幽霊船の誘い 7 彼女が出来ました
サブタイトル通りです。おかしいな、前回は生きるか死ぬかの激闘だったのに。
海竜が沈んだ頃、時をほぼ同じくしてミルズとグノスの決着もついていた。頼みにしていた海竜が倒れ動揺したグノスの隙を見逃さず、ミルズの二本の聖剣が相手の胸と足を深々と切り裂いた。
がふっと気持ちの悪い叫び声をあげながらグノスが潮溜まりの中に倒れる。その頭上に光輝くルーンブレイドを突き付けたミルズの無情な勝利宣言が響いた。
「君の負けだ、海の信奉者。聞きたいことが山ほどある、投降してもらうぞ」
有無を言わせぬ迫力にスキンヘッドを力無くうなだれて男は呻いた。
勝者と敗者が明確になった瞬間だった。
******
「おーい、街が見えるぞおー!」
見張りの水夫の大声に僕はハッと頭を上げた。水平線の彼方に視線をやれば、確かに茶色っぽい陸地が小さく見える。
「やっと着いたか、、長かった」
「全くね。二度と陸が拝めないかと思ったよ」
僕の隣に立ったパネッタが呟く。疲れは隠せないが安堵の色がそこにあった。
思わず僕等は自然と両手をお互いにだして手の平をぶつけ合った。いわゆるハイタッチだ。
「「任務終了だ!」」
海竜を倒し敵の首魁であるグノスも捕らえた僕達だが最大の任務、さらわれた商船の乗組員及び南国からの亡命者の救助においては一つだけ難点があった。
グノスが彼の信奉する海竜への宗教的忠誠心を植え付け洗脳した点は、既にグノス自身がそれを解いたことにより全員が正気に戻ったので問題無かったのだが彼等を運搬する手段が困難だったのだ。
被害に遭った商船は全部で三隻。その乗組員のほぼ全てが生存していたのは喜ばしいのだが、商船自体は破壊されて残っていないのが問題だった。
乗船には僕等が乗ってきた船と幽霊船の二隻しか使えないのだ。幽霊船は気味が悪いから嫌だという乗組員達を宥めすかして詰め込むまでは何とか出来たが、二隻の船に四隻分の人数が乗るという過密状態が発生してしまった。
島から脱出する時に「海図が見つけたから陸までは何とか戻れそうだが、全然食料が足りないな」とリー師父が言えば、「それもそうですが、重量は増えたのに推進力が足りないので船足が遅れますよ」とミルズが指摘した。
頭を悩ました結果、とにかく陸地に早くたどり着く為、やむを得ずコバルトに船を牽引させることになった。
「頼む、どうしても君の力が必要なんだよ」ととにかく僕が拝み倒した結果、非常に渋い顔をしたコバルトは「まさか船を引くことになるとは、、竜使いが荒いものだ」と唸りながらそれを承諾してくれた。
こうして二隻の船をロープで繋いでからさらに僕等の船のへ先とコバルトをロープで繋いで一心同体となって進むという方式で島から脱出することになった。
「しっかしさすがにコバルトは力あるよなあ。たった二日で陸に着くとは思わなかったぜ」
トマスが感心したように言う。彼の賞賛も自然なものだ。何せ海図から割り出した位置に現在の重量オーバーを掛け合わせれば五日はかかると思われた陸への最短距離をたったの二日で走破したのだから。
召喚限界時間の六時間丸々船をひたすら引っ張り、少し眠ってはまた引っ張り、、この繰り返しだ。
さしものドラゴンも堪えたのか陸地が見えてきてからは「もういい加減良かろう」と言い残して僕の右手に戻っている。かなり無理をさせたのだ、しばらくゆっくりしてもらおう。
「さすがに疲れたみたいだよ。さっきから寝息が聞こえてくるしね」
「無理ないよ、ずっと牽引してたからね。僕等からもお礼言ってたと伝えてくれ」
ラークの依頼を快く引き受ける。もう少しで陸地だ。
陸に着いたらグノスへの尋問、生き残った乗組員の身元の確認、南からの亡命者の事情聴取、幽霊船の処遇などの処理があるがこれらは基本的にリー師父が決めるだろう。僕等は手伝いくらいで済むはずだ。
(いや、個人的に重要なことが一つある)
横に立ち陸地を懐かしそうに眺めるパネッタの横顔が視界に入る。
任務は無事に終わったのだから展望台での約束を果たす時だ。
どう切りだそうかなんて全く決めていないけど何とか考えねば。
「あっ」
甲板に出ていた誰かが歓声を上げた。その指先を追うとポートセイルの港が見え、そこにずらりと色とりどりの旗を持った人々が僕等を待ち構えている。
おかえりなさーいという声が微かに船に届く。嬉しさの余り抱き合う乗組員達。中には安堵からか泣き出す人までいた。
こうして僕等は無事に任務を終え、海から陸へと戻ってきたのだった。
******
サクサクと砂を踏む音がする。ザーン、ザーンと砂浜に寄せる波音にカモメの鳴き声が混じる。
(夕暮れ時の海岸なんてシチュエーション整い過ぎで逆に怖いです)
