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ドラグーンの初陣 3 ~アッシュの手記

配下の部隊を鼓舞しつつの掃討戦に移行した戦いは普通ならば覆ることは無い。ある一定比まで戦力差が傾いた時点でそれは戦闘から予定調和となる。

「エジル将軍の指揮下で良かったよ」馬上で右翼の指揮をとりながら俺ーアッシュ・ウォルトンは独りごちた。

カイトとそのドラゴンが予想以上に奮戦してくれたこともあるが、やはりあの将軍の指揮と蛮勇ぶりは抜きん出ている。迂闊に引けば斬り殺されるかも、という恐怖が兵士の能力を限界まで引き出しているという噂もあるが。


(後はドラゴンのブレスを凌いだという魔術師だけだな)

馬を走らせ丘を駆け上がる味方の更に前に視線を走らせる。乱戦の中にはそのような魔術師は見当たらなかったのでまだ村の中に潜んでいるのだろう。とてつもない強敵には違いないが数の差は大きい。相手の魔法の一発やニ発は耐えた上で包囲網を組み、そのまま倒すというのがエジル将軍からの命令だった。


「捕らえられれば最高ですがね。その余裕がある相手でも無いようですし、殺せる時に殺して下さい。余りに美味しい相手なら私自身が出ますから任せてもらって結構ですよ」

ククク、と不気味な笑みを浮かべながらそう指示を出したエジル将軍を思い出して、胆が冷えそうになる。確かにあの人なら一騎打ちで負けることはまず無いが、戦いを悦楽と捉えるあの感性だけは理解出来ない。


「村までたどり着いたら三人一組でしらみつぶしに残党を探せ!けして単独で動くな!」

丘を駆け上がりながら逃げる敵を蹴散らしていく味方に叫んだ。勝敗の行方は見えたがもしも相手の切り札が伏せてあるならば、それはまだ見当たらないその老魔術師が握っているはずだ。逆転の可能性をゼロにするためにも詰めをしくじるな、と口酸っぱく入隊直後に言われた指示は身体に染み付いている。


その時だった。先頭を行く部隊のすぐ前、村の家屋の一つがいきなり爆発し弾け飛ぶのが見えたのは。

馬が驚いて危うく振り落とされそうになるものの、何とか回避した俺の目に映ったのはニ体の巨大な怪物とその間に挟まれるように立つ赤黒いローブ姿の老人だった。

(獣人、いや、違う。あんなに大きい獣人がいるはずは無い!)

怪物の叫び声に恐慌をきたしかけた部隊を静めながら俺は心中で呻いた。

それほどまでにニ体の怪物はあらゆる意味で異形だったのだ。


通常、獣人と呼ばれる種族は人と動物の中間のような姿をしている。例えば人に獣の耳と尻尾だけがぴょこんとついていたりだ。これは平常時の姿の為、戦闘になり更に獣に近づいても身体の一部は人間のまま残るというのが獣人の特徴だった。顔は人間そのままで手足だけが獣化するといった獣人は多いし、今戦っている連中もご多分に漏れずその常識からは外れていなかった。人狼、人熊という字面通り、本物の獣めいてはいてもその顔は人間の時の名残があったりする。


だが今、俺達の前に立ちはだかった奴は明らかにこれまでの獣人と違っていた。


でかい方は二本足で立ち上がった山羊だ。完全に山羊そのものと化した頭部には逆三日月形の目が光り、ねじくれた角が生えている。全身を黒い毛皮で覆ったその巨体はざっくり身長四メーターはあるだろう。頑丈そうな蹄をかつかつと地面に打ち付けながらこちらを睥睨している。


そのやや後ろにいる方が少しは小さいがそれでも身長三メーターはあるサイズだ。その顔は黄金色のタテガミを風になぶらせた獅子、こちらはプレートアーマーを着込み更に巨大なサーベルと盾を装備しているという完全武装になっていた。


時折、人熊なら三メーターを超えるサイズの個体はある。だがかなり稀な存在だ。それにこれほどまでに獣化し圧迫感を放つ獣人など初耳だった。人の名残はただ二本足で立っている姿にしかない。

そして何より、その規格外の怪物を従えるような老魔術師が不気味極まりなかった。


「た、隊長!?あれは一体、、!」

「落ち着け!慌てれば敵の思う壷だ。村への突入は中止、俺の合図があるまで待て!」

浮足立つ兵に叱咤し隊列を制御する。冷静さと恐怖感がせめぎ合うがこちらの方が圧倒的に優勢な状況が理性を保たせた。

エジル将軍率いる本隊、シャリーの左翼もこの一人とニ体の大物の前に進撃を止めていた。

(あと一息ってところで)

ぎり、と歯噛みしながら相手の出方を伺う。さすがに数百もの正規兵を前にしていきなり殴りかかってくるようなことは無かった。だがその身から放つ黒々とした気配がこちらにも二の足を踏ませる。


