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ティーパーティー

シャリーがいれてくれたお茶を飲みながらケーキを口に運ぶ。

ケーキというかパイだ。ラズベリーに似た青紫色の果実がふんだんに香ばしい焼き目のついたパイ皮の中で鮮やかなアクセントになっている。

「美味しい!?」「シャリー天才だな」

僕は思わず声を上げ、アッシュはにこにこと満足そうな顔だ。前にも食べたことがあるらしく「腕落ちてないね」とシャリーを誉めている。


パネッタと会ってから三日後、王宮での平常勤務終了後にシャリーの部屋でお茶会を開くことになり僕とアッシュはご招待に預かった。結局ハガキでやり取りするよりもたまたま三人とも王宮勤務が被ったので直接話してスケジューリング出来たためトントン拍子に話は進んだという訳である。

行く前は(あの部屋大丈夫か?)とシャリーの部屋の乱雑さを危惧していたけど頑張って片付けたらしく、かなり小綺麗になっていたためホッとしたのは黙っておくことにしよう。


僕達の賞賛を受けて得意げにシャリーが笑う。「ほら、ケーキ焼けるっていったの嘘じゃないでしょ。もう一種類焼いてるからちょっと待ってね」と言いながらエプロンを外す。

「期待を大きく上回るお味でした、お見それしました」

僕は深々と頭を下げた。嘘では無い。パリッと香ばしく焼けたパイ生地はバターの風味が効いており、中のしっとりと滑らかなクリームと素晴らしいコントラストを描いている。ベリーのフルーティーな甘さがそれにプラスされアクセントとなっていた。

「最近焼いてなかったからちょっと不安だったけどね。腕が覚えてたみたい」

自分でも一切れ切り取りながらシャリーが笑う。仕事が一段落したと言っていたことも手伝ってか少し前のげっそりした状態から回復したように見える。よかったよかった。

「前は結構新作に挑戦してたよな。俺とミルズが試食しててさ」

「そうね。あの頃はお菓子作りにはまっていたから色々試したし」

「無謀な挑戦もあったよな、、」

「野暮なこと言わない。創意工夫だけが物事の進歩を生むのよ」

アッシュとシャリーの掛け合いはテンポが良い。聞いていて楽しくなる。


楽しいお茶の時間はお菓子とお茶とおしゃべりで成り立つものだ。

ぽろりとシャリーが「そういえばカイトさん、あの女の子とうまくいってるの?」と無邪気に聞いてきたのはお茶会スタートから30分程経過した頃だった。

(シャリーは見ていたからな)

キラキラした瞳で覗きこんでくるシャリーの矛先をかわす自信は無い。自分の気持ちを整理する為にも二人に相談してみることにした。

この二人なら何かしら良い意見をくれるかもしれない。


・・・お茶のお代わりを飲み終えた頃、僕の話は終わった。

アッシュもシャリーも一度は実物のパネッタを見たことがあるためどんな子かは想像しやすかったようだ。

「なるほどなあ、だいたい事情は察したよ」

アッシュがもう一切れケーキをとりながら言う。

「好ましいとは思っているけど、それが好意なのかどうか自分で理解出来ずにいて戸惑っているか。何かまだるっこしいようにも思えるけど」

腕組みしたアッシュの向かいではシャリーが難しい顔をしていた。その茶色の瞳が不意に細められた。

「それってカイトさんずるい」

思わぬ一言に僕の動きが止まる。シャリーはお構いなしに更に言葉を続けた。

「自分の前からいなくなるのが嫌と思っていて、相手に触れたいと願ったなら明らかに相手を好きなんじゃない?むしろ何で告白しなかったのか不思議だわ」

「傍で見てそう見えても自分で自分の感情に自信が持てないから相談したんだけどな」

シャリーの断定的な言い方に少しかちんと来て言い返す。だが彼女からの反撃は更に痛烈だった。

「それは決断を先延ばしにするための言い訳よ。なら言い方変えるわね。パネッタさんがお見合いして他の男の物になって結婚式に呼ばれたとしても素直に祝福出来るの?出来ないなら好きなんだと私は思う」

