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ドラグーンの初陣 1

一日の仕事を終えた最後の瞬間というものは気持ちがいい。ましてや自分が関わる任務ならば尚更だ。

向かいに座っているアッシュも「あー、疲れたな」とぼやきながら肩を回している。シャリーは飲み物を取りに炊事場へ向かっていた。


ネイス上官に報告後すぐに今回の反乱鎮圧任務の日程及びメンバーの表明が告知された。ウィル公の言った通り出陣は三日後の早朝。事実上今日を含めあと二日半で準備という慌ただしさだ。

今回の任務を命じられたメンバーは800名。いずれも戦の経験がある者だけで構成されており、その中にはアッシュとシャリーも含まれていた。そして午後から僕ら三人は出陣に関する事務仕事に追われることになったのである。


仕事でもそうだけど現場につく前の段取りは大事だ。プレゼンの前にできる限りの調査、市場動向分析、相手の好みを把握した上でプレゼンを作成しどう効果的に発表するかを考える。これが戦争ならばどうなるか、とサラリーマン時代の経験を応用しながら準備を整えていく。

アッシュやシャリーは前にもこういう仕事をしたことはあるらしいがそれほど得意そうでは無い。自然と僕がリードすることになった。


専門的な知識やこちらの常識は二人に聞きながら、戦争に必要な資料や情報をイメージしリストアップしつつ、誰にどのように聞いてそれを揃えて入手したらそれをメンバーの誰に落としていくか。

結構神経を使うけど、割と楽しい。

「サラリーマン時代の仕事も無駄じゃなかった」と言うと「それって凄い職業なのか?」とアッシュに聞かれ答えに困ったけど。


別に凄くは無いと思う。大多数の人間は会社勤めをするから、と言うと「へー、異世界て凄いな。皆こんなに効率良く必要な物を揃える技術があるんだなあ」と感心された。

多分、21世紀と今では情報や数字の収集や処理のノウハウが全然違うのだろう。一部の人間しか高等学問を修めない竜の大地では僕には当たり前の簡単な統計学やプロセス整理が根付いていない。

