その七
晋一は、必死に検索を続けた。新聞やニュース、ネットの書き込みからワイドショーにいたるまで。
男の話しは、本当だった。もちろん、田村がロボットだったことや、未来からきた人達のことは知られてはいないから報道されてはいないが。狙撃のシーンやエネルギー政策のことなどは、多くの番組で取り扱われていた。
だが、最初に感じた矛盾にたいする答えは見いだせなかった。
(エネルギー理論の変革が目的ならば、僕自身が凶弾に倒れたとしても目的は果たせたのではないか? なぜ、身代わりに田村が。いや、あのロボットが? )
彼らの目的は、他にあるのではないか? 晋一は、考え続けた。
(一体、他になんの目的があるのか? )
「お願いだ! 誰か出てきてくれ! 教えて欲しいことがある。」
天井に向かって叫んだ。すると、足元に、先ほどの男が立っていた。
あっ! と、晋一の驚く顔をみて微笑しながら近づいてきた。
「ど、どこから……? 」
「ご質問は、そのことですか? 」
男は微笑をたやすことなく、穏やかな口調だった。
「いや、聞きたいことはいろいろありますが、もちろんどうやって出入りするのかも聞きたいです。」
男はおどけた素振りで、
「では、質問に答えてから、後で、出入りの秘密のヒントを教えましょう。」
「そ、それでは、まず。……まず……。」
晋一は、言葉を選んでいた。質問の仕方によっては、答えの意味が変わってしまうこともある。どうして僕を生かしているのか? それを聞きたいのだ。
「僕は、これかれどうすればいいのですか? 」
「博士。さすがに聡明な方ですね。」
「いや、ただ、これからどうしたら……。 」
「そうでしょうか? ちゃんと顔にでてますよ。矛盾を感じてると。」
「……。 」
「博士は、その矛盾点を質問することを避けて、そのように聞かれたんですね。」
晋一は、黙ってうなずいた。
(何もかも見透かされている)
「博士。大丈夫ですよ。我々は味方ですから。何でも素直に聞いてください。」
(どうする? もう聞くしかないだろう)
晋一は、目を閉じて深呼吸をした。
「では……。なぜ、僕を生かしているのですか? 」
「なるほど、ご自身のこれからの役目を聞きたいと。次はなにをさせられるのか?。 何をしなければいけないのか?。 それが、生きていることの条件だと思っているのでしょう。何もなければ、わざわざ助ける必要がないのでは。と、そういうことでしょう。」
晋一は、うなずくことしか出来なかった。何もかも彼らは知っている。知り尽くしている。
「博士、私には、その質問の答えが出せない。その答えは、別の方がきますので。その方に聞いてください。」
男は、言い終わるとすぐに天井の光の方に合図を送り、立ち去ろうとした。
「博士。出入口を知りたいんでしょう。よく見てください。」
晋一は、男を見ていた。一歩後退する男を凝視していた。その瞬間、いなくなった。ア然とする晋一は、両の目をこすり、まばたきをしながら男が消えた壁面を見た。そこに、大男が二人と男たちの背後に一人の女性が立っていた。
驚く晋一に女性が優しく声をかけた。
「すみません。おどろかせてしまって。」
女性は会釈しながら二人の大男の間に入り、彼らに距離を置くように促した。どうやら、二人の大男は、この女性の警護の者であろうと思われる。女性は、男達の耳元で心配ないから少し離れるようにと声をかけた。女性もまた、先ほどの男と同様に絶えず微笑んでいた。
(警護の男達のようすと、この女性の雰囲気ならきっと地位の高い人だろう。)
「お体の方は、いかがですか?」
「もうずいぶん良いです。お気づかいありがとうございます。」
「まだ少し体が重たいようですね。充分休養を取られてください。」
女性は、晋一を労うように声をかけた。
(さっきの男は、この女性に質問しろと言っていたが? )
「博士。先ほどの疑問にお答えするために、伺いましたので。どうか不安になられなくて結構ですよ。」
(またしても、お見通しだ。)
「はい、ではお答えをいただきたい。」
晋一は、姿勢をただして質問をぶつけた。
「もう一度聞きます。これから僕になにを、一体なにをさせようとしているのですか?」
女性は、うなずくと重複するところもあるが、最後まで聞いて欲しいと、前置きして語りだした。
