良い話
「おや?」
女性と見紛う程の美青年が、ふいに誰もいない虚空を振り返る。
当然そこに人の影はなく、聞こえてくるのは足元ではしゃぎ回る、幼子達の笑い声のみ。
しかしながら、遠くからふたつの魂が近づいて来るのを、彼は確かに感じ取っていた。
「どうしたの?」
チビッ子三人衆の年長者、アトルは青年の様子を不思議そうに見上げた。
すると青年は穏やかに微笑むと、光が濃縮したかのような、不思議な塊へと視線を戻した。
慈愛に満ちた優しい瞳で、見守るように愛でながら…。
「どうやら、誰かがここに向かってるみたいですね」
一人は、テスだということはわかっている。
だが、もう一人が放つ魂の波長に見覚えがなかった。
青年は最近飛来してきたという異世界人だろうと推測を立てる。
丁度良い。
遅ればせながら、世界の外から来た来訪者に挨拶をしなければと考えていたところだ。
「今度は、一体どんな世界から来たのでしょうね」
★☆★
良い話がある。
そう聞いてテスに連れられた場所は、セガンの『呼林』によって、巨大なドーム状のバリケードが何重にも施されていた。
(この中に聖宮っていうのがあるのかな?)
騒然とした輝夜に、ずっと先を行くテスが手を振って知らせる。
「ほら!こっちだよ!」
そして次の瞬間には、樹木の壁の中に吸い込まれるように消えていった。
輝夜は慌てて彼女の背中を追いかけたが、その姿を完全に見失ってしまう。
しかし、テスが消えた場所をよく見渡してみると、樹木の壁に人が通れるほどの隙間を発見した。
隙間の奥からは色彩豊かな光がゆらゆらと漏れ出し、かすかに子供の笑い声も聞こえてくる。
(ここに入ったんだよね…。よし!)
意を決した輝夜は、光と声を頼りに隙間の奥へと進んでいく。
未踏の地へと足を踏み入れた冒険者のように、探究心に心を躍らせながら。
「…………」
細道を進むにつれ、温かい光が視界を埋め尽くしていく。
やがて開放的な空間に出ると、そこに広がる光景に輝夜は思わず息を呑んだ。
「黄色い花?」
足の踏み場もないくらいに咲き乱れる黄色い花々。形状は向日葵に似ているが、輝夜の知るそれより遥かに小さい。
天井からは木漏れ日が差し込み、生命の息吹が注がれている。
だが輝夜がそれ以上に驚いたのが、この遮蔽物が多い空間が、外よりも明るいということだった。
その理由は、この領域の真ん中に浮かぶ、温かくも神々しい大きな光の塊だった。
輝夜の目には、それが蕾か、あるいは繭のようにも見えた。
まるで、お伽噺のかぐや姫が竹の中で輝いて、自らの居場所を知らせているかのような──そんな印象を受ける。
「あっ!おーい、遅いよ!輝夜!」
ヒラヒラとスカートを揺らしながら、輝夜を置き去りにした少女が悪びれもせず手を振ってくる。
その屈託のない笑みに怒る気力すら削がれた輝夜は、そこでふと、テス以外にも人がいることに気づいた。
しかも一人ではない。
チビッ子三人衆の年長順から、アトル、ユイラ、シャーネだ。
この子達は、輝夜が遊び相手をしていることもあり、よく知る面々である。
だが最後の一人、その穏やかで覇気のない背中は、輝夜には一切の見覚えがなかった。
その人物はゆっくりと振り返る。
「ああ、貴方が噂…の……」
そして輝夜を見た途端、まるでお化けでも見たかのように、目を見開いて固まった。
「あの~、大丈夫ですか?」
心配した輝夜が声をかけると、謎の人物はハッと我を取り戻した。
「すみません。東の国の王族に特徴がよく似ていたもので…」
「気にしないで下さい。よく言われるので(キリッ!)」
調子づく輝夜。
呆れるテスを横目に、青年は愛想笑いを浮かべる。
すると青年は改まって輝夜に向き直り、流れるような所作でお辞儀をしてみせた。
