その五
晋一は、雲の上をふあふあと漂っている夢を見ていた。優しい光に包まれ、ゆったりとただよう。今迄の、多忙な日々が嘘のようだ。下を見れば、豆粒ほどの人間たちが、忙しそうに働いていた。田村がいる。教授がいる。研究所の人達がいる。晋一は、笑顔で手をふっていた。
「先生! 先生! 」
何度も呼ぶ声がしていた。
その声は次第に大きくなってきた。まるで耳元で呼ばれているように。晋一は、声の方向に顔をむけた。そこには、鬼の形相の田村がいた。
「先生! 講演が台無しですよ! 」
田村は詰め寄ってきた。すさまじい形相で……。
「やめてくれ! やめてくれ! 」
晋一は、飛びかかってきそうな田村にむかって叫んだ。
「やめてくれ! やめて……。 」
ふっと目を開いた。
(夢だったのか? )
ハッと、我にかえって辺りを見渡した。
(ここは、どこだろう? あれからどうしていたのだろう? )
記憶の糸をたぐり寄せるように思い出そうとしていた。
(スピーチの最後に気を失ったんだった。ここは病院なんだろうか? )
(病室にしては広すぎやしないか? )
晋一は、上下左右が白一色の大きな部屋の真ん中のベットに寝かせられていた。病室にしては、窓もテレビもない。それに出入口が見当たらない。天井には、ライトが一つ晋一を見据えるようにピカピカと三色の光を燈していた。こんな病室もあるのだろうと、納得するしかなかった。体は重く動かない。頭痛のせいか頭を動かすたびに鈍い感覚があった。
まだ体を起こす力もないが、身につけている物だけは確認できた。入院患者が着用するような着衣だった。
(やっぱり入院させられていたのか)
そう思うと、重い瞼を再びおろした。
どれくらい寝ていたのだろうか。人の気配を感じて目を開くと足元に医師らしい一人の男が立っていた。
「お目覚めになられましたか。起こしてしまったようですね。」
どこかで見たような顔であった。
「頭痛はいかがですか? 」
晋一の顔を覗きこむように近づいてきたので、まだ重たい頭を医師のほうにむけた。
「これで楽になりますよ。」
医師は、バーコードを読み取る機械のような物を頭に向けて、まるでレジにでも通すように赤色の光線をあてた。かすかな電子音が耳に残った。
「どうですか博士。」
医師の言う通りに、みるみる楽になっていった。
「本当にすごく楽になりました。ありがとうございます。」
晋一は、少しづつ体を起こしながら部屋中をみわたした。
(……? 病室にしては不自然だ……。)
白衣の男は、晋一の様子を知った上で枕元の機器のデータを手持ちの機器に入力していた。
「ここは、病院ですか? 」
単刀直入に尋ねた。
「そうです。ここは病院です。」
男は、あっさりと答えた。手元の機器から目を離すこともなく。
「そうですか。しかし広い部屋ですね。」
「そうですね。特別室ですから。」
男は、笑顔を向けて答えた。まるで子供を諭すように。
「先生、でも。この部屋、窓がないですね。出入口もどこかわからない。」
晋一は部屋中を指さしながら、
「病室ならテレビだってあるでしょう? 」
さらに男に質問する。
「どこの病院ですか? 電話はどこに? 」
(これも、まだ夢の中なのか?)
「まあ、博士。まだ体を起こすこともままならないでしょう。もう少し横になられてください。」
(どうも怪しい。ここは、一体どこなんだ? )
納得のいかない表情で、まだ完全に動かない体で、必死に抵抗する姿勢を見せた。男は、予想通りの晋一の反応に驚くこともなく、穏やかな口調で安心するように言い続けていた。
晋一は、ふらふらとする体を無理にで起こそうと必死にもがいた。
その姿に男は、これまでの経緯を説明することを約束した。晋一は、体の緊張を解き男を凝視した。
「博士。博士は私と初対面ではありません。見覚えのある顔だと認識されているのは分かっていますよ。ただ、誰であるか確信が持てないから、記憶違いではないかと思われたのでは? 」
(やはり、そうだったか。一体誰なんだ? )
「よく見てください。そう、よ~く見ていただけますか? 」
(ん? 最近あった人のようだが? )
「講演の会場への案内係。ほら、私ににていませんか? 」
「あ! そうだ。あの係の方だったんですか? 」
記憶の奥の扉が開く安堵感と湧きあがる不信感を覚えた。
(どういうことなんだ? ここは、ホテルの関係の病院なのか? まさか、ホテルの中なのか? )
「どういうことなのでしょうか? 」
晋一は、訴えるような目で聞き続ける。
「もっと、理解できるように話していただけませんか? 」
男は、混乱する晋一に向き直り、順を追って話しはじめた。
晋一が講演中にたおれて、運びこまれるまでのことが詳細に伝えられた。
(ここまでのことは、分かったが、一体ここはどこなんだ。そして、この男は何者なんだ? )
「少しは理解できそうですが……。 」
「ここがどこか? ですよね? 」
男は、晋一が言い終わらぬうちに言葉をかぶせてきた。腕組をして天井を見上げながら。
天井から三色の光線が不規則に点滅しながら男を照射しだした。SF映画のシーンのような不可思議な世界に晋一は、あっけにとられながら見つめていた。
(もしかしたら、あの宇宙人達なのか? )
(僕の頭を直すために、ここに運んだのか? )
やがて男は、しばらく待つように晋一に言い残して部屋から消えた。
(やっぱり宇宙人達だ。よかった、頭を直してくれるぞ。たぶん直してくれると思うが……)
ただっ広い部屋に一人残された晋一に天井の光が点滅を始めた。時折、光線が体を射抜くと、何やら心地よさを感じた。あの少年の頃の風景を思い出した。