「ここに運び込まれるまでのことは、もうご存じだと思います。」
「はい。ここまでのことは。」
「そうですね。で、これからのことを知りたいんですよね。誰しも知りたいと思うでしょう。無理はありません。」
「……。」
「博士。」
女性は、晋一に優しく声をかけた。
「博士には、とても大事な使命があります。」
「とても大事な? 」
「そうです。でもそれは、特別なことを強いるものではなく。より自然に普通に……。」
「自然に? 普通に? 」
「はい、そうです。」
「で、私に何をしろと? 」
問いかけにすぐに答えずに、女性は晋一の顔を凝視していた。
「やっぱりだわ! 目元が、私の母に似ています。なんとなく面影が……。 」
晋一も、女性の目元を覗きこんだ。
「そうですか? 僕にはわかりませんが。」
晋一は、女性の言葉の意味を悟った。
(つまり、僕がこの女性の祖先なのか? )
考えこむ晋一の表情を確認すると、
「博士。おわかりになりましたね。博士は、私の祖先なのです。」
(そうか、だから僕が死んではいけなかったのか。それで助けたのか。)
「博士は、数年後に結婚して子供を授かります。それが使命なのです。」
晋一は、今さらながら、自らの運命に驚いた。
「他に何か? しなければならないことは? 」
「僕の頭の機械は? 」
「いつ元の世界に戻るのか? 」
次々に発する質問に、女性は根気強く、そしてわかりやすく答えてくれた。
あと二か月ほどで戻れること。頭の機械は消滅して、今後は普通の知能であること。特別に何も行動する必要がないということであった。そして最後に、こう付け加えた。
「博士は、教育に力を入れようとされた発想には、大変驚き、そして、同感いたしました。最後のスピーチはとても素晴らしものでした。是非、教育事業を進めてください。」
晋一は、最後のスピーチをほめられてうれしかった。機械が壊れた僕の頭で考えたんだ。さっき見たニュースでも悪くない評価だったが、目の前で、素晴らしいといわれたことが、格別うれしかった。
あのヘッドホンのような端末で見て、倒れてから経緯は知ることができた。教育事業は、父たちが中心になり、設立した財団によって精力的に活動をし初めているところである。
そうだ、僕には自らで決めた使命があったんだ。そう思うと、体の奥からふつふつと湧きあがる力を感じた。
(僕は、何としても。力の限りに闘い続けるんだ!。)
晋一の決意みなぎる姿に女性は笑顔で答えた。晋一もニッコリとほほ笑んだ。本当にうれしかった。目標を、生きる目標を失った者にとって。その目標を得たときの喜びは、なにものにもかえがたいものである。しかし、目標を得たとき、人はそれが達成できるだろうか? と、不安にも思うものである。
「僕のこの先は? どうなるのですか? 」
未来のことを尋ねた。
「博士。それを聞いてどうなるのですか? 」
女性は諭すように続けた.
「今を生きる人々に未来のこと。とりわけ具体的な人の将来を話したところで、何の意味があるのでしょうか? 例えば、明日死を迎えることが分かったところで、今日が何かかわりますか? 今日なすべきことをせずに死の恐怖に怯え、そして、死を免れることばかりを考えて生きなければなりません。」
晋一が口を開こうとしたとき、女性はそれを制するように手のひらを突き出して話し続けた。
「確かに、現在を少し変えて危難を避けることができないわけはありません。不可能ではない。しかし、それには大変なリスクが伴います。歴史は、そう簡単に変わるものではないのです。」
「しかし……。 」
「博士。我々が現れた目的は理解できたはずです。それにしては、遠回りな方法だと思いませんか? 」
「……。 」
「もっと簡単にできたはずだと。」
「それも、聞きたいと思ってました。」
「よく考えてください。我々は歴史の軸を変えれないのです。だから、現在の人々が自発的に気づくようにメッセージを送る方法しか出来なかった。池に小石を投げて、その波紋を見届けるように。」
「そうですか……。 」
「博士。おわかりになりましたか? 」
「……。 」
「今を生きる人々。今を精いっぱいに生きる人々にとって、未来の結果だけを知ることに何の意味があるのでしょうか? たとえどのような結末だろうとも、希望をもって今を生きることが、どれほど有意義なことでしょうか。」