「これはこれは、そちらから出て来ていただけるとは。探す手間が省けましたよ」

突如、場違いな程陽気な声が聞こえてきた。大鎌を担ぎすたすたと敵に近寄っているのはエジル将軍だ。ドラゴンのブレスすら退けた魔術師の真ん前に恐れる様子も無く、むしろ嬉しそうな顔で進み出た。

それに応じて敵の魔術師が初めて反応らしい反応を見せた。しわがれた声が青白い唇から空気を揺らす。

「前座を潰した程度で調子に乗るとはな。愚者よ、愚者。その大将首、良い実験台にしてくれよう」

「実験台ね、、なるほどその腐った死霊の匂い、貴方、ネクロマンサーでしたか。どうりでシャリーの探査の魔法にひっかからなかった訳だ」

「一々答える道理も無いがな。まさか一人でわしと戦う気ではあるまい?」

「いけませんか?最上の獲物は部下に渡すのは忍びない、、!」

全身を総毛立たせる殺気をぶつけ合うエジル将軍と魔術師に周囲がどよめく。"ネクロマンサー"という単語の意味を記憶の中から掘り起こし、俺は手の平が冷たくなるような感触を覚えた。



しばしば魔術師の中には世の理を魔術で曲げて生命の倫理をも超越することに血道をあげて、恐ろしい実験に溺れる者が存在する。総じて彼等は寝食の時間を削って非道な所業に手を染め、半ば生きながらにして己を屍の領域に近づけその代償に強大な魔力を得ることを希望する。大半は志し半ばで失敗に終わりその命を散らすが、その異常とも言える執念を実現化するごく少数の魔術師は半不死の身体と人間の領域を超えた魔力を手にする。

それがネクロマンサーと呼ばれる禁忌の魔術師であり、生と死の超越者であった。


会話が途切れ二人が対峙したのを契機に他の者も動いた。サーベルを構えた獅子の怪物が俺が受け持つ右翼へと動き、山羊の怪物は黒い巨体を揺るがしながらシャリー率いる左翼へと向かった。

「アッシュ、シャリー、その魔獣は任せましたよ。私はこのとびきりの獲物を戴くとしますから」

そのエジル将軍の指示と老魔術師ーネクロマンサーが攻撃魔法を放ったのが新たな死闘の幕開けだった。


ゴウ!とニ足歩行の黄金の獅子が吠える。それに勇気づけられるかのように息を吹き返した敵軍がこちらに踊りかかってきた。

「ランセル、メルシーナ!援護しろ、あの獅子は俺が引き受ける!」

最も腕の立つ副隊長二人に指示を飛ばしながら俺は当面の敵を見据えた。剣と並んで得意とする長槍を構えてニ足歩行の魔獣の動きを捕捉する。

恐らく向こうも俺を標的と決めたのだろう、勇敢にも斬りかかる兵士をそのサーベルで血染めにしながら俺との距離を詰めてきた。


「あれが獣人の成れの果てですか、ね」愛用のブロードソードを振るい、獣人の一匹を倒しながらランセルが唸った。まだ年若いものの歴戦の騎士である彼には全幅の信頼を置いている。

「恐らくな。獣人の中にも時折何の悪戯か、より獣に近い個体が生まれることがあるとは聞いたことがある。あのネクロマンサーがそうした獣人を実験体にして強化したならばあるいは」

俺はランセルに答えながら槍を一閃させた。襲いかかってきた脱獄囚が武器を振るう前にその胸を貫き仕留める。

「ああいう魔獣の領域に達する奴もいるだろうよ」

次の上から下への一振りで人狼の右半身を斬り倒す。血飛沫をあげながらこちらを睨んだその人狼に止めを刺したのはメルシーナの抜き打ちだった。


シミターと呼ばれる曲刀のまさに目にも止まらない一撃が人狼の胴を断ち割った。目もくれず次の敵に刃を向けながら、メルシーナがニコリと戦場に不似合いなほど上品な笑みを浮かべた。

「助太刀無用、ではありませんでしょう?アッシュ隊長」

抜刀の速度にかけては誰にもひけをとらないと噂の女剣士に「助かる」と簡潔に答える。ランセルとメルシーナ、この二人もいずれ劣らぬ一流の腕前だ。


次の瞬間だった。焦れたかのように俺目掛けて一気に獅子の魔獣が間合いを詰めてきたのは。

鎧を着ていると思えない跳躍力で乱戦を飛び越え、そのままサーベルを打ち込んでくる。

だがこちらも目は離していない。長槍の強烈な突きでカウンターを狙う。

ギィン!と金属同士が噛み合い、俺の手に強烈な衝撃があった。すれ違いながら奴と睨み合う形になる。

俺の右にランセル、左にメルシーナ。

三メーターを超える高みから獅子の頭部がこちらを見下ろしてくる。グルルルと響く唸り声は人の名残を止めていない。

「いい一撃だな」俺の顔に浮かんだのは恐怖だろうか、笑みだろうか。紛れも無い強者と対峙している実感を長槍の柄の振動が教えてくれる。


「小癪なニンゲンドモ、捻り潰ス」

「やれるものなら!」

獅子のサーベルと俺の長槍が唸りをあげた。互いの盾が致命の攻撃を防ぎ、攻撃は防御を突き破らんと苛烈を極める。

サイズの差もあり、奴の方が腕のリーチで勝る。だが武器が長槍なのが幸いして総合的には間合いの制止あいはほぼ互角だ。問題なのは力の差だ。技術だけなら俺が上だが、腕力で押されるのが痛い。

