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異世界竹取物語〜★僕が約束を果たすまで☆〜  作者: 色採鳥 奇麗
花海の祝眠編 プロローグ

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1/15

星に願いを…


 これは、とある運命を背負った、一人の少年の原点となった話である。


 建物、街灯、電車、家、車。

 夜の都会に蠢く光は、生物に不可欠な血管のように絶え間なく駆け巡っている。

 それらの創造主たる人々が奏でる生活音は、まるで慌ただしい息遣(いきづか)いだ。

 しかし、その鼓動も、その息吹も、息を呑むような静寂に包まれていった。

 諸人は一人…また一人と、顔を上げて観測者へと変わっていく。


 その理由は空にあった。


 あと数十分もすれば、一面の闇を引き裂くと取り沙汰されている流星群が空に瞬くのだ。

 

 ──ある少女は豪邸のベランダから、メイド達と共に優雅に空を見上げた。


 ──ある少年は、その奇跡を片鱗だけでもいいからと、草臥(くたび)れた借家(しゃくや)からそっと窓の外を覗き込んだ。

 

 以前からニュースで取り上げられていたためか、街中は空を見上げる観測者であふれかえり、人々の期待は今やピークに(たっ)していた。

 本来なら街が灯す光の前で、星の明かりは霞んでしまうのだが、この流星群は別格にして例外だった。

 その時が来れば、文明が生み出した光害などもろともせず、鮮烈な光明は雨の如く降り注ぐだろう。


 それでも、宇宙(そら)の大自然が創り出す神秘の灯火を、十全たる姿で目に焼き付けたいのなら、文明の光が届かない大自然の下で見ることをオススメする。



 ──「ぬんっ!」

 


 空も動物も寝静まった夜。

 この沈黙を()とする草原に吹き抜けていく夜風は、まるで健やかな寝息のように繰り返される。

 息を呑むほどの静けさ。

 さりとて、太陽が休息を取っている今。

 その影に埋もれていた星々は、自らの在処(ありか)誇示(こじ)し、主張するかのように、この空に鮮明に輝いていた。

 


 ──「ぬ~ん!」

 

 

 浅く息をする大地。無尽蔵に

目を見開く空。

 まさしく、自然が築き上げた神秘。

 しかしながら、そんな不可思議な絶景が並ぶ一方で、壁のように立ちはだかる猛威も、この世には存在してしまっているのだ。


「ぬーん!」


 緩やかに高みへと続く斜面は、最大の試練であるかのように小さな少年の前に立ち塞がった。

 少年は白い髪を揺らして、その苦難に懸命に挑む。


「ぬんっ!ぬんっ!はぁ~…。お父さん、まだ~?僕もう帰りたいよ~」


「急かすなって、もう少しだよ」


「ほら、頑張って!」


 歩き疲れ、嘆息し、不貞腐れる少年を鼓舞しながら、女は子共の手を引いて歩いた。

 男と女と幼い少年。

 この三人もまた、流星群の物珍しさに釣られてやってきた、仲の良い家族である。

 息子は乗り気ではない様子だったが、それでも懸命に足を動かし続けた。

 

「うん、ここにしよう」


 一家はしばらく進むと、人工の光が届かない見晴らしの良い高原で足を止めた。

 そして、三人は柔らかい草の絨毯に背中を預けて、仲良く川の字を作った。

 草の香りに鼻腔がくすぐられ、不思議と心地よかった。

 さらには、黒のキャンバスに書き綴ったような、見渡す限りの冷たい星々。

 だけどその明るみは、どこか温かく感じられた。

 ここに到着するまでの道中、星に一切の興味を示さなかった少年は、光の点が織りなす絶景を前にして、少しだけ表情が明るくなった。


「あっ!」


 刹那、明るい闇夜の中に、白い閃光が走り抜けて、溶けるように消えていった。

 テレビの奥でしか見たことのない流れ星の煌めき。

 少年は願い事をすることすら忘れ、消え去った一瞬の奇跡に、ひたすらに目を輝かせた。

 