学校で教えればいいのに、と思ったが子供を見捨てざるを得ない程貧しい村さえあることを考えればそれは非現実的だろう。


おかげさまで助かったわ、と言いながらシャリーが飲み物を持って来てくれた。砂糖が入った紅茶が一息つかせてくれる。

「料理長におまけでもらったの」と彼女が差し出したクッキーと一緒にささやかな打ち上げだ。

「とりあえず今日はここまでだね。各部隊長への情報伝達と地図を渡すのは明日でいいし」

胡桃の入ったクッキーをかじりながら話す。今回の任務は大変そうだけどアッシュとシャリーがいるからか、さほど不安では無い。それに何よりコバルトを思う存分使える。


だがウィルヘルム公の一言が気になった。怪物ではなく人と戦う覚悟というものがどれほど重みを持つのか未だに僕はリアリティを持てずにいた。

「アッシュ、人を斬るのってやっぱり違うのかな」

気がつくとそう聞いていた。

その質問の意図に気づいたのだろう、アッシュは紅茶のカップをソーサーに置いて僕に振り向いた。

「違うな。俺が初めて人を斬ったのは19の時だ。相手は盗賊だったから罪の意識はあまり無かったけど、それでも後で膝ががくがく震えたよ」

俺も必死だったから震えたのは戦闘後だったけどね、とつけ加えてアッシュは「シャリーも同じ時じゃなかったか?」と話を振る。


「三年前のあの任務よね。覚えてるわよ。あまり気持ちのいい記憶じゃないわ」

シャリーが一瞬顔をしかめる。切ったはったが日常茶飯事のこちらの世界でもやはり人間を手にかけるというのは重いようだ。

「今日、ウィルヘルム公に言われたんだ。人を殺す覚悟はあるか、とね。自分ではあるつもりだけど、改めて考えるとちょっとね」

剣でも魔法でもいいが、まともに当たれば相手の人生を奪う事が出来る。そんな当たり前のことがじわりじわりと僕の心を占め始めていた。


「多くは言わないよ。誰だって怖いさ、戦場はな。カイトだけじゃない。まして君のいた世界は平和だったみたいだしね」

紅茶をスプーンで掻き回しながらアッシュが言う。

「だがやらなければやられる。それがこの世界の絶対基準だ。君が死んだら悲しむ人がいることは覚えておいた方がいい。俺とかシャリーとかね」

「無理そうならコバルトに乗って牽制だけしてくれればいいから。初陣なんだからそれで十分よ」

シャリーもぽん、と肩を叩いて励ましてくれる。とりあえず今ここで過度に神経質になっても仕方ない。それだけは確かだ。


「ミルズって人はどうだった?やっぱりショック受けてた?」

何気なく発した一言だった。でも二人の顔に陰がさすのを僕は見逃さなかった。

「彼は、ミルズは全然私達とは違ったわ。眉一つ動かさずに盗賊達を叩き潰していたもの。「こんなクズ共を生かしておくから世の中はいつまでたっても良くならない」って怖い顔でメイスを振り回してた」

シャリーの発言でどうやらミルズ氏は僧侶か神官だと分かった。戦士なら剣なり槍なり他に使う武器はある。

「ああ、あの時は驚いたな。普段は優しいあいつが氷みたいな表情で暴れ回ってた。返り血浴びながら大したことじゃない、て言ってたのを覚えているよ」

アッシュも追随する。どうもミルズ氏は人を殺すことに慣れていた節があるな、と書類仕事で疲れた頭で考えた。どんな過去がそんな殺伐とした修羅を作りだすのだろう。



三人で作業を急いだおかげで出陣の日までに必要な作業は全て終わった。今回800名総員の命を預かり指揮を取るのは電撃戦に定評があると言われるエジル将軍だ。

性格的にはちょっとあれだが・・・とアッシュが言葉を濁したのが気になるが、実力は確からしい。

30半ばながら歴戦の勇士として名高い彼が王都郊外に整列した僕達を前に静かに訓示を垂れる。

「ラトビア王国へ反乱を起こし脱獄囚らと手を組んだ獣人らを許す必要はありませんよ。油断すべき相手ではありませんが、普通に戦えば完勝出来るだけの兵力と質が私達にはあります。諸君らの勇気と実力を存分に発揮して、彼らにその無謀さを刻み込んでやりなさい、ククク・・・」


おおっ!と歓声が沸いた。春の終わりの陽気がその覇気に吹き飛ばされ、それを上回る熱気が草原を揺らしたような錯覚を覚えた。

最後尾に控えた僕はそっと懐を撫でた。そこにはパネッタがくれた「戻ったらお祝いだから必ず戻れ」という短い手紙が入っている。


初めての出陣を前に緊張と高揚が五体を満たす。他の兵士に邪魔にならないように確認した上で右手を前に差し出して軽く念じた。

「コバルト、出番だ」

「心得た」僕の願いに応えた青い竜が右手から体と同じ燐光に包まれ出現する。どよめく周囲を余所にコバルトの背にあらかじめ準備していた鞍を取り付け、僕は頼もしいパートナーに飛び乗った。


「戦と聞いた。我の出番だな」竜がその紅い目を輝かせて軽く翼を羽ばたかせた。その首筋をぽん、と叩いて僕も前を向く。目指すは東方、獣人と脱獄囚の厄介な混成軍だ。

「ああ。コバルト、皆から離れないように飛んでくれ」

承諾の代わりに一ついななき、竜はその群青の体をふわりと風に乗せて舞い上がった。高度はそれほどでは無いが、その背から見下ろす風景はまるで箱庭のようだ。


(さあて、、落ち着いていくか)


空は青く、風は冷たい。



******


「あれが獣人か」

借りていた遠眼鏡(ハンディサイズの望遠鏡)をアッシュに返した。

アッシュはそれをシャリーに渡しながら頷く。

「ああ、カイトは獣人を見るのは初めてだったな。あまり人間と見た目は変わらないだろ?」

「そうだね、耳や尻尾がついててぬいぐるみみたいだな」

「カイトさんて時々スッゴく天然よね」

僕の感想に遠眼鏡を覗きながらシャリーが突っ込む。200もほんとにいるのかしら、と呟きながら左右に遠眼鏡を揺らして村全体を事細かに観察している。



出陣から四日、王都から東へ延びる街道を通りエジル将軍率いる制圧軍は問題の獣人村に奪われた村付近に到着した。道中の脱落者も無く、ここまでは順調だ。

コバルトの機嫌もすこぶるいい。大規模な戦と聞いて竜の血が騒ぐらしい。もっとも制圧軍の皆さんに「本物の竜だぜ!!すげー」「カッコイイ!」と叫ばれながらぺたぺたと体を触られるのには閉口していたようだ。