びびりそうな自分に突っ込みを入れて少し前を行くパネッタの背中を追った。
「事後処理はあるが基本的には任務はここまで。ライトニッツ伯が晩餐会を開いてくれるそうだからそれまでゆっくりしていろ」
そう言ってリー師父は一時解散を告げ、昼前に陸に着いた僕達は束の間の自由時間を満喫することになった。
約束通りパネッタを誘い出したところまでは良かったが、どうやって告白しようかというところまで全然頭が回らない。
任務状態の頭からまだ切り替えられていないのだろうか。
実家にまだあったという白いノースリーブのワンピースに着替えたパネッタの背中はほっそりしている。
揃いの白いつばの広い帽子のせいもあり、リゾート地に遊びに来た令嬢と言われても納得出来る上品さだ。
(このまま歩き続けていても物事は進展しないぞ、行け、酒井海人、当たって砕けろ)
夕暮れ時の海岸には人気が無い。かなり遠くの方で子供が母親に手を引かれて家に帰るのがぽつりと見えただけだ。
何度目かの波と砂の音が聞こえてきた時、意を決して後ろからパネッタに声をかけた。
「パネッタ」
ぴたと足を止めて彼女が振り返った。夕暮れと同じ色のポニーテールがくるりと回る。
目と目が合ってから僕がもう一回口を開くまでの時間は精々二、三秒だったろう。
だがその間に感情と思考をフル動員して伝えるべき言葉を決めた。
「好きです。付き合って下さい」
結局シンプル過ぎるくらいシンプルにしか言えず、しかし後悔先に立たず。
「いいよ。こちらこそよろしく」
即答。ほとんど迷いは無かったのだろう、帽子を手で抑えながらパネッタはにっこり笑っていた。
「え、えーと、そんな簡単でいいの?」
「うん、出航前にカイトの気持ち伝わってきたから、難しくなかった。私もカイトのこと好きだから」
嬉しいというよりほっと安堵の気持ちが全身を満たす。途端に力が抜けて砂浜にへたり込んでしまった。
「どうしたんだ?」
「何でもないよ。告白して大丈夫だったからどっと緊張感が抜けて、、あー、、でもよかったあ」
自分でもだらしがないとは思ったが、仕方が無い。女の子に告白したことは何回かあるけど、初めて付き合った時並みに緊張したぞ。
砂浜に座った僕の左横にパネッタが並んで座る。ワンピースなので横座りだ。
「よかったというのは私もだよ。多分告白してくれるだろうな、とは予期していたけどこれで何も無かったら相当落ち込んだだろう。わざわざこんな女の子らしい服まで着ておいてね」
「そのために?わざわざ?」
「そうだよ!初めてまともに好きな人から気持ちを伝えられるんだ、それなりの格好で答えたいじゃないか」
首を傾げながらパネッタが帽子を取って膝の上に置いた。
その表情は穏やかだ。視線の先の海は夕陽が沈むまさにその最中。
真っ赤に染まった海が大きく広がっている。
「聞いてもいいかい?」
前を向いたままパネッタがちらりと横目で僕を見た。
「何?」
「、、私のどこを好きになってくれたのかな」
語尾の方に照れが混じっていたが気づかない振りをしよう。
「素直で優しい、自分の意見をはっきり言えるところ」
一息ついて僕も横目で見る。前髪が風で乱れそうなのを抑えながら彼女がこちらに顔を向けていた。
「他には?」
「顔っていったら怒る?」
「まさか」
良かった。女の子によっては「私の中身を見て!」という子もいるからちょっと言い出しづらかった。
短い沈黙が続いた。気まずくは無くむしろ心地好い沈黙だけど、そろそろ戻ろうかと思った時だった。
「ずっと嫌だったんだ」
パネッタがぽそりと呟いた。
「子供の頃から貴族の子女なんだから大人しくしなさい、綺麗な格好をしなさいって言われ続けた。
実際上の姉様二人はそんな感じだった。父様も姉様達の方を可愛がってたと思う。
姉様達みたいにならなきゃ駄目なんだろうと自分なりに努力したり意識してみた。でも駄目だったよ。女の子の遊びより男の子の遊びが好きでおしとやかな行儀作法なんて苦手で」
出来ないわけじゃないけどね、と付け足してまたパネッタは口を開く。
「そんなのではお嫁にいけませんよ、と母様に窘められたのがとても嫌でね。私だってちゃんと好きな人と付き合えるんだって意地張って、、だから家を飛び出して軍に入った。似合わない重いドレスを着て嫌々お見合いに向かうより、苦労してでも自分の手で幸せになりたかったから」
白い砂の上にパネッタは右手を乗せた。戦士の手ほど無骨では無いが、僧侶としてメイスを握り振るってきた手は節々が傷ついている。
「頑張ったんだね」
自然と僕の左手が伸びた。砂の上のパネッタの右手の上に乗る。
いくら男の子っぽいとは言っても使用人がいて何不自由無く暮らしてきたであろう彼女が一人で家を飛び出したのは相当の覚悟が必要だっただろう。その覚悟と積み重ねてきた苦労の重さが砂浜に着いた傷だらけの小さな手から伝わる。
