達にサラリーマンとして仕事という名の戦場にいた訳ではないことを思い出すんだ。


砂漠を進んだ今回の旅を思い出しているうちに良い考えが浮かんだ。15分程で概案を作成、次の30分でシャリーと細かい点を練り込み最後の15分で仕上げる。

きっちり一時間で彼等と交渉する準備は出来た。

最後に確認しておこう。

「聞いておきたいんだけど、もし君達がこの亡命による罪を軽減されたらどうする」


僕の問いかけが意外だったのか、全員が顔を見合わせている。

やがてリーダーの男が慎重に口を開いた。

「一度は祖国を裏切った身だ。もしそんな幸運が訪れたなら願ってもないことだけどな、、そんなに砂漠の民は甘くねえよ」

「ああ、甘くはないと思うよ。でも僕の考えが通れば少なくとも君達の命だけは助けてあげられるだろう。

命が惜しいか、惜しくないかだけ答えてくれ」

「考えるまでもねえ、惜しいさ!砂まみれのこんな土地にほとほと嫌気がさしちまったが、それでもこんな場所でも生きられるならその方が絶対いい」

男の言葉に全員が頷く。さっきまで俯いていたが助かるかもしれないという一縷の希望を僕の言葉に見出だしたのか、わずかながら生気が戻ってきたようだ。


(彼等を助けてむしろ利用する形に持ち込めばお互いに利益が得られるはずだ。。なんとかそこに持ち込む)

シャリーと顔を合わせる。準備万端とその目が告げていたのを確認した。

「彼らもやる気はあるみたいだし、さっき話した案でやってみよう。行こうか」

「了解。交渉は基本的に私が行うからカイトは必要な時に口を挟んで。いつ会話に割って入るかは任せるから」

その言葉を最後に僕らは“砂嵐“の部族の長の屋敷へと向かった。

勿論、亡命者の五人も連行してだ。

留守番組のパネッタから「頑張ってね、カイト」と応援されちょっと照れ臭かったけど「任せといて。吉報を持ち帰る」と格好をつけた。


見栄の一つくらい切りたいものさ。シャリーには肘で突かれて冷やかされたけど。


******


周囲を南国の花に囲まれた“砂嵐“の族長の屋敷へ訪れてすぐ僕等は謁見の間に通された。流石に同盟相手のラトビアからの国使を邪険にするような真似はしない。

だがこちらが無料で引き下がるとは当然向こうも考えていないだろう。

(さあて、頼むよシャリー。まずは君の交渉が鍵だ)

