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砂漠の国へ 1

とにもかくにも色々あった初デートが終わりその日の夕刻には予定通りライトニッツ伯の屋敷の晩餐会に行くことになった。

一日中海岸沿いの岩を登ろうと四苦八苦していたトマスは疲れてはいたが満足そうな顔だ。

ラークも「久しぶりにピアノ弾けて楽しかったよ」と朗らかな表情をしている。


二人で何してたのかちょっと聞かれたので「コバルトに乗って遊んでたよ」と言うと二人から軽く称賛された。

それは僕にしか出来ないデートだということらしい。

「二人乗りってカイト、そんなにパネッタと密着したかったのか。いや、夏だな。暑い暑い」

トマスの突っ込みが当たらずとも遠からずなので曖昧に笑ってその場をごまかしておいた。


「ねえ、カイト」

「ん?」

「今日楽しかったね。ありがとう」

晩餐会の後、居間を借りて二人で話している時だ。

不意にパネッタからお礼を言われた。

その表情が柔らかくとても魅力的だ。

「僕も楽しかったよ。ありがとう。また二人で遊びに行こう」

「うん。ね、聞いてほしいことがあるんだけど」

「どうぞ」

「私、付き合うこと自体が初めてだからちょっと恋人同士ですること、恥ずかしかったり、、気後れしたりするかもだけど、、」

昼間のあのことだな、とすぐに気づいた。落ち着かないのか彼女の指がテーブルの上を所在なくさ迷っている。

ゆっくり確かにパネッタが言い切る。

「時間かかるかもだけど、君のこと好きだから大丈夫だよ」

「分かってる、ありがとう。僕も気をつけるから」


焦る必要も無いことだった。自然となるようになるし、今はただパネッタと気持ちが重なればそれでいい。

三ヶ月の間一人でいた僕は自分と心を通わせてくれる人が出来たことが自分でもびっくりするくらい心地好い。


その日はよく眠れた。付き合うってこんな新鮮なことだったのかと思いながら僕は夢の世界に落ちていった。


******


翌朝、皆で集まって朝食をとっている時だ。静かに執事がもたらした報告が一気に僕達の夏休み気分を破った。

ライトニッツ伯が丁寧にナプキンで口元を拭いてから執事に告げる。

「そうか、国使の一団がようやく到着されたか。

昼に屋敷にいらっしゃるのだな?分かった、それまでに亡命者達にも準備させておこう」

「近くまでいらっしゃっているのですか?」

僕が聞くと執事は頷いた。どうやら早馬を飛ばして先に連絡だけ寄越したらしい。

一団自体はちょうど昼頃に着くようだ。


全員が無言のまま顔を見合わせる。一昨日までの停滞した雰囲気はもう無い。新たな任務に向かう心積もりは十分だ。

「聞いた通りだ。私達も旅の準備を。今度は転移魔法は使えないだろうからね」

パネッタの凜とした声に頷き、皆がそれぞれの部屋に戻る。

手早く荷物をまとめ始めた僕にコバルトが話しかけてきた。

(新しい任務か?)

(ああ、ようやくだよ。行けるかい)

(マスターの為ならば当然のこと。必要な時は呼べ)

(助かる)

短いやり取りだったがこれで十分だ。僕とコバルトの間の信頼関係が崩れない限り、大丈夫と思えるだけのものを築き上げてきた自信がある。


正午ちょうど、屋敷の扉が叩かれた。

応接室に集まりやや緊張しながら待っていると執事に案内された王都からの一団が入室してきた。

直接前線に立つ騎士団や魔術師とは異なり、外交や政務を司るいわば官僚職とは話す機会が無い。緊張するのも仕方が無かった。

「え?」

「あら、久しぶり。元気そうじゃない」

間抜けな声を上げた僕の耳に飛び込む女の子の声。

その主がセミロングの紫色の髪を揺らし、(してやったり)と言わんばかりの顔をしている。

シャリーがなんで先頭で入室してくるんだ?