言葉に詰まった。相手に側にいてほしいという気持ちがあの時、手を握らせたのなら素直に好きだと考えるべき、いや、自分の中の好意を認める方がいいのだろう。


黙ってしまった僕に「おいおい、そう深刻になるなよ。まだ何にも決まってないんだ。また二人で会った時に自分の素直な気持ちを感じればいいんじゃないか?」とアッシュが慰めるように言ってくれた。

心の友よ、と胸の中で呟く。

しかしシャリーは納得いっていないらしい。ぽいぽいと角砂糖をコーヒーに放り込みながらちらりとこちらを見た。

「、、逃げてるように見えるかい」

シャリーが少し語調を緩めた。「言い方がきつかったのは謝るわ。でもパネッタさんの気持ちは今のままじゃ宙ぶらりんよ。相手は他に二人で会うような男性がいないなら多分カイトさんに好意は感じているだろうし、手を握るのを嫌がらないなら受け入れてくれるんじゃないかなあ」

一口コーヒーを飲んでからシャリーは僕に真正面から切り込んだ。

紫色の肩までかかった髪を片手でいじりながら「告っちゃえば?あんまり待たせたら女は逃げちゃうわよ」と挑発的な笑いを浮かべる。


シャリーの言うことは的確だと思う。さすがにこういう面では女性の方が詳しい。

「はっきりさせないと駄目なんだろうな」

「多分な。性急になる必要は無いが、カイト自身がこのままじゃ中途半端な気持ちになる。白黒つけた方がいいかもな。俺は無骨だからパネッタ嬢の気持ちはどうかわからんが」

「アッシュは無骨というより鈍感なのよ」

シャリーのアッシュへの突っ込みが容赦無い。

何か腹にすえかねていたのか更に言い続ける。

「私の周りにもアッシュに憧れてる子何人もいるし、それとなく出会いの機会作ってるつもりなのに全然気づかないんだもの。別に無理に付き合ってほしいとは思わないけどそれとなく察するくらいはしてほしいのが本音」

無駄に顔がいいのも考えものよね、とため息をついたシャリーはやや物憂げだ。

「そうか、だけど例え気づいていても俺には応えてあげる余地は無いよ。無視していた訳じゃないことだけは信じてくれ」

「・・・まだ引きずってるの?そろそろ終わりにしたら?アッシュが悪い訳じゃ無かったんでしょ」

シャリーの顔が微妙に泣きそうになった。何の事を言っているのか僕にも察しがつく。メルシーナさんから聞いた二年前の事故。その記憶からまだこの心優しい騎士は逃れられていないのだ。