熱気を逃す為に壁の一部が透かし彫りの入った木の引き戸にされた謁見の間。

そこで椅子に座って待つ僕とシャリーの前にほどなく“砂嵐“の族長が姿を現した。


「これはこれは遥かラトビア王国からこのような場所までお越しいただけますとは。。“砂嵐“の族長、エルルクと申します」

意外に若々しい相手の声と容姿に虚をつかれた。

日に焼けた浅黒い肌をした30歳前後に見える男。

族長というくらいだからそこそこ年齢がいった人間が出てくるだろうと勝手に思っていたが裏切られた感じだ。

「お初にお目にかかります、“砂嵐“の族長殿。ラトビア王国の国使、シャリー・マクレーンと申します。こちらは副国使のカイトでございます」

シャリーが挨拶を返す。礼儀を保ちながらも優雅な一礼をする彼女に倣い、僕もみようみまねで礼をした。


エルルクと名乗った男が目を細める。部屋には彼とシャリーと僕の三人だけだ。

「私が言えた口ではありませんがその若さで国使とは。よほどの才人なのですな、シャリー殿」

「あら、お世辞がお上手ですのね。才のあるか無いかは族長ご自身の目と耳でご確認していただきとうございます」

「そうさせていただきましょうか。それではまず礼を言わせていただきます。

我が部族を裏切り北のシルベストリ共和国へ亡命しようとした五人の意図を妨害し、我が国の損害を未然に防いでいただいたことをこのエルルク、心より感謝致します」

エルルクとシャリーの会話が滑り出す。本音と腹芸、直球と婉曲を交えた交渉のスタートだ。


とりあえずはシャリーに任せ僕はエルルクの言葉に集中する。

二人の会話が儀礼的なものから徐々に本題へと移っていく。

「勿論、ラトビアは同盟国である砂漠の部族の危機を未然に防げたことを嬉しく思っております。

しかしながら我が国の貴重な人材を駆使したこともまた事実。彼らの労苦に報いる為にもなにがしかの果実を得て帰らねば、私が国使として参じた意味がございませんわ」

さらりとシャリーは言っているが話の内容は結構どぎつい。

要は幾らか出せと言っているのと同じだ。


エルルクもそれは当然予期していたのだろう。国として礼をするとは断言したがいざ、具体的な金額交渉の段階になるとのらりくらりとこちらの矛先を変える。

「いかにも幾つか金額的な意味で妥当性のある案はございます。然しながらあの者らがどの程度の重要な情報を握っていたかはやはり不確実。

何日かこちらに滞在して頂き、我が部族の実情を調べて頂いた上で改めて妥協点を探るということでいかがでしょう?」

巧だな、と僕は心の中で認めた。

時間を引き伸ばしその間に少しでも心象を良くして金額引き下げを狙いたいのだろう。

(それに実情を調べるにあたり向こうが差し出す資料も向こうの都合のいいものしか提出してこないつもりなんだろ?)


ただ礼金を貰うだけなら相手の腹の内を分かった上ではまってやっても良かった。

だがそれはこちらの狙いでは無い。

ペースをこちらの流れにする為、僕は意を決して口を開いた。

「時に一つお聞きしたいのですが、あの五人の亡命を企てた方々はどのような罪に問われますか?」

それまで黙っていた僕に一瞬訝しげな目を向けたエルルクだが返答は速かった。

「そうですね、我等の裁判の結論次第ですが首謀者は死罪、残りの四人は私財没収の上で長期の重労働あたりが妥当でしょう。それが何か、カイト殿」

「なるほど。実はそのことで一案がございます。ラトビア、“砂嵐“の両方の国益を満たすことの出来る彼等五人の処遇について」


エルルクの眉が吊り上がる。予定通りシャリーはここでバトンタッチと心得て会話の主導権を僕に渡した。

さあ、交渉の本番はここからだ。

部屋の空気が変わった気がする。透かし彫りを通して和らいだ陽の光に照らし出されたエルルクの彫りの深い顔に陰影が刻まれていた。

「面白そうですね。聞かせていただけますか」

若き族長の声が響く。

「それではお言葉に甘えまして。この度、ラトビアからこの砂漠へと足を踏み入りましてまず第一に感じたこと。それは水不足に悩みつつもこの砂漠で逞しく生きる砂の民の強靭さと不屈の精神です。

これについては心より賛辞の言葉を伝えさせていただきます」

まず持ち上げる。この程度の見え透いた世辞で交渉事については百戦錬磨の族長の心を油断させることが出来るとは思っていないが、とりあえずは自分のテンションを上げるためにもジャブは必要だ。


更に続けた。

「しかしそれと同時にこの水不足さえ解消されればもっと生活が豊かになるであろうと思わざるを得ませんでした。族長殿もそれについては同感かとは思われますが、いかがでしょうか?」

「無論だ。代々この砂漠に生きてきた我らだ、水が少ないのも環境の一部、それに適応した生活を維持してきてはいるがもし水がもっとあればより楽で充実した環境を整えられるのは言うまでも無い。

だがそれと奴ら五人の処遇に何の関係があろうか?」

当然そうくるだろうと思っていたよ。そうだよね、礼金の額の話をしていて急に水不足について話されても困るだろうね。


「それがあるのです。僕の提案はこうです。彼ら五人の罪を財産を一切合財没収しての国外追放とする。ただしそこに条件をつける。ラトビア王国で灌漑技術を見に着け"砂嵐"の部族の民の水不足の解消に一役買えば、ある程度の地位に戻してやるとね。

勿論ラトビアとしても無料で貴重な技術を他国の人間に学ばせるわけにはいかないので、技術提供という名目でそちらから礼金をいただきとう存じます」

僕の提案を聞いたエルルクの目が見開かれる。どうやら彼の予想外の提案だったようだ。これで交渉の主導権はこちらに移ったと確信した。


実際には国と国との交渉というのはだいぶ長引くものだと思います。

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