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君と増えていく記念日 ~親友と男装デートしたら恋が始まりそうなんだけど~  作者: 八坂 葵


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第5話 キスをされた記念日

 栞に私を好きになってもらう計画は、いよいよ大詰めに入ろうとしていた。


 私が部屋に帰ると、カーテンが半分閉められた薄暗い部屋の中、ベッドの上でボーっとしている栞がいた。

 テレビがついており、バレーの試合が映ってるので、たぶん他校の研究だとは思うんだけど。

 こういうのって今まで部活のみんなで見てなかったっけ?

 何より、栞の目がテレビ画面を向いているのに、試合を全く追ってないように見えて、少し気になった。


「栞、どうしたのこんな暗い中で? 電気つけてもいい? 目悪くしちゃうよ」

「あ、紬。うん、いいよ」


 声にもいつもの精彩がない。


「どうしたの、栞? 何かあった?」


 私はベッドの上の栞の隣に無理やり座った。

 シングルベッドに二人はちょっと狭すぎるけど、栞とくっつくことが出来て私は満足だ。


「うん、なんかね、最近部活の練習に全然身が入らなくて」

「珍しいじゃない。新キャプテンになって、あれだけ張り切ってたのに」

「うん。ミスも多くて、指示を出さなきゃいけないところでボーっとして指示が遅れたりして。香苗や後輩たちから、少し休みなさいって言われたんだけど……」

「キャプテンだから何かしなきゃって、他校の研究してたってわけ? それじゃみんなの気遣い無駄になっちゃうじゃない」


 私は手近にあったリモコンでテレビの電源を消した。


「で? 何か原因があるわけ?」


 その質問に栞は押し黙ってしまう。

 だよねー。

 私のことが好きになったなんて、本人にはそう簡単には言えないよね。

 この前の栞の誕生日。

 栞の口から「そばにいて欲しい」という言葉を聞けたときは、その場で小躍りして喜びたかったくらいだ。

 ようやく……ようやく私からのアプローチが実を結んだ。

 あとは栞の口から私への告白を取り付ければ、私たちは……。


「はー。だから励まして欲しいって頼まれたわけだ」

「えっ?」

「香苗ちゃんがすっごく心配してたからさ。ほら、私たちが仲いいの知ってるじゃない?さっきたまたま会って、栞が元気ないから励ましてやってくれない?って頼まれたの」


 もちろん真っ赤な嘘だ。

 香苗ちゃんと会っていたら、たぶんそういうことを頼まれていたかもしれない。

 でも今日は私は体育館の方には寄ってないから頼まれるわけがない。


「そう。香苗が……。ごめんね、紬にまで迷惑かけちゃって」

「ううん、私は大丈夫。栞がいつも通りの元気な顔を見せてくれる方が、私は嬉しいなっ」


 笑顔でそう言うと、栞はパッと顔を背けてしまった。

 もしかしたら今日、いけそうかな?

 そんな期待に胸を膨らませつつも、私は攻撃の手を緩めない。


「ねぇ、それで本当にどうしたのよ。私だけにでも教えてくれないかな? 栞のことが心配なの」


 俳優じゃあるまいし、自由自在に涙なんて出せないけど、少し目尻を下げるように栞を見つめる。

 栞もその雰囲気に飲まれたかのように答える。


「あのね。……私、好きな人が出来たみたい」

「そう……なんだ。どんな人なの?」

「いつも私を元気づけてくれて、明るくて、それでいて優しくて。その人のことを考えると、何も手につかなくて」


 ポロポロと、涙をこぼす栞。

 その顔を見て、今にも「栞のことが大好き!」と叫びだしそうになる。

 けど、まだ我慢。

 好きの言葉は栞から聞きたい!

