第4話 本音を漏らした記念日
二学期が始まって少ししたある日。
私が朝練のために起きると、隣のベッドにはもう紬の姿がなかった。
「ちぇっ、紬の寝顔、今日は見られなかったな」
ひどく残念な気持ちを抱え、登校の準備を整えて私は食堂へと降りていった。
食堂に入ると、バレー部のみんながいるのを確認して、配膳カウンターへ向かった。
「あ、栞、おはよー!」
驚いたことに、そこにはエプロン姿の紬がいた。
見慣れないその姿もとてもかわい……じゃなくて、
「紬、何してんのよ。部屋にいないからビックリしたじゃない」
「へへー、まぁこれにはちょっとした事情がありまして……」
「こら、そこ! ちゃんと働かないとお給料あげないよ!」
少し離れたところで、斎藤さんが野菜の下拵えをしながら紬を叱る。
「は、働くよ。働きますって。栞、学校でね」
紬の邪魔をしては駄目だろう。
私は名残惜しさを押し込めて、朝食を持ってメンバーの席へと着いた。
◇◆◇
「で、何だったの、朝のアレは?」
「うちのお母さんそろそろ誕生日なのね。だから何か感謝のプレゼントというか」
「あぁ、うちバイト禁止だもんね。紬、その割にはお金余裕あるよね。この前だって……」
そこまで言って急に顔が熱くなった。
下着同士で抱き合った、紬の感触を思い出す。
「お金はあるのよ。うちのお母さんアパレルの社長してるから。でも、もらったお金でプレゼントって、なんか違うじゃない?」
「あー、そうね。それで、斎藤さんに無理言って働かせてもらってるんだ?」
「そうなの。だから栞と話せる時間、しばらく減っちゃうと思う。ごめんね」
「いや、立派じゃない。頑張ってね、応援するから」
この時は、それが本心だったんだ。
でも、その日から本当に急に紬と話す時間が目に見えて減った。
朝は朝食準備、帰ったら夕食の支度、休日は大浴場や食堂の清掃。
朝は会えない、夜は仕事が終わるとすぐに寝ちゃう。
「ごめんね、栞」
いつしか紬からのこの謝罪の一言を聞くことが、私たちの会話になってしまっていた。
それともう一つ。
私は心に引っ掛かっていることがある。
(私の誕生日も……近いんだけどな)
去年は紬とのペアカップ。
ちょうど今私がコーヒーを飲んでるこれだ。
側面にはかわいらしいクマの絵が描かれていて、私が水色、紬がピンク。
なんで水色にしたの? と聞いたら、
「だって栞、王子様みたいにカッコいいじゃん!」
と、遠慮のない一言をくれた。
それでちょっとだけ言い合いをしたのも、今となってはいい思い出だ。
でも……。
忙しいから忘れてるよなぁ。
膝を抱え、私は誰もいない静かな部屋のベッドの上でうずくまった。
そんな重苦しい数日が過ぎ、迎えた土曜日。
普段なら部活の日だけど、顧問が来られず急遽休みとなった。
どうせ紬は仕事だし、出掛ける気力も湧いてこない。
私は布団にくるまってスネていた。
不意にドアが開く音がしたかと思ったら、あっという間に布団が剥ぎ取られた。
「栞、買い物付き合って!」
そこには、太陽みたいに満面の笑みの紬がいた。
「紬!? 仕事は?」
「終わったよ! あー、一万円稼ぐって大変だねぇ。斎藤さんが何度鬼に見えたか分かんないよ」
どうやらお母さんに一万円のものを買う予定らしい。
けっこう高額だけど怒られたりしないのかな?
「ほらほら、外は天気いいよ? こういう日は私に付き合うべきじゃない?」
「プッ、何よそれ。すごく自分勝手じゃない」
そんなことを言いながら、私は喜びに満ちていた。
ようやく大好きな紬と過ごせる!