「マスター、何とかならんのか?」「まっ、これも人気者の宿命だと思って堪えてくれない?」「やれやれ、、」

コバルトは溜め息をつきながらも僕の命令に大人しく従ってくれている。別に彼の召喚を解き戻ってもらえば済むことなのだが、わざわざ召喚しっぱなしにしているのは目的があった。


一つは竜が無敵の生き物では無いと知ってもらうため。実際強固な鱗に守られ、生命力も高いコバルトだが本人いわく耐えられる限界はある、とのことだ。いざという時に周囲からサポートが必要な時に「ドラゴンは無敵だから必要ない」と思われるとまずいので、竜も生き物には変わり無いと知ってもらう為に実際に触ってもらうことにした。

最初はおっかなびっくりだった兵士達も今ではすっかりコバルトに馴染んでいる。迷惑そうな顔をしながらも我が愛竜殿も果物や干し肉を貰って満更でもなさそうだ。


もう一つはどれぐらい長時間僕がコバルトを召喚出来るのかを試す為だ。いざ戦の時に召喚時間の限界を迎えて敵に囲まれました、では恐すぎるのでこれは知っておきたかった。

行軍中に試した結果、連続六時間までは召喚可能。ただし戦闘が連続するなど状況が変わればそれも変わるとかもしれない。車のガソリンだってアクセルのアップダウンの激しい運転をすれば減りが激しくなる。それと同じことが発生するだろうと予想していた。


(とはいっても精神力みたいなもので召喚してるらしいからその辺は曖昧だなあ。最低一時間くらいはもってくれないと困るけど)


戦闘時にどの程度召喚が持つか計算してみようかと思ったがこれは無理だなとすぐ諦めた。不確定要素が多過ぎる。とにかくなるべく無茶苦茶な行動は避けようとだけ決めた。


そんなこんなで無事に村を一望できる丘に布陣した僕らはまずは斥候部隊を放って村の様子を観察することにした。僕が志願するとわざわざアッシュとシャリーがついてきてくれたのは頼もしかったけど、エジル将軍は渋い顔だったらしい。

それはそうだろう、二人は今回の制圧軍の副将に当たる。いわばエジル将軍の右腕左腕だ。

それが二人とも斥候に行くなど普通は許されない。


しかし「や、でも俺とシャリーはカイトの身元引受人みたいなもんですからね」とアッシュがしれっと言い、

「ウィルヘルム様もサポートしてやれとおっしゃってましたから、大目に見てくださいな」とシャリーがにこやかに笑うとエジル将軍も許さない訳にはいかなかったらしい。

「若さと友情というのは素晴らしいことですね」と感嘆とも嫌味とも取れる言葉と共に暖かく見送ってくれた、とはアッシュの弁だが。


(僕が将軍なら胃が痛いな)

ちょっとだけ同情した。でもちょっとだけだ。アッシュとシャリーを使えるのはエジル将軍にとってもリターンの方が大きいはずだからだ。

若手騎士トップの有望株にこれまた20歳にして宮廷魔術師第三位の天才の二人を借り受けられたのだから。将来性込みとしてもここでコネを築いておく価値はある。


(コネだのなんだの、現世の考え方が染み付いてる)

どうしようもないなと苦笑しながら周りを見た。僕ら三人も含めて斥候は十人。全員が村を遠眼鏡で確認し獣人と脱獄囚がそこを占拠しているのは認めた。

だがどう攻めるか?

