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シャリーの手記 ドラグーンのとある休日 2

人生はままならないものね、とため息をついて魔法実験室を立ち去ったのは夜も程よく更けてきた時間だった。

私の上司からとある実験をお願いされ助手と共に昼から取り組んでいたのだけど、実験機具の組み立てや配合する材料の割合の確認に手間取りこんな時間になってしまった。


お疲れさまです、と挨拶して私と同様に実験室を去る助手に「お疲れさまー」と半ば反射的に返答して部屋の鍵を守衛に返す。

「大変ですね、シャリーさん。遅くまでお疲れさまでした」

「んー、、疲れた。仕事だから仕方ないわ」

私の祖父と同年代の白髪頭の守衛はうんうんとそれこそ孫をいたわるような顔で私を送り出してくれた。残業で疲れた心には人の優しさが染みる。


ほんのりと冷たさを含む春の夜気に触れながら思わず「はぁ」とため息が出る。今から帰っても夜食をとって体を拭けばもう寝なくてはならないだろう。夜更かしはお肌に毒だ。


「なんか面白いことないかなあ」

夜空を見上げると星が煌めいているのが見える。四年前、全くの新入りとして王宮の門をくぐった時には私の気持ちもあの星の光のように輝いていた気がする。




魔法習得において稀に見る高スキルを幼少時にたたき出した私は特待生扱いで魔法学校への入学を12歳で許された。さほどお金持ちでも貧乏でも無い普通の商人である父は母と手を取り合ってこの幸運を喜んだ。

特待生なら学費は免除の上、高い水準の授業により効率よく魔法を身につけることが出来る。

卒業後にそれを活かして軍に所属するなり冒険者になるなり、とりあえずは食いぶちに困ることはまず無い。危険はあるが将来設計の目処が立ったと言える。


「頑張ってね、シャリー。でも辛かったらいつでも帰ってらっしゃい。ここは貴女の家なんだから」


送り出してくれた母の言葉が今も胸に暖かく残る。

実家は王都の城下町にあるので学校へは通えばよかったのだけど、わざと家を出て寮に入ることにした。

「親元から離れて自立する」ということが自分には必要だとその時判断したからだ。


幼い時から使っていた自分の部屋を掃除しながらお気に入りのお人形一つと二冊の本だけ選び、両親に「頑張ってくるからね!」と元気よく言って私は12歳の春に魔法使いへの第一歩を歩み出した。



(しかしどこをどう間違って今の私になったのか)

首を捻っても答えは出てこない。確かに魔法学校では努力の甲斐あり首席で卒業を果たし、鳴り物入りで軍に入ることが出来た。

たったの四年で宮廷魔術師第三位にまで駆け上がれたのは客観的に見てよくやっているし、正直有り得ない昇進速度だと思う。

自分でもほとんどの魔術師より魔法の才能という意味なら勝っている自信はあるし(経験的にまだまだ不足があるのは仕方ない)。


だけどどんなに周囲から天才と持て囃されても、高く評価されても日常に押し潰されそうな圧迫感と満たされない気持ちがある。最近は他の魔術師の悩み相談を受けることも増え、チーム編成や面談もこなすようになった。要は自分だけの仕事をやっておけばいいという訳にいかなくなってきた。レーブ医師に相談するとこういう状態をストレスというと教えてくれて、薬を処方してくれた。「ほんとは仕事から一時頭を休められれば一番なんだけどね」と言われたけど、抱えている業務が多過ぎて休日でも仕事の事が頭を過ぎる私には無理だと思う。


宮廷魔術師はやり甲斐のある仕事だし、給与を含めて待遇もそこそこ悪くないけどここ最近とても疲れていた。どうすればいいんだろうか?


ふう、とため息をついて通りの角を一つ曲がる。自分の借りている部屋までもう少しだ(実家からは遠くない)。早く帰ってご飯を食べたら読みかけの本を寝そべりながら読んでそのまま眠りたかった。


「ん!?」いきなり視界に飛び込んできた風景にびっくりして足を止めた。

白いしっくいの壁の小洒落た料理店から出てきた男女二人連れのうちの片方に見覚えがあったのだ。

黒い髪に同色の瞳、男性にしては細面の優男。

(カイトだわ。何してるのかしら?)

自問してその愚かさに気がついた。男女が二人で夜中に会っているなら逢い引き以外何があるというの?


女性の方は若い。20歳にいくかいかないかくらい。綺麗な赤茶色の髪をした美人だった。

私がさっと店の壁に身を寄せながら見ていると二言三言話した後、店の前で二人は別れた。

今日はここで終わりらしい。


何だか見ているうちにめらめらと腹が立ってきた。カイトは独身だし倫理的にも全く悪くないのは理屈では分かってはいる。分かってはいるけど私が殺伐とした心で遅くまで働いてとぼとぼ帰っているのに、自分はかわいい子とデートだとう?