時折、ランセルとメルシーナが牽制の為に仕掛けてくれるがそれが無ければ防戦一方だっただろう。


強烈な横薙ぎが俺の頭部を狙う。これを盾で弾きながら奴の左肩に突きを狙えば、獅子は体を斜めに滑らせるようにして上手く鎧の肩の辺りで防御した。

(やる!こいつ、でかいだけじゃない!)

感嘆しつつ、下から切り上げてきた一撃を裁き次のチャンスを狙う。相手の攻撃が読めない訳では無いが、畳み掛けられないのが歯痒い。そして体力ではやはり人間であるこちらが不利だ。

「はっ!」ランセルの気迫で放った斬撃も奴の盾で防がれた。間を置かずメルシーナのシミターが低い位置から獅子の強靭な脚を狙うがこれも体さばきでかわされる。

でかい上に速い。厄介な相手だ。

そのまま後方に跳び退った獅子と俺の間合いが開いた。奴のタテガミが逆立ち、ピシッと空気が張り詰めるような音が聞こえてくる。

「避けろっ!」考えるより先に勘が働いた。二人に叫びながら左に思い切り跳んで一瞬後、獅子がその口から光線のようなものを吐き出した。

ジュオオオと空気を焦がす熱が頬に伝わる。火炎を収束して放ったのか、と考えるより先に俺は地面を蹴っていた。


片手剣、盾、長槍の三つが俺の得意なスキルだ。身体強化もある程度は出来るが、突出して得意なわけではない。だが普段は秘めているスキルが一つだけある。まさに非常時用の必殺技とも言えるスキル。


呼吸を意識して全身の力を溜める。右腕から掌、握っている長槍にその力を伝導するようにイメージする。熱くなった掌が握る長槍の柄が見えない力の膜が一枚覆ったような感覚が生まれていく。

"闘気武装"。魔力が低く、魔法を使えない代わりに俺が得意とする闘気を利用して武器や防具にまとわせるスキルだ。

再びサーベルを構えた二足歩行の獅子目掛けて俺は長槍を引き絞りながら突進した。相手がこちらの動きに合わせてサーベルを振りかざす。このままいけば長槍はサーベルに撃退され届かない。

だがそれまでの間合いから二歩は遠い距離から打ち込んだ俺の一撃は見事に相手の右の二の腕を切り飛ばした。


普通ならば絶対に届かない間合いからの一撃に「ガッ!?」と驚愕に歪む獅子の顔。そこに一瞬だけ人間に近いものが浮かんだと見えたのも束の間、長槍を捨てた俺はそのまま走りこみながら腰の剣を抜き打ちで奴の胴を一閃する。

崩れ落ちかける巨体が踏みとどまろうとするが、ここぞとばかりにランセルの刃は背中にめり込み、メルシーナの超速の一撃は奴の左膝の裏を切り裂いた。さしもの魔獣も限界が近いのか、盾を捨てて無傷の左手を地につきながらこちらを睨むのが精一杯だ。

「どうする。降伏するか」念のため、剣を突きつけながらの質問は怒りの咆哮と突進を持って答えられた。その質量を生かした体当たり、一縷の望みをかけた獅子の体を闘気武装した俺の長剣が斜めに両断する。

鎧ごと綺麗に左肩からわき腹までを真っ二つにされ、血しぶきをあげながら魔獣が倒れ伏す。どっ、と疲労と痛みが全身を支配するのを自覚しながら振り返った俺の目に、虚ろに宙を泳ぐ獅子の光を失った目が写った。

まだ自分の敗北が理解できないとでも言いたそうなその目を一瞥して「相手が俺じゃなければ勝ってたな」と一声だけかけ、俺はまだ終わらない戦場へ身を翻した。



獅子の腕を切断した一撃、その秘密は闘気武装で強化した長槍にある。柄から穂先にまで纏わせた闘気は長槍の攻撃力の上昇と同時に闘気の分だけその間合いを延長させていた。一気に1メートル近くも間合いが伸びれば、攻撃範囲も当然伸びる。その結果があの獅子の攻撃より速く俺の攻撃が届いた理由だ。

気力を消耗するので強敵相手の限定スキルとしているが、接近戦での効果は大きい。



もう一匹の魔獣-シャリーが相手をしている山羊の怪物を倒すのを助勢するか、それともエジル将軍の加勢に向かうか。判断が難しいところだが、とりあえずはこちら側の敵を殲滅してからの話だ。カイトの初陣を勝利で飾るためにも。


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