「うん、、」
泣き笑いのような表情になったパネッタがいじらしい。
「でも頑張ってきてよかったよ。ちゃんと好きな人に出会えたんだからね」
「そう直球で言われると照れるな。。よし、そろそろ帰ろうか、話す時間はこれからたくさんあるんだから」
僕は立ち上がってそのままパネッタの手を引いた。ひょいと身軽に立ち上がったパネッタの右手がそのまま僕の左手に絡み付く。
自然と腕を組むような格好になっていた。肘が柔らかいものに当たるのに気づく。自分の顔が赤くなるのを自覚する。
「、、このままずっと歩く?」
「海岸だけでいいよ。私も照れる」
そう言ってからパネッタはくす、と何かを思い出したように笑う。
「どうしたの?」
「いや、私の王子様は白馬じゃなくてドラゴンに乗ってやってきたんだな、と思うとおかしくなって」
******
ライトニッツ伯の開いてくれた晩餐会は豪華なものだった。海の幸には自信があると言うだけあって魚介類のフリッター、貝とラディッシュのソース和えなどの前菜からスタートし、メインは伊勢海老のような大きな海老のグリルとブイヤベースだった。
帰路は食料不足の恐怖に悩まされただけに全員がこのメニューには歓喜の声をあげた。堅物のリー師父ですら相好を崩したほどである。
良く冷えた白ワインとの相性が最高の料理に舌鼓をうちながら和やかな談笑が進む。
「どうでしたか、リー師父。うちのパネッタはお役に立てましたか?」
「もちろんですよ。回復呪文もさることながら対アンデッド用の浄化呪文も使いこなしていました。伯は良い娘さんを育てられた」
ライトニッツ伯とリー師父の会話はこの場のメインだ。僕等若手は若手でワイワイと賑やかに話し合っていた。
「いや、そう言われる程のことは特にはしておりませんよ。小さい頃からやんちゃで元気な子でしたから軍人はむしろ天職だったのかもしれません」
「はは、そうかもしれませんね。才色兼備で結構なことではありませんか」
僕の横でパネッタが(リー師父がお世辞とはいえ私を誉めるなんて)とちょっと嬉しそうなので、(見る人は見てるんだよ)と小声で返す。
「しかしやはり娘を手元に置いておきたい親心というのもありましてね。実は縁談の話がパネッタにも来ておるんですよ」
ライトニッツ伯の言葉に場の雰囲気が変わる。全員が聞いている場で切り出すとは。。油断していた。
「ほお。。まあ伯の立場であれば自然ですが。さて、優秀な若手を引き抜かれる私としては残念ですよ」
リー師父が理解を示しつつも(ここでわざわざ言うことか)という牽制を投げる。
トマスとラークは表情が堅い。ミルズは我関せずと言った顔でワインのグラスを空けている。
「その話、お断り致します、お父様」
僕の隣から響く凜とした声。緑色の瞳をテーブルの蝋燭の炎を受けてキッと父親に向けたパネッタの声だ。
それを受けたライトニッツ伯が娘の方を向く。けしてその表情は険しくなく、むしろ優しい。
「パネッタ、話だけでも聞いてくれないか。お前が家の束縛を嫌って軍に入ったのは分かるよ。一人でここまでよくやってきた。お前はライトニッツ家の誇りだ」
慈愛と理解に満ちた父親の態度にパネッタも少し緊張を緩める。
「だがね、もういいだろう。そろそろうちに帰ってこないか。私も縁談を押し付ける気は無い。だがもしかしたらお前が気に入る相手がその中にいるかもしれん。家を出てからお前に何もしてやれなかった父のプレゼントと思って話だけでも聞いてみてはどうかな」
ライトニッツ伯の話し方は優しい。押し付けがましくも無く、最大限に娘の気持ちを尊重しようとしているのは僕にも分かる。
だがパネッタの反応は柔らかいながらもぶれていない。
「お父様のお気持ちは嬉しく思います。でも残念ながら私の答えはノーです。私は姉様達みたいになれず家を飛び出した身、伯爵家の娘には相応しくないかもしれませんが自分で自分の幸せを見つけたの」
その言葉にいち早く反応したのは意外にもミルズだった。
パッとワイングラスをテーブルに置いてパネッタを見据える。
「パネッタ嬢。今、見つけたいじゃなく見つけた、とおっしゃった?既に貴女はその手に幸せを掴んだということかな」
もう答えはわかったよと言いたげに銀色の貴公子が微笑む。それが背中を押してくれたのか、あるいはもう後に引けなくなったのか。
パネッタの唇から飛び出した言葉が皆を凍りつかせた。
「ミルズさんの言う通りです。お父様、私はカイトとお付き合いすることになったからお父様の申し出は受けられません。彼が私が見つけた幸せです」
パネッタが僕の肩にもたれてきた。
流れ的に言うんだろうなと覚悟していたけれど。覚悟していたけれど!