「とまあこのような事情で亡命者五名の身柄は拘束しています。明日出立されるならば明朝、市街の門にてお引き渡しいたしましょう」

「ご協力感謝致します、ライトニッツ伯。少々王都でも他の件と合わせて対応が遅れておりこちらへの人選に手間取りました。申し訳ありません」

円卓につき話をリードするのはライトニッツ伯とシャリーだった。

てきぱきと亡命者の氏名や身元を示す資料をライトニッツ伯が説明し、シャリーはそれを受けながら流暢に明日からの予定を話す。

シャリーと一緒に入室した四人の兵のうち、一人には見覚えがあった。ランセル・ベイツ。アッシュの副長を努める騎士だ。褐色のくせ毛が特徴の温厚そうな彼が騎士達の統率役なのだろう。


二人の相談はすぐにまとまった。

出立は明日早朝。

五人の身柄をそこで引き渡し、馬車とそれ用の馬二頭をライトニッツ伯が手配する。彼の責任はそこで終わり、あとは僕らが南へと進路を取り砂漠の部族にコンタクトする次第だ。

(口でいうのは簡単だけど)

話を横で聞いていると中々大変そうだ。

ラトビア王国の南への街道はともかく、国境を越えるといきなり砂漠地帯が広がる。そこは街道も未整備で砂漠特有の怪物の出現も珍しくないそうだ。

幾つかあるオアシス沿いの村で水を補給をしながら国境から五日程で目指す部族ー“砂嵐“の本拠地に着くとのことだった。

ちなみに砂の部族を構成する部族は10以上もあるのだが、そのうち“砂嵐“、“雨季“、“岩石“、“月光“の四部族がその中心なのだという。商船に偽装を施しシルベストリへの亡命を企てた五人は“砂嵐“のそこそこ重要な立場につく人間だった。


もし亡命が成功していればシルベストリは砂の部族の重要な情報を手に入れ、彼等に揺さぶりをかけてきただろう。それを未然に防いだラトビア王国の功績はけして小さくない。

だがそれも交渉が上手くいかなければ十分な効果は望めない。僕らの責任は重い。中でも国使を今回務めるシャリーの責任は相当のものだ。


******


「やれやれ、ほんとは海でゆっくりしたいところだけどそうもいかないわね」

ライトニッツ伯との会見を終えたシャリーがうーんと伸びをした。

今、この屋敷の一室にいるのは僕、シャリー、ランセルさんの三人だけだ。トマス達はシャリーに遠慮してか席を外している。

「宮廷魔術師が外交もこなすなんて知らなかったよ。びっくりした」

「普段はやらないんだけどね。ちょっと今、王都で緊迫した感じになっていて人手不足なのよ」

シャリーの説明をランセルさんが補うように口を添える。

「一言でいえば出兵しそうなんだ。アッシュ隊長もそれに従軍している」

穏やかではない。

今の状況で出兵というと相手はおのずから絞られる。


「シルベストリですか?」

「その通りよ。前の獣人村の件、そして今回の砂の部族からの亡命者の件。両方裏で糸を引いている可能性が高いということでこれ以上ラトビアにちょっかいを出させないようにさせねばならない。

いつもは自らは動かないウィルヘルム様直々に八千の兵を率いて国境にあるシルベストリの城を叩く。

その準備と情報収集の為に人手が割かれる一方、砂からの亡命者も南を動かす重要なカード。

こちらも疎かにする訳にはいかないということで誰を国使にするかは結構揉めたらしいのよね」


そして結局、途中でる怪物への戦力としてシャリーとランセルさんがメインの一団が組まれ、そこに僕達四人が加わることになった次第らしい。

ランセルさん率いる兵は合計八名。その中には僧侶と魔術師が一人ずつ含まれるからバランスは悪くない。

4+2+8=14名で5名を連行する形だ。ちょっとした小隊規模である。

だがいくら重要な任務とはいえ、宮廷魔術師第三位と副隊長格まで遣わせるのは少々大袈裟すぎやしないか?


