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君と増えていく記念日 ~親友と男装デートしたら恋が始まりそうなんだけど~  作者: 八坂 葵


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2/6

第1話 男装デート記念日

 まさかここから紬の計画が始まってるとは、この時の私には思いもよらなかった。


 ……どうして、こうなったの?


「楽しいねー、(いつき)

「そうだな、(つむぎ)


 私たちは休日の街を歩き、これから映画を見に行く予定だ。

 ときおり周囲から微笑ましい視線が向けられる。

 中には舌打ちが聞こえてきそうな鋭い視線もあったけど。

 いつもより低くセットされた髪に、紬が見立てたメンズライクなジャケット姿。

 すれ違った女子たちから、


「ねえ、あの人めっちゃカッコよくない?」


 というヒソヒソ声が聞こえると、紬は見せつけるように、私の腕をさらに強く抱きしめてきた。


「ねー、もっと楽しそうな顔してよ、樹」

「ちょっと無理かなぁ、紬さん」

「いやっ、紬さんなんて他人行儀な呼び方やめて!」


 さすがに我慢できず、私は紬の耳元で小声で抗議した。


「ねぇ、紬。なんで私は『男装』なんかさせられて外に引っ張り出されてるのよ!」

(しおり)が悪いんでしょ。あんな賭けに乗るから」


 それを言われてしまうと私も言い返せなくなってしまうけど。

 誰かあの頃の私に言ってくれないかなぁ。「その賭けはやめておきな。後で酷い目にあうよ」ってね。

 見上げた空では、私の境遇をあざ笑うかのように太陽が力いっぱい輝いていた。

 閉じた目元に浮かんだ涙は、まぶしくてなのか、情けなくてなのか、よく分からなかった。


 ◇◆◇


 今考えると、本当にくだらない、どうでもいい話。

 なんであんな賭けに乗ってしまったのか、過去の自分を全力で殴りたい。

 事の発端は数日前、紬と一緒に服を買いに出かけた時のことだった。


「栞、これこれ、すっごいよ! 大盛りカレーライス、三十分で食べきったらお代無料だって!」

「大盛りってこの写真でしょ? 確かに多いけど無理っていうレベルには見えないよ」

「じゃあさ、栞やってみてよ。で、食べ終わったら一緒に記念写真撮ろう」


 紬はこういうちょっとしたイベントごとが大好きだ。

 そしてなんでも写真を撮って、小さな記念日を作りたがる。

 私と教室の席が隣同士になった日は『席が隣記念日』、街でたまたま会った日は『たまたま会った記念日』。

 こんな調子で写真と共に記念日は増え、たぶん私との記念日はすでに百日を超えるだろう。

 彼氏になる人は大変だと思う。

 ……まあ、私には関係ない話だけど。


「いいけど。でも私、今日はそんなにお金持ってきてないんだよね」

「それなら私が出してあげる! でも食べきれなかったら、栞が一つ私の言うこと聞くこと!」

「何よ、その約束。まぁ、これくらいなら余裕だから別にいいけど」


 私はバレー部のキャプテンとして、毎日誰よりも練習に打ち込んでいる自負がある。

 その分食べる量も……まぁ、人よりちょっとだけ多いわけだ。


 そして私たちは、意気揚々と店内へと入っていく。

 ――数分後。私の目の前にドンッと置かれたのは、地獄のように真っ赤なカレーだった。


「はい、激辛大盛りね! がんばって!」

「えっ! ちょっと、写真と違う……」


 満面の笑みを浮かべる紬を見て、私はすべてを悟った。


(最初から、知ってたんだ……!)


 こうして紬の策略にまんまとハマった私は、約束を盾に、こんなハメになっている。

 もちろん約束を無効にしても良かったんだけど、まさかここまで突飛なことをさせられるとは思わなかったから、ついOKをしてしまったのだ。


 ◇◆◇


「今日一日は『樹』の約束なんだから、ちゃんと男の子やってよね?」

「はいはい、分かったわよ」

「言葉!」

「分かったよ!」


 紬はそれでようやく機嫌を直して、また私の腕に抱きついて歩き始めた。

 いいや、映画館ならきっと休める。

 そこで疲れを取ることにしよう。



「はい、樹。あーんして」


 映画館は満席とはいかないまでも、大勢のお客さんで埋まっている。

 その空間の、まさにど真ん中で紬は仕掛けてきた。

 幸いカップルで来ている人が多いため、冷たい視線は飛んでこなかったが、このやり取りをきっかけに、周りからもほんの少し甘い空気が漂い始めた気がする。

 ……私は黙って口を開いた。

 キャラメル味のポップコーンが一粒放り込まれた。

 指が離れる時、スッと紬の指が私の唇に触れる。

 口の中に広がるキャラメルの甘さは、まるで今日の紬みたいだった。

 ちょっぴり、しつこくて、甘すぎる。

 映画が始まれば、こんな風に声を出したやり取りも出来なくなるだろう。

 あと少しの辛抱だ、私。


 映画は、去年話題になっていたドラマの続編だ。

 盲目の少女を青年が助け、いつの間にか恋仲になる話。

 今回は少女の目が治せるかもしれないというところから始まり、目の前のスクリーンでは、治療を受けるかどうかで二人が大ゲンカしている。

 どうもこういう恋愛ドラマは分かりにくくて好きじゃない。

 もっと勧善懲悪がはっきりしたドラマとか、アクションがたくさんある方が私好みなんだけど、今日は紬に付き合う約束だから仕方ない。


 映画の途中、右手をぎゅっと握られた。

 驚いて隣を見ると、紬がスクリーンを見つめたまま涙を流していた。

 普段は、あんなにうるさいのに。

 今は声も出さず、ただ静かに泣いている。

 その横顔を見た瞬間、胸の奥をぎゅっと掴まれたような気がした。

 私はポケットからハンカチを取り出し、そっと差し出す。

 紬は少しだけ驚いた顔をして、それから小さく笑った。


「ありがとう」


 声は出さず、唇だけでそう言う。

 ……なんだろう。

 静かな紬って、こんなに――。


 そして物語は佳境に入り、恋仲の二人がキスを交わすシーンでは会場中から静かなため息がいくつも漏れ聞こえた。

 ふと紬を見ると、一瞬私と視線が合い、彼女はすぐにスクリーンへと顔を戻した。


(私を見てた? まさかね……)


 いつもの私ならぐっすり寝てるはずの、映画のエンディングロール。

 流れる甘いバラードが、やけに心に残った。



「あー、すっごくいい話だったね」

「そう、だな」

「あ! 樹こういうの苦手だったよね。ごめんね、付き合わせちゃって」

「いや、紬が楽しかったならいいんだ」


 暗い空間に照らし出された、紬の泣き顔が頭の中から離れず、私はつい適当な返事をしてしまっていた。


「疲れさせちゃった?」


 上目遣いで、すごく心配そうに聞いてくる。

 いや、私の方が背は高いから普段から上目遣いなんだけど。


「あぁ、大丈夫だよ」


 視線をずらしてそう答えた。

 紬の顔を真っ直ぐ見るのが気恥ずかしい。

 なんか、今日の私、少し変かもしれない。

 もしかしたら……紬のこと――。


 この時の私はまだ知らなかった。

 この後さらに紬の仕掛ける『別の記念日』が控えていたことを。


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