 私は栞の頭を抱き寄せた。


「言わないの? あなたが好きって?」

「そんなこと言って断られたら、私、耐えられないよ」

「大丈夫だよ、栞カワイイじゃない?」

「カワイイ? こんな背の高い女のどこが?」


 栞はつくづく自分のことが分かってない。

 一見迫力がありそうで、近寄りがたいような女の子が、人目を避けて子どものように泣きじゃくる。

 私はあの姿を見た日からずっと、栞の虜だ。


「こうやってすぐ泣いちゃうところとかね」


 栞の頭をポンポンと叩き、私は栞の机の上から、この前プレゼントしたリップを取った。


「ほら、私がとびっきり可愛くなるように、リップ塗ってあげるから、涙拭いて?」


 私の言葉に従って、栞は涙を拭う。

 この物わかりの良さなら、今「好きって言って」って指示したら、言ってくれるかもね。

 バカなことを思いながら、先に私の化粧ポーチからリップクリームを取り出し、栞の唇へ下地を作る。


「これ、紬の……」

「いいの、いいの、気にしない」


 後で栞いない時に絶対使おう。


 次にポーチからリップブラシを取り出し、そこに色を乗せ、栞の唇の輪郭をなぞっていく。

 当てるたびにほんの少し、ふにっと沈む栞の唇が愛おしくてたまらない。

 いつかは、この唇も私のものに……。

 最後に輪郭線の中をブラシで丁寧に塗りつぶしたら完成だ。

 お母さんに習っておいて良かった。

 人間どんな技術がどこで役立つか分からないね。


 私は鏡を栞に渡す。


「見てみて。紬ちゃん、一世一代のメイク術だよ! ……唇しか知らないけど」

「ううん、すごい、すごいよ、紬! 私の唇がこんなに綺麗に見えたの初めて!」


 少しだけ元気が戻った栞に、私も嬉しくなる。


「これなら栞のことを振ろうなんて物好きはそうそういないから、今から行ってきたら?」

「え……でも」

「大丈夫だって! 私の魔法がかかってるんだよ? 私、自分にはうまく出来ないから、栞が羨ましいくらいだもん!」

「でも、やっぱり怖いよ」


 ここまでしてもダメか。

 それならもうこれしかないね。


「もし、栞が振られたとしても、私はずっとそばにいてあげるからさ。ね、約束する」


 そう言って小指を差し出す。

 これを言えば、何があろうと私がそばにいると分かってくれるだろう。

 栞はうつむいて、


「この唇、紬も羨ましいほどって、ほんと?」

「うん! 栞がいつもの何倍も可愛く見えるよ」

「何があってもそばにいてくれる?」

「いるいる、絶対約束するよ!」

「なら!」


 栞は顔を上げたかと思うと、両手で私の頬をはさみ、強引に唇を重ねてきた!


 え!? ちょ、待って!

 告白の言葉は!?

 まさか一足飛びにこんなことをされるとは思わず、私は目を開けたまま、栞の唇を受け入れる。

 やわらかい、けど強い、まるで押しつぶされそうなそれに、反射的に栞の肩を押して、まるで拒絶したような形になってしまった。


「もうダメなの! 紬のことが好き! 抑えきれないの!」

「わ、わ、私も栞は好きだけど、い、いきなりキスって……」

「ダメ? 私じゃダメ?」

「ち、違くて、キスって!」


 …………


「ごめん、紬。焦りすぎた」

「私もごめん。慌てすぎちゃった」


 私たちはお互い背を向けながら、それでも手だけはしっかりと握り合っていた。


「ねえ、栞が私のことを意識したのっていつから?」

「もしかして、っていうのは男装デートの時で、ハッキリ意識したのは下着で抱き合った時かな」


 栞がほんの少しだけこちらに寄りかかってきた。


「そっか、じゃあ最後以外はうまくいってたんだ」


 今度は私が栞に寄りかかる。


「最後以外って、紬、あんたまさか」

「そう、この二ヶ月、栞に私のことを好きになってもらいたくて、あれこれやってたの。ふふっ、嫌いになった?」


 栞は体ごと振り返って、私を自分の方に向かせる。


「それだって健気な努力にしか思えないよ、今の私にはね」


 つまり好きのままでいいってことらしい。


「良かった、やっと栞に好きって言ってもらえた」


 自然と涙が溢れ出る。

 ヒック、ヒックと、まるで子どもみたいな泣き方になってしまう。

 私が一番自分で嫌いなところだ。


「やっぱり、紬はかわいいな」


 頬を伝う涙の上に、栞の手の平が添えられる。

 大きくて、落ち着いて、まるでお布団みたい。

 そう言ったら栞は怒るかな?

 それとも……。


 栞の長い指先が、私の目尻の涙を優しく拭い、そのままゆっくりと私の頬を包み込む。

 少し硬い指のタコが肌に触れて、栞がバレーで頑張ってきた時間を肌で感じる。

 その熱に溶かされそうになりながら、私は栞の大きな手に自分の手を重ねた。

 至近距離で見つめ合う。

 栞の顔が、さっきよりもずっと赤く染まっていた。

 私が塗ってあげたリップが、かすかに震えている。


「ねえ、また、してもいいかな?」


 触れるか触れないかの距離で、申し訳なさそうに言ってくる栞に、私はたまらず吹き出してしまった。

 初めて見たかもしれない、口をとがらせた栞の肩に手をかけ、自分のほうへと引き寄せる。


「今度は優しくしてね」


 とお願いをする。

 夕日差す部屋の中、栞の顔がゆっくりと近づき、私は静かに目を閉じる。

 頬にあたる栞の手のあたたかさを感じながら、重なった唇から、甘い吐息がこぼれた。

 私が塗ったリップの香りと、栞の熱が、私の中を甘く満たしていく。

 今度こそ私たちは恋人のキスをした。


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