「シャリー。ランセルさん。本当に亡命者を連れていくだけなのですか?二人の力を考えれば物々し過ぎる気がする」

半分は当て推量だったが、どうやらそれが当たってしまったか。

やや緊張を孕んだ空気が流れる。

ピンと来た。何か隠しているだろ、この二人。


「先のライトニッツ伯には憶測で物を言いたくなかったから伏せておいたのだけど」

シャリーが口を開いた。やや金色がった目がこちらを見る。

ランセルさんは腕組みをして黙っている。

「やばいことなのか」

「もし本当なら、ね。ただ、実際に確認しきれていないからそのつもりで聞いておいて」


******


シャリーの話を聞いているうちに僕の背にぞくり、と寒気が走った。今は夏だ。夜とはいえ昼の熱気がまだ残っているのに体がいうことをきかない。

「デズモンド帝国に戦闘用のドラゴンがいるだって、、?」

頭の中で竜の大地の全景を描く。ざっくり横に長い長方形の西側が僕のいるラトビア王国。

北がシルベストリ共和国、南が砂の部族が集まる砂漠地帯だ。

デズモンド帝国は東側にある。確か最近は長らく統治者の立場にあった現在の皇帝が体調不良とのことで国全体に活気が無いというのを聞いたことはあったが。

「ウィルヘルム様が帝国に放っておいた間者からの情報よ。直接見たわけじゃないんだけど帝国領土でそのことが結構噂になっているらしいわ」

「そしてその噂が広まっているのはデズモンドの南側中心なんだ。砂漠地帯までは遠くない」


シャリーとランセルさんの言葉をかみ砕く。きり、と奥歯が音を立てた。

「仮定に仮定を重ねる形だけど、ラトビアを牽制するためにこの時期、砂漠地帯に出兵する可能性がある。そしてその戦闘用ドラゴンも出てくるかもしれない訳ですね」

僕の言葉は二人の頷きで肯定された。確かに仮定の部分は多いが、、だが。


最重要ポイントはシルベストリとデズモンドは同盟関係にあるという事実だ。もしラトビアがシルベストリを攻撃するため北へ進軍した場合、デズモンドが南の砂漠地帯を叩いて牽制してくる可能性は低くはないだろう。

そして噂の段階に過ぎないのだがもしその戦闘用ドラゴンが出撃してきたらどうなるか。


「ドラゴンがデズモンド帝国にいて、戦闘になる可能性があるかもしれない、か」

あえて僕は一つの可能性を口に出さなかった。

戦闘用ドラゴンという単語から容易に連想される事。

竜を操りその強力なブレスをもって大兵に値する特殊スキル保有者。


“ドラグーン“が敵にも存在する、と。


僕の動揺を察したのだろうか、シャリーが宥めるように話しかけてきた。

「先走ること無いわ、カイト。まだ何も決まっていない。

戦闘用ドラゴンの実在は目視で確認出来ていないし、デズモンドが必ず出兵してくる訳でも無いから。

今から見えない敵を引きずってしまうと疲れるだけよ」

だがシャリーの言葉も僅かな気休めにしかならなかった。

冷静になろうと自分に言いきかせながら、もう一人のドラグーンという影が僕の背に張り付く。


「負けない」

自分でも驚くほど冷たい戦意に満ちた言葉が飛び出した。

シャリーとランセルさんが心持ち引いたのが分かる。

「カイト、まず落ち着くべきだよ。その段階の話じゃない」

ランセルさんの声が聞こえる。だがそれが心までは響かなかった。

「そういう問題じゃないんです。もし敵にドラグーンがいたとしても、僕とコバルトが負けるのは絶対認めない。もし立ちはだかるようなら必ず勝つ」

ギュッと握りしめた右の拳が震える。青い光が拳から漏れるのが分かる。


僕とコバルトのタッグは絶対だ。もしドラグーンが他にいたとしても超えさせてたまるものかと腹の底からちりちりと燃えるものがある。

僕がこの世界で認められている理由の為にも負ける訳にはいかなかった。



ポートセイル最後の夜。

夏の熱気が肌にまとわりつく鬱陶しい夜の中、僕は眠れずに天井を睨んでいた。

考えているのはデズモンドにいるかもしれないドラグーンのことだった。

(マスター、寝なくていいのか)

不意にコバルトが呼びかけてきた。いつ彼は寝ているのだろう、とふと思いながら返答する。

(ああ。。寝なきゃいけないのは分かっているんだけどね)

(デズモンド帝国のドラゴンのことか?)

シャリーとランセルさんとの会話を聞いていたようだ。回線はオープンのままだったから仕方ない。

(うん、今気にしても仕方ないんだけど。自分でも驚くほど敵意が沸く)

むう、とコバルトが唸る。

(なあ、マスター。やる気になっているのはいいがあまりに一人の敵に固執すると全体を見失うぞ)

(分かってる。だけどもしそいつが出てきたら絶対に負けたくないんだ)

(何故そこまでこだわる)

(僕がドラグーンだから。こっちの世界に飛ばされてきて何一つ持たない中で唯一人より優れている部分だから、、他のドラグーンには負けたくない、負けられない)