許すまじ。そう、これは正当な怒りだと思うのよ。多分。


「楽しそうね、カイトさん」

こっちに気がついたらしく立ち止まったカイトに声をかけた。凍り付いたように目を見開いた彼が哀れな獲物だとしたら、今日の私は残忍冷酷な狩人だ。

「仕事で疲れちゃったから今から一杯付き合ってもらおうかなー。貴方に聞きたいこともあるしね?」

言外に断るわけないわよね、という脅しを効かせたのを勘良く読み取ったらしい。「大変だったね、勿論付き合うよ」と言う彼の笑顔は引き攣り、その足が落ち着かなくぱたぱた動いて挙動不審だ。


全部吐くまで帰れると思うな。


私は連行するようにカイトの背中を押して近くの酒場に入っていった。



あいにくカウンターしか空いていないので二人でそこに座る。不機嫌極まりない私にびくびくしているカイトはおとなしく従った。

そういえばお腹も空いていたんだ。好物のミートパイと黒スグリのプディングを頼む。栄養バランス?今日は考えないわ。


とりあえずカイトから聞き出せるだけ聞こうと詰め寄るとあっさりと話し始めた。

先日の任務を共に戦ったパネッタという僧侶だそうだ。なるほど。

「カイトさんてああいうタイプが好みとは知らなかったわ」と鎌をかけてみると「そんなんじゃないよ」と少しムキになって否定してくる。


正直かわいい。25歳とは思えない。


「でも嫌いでもないわよね。二人で会うくらいだから」と詰めると「それはまあ、、」と口を濁す。なんだ、ハッキリ好きなら好きと言えばいいのに。もっとも私は謙虚で賢いこの異世界からのドラグーンに一般的な意味での好意を抱いているのであまりいじめるのは止めておこう。可哀相だ。


そしてエールを重ねるうち(主に私が、だ)、知らず知らず私はカイトに弱音を吐いていた。


「自分じゃ精一杯やってるつもりだし、頑張ってるのに充実感が無いのよ。。いくら頑張って仕事終わらせてもシャリーは天才だからって言われちゃうし。そりゃ、魔法の才能には恵まれたわよ?でも私だってなんでもかんでも出来るわけじゃない。自分より年上の平の魔術師のプライド傷つけないように気を使った後なんてどっと疲れるし。でも努力しても誰も分かってくれない、、」


そうなのだ。ここのところ自分が疲れているのは肉体的な疲労よりむしろ精神的なものだった。チューカンカンリショクという単語を使ってカイトがその立場を理解してくれたが、なるほど、彼の世界でも同じようなことはあるらしい。

上と下の板挟み状態。上から降る仕事をこなしながら下からの相談も相手する。まだ20歳の私には重い、と感じることが多い。


聞いていてくれるカイトの顔は真剣だ。こんな愚痴に付き合わせてしまって申し訳ないなあ、と最初に感じたイライラが消えていく。

カイトだって慣れないこちらの生活で大変だろうに私の八つ当たりに付き合ってくれている。感謝しなくては罰が当たるだろう。


「僕のいた世界でもそういう立場の女性はいたよ。男社会で頑張ってもなかなか認められなくて疲れちゃっててね。大変なんだね」

カイトの言葉は暖かい。周囲に認められなくては、と虚勢を張ってまで毎日を過ごしていた私にはその一言が嬉しかった。


自然と「ありがとう」と返していた。

不意にぽんぽん、と彼の手が私の頭を撫でた。


「ドラグーンの祝福ってこちらでは恩恵あるか知らないけど。きっと報われることがあるよ」

「・・・うん」カイトの優しさはきっと彼の一番いいところだと思う。それが自分に向けられたことがただ嬉しく、涙が出そうになったので慌てて目を逸らした。

涙腺が緩いのは体に流し込んだアルコールのせいだ、そうに違いない。



そう思わないとこの人を好きになってしまいそうで怖かった。



翌朝、私は二日酔いの頭を抱えながら王宮への道を歩いていた。結局昨夜はふらふらになった私をおぶったカイトが何とか私の部屋へ運んでくれたのだ。住所は酔っ払った私から何とか聞き出したらしい。部屋にほうり込んでまっすぐ帰る辺りは紳士だと思う。


(うー、合わせる顔がない。どうすればいいのよ)

心持ち目深に魔術師特有の高い帽子を被りながら私は自責の念に駆られていた。明らかに昨夜は私のせいでカイトに迷惑をかけている。おまけにまた酒による醜態を晒してしまった。

朝陽が目に痛い。見上げれば憎らしいくらいの青空だ。


どうしようか。どうするって謝るしかないな。


答えはいつだってシンプルだ。とにかく聞いてもらってすっきりしたのでお礼とお詫びをきちんとするしかない。私に出来るのはそれくらいだ。いったん決めると心はすっと楽になった。


「ありがとう、昨日はごめんなさい」カイトを前にしてもきちんと言えるように独り言。誰もが知っている魔法の言葉は12歳のあの日と同じ澄んだ青空に響いて溶けていった。


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