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異世界竹取物語〜★僕が約束を果たすまで☆〜  作者: 色採鳥 奇麗
第一章 新しい日常

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空色の少女


 (くろ)く荒廃した大地の真ん中で、砂煙が立ち昇っていた。

 そこから、舞い散る粉塵を振り払い、新鮮な空気を求めて輝夜が勢いよく姿を現す。

 口に砂でも入ったのか、不快感に悶えた表情で、2回ほど地面に唾を吐きかける。

 そうしてようやく、輝夜は重く閉ざしていた目蓋を開くことができた。


「やっぱり、さっきの景色の場所だ」

 

 乾いた地面は所々ヒビ割れて、吹き抜けた風が小さな砂埃を巻き上げる。

 そんな寂れた荒野に一人ポツンと立ち尽くす輝夜は、とりあえずは身体の五体満足に胸をなで下ろした。

 異能災害に巻き込まれて、生きているだけでも上々。

 自身の生存を呑気に喜びながら、あとは帰宅するだけだなと、輝夜はズボンのポケットに手を伸ばした。


「とりあえず、ここはどこだろう。あら?」


 助けを呼ぼうにも、取り出したスマホは圏外だった。

 アンテナが立たない画面を目に、輝夜はスンと表情を曇らせる。

 これでは現在地も調べられない。


「ダメだ、こりゃ」


 戦力外通告を受けたガラクタは、秒でポケットという監獄へ送り返される。

 やはり、この状況で頼れるのは自分だけ。輝夜は周囲に目を(くば)った。

 しかし、草臥(くたび)れた土地で得られる情報はそう多くない。

 感じられるのは、駒としてこの盤上の一部にされたかのような、孤独感と寂しさだけ。

 時間はかかるだろうが、進めばたどり着けなくもない距離に、どしっりと佇む巨大な森林がある。

 その大きさに圧倒される輝夜であったが、それ以外は生命の『せ』の字もあったものではな──、


「花…?」


 いや、あった。

 花があった。

 生命が枯れ果てたこの大地に、懸命に…力強く根付いている一輪の花が…。

 辺りをよく見渡してみると、他にも、かろうじて息をしている花が所々に咲いている。

 清廉に咲き誇るその花に目を奪われた輝夜は、思わずその場に膝をついて、花をまじまじと見下ろした。


 茎、葉、花弁にいたるまで、空と同じ透明感のある澄んだ青色をしていた。

 葉緑素は含まれているのだろうか?

 考えれば考えるほどに、その花の構造は輝夜の好奇心をくすぐった。

 不思議なことに、この植物は空からの光を取り込んで、内側から淡く発光しているようだった。

 さらには、そよ風が撫でるたびに、花の表面を凛とした波紋が、花弁から茎を伝い、葉先へと走った。

 これでは植物というよりも、植物の性質を象った『水』そのもの。輝夜はそんな考えにいたる。


「これ、触ったらどうなるのかな?」


 その疑問にたどり着くや、輝夜はゆっくりと不思議な花へと手を伸ばす。


 

 ──その時だった。



■■■■■■(触らないで!)」 


 激情を孕んだ凛とした声が、輝夜の鼓膜を震わせる。

 伸ばした手が思わず引っ込むほどの声量に、輝夜は驚いて振り返った。


 そこには、少女が立っていた。


 空のように透き通った青い髪に、そこから覗く大きな瞳は、彼女の活発な性格が表れているように感じられる。

 しかし、何故か初対面の輝夜に対して、彼女からは明確な敵意が向けられていた。


(えっ?怒ってるの?なんで!僕なんかした!?)


 地面スレスレのスカートをはためかせて、少女は困惑する輝夜へと一気に詰め寄る。すると未知の言語で、少女は口撃を開始した。


■■■(ねぇ、)|■■■■■■■■■■《あんた異世界人でしょ!》

 ■■■■■■■■(見てたんだからね)■■■■■■■■■■(空から落ちてくるの。)

 |■■■■■■■■■■■■■■■■■■■《よくも私の根源に手を出してくれたわね!》■■■■■■■(こんのヤロー!)

 |■■■■■■■■■■■■《絶対に許さないんだから!》」


(えっ!?何?外国語!?)