事故で死亡し、この竜の大地に飛ばされてきた。

所持品ゼロ、友人ゼロ、知識ゼロの何も持たない中でドラグーンという特殊スキルに恵まれ何とかそれを支えに厳しい任務を乗り越えてここまできた。

アッシュやシャリー、トマス、ラークとは友人と呼べる仲になったし、パネッタという彼女も出来た。


(何一つ持たない状態からここまできた。。それもコバルト、君がいてくれたからだ。君が僕に力を貸してくれたから)

(・・・)

(もし敵のドラグーンと戦うことになって負けたら全てを失う気がする。僕を信じてくれている人達を裏切ってしまうことになりそうで、そうしたら皆がいなくなってしまいそうで、、それが怖い、、)

自分で認めざるを得ない。今感じている戦意は恐怖と裏表なのだと。


もし僕がドラグーンじゃなかったらアッシュやシャリーは友人でいてくれただろうか?

パネッタは僕を好きになってくれただろうか?

トマス、ラークもただの知り合いにしかなってくれなかったんじゃないか?


(絶対無二の“ドラグーン“だからこそ、同じドラグーンにだけは負けたくない。コバルトと二人で負けることなんか許されない、、)

(マスター、大丈夫だ、我にも誇りがある。そこまで我を頼みにしてくれているのだ、もしドラグーンと戦うことになっても負けはしない。全力でねじふせる)

ありがとう、と僕の中に潜む最強のパートナーに伝える。

ドクン、ドクンと速くなっていた心臓の鼓動が落ち着くのが分かる。

勝てるさ、と自分に言い聞かせているうちに天井の風景はぼやけ、僕の意識は夏の闇に溶けていった。


******


「それでは私はここで。パネッタ、今度はゆっくり帰っておいで。もちろんカイト君も一緒にな」

「ありがとう、お父様。行ってくるわね」

「ライトニッツ伯、色々とお世話になりました。こちらこそよろしくお願いします」

翌朝、ポートセイルの街と外界を隔てる大きな門でライトニッツ伯は僕達南へ向かう一団を見送ってくれた。

旅路が長いので亡命者を収容した馬車に乗る人間以外は馬に乗っている。荷物を持って砂漠を越えるのは徒歩では厳しすぎるだろう。


ライトニッツ伯に手を振り、目指すは南。まだ見ない砂漠地帯だ。

シャリーに馬を並びかけながら「アッシュは元気なのか?」と聞くと「大丈夫そうよ。今回のシルベストリ攻めはメルシーナさんが彼を補佐するし、少々のことじゃへこたれないから」と返事があった。

どのみちこちらはこちらの任務を果たすしかないのだ。アッシュの無事だけ祈り、意識を集中する。

パネッタが「カイト、少し顔が怖いが何かあったの?」と心配してくれたので「何でもない、大丈夫」と短く返した。


******


「行けども行けども砂ばかり。。つ、つまんねえ!暑い!」

日よけの外套の陰からトマスが叫んだ。まるで永遠に続く悪夢のようにうっすらと砂の中に浮かび上がる街道の他は、一面砂漠の風景だ。

「あまり騒ぐと余計に暑くなるぞ、トマス君。もうすぐ日没だ、辛抱しよう」

「すんません、あまりの暑さについ、、」

ランセルさんがとりなしてくれたのでトマスはちょっと気を落ち着けたようだ。軽装のハーフプレートの下の布地を外し暑さ対策をしているとはいえ、戦士の彼にはこの気温は堪えるだろう。


シャリーら魔術師が弱い冷気魔法を隊全体を覆うようにかけてくれたので多少は暑さも防げてはいるが、それでも照り付ける日光による体力消耗は馬鹿にならない。

お陰で行軍は午後の遅い時間から夜早いうちにまず第一回、少し寝て真夜中に起きて夜明けまでの第二回という変則的な形をとらざるを得なかった。


(眠い、、)

