第3話 抱き合った記念日
「斎藤さん、ただいまー!」
「お帰りなさい、紬ちゃんに栞ちゃん!」
私たちは寮に戻って寮母さんに挨拶をした。
斎藤さんは私と紬が通う『柚樹女子高校』の寮、『柚樹寮』の寮母さんだ。
寮母さんと言ってもまだ三十代前半で、お姉さんみたいな感覚だ。
でも締めるところは締める、頼れる人でもある。
「あ、そろそろご飯よ。二人もすぐ来てね」
斎藤さんは小走りで食堂へと走っていった。
「ほら、栞。私たちも行こう」
「あぁ、うん」
私たちも斎藤さんを追って食堂へと急いだ。
◇◆◇
食堂の席はだいたい同じ部活同士で固まる。
この時間はなるべく、バレー部の部員と食べるようにしている。
特に私はキャプテンになったばかりだし、こういう場でのコミュニケーションは大切にしたいと思ってる。
「栞先輩、私背が高くないからブロックで役に立たなくて」
「試しにリベロへ転向してみる? 今度の練習でやってみましょう」
「栞先輩、サーブ外したらって思うと怖くてなかなか打てなくて……」
「一回、二回外したって私たちがフォローするから、思い切って打ってみなさい」
後輩たちからのこういう悩み相談が一気に増えたので、私も答えるのに大忙しだ。
「ほら、みんなで質問攻めにしたら、栞、食べられなくてガリガリになっちゃうわよ?」
冗談交じりで場を収めてくれる副キャプテンの香苗には助かっている。
小さく「ありがとう」と言うと、笑顔が返ってきた。
ようやく落ち着いたところで、ふと前を見ると、定位置に紬を見つけた。
いつも私のそばで他の友達と食べていて、こうして紬の姿を見ると、バレー部キャプテンとしての重圧から解放される気がして助かっている。
紬を見ると、声には出さず、口の動きだけで
「お・つ・か・れ・さ・ま」
そう伝えてきてくれたように見えた。
ホッとして頬が緩む。
ふーふーと、かけうどんに息を吹きかける紬の唇を見て、先ほどのデートで見せたツンとした唇を思い出す。
触れたいな、あのやわらかそうな……
不意に、背中をパンッと叩かれた。
「ほら、栞も早く食べないと、斎藤さんがそろそろドラマ見たくてソワソワしだしたよ」
斎藤さんは毎週夜九時にやっているドラマの大ファンだ。
そのため片付けを早めに終わらせたい斎藤さんは、八時が近付くと貧乏ゆすりマシーンと化す。
「わっ、本当だ。急ぐね!」
私は一気に食べ終えて斎藤さんに「ご馳走様でした!」と食器を返した。
食堂を出る時、まだかけうどんを食べていた紬の髪をかきあげる横顔が、妙に心に残った。
◇◆◇
部屋でテレビを見てお腹を休めていると、紬が戻り、急いでお風呂の準備をしだした。
「栞、今日のドラマちょっと見てみたいから、私先に入っちゃうね」
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
あっという間にお風呂へ向かった紬。
普段あまりドラマとかは見ないのに珍しいな。
そこへ、ドアをノックする音が聞こえた。
ドアを開けると、バレー部の後輩の子が深刻そうな顔をして
「今、相談いいですか?」
と、尋ねてきた。
この顔はきっと辞めたい系の相談だろう。
キャプテンとしてしっかり答えてあげなくちゃ。
私はその子を招き入れた。
「ありがとうございました!」
晴れやかな顔で帰っていく後輩を見送りながら、私は一つの大仕事をやり遂げた満足感に浸っていた。
やがてドアが開き、紬が帰ってくる。
「栞、そろそろ行かないと髪乾かす時間なくなっちゃうよ?」
時計を見るとすでに夜九時を過ぎていた。
「やばっ! 行ってくるね」
紬に見送られ、私は慌ててお風呂へ急いだ。
急いでカラスの行水を済ませて部屋へ戻ると、シャンプーの甘い匂いが鼻を突く。
電気はすべて消えて、紬が前にインテリアショップで買ってきた間接照明だけが、ほんのりと光っていた。
「あれ、紬? いないの?」
声をかけてみるが、返事はない。
飲み物でも買いに行っちゃったのかな?
私はドアを閉めて電気をつけると、
「電気は消して」
と、紬の声がした。
「いるなら返事くらいしてよね」
言われた通りに電気を再び消す。
何をしたいんだろう?
ほのかな灯りのみとなり、自分の心臓の音が急に大きくなったように思えた。
すると、物陰から下着姿の紬が突然現れた。
「つ、紬!? 何してんの、そんな格好で!」
「えへへ、見せてあげるって約束したじゃない? 『樹』が選んだ、私に似合うって言ってくれたブラ。『栞』はどう思う?」
顔を赤くしてうつむく紬。
両手を後ろに回し、胸元のブラを強調するように胸を張って見せてくる。
淡い光に照らされた、やわらかい色合いのピンクのフリル付きブラは、紬にとても似合っていた。
「かわいい……ッ!」
つい、そんな感想がもれてしまった。
おかしいと思われなかっただろうか?
女同士だから大丈夫かな?
緊張で指先まで固くなる。
紬は顔を上げずに、そのまま一言、
「うれしいな……」
と呟いた。
そして組んでいた腕を解くと、
「はい、栞の分」
と、何かを差し出してきた。
それは、黒のレースタイプのブラとパンツ。
大人っぽいデザイン。
「ちょ、ちょっと、こんなのどうやって? サイズは?」
「サイズなんてお互い知ってるじゃない。今さら何言ってるのよ」
そう言えば少し前にもサイズ聞かれたな。
別に隠すものでもないし、普通に答えてたけど、まさかこれのためだったとは……。
「ね、早くして。まだ暑いとは言っても、ずっとこんな格好じゃあ、私、風邪引いちゃうよ」
その言葉に私は観念し、背中に紬の熱を帯びた視線を感じながら、逃げるように黒いレースの下着へと着替えた。
「……やっぱり似合う。こういう大人っぽいデザイン、私じゃどうしても子どもっぽくなっちゃうから。ずっと、栞のその綺麗なスタイルで着てほしかったんだ」
「紬だってかわいいじゃない」
「綺麗って言われたいんだよね。このぺったん胸じゃ、きついのは分かってるけどさ」
すねた顔でそっぽを向く紬。
それを見た途端、急に愛おしくなって、不意に紬を抱きしめてしまった。
「し、栞?」
「ご、ごめん!」
距離をとろうとしたところを紬に捕まえられた。
「もう少しだけ、お願い。栞、あったかいから。待たされて少し冷えちゃったみたい」
「そ、そうなの? それじゃ、少しだけだよ?」
私の胸に頭を預ける紬を見て、もうこれ以上自分を騙せないことを感じた。
……たぶん、私は紬が……好き。
紬のあたたかさを少しでも感じたいと、紬を抱きしめる腕に、私は少しだけ力を入れた。
そして、この時もっと力いっぱい抱きしめておけば良かったと、私は後悔することになる。