すぐに支度をして、私たちは駅前へと繰り出した。
◇◆◇
「うーん、なかなかイメージに合うのないなぁ」
「紬は何を探してるの?」
「うん? バレッタだよ。お母さん、仕事中はいつも髪まとめてるから、使ってくれるかなぁって思ってさ」
「そっか」
ついさっきまでは紬と出掛けられて、天にも昇るほどに嬉しかったのに、紬が一生懸命にお母さんのプレゼントを探せば探すほど、
(私の誕生日は?)
という黒い気持ちが湧いてくる。
しかも私の誕生日は、もう今日だ。
なんて嫌な子なんだろう、私は……。
きつく目を閉じて、黒い気持ちを追い出そうと唸っていると、
「ん? 栞元気ないね。今日体調悪かった?」
と近くで声が上がった。
目を開けると、私のすぐ目の前に紬の顔があり、そのままおでこ同士をあててくる。
ちょ、待って。
近いってば!
「んー、熱はなさそうだけど。帰ろうか?」
「う、ううん、大丈夫! 私も何が似合うかなぁって悩んでただけだよ」
紬の肩をそっと押して、顔を離す。
心が落ち込んだり、浮き上がったりして、私の心臓はダッシュを繰り返した後みたいに高鳴っている。
「ふふっ、栞は私のお母さん見たことないじゃん。変なの」
そう言ってバレッタ探しに戻る紬を、後ろから抱きしめたかった。
プレゼントを選び終わり、部屋へと帰ってきた私たち。
「はぁ、やっと終わった。ありがとうね、栞」
「どういたしまして。いいの買えたの?」
「うん、セール品で三千円って。ラッキーだったね」
あれだけ熱心に選んで、結果がセール品。
ちょっと紬のお母さんに同情したくなった。
でも、もらえるだけマシだよね。
私なんて……。
ベッドに横たわり、何気なく天井を見上げていると、
「ちょっと栞、起きてよ!」
紬が私の手を引っ張って起き上がらせた。
「何よ!」
つい強めの声が出てしまったけど、紬はそんなことはお構いなしに、机の引き出しからかわいいラッピングの箱を取り出し、私の前に置いた。
「はい、これが栞の誕生日プレゼントね!」
「はぁっ!? 紬、あんた忘れてたんじゃ?」
「栞の誕生日なんて忘れるわけないじゃん。ほら、開けてみてよ」
「う、うん」
突然の展開に心がついていかず、紬の言うとおりに箱を開けてみる。
「……紬」
「なぁに?」
「なんで私のプレゼントの方がお母さんへのプレゼントよりも高いのよっ! これデパコスのリップじゃない」
この前、バレー部のみんなと試合帰りに駅前のデパートに寄った時に見かけたばかりだ。
たしか、五千円くらいしたはず。
「いやー、去年は千円しないペアカップでお茶濁しちゃったからさ、今年は頑張ろうと思って」
紬の心遣いに胸を打たれ、私は深く反省した。
こんなにも想ってくれてたのに、私はくだらない嫉妬でお母さんのことまで……えっ、まさか?
「紬、もしかして最近のバイトって」
「あら、バレちゃった? さすがに二人分はきつくてさ。でも、栞には今年はちゃんとしたものをあげたかったから」
「バカッ!」
私は紬を怒鳴りつける。
「そんなことで無茶して、体壊したらどうするつもりだったのよ!」
「ご、ごめん。だって、栞に……ちゃんとしたプレゼントしたかったから」
必死に謝ろうとする紬を私はただただ抱きしめた。
「違う、紬が悪いんじゃない。私が悪いの……。だって、紬と話せなくて寂しかった。誕生日を忘れられてると思って悲しかった」
「栞……?」
「無理なんてしないで。私の……そばにいて欲しいの」
紬が私の背中をさする。
「そっか。わかった。栞のそばにいるようにするね」
「うん……」
紬の言葉を受けて、私の頬に涙が伝う。
だから分からなかったんだ。
私の言葉を聞いた紬が、とても満足そうに笑って、私の頭を撫でていたのを。




