教祖
──心せよ。
──深淵を覗く時、
──深淵もまたこちらを覗いている。
現状を指し示す言葉として、これほど相応しい言葉もないだろう。
まさしく今、この瞬間。
輝夜がじっと教祖を見つめていたその時、教祖も同様に輝夜を見ていた。
その仮面の奥にある瞳は権能によって補正され、普通の肉眼では捉えることのできない、ずっと深い部分を透視している。
『高次元』を見据えている、とでも言おうか。
ともあれ、教祖は自身の人生において、二度目の未知と遭遇していた。
(なんだ…あの『色』と『形』は…。奇妙な少年だな。というか、なぜ手を振ってくる!?)
「アルビノなんだそうだよ。珍しいだろ」
先ほど、壇上で凛々しいスピーチを見せてくれた女が、教祖の視線の先を見つめながらゆっくりと歩いてくる。
別にアルビノという物珍しさから少年を凝視していたわけではなかったが、説明するのも面倒だった教祖は、特にこれといったアクションを起こさなかった。
「こんなところにいていいのかい?多忙なんだろう?校長先生」
「君こそ、教祖様ともあろう者が、こんなところで道草を食っていていいのか?」
「こう見えて、結構暇なんだ。教団の皆も、僕の研究を率先して手伝ってくれてるけど、今はこれといった成果もないし…。だからこうして、面白そうな力に目覚めた子がいないかなーって見に来たんだ」
「それで?その面白そうな子はいた?」
学校の長らしい悠然たる仕草で髪を払い、校長…始奏綾音は教祖に顔を向けた。
「いた。あの白い子」
教祖が熱視線を送る相手に再び目を向けると、綾音は過去に目を通した新入生の資料を想起した。
記憶に残りやすい容姿に名前、そして謎が多い希少な異能。
口にするのに、さほど時間はかからなかった。
「あの子は竹取輝夜君。確か…魂片顕現型の異能者だね」
「はは…。昔話に出てきそうな名前だね。それにしても魂片か…。確か、内にある魂の欠片を、物質化させる異能だったか…」
過去。
輝夜の異能は物質を顕現させるだけの、よくある異能だと思われていた。
しかし偶然にも、魂の領域を観測できる異能者によって、今ではそこに、明確な違いがあることがわかっている。
教祖の言った通り、その異能は魂の欠片を物質化して顕現させる。
魂の欠片。
要するに輝夜は、自身の魂とは別に、小さな魂を保有している。
これも異能者として覚醒した者の、進化の可能性のひとつなのだろう、と教祖は考えた。
「まぁ、謎が多い異能だが、これからゆっくりと解析すればいいだろう。彼が僕の計画に、大きな進展をもたらしてくれることを願うよ」
切望する教祖。
すると、彼は何かを思い出したように、「あっ!」と言って綾音に視線を向けた。
「そういえば、他にも二人いるんだろう?その子達は?」
「一応、声はかけたんだけどね~。一人はまったく興味を示してくれなかったよ。もう一人は、仕事に就いたばかりだから無理だって」
「フられたのね…残念。まぁ、一人手に入っただけでも上々だ」
「そうだね…。それじゃあ、私は行くよ。弟分の様子を見に来ただけだし。それに、君と違って私は忙しいからね」
綾音は教祖に背を向け、嫌味ったらしい言葉を吐いて歩きだす。
「あっそ。僕はもうちょっと、彼らを観察させてもらうよ」
『好きにしろ』とでも言いたげに、ヒラヒラと手振りをする綾音。
その後ろ姿に、相変わらずの彼女のおざなりな性格が見て取れる。
嘆息する教祖は、学校の行く末が本気で心配になるのだった。
「はぁ…。じゃあね、ねぇさん」
★☆★
自己紹介の際、生徒は自らの異能を開示しなければならない。
理由はひとつ。
過去に異能の真価をひた隠し、悪用した生徒がいたからだ。
そういった犯罪や違反行為を予防するために、自己紹介は必ず、だだっ広い運動場で行われる。
「次、竹取君」
そして、挨拶を兼ねた自己紹介は、ようやく輝夜の番に回ってきた。
「ハッイッ!」
女教師に呼ばれた輝夜は、意気揚々と生徒達の前に躍り出る。
輝夜曰く、挨拶は最初が肝心だと思う。
清潔感や好印象を感じさせるシャキッとした身なりに、耳に残るハキハキとした声。
そして忘れられない、記憶に焼き付くトーク力が必要とされる。
しかし、印象云々に関してはともかく、こと見た目のインパクトは群を抜いている輝夜。
物珍しいものを見るような目が、少年に集まる。
初動の『掴み』は良し。
反動で、つい緩みそうになった口元を、輝夜はキュッと結んで堪える。
まだまだここからが本番。
一言も発さず、結果も出さずして達成感に浸るのは、落ち着きのない彼の短所のひとつだと言える。
呼吸を挟みんで逸る気持ちを落ち着かせた輝夜は、冷静に思考を加速させていく。
何を述べ、何を語り、何を知ってほしいかは、すでに頭の中で整理されている。
後は言葉にするのみ。
これから仲間になる同級生達を、その双眸の中にすっぽりと収め、少年は意を決する。
まさにその瞬間、気の利いた日の光が頭上から降り注ぎ、『スポットライト』のように輝夜に焦点を当てた。
まるで彼が、世界の中心人物になったかのように。
そしていざ、自己紹介。
「僕は名前は──」




