お話をしようよ
テスを探し回ること、およそ十分。
ヒラヒラと揺れるロングスカートが視界の隅に映ったかと思うと、輝夜はようやく探し人を発見した。
「いた!……何してるんだろう?」
なにやら、挙動不審に周囲を見渡すテス。人目を避けながらどこかに向かおうとしているようだ。
おそらくは、またあの禁足地に足を踏み入れようとしているのだろう。
二日前、ナヒダ集落に帰還して早々、セガンとリードにこっぴどく叱られたというのに、懲りないものだなと輝夜は呆れたように嘆息した。
だがこれはチャンスかもしれない。
誤解を解き、親睦を深め、友達となる絶好の機会。
今の輝夜は、実質ひとりぼっちだ。
集落の皆からは良くしてもらってはいるが、それも行く当てのない輝夜に対する同情と親切心から来るもの。
輝夜は疎外感に苛まれながら、その中に溶け込めるように、自分なりに気を回していたのだ。
そうして思い至ったのがなんの変哲もない、いつもの平常運行だった。
話をして、理解を深め、友人になる。
輝夜はこの異世界で、テスを記念すべき一人目の友達にしようと考えた。
「やぁ」
なるべくフレンドリーに、輝夜は笑顔で声をかけた。
すると、空色の髪をブワッと揺らして、テスはびっくりしたように振り返る。そして輝夜を見るなり、彼女の表情はスンと色を失った。
「なんだ…あんたか…」
「ねぇ、また禁足地ってとこに行こうとしてるの?」
「…………」
「僕もついて行っていい?」
「…………」
「おーい…」
「…………」
テスはそっぽを向いてだんまりを決め込む。
こうなることは予想して、ある程度の覚悟はしていた輝夜であったが、こうも露骨に黙殺されるとショックと悲しみで心が凹む。
だが、二人の間に生じた溝を埋めるために、輝夜はとっておきの秘策を用意してきた。
それを、輝夜は予習するかのように思い起こす。
──「いいか、輝夜。よーく頭に叩き込めよ」
──「はい!師匠!」
──「師匠言うな…。まぁ、そんな難しいことじゃない。ただ、褒めればいいんだ」
──「褒める?それだけですか?」
──「ああ。あの花は『根源』っていう、テスにとって命と同等に大事なものなんだ。精霊の半身だとでも思ってくれていい。だからな輝夜、褒めて褒めて褒めまくれ。それに、褒められて喜ばない奴なんていないだろ?」
リードの助言は単純明快。
人を立てたり笑わせたりと、誰かと話すことが好きな輝夜にとっては、あまり気苦労のないアプローチのひとつと言える。
とりあえずはこの助言を信じて、輝夜は少女の出方を窺ってみることにした。
「そういえば、あの禁足地に咲いてる青い花、すっごく綺麗だよね!」
テスは背を向けたまま歩く──が、今までになんの反応も示さなかった彼女が、確かに一瞬だけピクリと停滞した。
まるで、こちらに意識が傾いたかのように。
(食いついた…?)
少女のかすかな変化を感じながら、輝夜は落ち着いて言葉を選ぶ。
「あんな不思議な花、僕の世界には存在しないよ。全部が青一色って珍しいよね。というか…あれって本当に植物なの?それともこの世界って、他にもあんなに綺麗な花が咲くの?」
言い終わると、少女は急に方向転換し、その大きな瞳でキッと輝夜を睨んだ。
「そんなわけないでしょ!あの花は、あの場所でしか咲かない特別な花なんだから!」
唯一無二。オンリーワン。
あのような花は他に存在しないと、テスは誇らしげに主張した。
唐突に口を利いてくれたことに驚きながらも、輝夜は目を輝かせて聞き返す。
「やっぱり!?見た感じが普通の花と違ったもん。神秘的っていうか…綺麗って言葉だけじゃ片付けられないよ」
「あったりまえよ!だってあの花は、私たち精霊の神様が創造した、この世でただひとつの花なんだから!」
輝夜の賛美に気を良くしたのか、これまでの敵意が嘘のようにテスは饒舌になった。
それはもう、嬉しそうに頬を緩めて…。
リードの助言は功を奏したらしく、輝夜は心の中で彼に深々と感謝を述べた。
(まさかここまでうまく行くとは…。ありがとう!リードさん!)