「初めまして。貴方が例の異世界人ですね。私は『禁断のメシアレリーフ』といいます。どうぞ気軽にメシアとお呼びください」
言い終わると、メシアはゆっくりと顔を上げた。
「わぁ!凄くカッコいい名前ですね!」
中二心をくすぐられる名前に、鼻息を荒くした輝夜。
しかし名前ならば、自分も負けていないという自負がある。
知っての通り輝夜の名の由来は、かの竹取物語だ。
それを異界の住人が知らないにせよ、対抗心を燃やした輝夜はメシアに負けじと深々と頭を下げた。
「こちらこそ初めまして!異世界から来ました!僕の名前は竹取輝夜です…」
「…竹取輝夜です!」
「なんで2回言ったの?」
「ふふ…個性的な方ですね」
唖然とするテスの横で、メシアはクスリと小さく笑った。
名前以外の正体がまったく分からないメシアという好青年。
包容力のある温和な雰囲気とは裏腹に、自然と相手をかしづかせてしまいそうな、奇妙な神聖性をまとわせている。
人ではないのは確かだろう。
しかし、精霊とも何か違う。
そんな印象を輝夜は受けた。
メシアの様子を見るに、テスや子供達とも親しい間柄らしいが、この話は一旦置いておく。
それよりも、今の輝夜の興味は、一帯を照らす未知の光源へと向かっていた。
「これが聖宮?」
「そうだよ」
光の蕾、あるいは繭。その正体はやはり聖宮であった。
輝夜にとってそれは、何度見ても不思議な現象として目に映る。
よく見ると、聖宮は極細の繊維を黄色い花園に向けて根を張るように伸ばしている。
まるで、エネルギーを吸い上げているかのように。
「これ?大丈夫なの?花…枯れちゃわない?」
その疑問に答えてくれたのは、シャーネの頭を撫でてあやす、メシアだった。
「大丈夫ですよ。花の生命力を吸い上げているわけではありませんから」
「それと、吸い上げているんじゃなくて、思願が聖宮に集まってるんだよ」
横から得意気にテスが言う。
しかし思願は、心から湧き立つエネルギーだ。
意志を持たない花から思願が放出されるわけがない。
どういうことだ?と、輝夜は怪訝に眉をひそめた。
その様子を見たテスが、答え合わせでもしてくれるかのように口を開く。
「思願は心から湧き立つ力。私達が起きてる時は、常に体外へと漏れ出ているの」
「花も思願を生み出してるってこと?」
ふるふると首を振って、テスはそれを否定した。
「違うよ。私達の思願が、この花々に宿ってるの」
そう言ってテスはしゃがみ込み、指先で黄色い花弁にチョンと触れた。
「何かを目にした時に感じることってあるでしょ?『綺麗だな』とか、『これを見てると安心する』っていう心象や想い。それは思願になって、そのまま見た対象に流れ込むの。この場合は、この花にだね」
「僕が今感じたことも、思願になってここに宿ってるのかな?」
「そうだよ。そして今、この花に積もった思願は、生命を形作れる程の容量に達しているの」
「え?それって!」
奇跡の源となる思願。
心から湧き立つ想いの力には、輝夜のまだ知り得ない、まだ見ぬ可能性があったらしい。
何かを察した輝夜は、目を大きく見張らせる。
テスの口ぶりから察するに、おそらく聖宮とは──、
「そうです。聖宮とは、思願によって形作られた、これから誕生する幼き精霊の、魂の揺り籠なのですよ」
フフンと鼻を鳴らし、最後の最後で美味しいところを掻っ攫っていったメシア。
腕を組み、どことなくやり遂げた感を出している。
対して、煮え湯を飲まされたテスは、涙目になりながら奥歯をギリギリと軋ませていた。
輝夜をここまで連れてきた案内人として、さぞ自分の口から言いたかったのだろう。
テスは拳を振り上げて、まるで肩でも叩くかのように、ポカポカとメシアにお灸を据える。