中途半端な睡眠しかとれず、そこに体力消耗が重なる。暑さが無ければ間違いなく寝ていただろう。

隊の回りを動きながらラークが冷気魔法をかけてくれる。幸いなことに彼の得意分野だ。

「もう、私がやってあげるからいいのに。ラーク君たら頑張り屋さんなんだから」

「そんな!シャリーさんばかりに無理させられませんよ。大丈夫です」

「じゃ、お言葉に甘えちゃおっかなー。うふふ、ありがとう」

・・・シャリーとラークって一回デートしたとは聞いていたけど何だか随分親密そうじゃないか。もう完全に付き合ってる男女のオーラが出てるぞ。

「あの二人って付き合ってるんだっけ。何か聞いてる、カイト?」

パネッタも気になるようだ。馬を寄せて僕に聞いてきた。

「いや、別に。聞く暇無かったし。でも見た感じ明らかに付き合ってる感じはする」

「同感」


可愛い年下彼氏を引っ張る美人の年上彼女か。結構お似合いだ。

でもいちゃつく前に早く冷気魔法かけてくれ。冗談抜きで干上がりそうなんだけど。


事前に聞いた通り国境を抜けるとすぐに砂漠が始まりそこを進むこと四日目。明日の夜には目指す“砂嵐“の部族の集落だ。

ここに来て怯えの色が目立つ亡命者五人には気の毒だがこれも任務。 国を裏切った君らがもとは悪いと割り切る。


夕方の赤い夕陽が砂丘に沈み、僕ら一団の長い影を作り出した頃。

前方の砂の溜まった辺りがざわざわとうごめくのが見えた。

ランセルさんを始め直接戦闘を主とする全員が前に出て後衛を防御する。

「サーナリーアだ、もう慣れたろうけど油断するんじゃないぞ」

ランセルさんの掛け声に呼応するように砂が弾けた。

夕焼けにその巨大なキチン質の甲殻を翻し、サーナリーアが現れる。

一言でいえば巨大なアリジゴクといった感じだ。砂に溶け込みやすい薄茶の殻に包まれた体、口から生えた巨大な二本の牙はまるで鋏のようにこちらを狙っている。

それが三体。普通なら苦戦する相手だが既に戦い方に馴染んだ僕達には強敵では無い。


サーナリーアの弱点、横の動きについていけないという部分を徹底的に突く。僕とトマスが左右に走るともたもたと一匹がトマスの方を追うが、その素早い前進に比べると相当鈍い。

いかに雄牛程もある強力な虫とはいえ、動きが読めるならば後は固い殻をこじ開けるのみ。

「こっちだ、虫けら!」

追うサーナリーアを嘲笑うようにトマスが更にその側面へ回りこむ。

足場の悪い砂漠でも慣れてきたのかあまり動きが落ちていない。

唸る戦斧(バトルアックス)が昆虫の節くれだった脚を一本もぎ取る。そのまま勢いづいたトマスは更に後ろに回り込みながらその平たい体に戦斧を上から叩きつけた。


メキィ!と鈍い音が響きサーナリーアの殻が一部割れる。だがまだ致命傷には遠い。こちらが後手に回ることこそないが堅い甲殻で防御してくるので倒すには時間がかかる。

だがトマスだけが攻め手じゃない。

逆側から僕が迫る。長剣の一撃は奴の殻に軽い傷をつけただけだが、トマスに襲い掛かろうとしていたサーナリーアの注意を曳くには十分過ぎた。

ドキャ!バキッ!と何発かトマスと僕で連携して攻撃を浴びせるとしぶとさ自慢の昆虫も段々動きが悪くなってきた。さらに途中から兵の一人が加勢してくれたお陰で更に相手を追い込んでいく。


「止めだ!」

地面すれすれに横殴りに叩きつけたトマスの戦斧の強烈な一撃、更にその体が浮いたところに僕と兵の一人が畳み掛けサーナリーアはようやくその動きを止めた。

ピクピクと体を痙攣させ体液を砂に撒き散らしながら巨大なアリジゴクが絶命したのを確認する。

他の二体も問題無く倒されていた。一匹はランセルさんが倒したようだ。さすがに副隊長格、重いブロードソードをなんなく使いこなし一人で一匹仕留めている。


「カイト、トマス君、怪我は無いか」

「はい、大丈夫です」

ランセルさんに答えながら後衛を見る。パネッタやシャリーは魔力温存の為になるべく戦闘に加わらせていない。

砂に潜むワームという毛虫のような怪物がぞろぞろ出て来た時にはシャリーの電撃呪文がほとばしり一掃してくれたが、基本は温存である。

ふう、と息をつきながらトマスが汗を拭う。

怪我は無いが疲労は隠せないらしく、「しぶといよな、あの虫」などと毒づいていた。


早く目的地に着いて疲労回復したい。延々と変わらぬ砂の中、暑さと戦闘に神経を擦り減らしながら僕達は進んでいた。


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