アッシュが静かに頭を振った。「悪いとか悪くないとかじゃ無いんだ。シャリー、君の言っていることは正しいよ。。だが正しいことにまだ目を向けきれない、ただそれだけだ」

それだけ言ってアッシュは席を立った。流しにティーカップと皿を置くと「ケーキごちそうさま。美味しかったよ」とシャリーに声をかける。

「アッシュ」

「ごめん、カイト。あまり君の悩みの力になれなくて」

いや、そうじゃない。僕が君から聞きたいのはそんな言葉じゃなくてー

パタンと玄関のドアが閉まる。後には僕と顔を伏せたままのシャリーだけが残った。微妙な空気の流れる部屋にシャリーの小さな溜息だけが響いた。


「シャリー」

「、、ごめんね、急にアッシュが帰っちゃって訳分からないわよね」

目をこすりながらシャリーが静かに言った。窯では二個目のケーキが焼けたらしい。甘い香りが漂ってくるがそれが逆にこの場の雰囲気にそぐわない。

「知ってるよ」

「え?」

「メルシーナさんから聞いた。慰労会の前に偶然会った時に」

事情を把握していることを説明するとシャリーは気を取り直すように窯に向かいながら「そうなんだ、知っていたのね」とぽつりと呟いた。

非難している訳では無いのはその口調から分かった。


「あの事件からアッシュ変わっちゃったのよ」

窯から出したケーキーパウンドケーキらしいーをケーキ型から取り出しながらシャリーは話し始めた。

「当事者から聞いたなら大体分かっていると思うけど、自分を追い詰めるようにして任務に向かうし。それだけじゃなくて恋愛にも全く縁遠くなったみたい」

「前は付き合ってる人はいたの?」

「あの顔でしょ?性格もいいしもててたわよ。三人同時に付き合ってそれがばれた時には青くなってたけれど」

なかなか精力的な時期もあったらしい。

その先の話は既に知っている。

「あの時は何だコイツ、顔がいいだけで女の敵だなと本気で思ったけど今思えばそれくらい元気な方が本人にとっては健全だったかもね」

力無く笑いながらシャリーがパウンドケーキを慣れた手つきで切り分けた。何か手を動かしていた方が気が紛れるようだ。


「それからは全然、、か」

「そう。本人がきにいった子がいなくてなら別に心配しないわ。でも最初からまるで興味無し、背を向けているというのはやっぱり傍で見ているこっちもつらいのよね」

「そうだろうね」

二人しかいない部屋は急に広く感じた。せっかくなのでパウンドケーキを一切れ貰う。ドライフルーツがふんだんに使われていて美味しい。

「悲しくても人間て美味しいものを美味しいと思えるんだね」

僕の何気ない感想にシャリーはくすくすと笑った。泣き笑いのような笑顔だが笑いには違いない。

「カイトって時々ほんとに面白いこと言うのね」

「カイトでいいよ」

「え?あ、、」

「今、カイトさんじゃなくてカイトって言ったし、その方が僕もいいから」

「、、そうね、その方がいいか」

シャリーもパウンドケーキを一切れ口にする。久しぶりに焼いた割にはまあまあね、と呟いて僕の顔を見た。


「お節介かもしれないんだけれど、やっぱりアッシュとカイトには幸せになってほしいの。二人ともいい男なんだからちゃんと相手見つけてほしいわ。でないと世の女の子が報われないでしょ」

「そういうシャリーはどうなのか、聞いてもいいかな」

軽い探りのつもりだった。だが意外にもシャリーはニコリと笑い「まだ付き合ってはいないけれど良い雰囲気の方はいるわよ」と答えた。

「誰?」

「カイトも知ってる人」

「エジル将軍?」

「絶対嫌」

顔を真っ青にしてぶるぶるぶると震えながら否定した。

ちょっと将軍が可哀相だ。

「あの人とキスなんてしたら魂まで抜かれそうじゃない、、無理。好きとか嫌い以前に命の危険という点で」

「分かる気はするよ。じゃあ誰なのさ」

「ラーク君」

えっ、と思わず声が出た。意外だ。どこでどう接点があったのだろうか。

シャリーの顔が綻んでいる。髪の毛を指でいじりながら頬を若干赤くして。

「ずっと前から憧れてましたって慰労会の後に言われたのよ。今まで年上としか付き合ったことなかったんだけどああいう年下のかわいい男の子から好かれるのも悪くないなあ、と思って。今度デートの約束しちゃった」

「それはそれは、、意外な相手だね」

正直驚いた。しかしあの皮肉屋で毒舌なラークがそんなこと言うのか。憧れていると言ったのはシャリーの魔術師としての能力じゃないのかと一瞬危惧が走ったがそれは余りにもシャリーに失礼だと思い直した。

「だからね、今割と毎日楽しいのよ。もうあのくしゅくしゅした栗色の髪が小犬みたいで堪らないの!」

「あー、そうなんだ、、」

それって本人聞いたら微妙な表現じゃないかと思いながら頷くしか出来なかった。

ケーキを食べながらであったがシャリーののろけは小一時間程続き、解放された僕はお土産にとパウンドケーキの残りを貰って宿舎へと戻った。


(パネッタにどう言うか考えないといけないな。でもほんとに僕でもいいんだろうか?)

疑問は残る。ドラグーンとはいえ、家族もいない異世界人と付き合ったら何かと大変じゃないかと不安が頭をもたげる。

しかしそんなこと言ったら誰とも付き合えないし、誰だって長所短所はあるものだと思い直した。

今まで女の子と付き合った時も迷ったりしながらも告白したら何とかなったという経験が心のさざ波を抑えてくれる。

(自然体が大切なんだよな)

それだけ考えて、その日は眠りについた。久しぶりに満ち足りた眠りを味わえたらしく目覚めは爽やかだった。


だがこの日王宮に出勤した僕は、思いもかけない形でパネッタに出会うことになる。


恋愛パートになるとコバルトの出番が減る!きっと「早く我を出せ」と怒っているに違いない(笑)

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