 とりあえずは、彼女との間に生じた誤解を解くために、輝夜はあまり得意とは言えない、カタコトな英語を披露した。


「あ…アイム、ジャンピング!ゆ…ユーとフレンドリーラブラブ!(輝夜脳内特別略:僕は日本人だよ!君と仲良くしたいな!)」


■■■■■■■(馬鹿にするな!)


「痛いっ!?」

 

 挑発されたと思ったのか、少女の気合の入った右ストレートが、輝夜の顔面にクリーンヒットした。


〈…テ…〉


 刹那──、


「い…痛い…」


 こめかみにドリルをぶち込まれたような、強い激痛に襲われた。


〈…父……〉〈ノ……〉〈殺………で〉


 痛みの正体。


〈いやだ!〉〈化け物!〉〈やめなさい!〉〈来るなぁ!〉


 それは、言語という情報の嵐だった。


〈許さない!〉〈出ていけ〉〈ついてきて〉


 日本語や英語。少なくとも輝夜の知るどの国の言語体系にも当てはまらない、未知の言語。

 それは、少女が今しがた口にした言葉と同質のものだった。


「ああっ!痛っ…痛ーい!」


〈あなたの名前は■■■よ〉〈大丈夫、私がついてるから〉〈ほら、こっち〉〈逃げよう〉〈誰もいない場所に〉〈お父様〉〈父上!〉〈クソガキ!〉〈パパー〉〈遊ぼう〉〈人類と仲良くなりたいんだ〉〈私は王になるよ!〉〈これで私たち大家族だね〉〈なに…あれ…〉〈逃げなさい〉〈ボクの家族が…〉〈お前を倒す〉〈いやだ…死なないで…〉〈凄く綺麗…〉〈ごめんね〉




     〈愛してる〉

 



 言葉の嵐は唐突に静まった。

 同時に、痛みも嘘のように引いていく。


「あんた、大丈夫?そんなに強くしたつもりはなかったんだけど…」


 さっきの様子とは打って変わって、少女は心配そうに輝夜の顔を覗き込んだ。

 思いのほか、輝夜が苦痛に悶えていたものだから、少し責任を感じたらしい。

 それよりも、少女の言葉を耳にした途端、輝夜はハッと(われ)に返った。


「あれ?…わかる…。言葉がわかる!」


 まさか!僕の新たな才能が開花したのか!などと、真面目な顔で白い両手を見つめながら、自身の隠された才覚が恐ろしくなる輝夜であった。

 さておき、


「……………」


「ところで、君は誰?ここはどこ?」


 新たな知識として、脳内にインプットされた言語を、さっそく使いこなす輝夜。

 すると少女は、少し考える素振りをしながら、思い出したかのように声を上げた。


「そうだ!あんた『外』から来たんでしょ!ここは危ないからついてきなさい!」


「『外』?ここはもう外ですが?って、ちょっとぉ!」


「いいから急いで!」

 

 少女は強引に輝夜の手を取ると、大森林へ向かって走り出した。

 状況がわからない輝夜は、とりあえずは流れに身を任せることにする。


「あの、ちょっと説明が欲しいんだけど、どういう状況なの?」


「あんたが落ちてきた衝撃で、眠ってた魔恩達が目覚めたの!後ろを見てみなさいよ!」


 言われるがままに後方を確認すると、(くろ)く巨大な『何か』の群れが、波のように迫ってきているのが見えた。

 しばらくして、輝夜は少女に視線を戻した。

 

「あの、ちょっと説明が欲しいんだけど、どういう状況なの?」


「見なかったことにするんじゃないわよ!魔恩が来てるって言ってるでしょ!まっ!おっ!んっ!」


「だから説明してよ!魔恩ってなにさ!?醒獣(せいじゅう)じゃなくて?」


「醒獣?そんなの知らないわよ。いいから!もう説明はあと!それよりも走りなさい、追いつかれるわよ!」


 少女は走る速度を上げる。

 輝夜はすでに息が上がり、引きずられるように走るので精一杯だった。


「あんた、おっそいわね!」

 