しかし輝夜的には、まだまだ喋り足りず褒め足りずと、不完全燃焼もいいところ。
幸い、少女が面白そうな話を投下してくれたので、輝夜はそのまま話題に乗っかることにした。
「神様?この世界には神様までいるの?」
「うん、もう四千年も前の話だけどね。邪神との戦いで、私達の神様は相討ちになったの。そうして最期を悟った神様は、自身の死を唯一無二の花で飾ったの」
「それがあの青い花?」
テスはコクリと頷く。
「そうよ。そしてその時に、神様から溢れた大量の恩寵が世界に浸透して、精霊が誕生するようになったと言われているわ」
「ほぇ~」
この世界の成り立ちに触れたような気がして、口達者な輝夜ですら、精霊達の壮大なバックストーリーに開いた口が塞がらなくなった。
「ついてきなさい!」
不意に少女は走り出した。
呆けていた輝夜の手を引いて…。
それから西に三十分ほど進むと、彼女は目的地らしき場所で足を止めた。
案の定、そこはセガン達に足の踏み入りを禁じられている漆黒の大地だった。
まんまとタブーの片棒を担がされた輝夜は、あたふたと焦り始める。
「ちょっと!大丈夫なの?セガンさん達に怒られない?」
「大丈夫大丈夫!バレなきゃ平気よ!」
そう言って、テスはケロッとした表情を見せた。
すると彼女は、性格にそぐわない淑女らしい仕草でスカートを折り、その場にしゃがみ込んで、こっちにおいでと手招きをした。
その隣に失礼して、輝夜はだるまのように蹲ると、少女と一緒になって青い花に視線を落とした。
キラキラと光を呑む、清廉に咲き誇る植物とは思えない神秘の花。
神様が創造したというのだから、その幻想的なビジュアルも頷ける。
片手に収まるほどの四枚の小さな花びらを撫でながら、テスは憂うように唇を動かした。
「七年前まではこの大地を、この花が埋め尽くしてたんだ」
彼女の細い指先が触れた途端、花の内部で波紋が生じ、重複した波が互いを相殺しあった。
その神秘的な現象に感嘆の声をあげながら、輝夜は聞き返す。
「何かあったの?」
「魔恩よ。凄く大きな魔恩が攻めて来たの」
魔恩と聞いて、輝夜はこの世界に来た時の、黎い狂虫を思い出した。
確かにあれは人類の脅威と言えるだろう。
悍ましく、禍々しい、生命に執着したようなその敵意は、思い出しただけで、輝夜の全身にゾワりと斑点を浮かび上がらせた。
あの狂虫も十分に巨大だったと思うのだが、それよりも大きいといわれると想像がつかない。
輝夜は嫌な想像を巡らせながら、彼女が何故…危険を覚悟でこの場所に足を運ぶのか少しだけ理解できた気がした。
「この花の名前、アクアルシルっていうんだよ」
不意に少女は口を開く。
その凛とした響きに、輝夜は率直な感想を述べた。
「アクアルシルか…。綺麗な響きだね」
「だろう!」
そう言って彼女は初めて敵意の欠片もない、屈託な笑みを輝夜に向けた。
出会った当時は、忙しない状況が立て続けに起きて、まともな会話すらままならなかった。
この純粋な明るさこそが、テスという少女の素なのだろう。
少女の名はテス。
テス・アクアルシル。
アクアルシル大花原を根源に生まれ落ちた精霊であり、その根源を取り戻すことを夢見て、日々奮闘する少女である。
青く凛とした眩しさが、輝夜はアクアルシルと重なって見えた。
とりあえずは心を許してくれた彼女に、輝夜も笑って返す。
彼女の弾けるような笑顔に、魅入られたことに気づかぬままに…。




