「自殺志願の大魔女と世間を揺るがす大盗賊」
縦書きで読むことを推奨します。横だと見にくいかもです。
――これは、大都市ルルイエの神殿に封じられ続けているというかつての大魔女「ク・リトル・リトル」と。
大都市ルルイエにて様々な悪事を続ける大盗賊「ニャルラトテップ」の、旅が始まる前の出会いの物語である。
――
鎖に繋がれて座らされた、首までの水位の水の中に佇む少女。外見は十代後半といった程度の、曖昧な推測から判断された外見。俯いたままのその少女の名は、かつて世を恐れさせた大魔女「クトゥルフ」の抜け殻、自殺志願の魔女「ク・リトル・リトル」。鎖に繋がれ、風ひとつ通すこともない神殿に封じ込まれ、長い日々が過ぎて弱体化してしまったが故にその風貌、その名を持っている、否、持たされている。
「――――……――」
掠れた声で少女が何かを呟いた。しかしそれは、水滴が滴り落ちる音に掻き消されてしまった。彼女が何を伝えたいのかはわからない。しかし、恐らくだが彼女はここから出してほしいのだろう。俯いてよく見えない顔から首筋へと、涙が伝っていた。彼女は大魔女であったその時も、死ぬほどまでに苦しい時、深い悲しみ以外に涙を流したことなんて無かったからである。それ程苦しいのか、はたまた悲しいのだろう。外に出られない、その苦しみと悲しみ。
――ひゅう、と一つの風が入り込んできた。この場所に、風が入る事等有り得ないというのに。そしてその風音のすぐ後に、足音がした。ぺたぺたと、サンダルを鳴らすような足音。その足音の主らしき人物の、混沌とした夜空のように黒い影が、すっとク・リトル・リトルの身体にかかる。
「……よぉ、大魔女さんよ」
言葉遣いからして、男と推測できた。ク・リトル・リトルを繋ぐ鎖の側に設置された炎の明かりが、その人物を照らし出す。……そしてその人物がすぐに、男と断定できた。外見からして、十代後半から二十代前半といった所だ。
彼の名は、「ニャルラトテップ」。世間を大きく騒がせた大盗賊、ニャルラトテップである。這い寄る混沌と謳われる大盗賊。その彼がク・リトル・リトルにわざわざ神殿の厳しい守りを掻い潜ってまでやってきた理由は一つ。
ク・リトル・リトルの力を借り、この世の全てを盗もうと企んでいた。ただそれだけであり、しかしそれ以上は無い理由である。しかしかつての大魔女クトゥルフではなく、その抜け殻と化しているク・リトル・リトルをまじまじと見つめたニャルラトテップは、残念そうに溜息を吐いた。
――が、その後すぐにク・リトル・リトルの鎖を短剣フランベルジェで断ち切る。元から水のせいで錆びていたせいだろう、すぐにその鎖は崩れ去るように切る事が出来た。その事にク・リトル・リトルは気づいたらしく何十年振りかに顔を上げれば、ニャルラトテップを見つめる。
「…………」
その瞳は、感謝の念がこもっていた。はっきりとそれが分かる程に、その瞳は明るかった。その様子を見つめたニャルラトテップは、「礼なんぞいらねぇからついてこい」とだけ言うとク・リトル・リトルの手を引いて外へと向かう。彼が考えるに、外の世界でまた魔法を使っていけば、最初は弱くとも後からかつてのような魔法を操れるのではないかと考えたのだ。だからこうして、手を引いている少女を見捨てることなく外へと連れ出しているのである。
――外の世界を何十年振りかに見た少女は、その眩しさに片目を瞑り。
――外の世界を知りつくしたその大盗賊は、その広大さに大きく笑い。
「……よし、旅に出るぞ」
「…………?」
少女はその言葉に頭上にクエスチョンマークを浮かべていたが、それもつかの間。ひょいっと大盗賊に抱きかかえられ、神殿の入り口に居た大盗賊の愛馬「アザトース」に大盗賊が乗った瞬間、その後ろに乗らされ「しっかり捉まってろよ」と言われると、ぎゅっと大盗賊の服を強く掴む。
そして大盗賊が馬の鞭を軽く叩くと、アザトースは大きく鳴いた後勢いよく走りだした。
大都市を、馬と馬に乗った二人の少年少女が駆け抜けた。
片方は、世間を揺るがし続ける大盗賊の大悪党。
片方は、かつて世界を脅かした偉大なる大魔女。
―fin―
クトゥルフ神話を元に、ちょっと書いてみました。
続編予定はわかりません。気が向いたら書くかもやしれません。
書くとなったら設定考えるのに時間かかるのでどうかご了承をば。