晋一は、女性の言うとおりだと思った。そして、もう先のことを知ろうなどとはするまいと思った。
「博士。博士の教育事業は順調に進んでおります。そして、博士の帰りを待っています。」
「はい、そのつもりです。」
「我々は、博士の力を借りて現在に小さなメッセージを送ることしかできませんでした。歴史は急激な変化を望んでいないからです。急激な変化は必ず、その反作用によって急激に衰退していくものです。」
「はい。」
「歴史の流れは強力です。その流れを変えることが出来るのは、現在の人々なのです。我々は、そのヒントを送ることだけです。そして今、その波紋は大きな成果を上げ始めました。」
女性は晋一の目を見て力強くうなずいた。
「新しいエネルギーの研究は世界各地で進んでいます。さらに、博士の教育事業は世界のため、科学技術の発展のための後押しをするようになるでしょう。」
「未来の地球は、救われるのでしょうか? 」
「そうだと思います。あらためて博士には、お礼を言わせていただきます。ありがとうございます。」
晋一は、どう対応していいかわからずに、とまどっていた。
「今後の博士の活躍を期待しております。」
「はい。全力で取り組みます。」
女性と晋一はともに笑顔でうなずいていた。
「それでは、博士。私はこれで失礼します。あと二カ月、ゆっくりとされてください。」
「はい。ありがとうございます。」。
(あと二カ月……。 早く戻って仕事がしたいが。)
「博士。もう一つ質問があるでしょう? 」
「いや……、何も。あ! そうでした。この部屋の出入口はどこですか? どうやって出入りされるんですか? 」
女性は笑いながら答えた。
「出入口はここですよ。では、失礼いたします。」
女性と二人の大男は一瞬にしてきえていた。
晋一は、アッ気にとられながらも苦笑していた。ここに来て気がついてから何度驚き続けているのだろうか? 出入口のことさえわからないのだ。未来のことなどわかるはずがない。とにかく、あと二カ月どうやって過ごそうか?。晋一は、ベッドに横たわり眠ってしまっていた。
晋一の姿をモニターで見ていた女性に、最初に晋一と話していた男が話しかけた。
「閣下。これでよろしいのですか? 」
「はい……。 」
「本当に? 」
「いいのです。これ以上のことは出来ません。あの方の人生をこれ以上変えることなど……。 」
女性は悲しそうに顔を伏せた。
「閣下。最後のチャンスです。今ならまだ間に合います。まだ彼を助けられます。このまま地球に戻れば3年後に凶弾に倒れるとわかっているのに……。 」
「よいのです。もし、それを伝えたならば、どうなりますか? 」
「しかし閣下……。 」
「それを聞いた彼は、どうするでしょうか? 」
「……。 」
「彼には、気の毒ですが。彼は地球に戻って予定通りに結婚して、我々のために子孫を残してもらわなければなりません。」
「はい、ですから、その後にでも……。 」
「それは、できません。」
女性は、キッパリと言った。目には悲しみがあふれていた。
「これ以上、歴史を歪めることは許されません。彼は、聡明な人です。今後、世界と未来のために命果てるまで、あらゆる面で影響を残すでしょう。」
「肉体は滅んでも、彼の偉業は永遠に残るのです。」
「はい、私もそう思いますが、閣下の祖先をみすみす見殺しになど……。 」
「見殺しなどではありません。それが彼の使命なのです。彼の決意にみなぎる目を見たはずです。」
女性は、晋一の姿を思い浮かべながら、自らに言いきかせるように言う。
「死に怯えて、何も為すことなく生き延びていくよりも。今を全力で駆け抜けて行くことが生きるということだと思います。」
女性と男の会話はしばらく続いていた。
晋一は、夢を見ていた。これまでのことが走馬灯のように駆け巡っていた。
少し寝苦しさをおぼえて目を開いた。
不思議なことに、何も無かった真っ白な部屋に窓が一つ現れていた。晋一は、もう驚くこともなく窓の方に目を向けた。
青い地球が見えた。
(未来は変わるのだろうか? )
青い地球を見つめながら、きっと変わるのだろうと思った。
耳を澄ますと、あの小学5年の夏の日。未来人に天才にされた日。あの日の蝉の鳴き声が聞こえてきたようだった。