自分が話の真っ只中にいきなり放り込まれるこの居心地の悪さと恥ずかしさと、あと嬉しさは何だ!
ぽかんと口を開けたライトニッツ伯。
「ほんとかね」と呟いて固まったリー師父。
「お前知ってた?」「知らないよ」と首を振り合うトマスとラーク。
ただ一人ミルズだけが「ま、おめでたいことだよね」と涼しい顔をしている。
「えっと、まあ何というか冗談でも何でもなくパネッタさんとお付き合いすることになりました。ライトニッツ伯には大変申し訳ないのですがどうかお許しいただけないでしょうか?」
しどろもどろに僕はライトニッツ伯の方を伺った。付き合い始めた初日に彼女の父親に許可を得るとかハードル高すぎる。
(絶対怒るよな、、)と覚悟していた。
だがライトニッツ伯の反応は予想外だった。
「カイト君がパネッタとか。。いや、私もまさかそう来るとは思っていなかったなあ。いやいや、それなら私は何も言うことは無いよ」
驚愕に満ちた顔を次第に和やかな笑いに変えながらライトニッツ伯がうんうんと頷く。
「それでは許可していただけるということですか?」
「勿論だ。いや、実はパネッタがなかなか家に戻ってこないから変な男に騙されているんじゃないかと心配していたのだが、まさかドラグーンと付き合っているとは思わなかった。ふつつかな娘だが仲良くしてやってくれるよう私からもお願いする」
最大の難関は切り抜けたらしい。許可をもらっておいて何ですが異世界から飛ばされてきて竜を出す時点で結構変な男だと思う。。
(いや、それはともかくとして。パネッタに感謝だな)
横に立つパネッタを見る。言いたいことを言い切った今、その顔には晴れやかな美しさがあった。
「いきなりで驚いたが任務とは関係ない話だ。おめでとうと言わせてもらうよ」とリー師父。
「カイトのお陰でうちのパーティーが分解せずに済むぜ」とトマス。
ラークは満面の笑顔で僕とパネッタの手を握って喜んでくれた。今にも踊りだしそうな勢いだ。
ミルズは穏やかに笑いながら静かにぱちぱちと手を叩き、傍らにあったワインのボトルを開けて皆のグラスに注いで回る。
その意図を汲んで全員がグラスを持った。
ミルズがよく通る声で話し始める。
銀色の髪が蝋燭の火に輝き、神秘的な美しさを醸し出していた。
「僭越ながらカイト君とパネッタ嬢のお付き合いを祝して、そして改めて幽霊船事件の終息を祝おう。乾杯!」
「「乾杯!」」
グラスが軽い音を立てて触れ合い、楽しい宴はそのまま夜中過ぎまで続いた。
トマスが「皆で泊まってるんだから夜ばいなんかすんなよ!」と冷やかした瞬間、「お前は節度ある冗談を覚えろ!」と半ば本気のリー師父に殴られ悶絶したり、パネッタとライトニッツ伯が父と娘で抱き合ってお互いの健康と幸せを願ったりと何だかいろいろあったが細かいことはあまり覚えていない。
その日の夜の締めくくりにサプライズがあった。
もういい加減夜が更けてきた頃に自分の部屋の前でパネッタに「おやすみ、また明日ね」と言った時にさっと近づいてきた彼女の唇が頬に触れた。一瞬感じたしっとりした感触と「おやすみ」と顔を真っ赤にしたパネッタだけはよく覚えている。
何よりも嬉しいご褒美があった特別な夜だった。
恋愛パートの方が皆生き生きしているような気がします(笑)