そこにチビッ子三人衆の増援も入ったが、やはり痛くはなさそうだった。
「じゃあ、精霊はみんな、こんな風に産まれてくるの?」
「ええ。場所であれ、物であれ、そこに膨大な想願が募れば、それは精霊を生み出す『根源』となるのです」
なんとなく掴めてきた、『精霊』という生命の概要。
何故、テスは危険を冒してまで、あの枯れた大地に咲くアクアルシルを気にかけていたのか…。
その理由に、輝夜はようやく合点がいきはじめた。
リードは言っていた。
根源は精霊にとって、半身のようなものだと。
まさしくその通りだ。
いや…それ以上かもしれない。
精霊にとって根源とは、片割れであり、故郷であり、母であり、誇りなのだ。
ナヒダ集落に住むすべての精霊達にも、きっと守るべき根源があるのだろう。
彼らが『穢れた大地』を目前にして、避難もせずに籠城という形をとったのも、そういった立ち向かわなければならない理由があったからだ。
「なんか精霊って、付喪神みたいですね!」
言い得て妙だが、輝夜の言葉は間違いでもない。
しかし付喪神という概念は、こちらの世界には存在しないらしい。
それに取って代わる、精霊という生命が存在しているのだから、当然と言えば当然なのだが…。
テスとメシア、チビッ子達も、聞き慣れない言葉にキョトンと首を傾げた。
「付喪神?」
「付喪神っていうのは、大事にされた物には魂が宿るっていう、僕らの世界の古い信仰のひとつだよ。ちなみに、その道具を捨てたりすると、物に宿った魂が妖怪変化して、持ち主に復讐するとかなんとか…」
「ほう…。輝夜さんの世界では、そのような信仰が…興味深いですね」
物を大事にするという観点で、この話は彼らの関心を強く引いたらしい。
特にメシアは誰よりも深く、感嘆の息を漏らしていた。
話は戻って…、
「ところで、この子はいつ生まれてくるの?」
輝夜は期待に満ちた瞳で、聖宮を観察する。
すると、テスが興奮した様子で声を張り上げた。
「もう、いつ生まれてもおかしくないんだよ!」
「え!?そうなの!男の子か女の子って、もうわかってるの?」
「おとうと!」
「いもっとー!」
「もとー!」
突然、叫び出すチビッ子三人衆。
弟派のアトルと、妹派のユイラとシャーネで、派閥ができてしまっているらしい。
そしてどうやら、首を横に振ったメシアとテスの様子を見るに、聖宮から生まれてくるまで、性別はわからないようだ。
「おとうとだよ!」
「いもうと!」「もとー!」
弟派と妹派で、可愛らしいバトルが勃発した。
取っ組み合いというよりは、押し相撲に近い。
だが、アトルは年長者だけあって、年下には本気を出さないという、優しさが垣間見えていた。
遂には、2対1で押し負けて、ワザと負けてあげる優しいお兄ちゃん。
これもセガンやリードの教育の賜物だろう。
しかし──、
「おとうとだもん…」
負けても猶、男の子には譲れない意志があるのだった。
そんなやり取りを微笑ましく見守っていたその時──輝夜はある変化に気づく。
「あれ…?なんかさっきより眩しくない?」
「そうかな?そうかも…」
テスも同様に違和感を察知し、横にいたメシアもカッと目を見開いた。
その原因は聖宮にあった。
スパートをかけるように思願が根源へと一気に集束し、光はより一層、煌々と明るみを増していく。
そして──、
蕾が花開くように──。
繭が解けていくように──。
聖宮から光が散々と解き放たれていく。
そして、高密度の思願が縺れ、摩擦し、甲高い祝福を歌い上げる。
「これは…まさか!」
その瞬間、全員が一斉に目を奪われた。
ここに今、新たな命が産声を上げようとしていたのだから。