村の位置が問題だった。小高い丘を背にその中腹に作られているだけに眺望抜群だ。こちらが攻めいろうとしてもすぐ見つかるだろうし、相手の方が高所を取っているのでこちらが不利となる。

今僕らがいるのは村の左手に展開している林だけどこれも結構村から離れているため、林の中を静かに進軍して奇襲するという手は使えない。


斥候前にこの林の中に伏兵が潜んでいるリスクが取り沙汰されたが、幸いそれは無かった。相手があまり少ない兵力を分散したくないと考えているのだろう。


「そろそろ戻ろう」というアッシュの合図と共に整然と並んで僕らはその場を後にした。戦術に関してはエジル将軍が何かしら考えるだろうからひとまず頭の中からほうり出す。

歩きながら隣のシャリーに話しかける。

「シャリー、獣人って強いのかい?」

「それなりに、かしらね。狼や熊の特徴を持った獣人なんか素早いし、力もあるわ。それに人間の知能があるから罠に引っ掛けたりは難しいわね」

後ろを振り返りながらシャリーが答える。念のため彼女の探知魔法を周囲に張り巡らせているので不意打ちなどはそれで防げるらしい。便利なものだ。


「それに急進派はラトビアに怨みを抱いているから団結力があるわ。こちらの最後の説得交渉に応じて大人しく帰ればいいけど、戦うことになったら油断できない相手」

厄介そうだ。しかも凶悪な脱獄囚までそれに加わっているときている。

「たかがチンピラ風情と侮れないわよ。中にはとんでもない凶悪犯罪者もいたし。うちの正規軍ほどでは無いでしょうけど、腕は立ちそう」

いやに断定的な口調で説明するシャリーだが、先程遠眼鏡で観察しながら目についた連中を魔法で鑑定したそうだ。視界に入りある程度集中する時間があれば、かなりの距離があっても可能ということだった。美少女千里眼シャリー、とこっそり名付ける。


「全然話は変わるんだけど」

「ん、何?」シャリーがこちらを横目で見ている。躊躇いがちに「この前、酔っ払った私を部屋に運んでくれたじゃない。あの時私の部屋見てどう思った?」

予想の斜め上を行く問い掛けだ。

深夜、ぐったりともたれたシャリーを何とか背負って部屋まで連れていったあの時、鍵を貸してもらい中に踏み込んだ僕の目に飛び込んできたのは部屋の床一杯に散らばった服やタオルや書物だった。化粧品がその中に混じっていたのがせめてもの女性らしさのような気もするが、下着が無造作に散乱していては直視もはばかられとにかく背中のシャリーを寝室らしき部屋に放り込んで帰った。

部屋の鍵をどうするか迷ったけど、とりあえずかけておいて翌日ありがとうとごめんなさいを連発する彼女に返したので結果オーライだと思う。


背負っていた時に胸の膨らみが背中に当たって若干悶々としたことも思い出したけど、この場で言うことじゃない。


「毎日忙しいから掃除する暇が無いんだろう、というのが半分。さすがに足の踏み場すらないのは酷いというのが半分」

「うっ、、やっぱり酷いか、、そうよね」

いたたた、と言いそうな表情でシャリーが顔をしかめる。

「最近忙しかったのは本当なんだけど、ちょっと酷すぎるわよね。。まずは身の周りを綺麗にしなきゃ駄目か」

「あれじゃ蹴つまずくよ。。」

何というかシャリーは残念な美人なのかもしれない。しかし、何故戦寸前のこのタイミングで聞くのだろう。

「あの、それって今聞かないと駄目な程重要なこと、、?」

「私的には」おそるおそる聞くと返事は速攻だ。

「ずっと気になっててね、あんまり男の人に部屋見られたことないからあれ見てどう思うのか気になってて。あっ、でもこう見えてもケーキ焼いたり女の子らしいこともするわよ!?今度持ってきてあげるから!」

「あ、ありがとう。。」

本来、女の子の手作りケーキが食べられるなんて喜ぶことなんだろうけど、何だか素直に喜べない自分がいた。コバルトにあげようか。駄目だ、怒るかもしれない。


陣地に戻りエジル将軍に村は攻めづらいこと、確かに獣人と脱獄囚が占拠しており結構手強そうだと簡潔にアッシュが報告してくれた。獣人はぬいぐるみみたいだという僕の率直過ぎる感想は抹殺され日の目を見ることは無かった。





エジル将軍のモチーフが誰なのか分かる人には分かると思います。

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