 少女の足を引っ張っている事実に、輝夜は申し訳なくなる。

 なにしろ輝夜は、手先は器用でも、運動は得意とは言えない。

 せめて体力作りでもしておけばよかったと、輝夜は後悔しながら歯を食いしばった。


(追いつかれそうだ…)


 目と鼻の先に迫る怪物の群れに、輝夜の心拍数はぐんと跳ね上がる。


 蠍、蟻、蟷螂。

 輝夜の目から見て、その魔恩は虫の攻撃的な部位(パーツ)を良いとこ取りしたような、混成虫と言った印象だった。

 蠍の鋭い尾に、蟻の強靭な手足と顎。そして背部から伸びた蟷螂の鋭利な鎌。

 随分と凶悪な風貌に、輝夜の全身から嫌な汗が噴き出す。


(ひぇぇ…)


 その時──、

 

「テス!だから言ったろうが、禁足地に一人で行くなって!」


 芯のある低い声が頭上から響いたかと思うと、目前に迫ってきた一体の怪物の頭部を、一人の男が踏み潰した。

 怪物は割れた水風船のように、黎い体液を周囲に撒き散らす。

 それは振り返った少女と輝夜に、ダイレクトに飛散した。


「うわっ、最悪…」


「おえっ!口に入った!なんで僕ばっかりこんな目に…!」


 少女は不快そうに眉をつり上げる。

 輝夜は大げさに転げ回ると、口に入った粘液を必死になって吐き出した。

 すると、その黎い体液は引火でもしたかと思うほどに(けぶ)り、やがて何事もなかったかのように跡形もなく消失した。

 男に踏み潰された魔恩の死体ごと。

 

「おっ!悪いな!おらっ!」

 

 男の名は…リード・ガネロン。

 ガネロン大森林の中でも、言わずと知れた戦士である。

 真紅の髪に敵を射殺すような眼光。

 腹筋胸筋を見せびらかすような、簡素な上着を纏っている。

 ほぼ上裸と言っていい。

 彼は威嚇でもするように、持っていた質素な棍棒を蠢く怪物の群れに振りかざす。警戒してか、魔恩は甲高い奇声を上げながら、輝夜達から距離を保ち始めた。

 すると、リードはテスと呼ばれた少女に目を向けた。

 その刺すような視線に、隣にいた輝夜は震え上がる。


「言いたいことはあるが、今はとにかく走れ。新しい群れが来てるぞ。ここは俺が食い止め──」


「わかったわ!」


「おい!早いって!」


 リードが話している途中、少女は説教から逃げるかのように、輝夜を連れて走り出した。


「えええ!お兄さん置いて行っちゃうの!?」


「大丈夫。あの人、無茶苦茶強いから!」


 真紅の青年からどんどん距離が離れていく。輝夜が心配して振り返った頃には、彼はすでに魔恩の群れの中にいた。

 

 ★☆★


「はぁ、世話が焼けるな…」


 二人の背中を見送ると、リードは全身から『闘気』を(みなぎ)らせた。陽炎のように揺らめくそのオーラは、身体能力を向上させる『気魂術』の基礎である。


(異世界人は…見た感じ、悪い奴じゃなさそうだったな。頼りなさそうではあったが…)


 とりあえず、異世界人の問題は置いておくとして、目の前の問題を早々に片付ける。

 リードは闘気を纏ったまま、臨戦態勢に入る──と思いきや、これから闘う者とは思えない、無防備な姿を晒した。

 ゆっくりと、祈るように目をつむる。

 雑音は(とお)ざかり、クリアになっていくリードの心には、ひとつの純粋な『願い』が残された。

 ただ…『守る』という素朴な願いが。

 瞬間、大地が鼓動した。

 正しくは、砂が舞い上がったのだ。

 まるで意思を持ったかのように、地面の砂、塵、大気中の埃に至るまで、微細な粒子が世界に牙を剥き始める。

 紅蓮の願いに応えるかのように…。

 

塵芥(ちりあくた)


 それは異能とは異なる、輝夜や、ましてや教祖すら知らない未知の(ちから)

 『願い』を糧に呼び起こされる、『奇跡』という名の神秘である。


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