「お父さん!お母さん!今の見た!?流れ星だよ!」


 息子の喜びように、両親は互いの顔を見つめ合いながら、ここに連れてきた甲斐があったと小さく微笑んだ。

 心も身体も成長するにつれ、他者との違いに塞ぎ込んでいた少年のためにと、今回のイベントは二人が密かに企画したものだった。


 母はアルビノという稀な体質で、肌は陶器のように白く、瞳は薄めた血のように赤い。髪も色素が抜けたようにまっさらで、まるでおとぎ話の世界から飛び出してきたような、美しい女性だった。

 少年もまた、その因子を色濃く引き継いでいた。

 唯一違うところは、父親譲りの()ねに跳ねた癖っ毛だ。

 それはさておき──、

 白い体質のことを周囲の子供達から揶揄(やゆ)され、少年は幼いながらに苦悩を抱えていたのだ。

 しかし、そんな心の(かげ)りは、星の瞬きを前にして薄っすらと(かす)んでしまったらしい。

 叶えたい願い事を思い浮かべながら、上機嫌になった少年は次の流れ星を今か今かと待っていた。


「そう気を張る必要はないぞ、輝夜(かぐや)。さっきのは始まりに過ぎない。ここからが本番なんだから」


「ホント!」


「ああ、これからもっとたくさんの流れ星が見られるんだ。そうしたら輝夜の願い事、叶え放題だぞぅ!」


 意気揚々とした父の言葉に、輝夜と呼ばれた少年は夜空から目が離せなくなった。

 すべての願いを叶えられる。

 幼い少年にとって、それはこの上なく魅力的な話だっただろう。

 そうして眉間に皺を寄せているうちに、また新たな閃光が夜空に煌めいた。

 そして、残像だけが瞳の奥に虚しく残る。

 輝夜はなにもできなかった。

 悔しさと、早く願い事を考えなきゃという焦りで、じわじわと目尻に涙が溜まっていく。

 

「焦らないで、輝夜」


 そう……逸る気持ちを落ち着かせるように、母は優しい口調で言った。


「でもお母さん。早くしないと流れ星が終わっちゃうよ……」


「フフ…大丈夫よ、お父さんも言ってたでしょ。これからが本番だって……。それまで時間はあるから、その時に備えて、今のうちに願い事をいっぱい考えよっか」


「うん、わかった」


 母に諭され、輝夜は願い事を考えることに専念した。


「そういえば輝夜、学校は楽しい?」


 話題は唐突に切り替わり、近況を母に尋ねられた輝夜は、思い出したくないことを思い出して嫌そうに口を(すぼ)めた。


「楽しくない…。みんな意地悪(イジワル)するんだ。髪の毛を引っ張ったり、仲間はずれにしたり。僕もう学校に行きたくないよ…」


 表情を曇らせた息子を見て、母もまた辛そうに眉をひそめた。

 輝夜は今、小学一年生。

 普通でありながら普通とは違う、それだけの理由でのけ者扱いされる辛さは、彼女も痛いほど知っている。

 だからこそ、息子を自分と同じ体質に産んでしまったことを…、

 同じ境遇に立たせてしまったことを、母は酷く悔いていた。

 しかし、父の考えはまったく異なるものだった。


「きっとその子たちは、輝夜のことが羨ましいんだな」


「僕が?どうして?」


「輝夜が普通とは、少し違うからかな」


「僕、普通じゃないの?」


「そうだよ。でも、それは悪いことじゃないんだ。普通と違うってことは、見方によっては特別だったりもするからね。きっとその子たちは、輝夜が普通と違うから、特別に(うつ)って見えるんだろう。特別で羨ましいから、みんなは自分の方が特別なんだ!って、輝夜に意地悪をしてしまうのさ」


「う~ん、僕にはわかんないや」


 幼い少年の理解力では、父の話は難しかっただろうに。

 輝夜は目を棒にして、頭に疑問符を乗せた。

 そんな息子に父は嘆息しつつ、不意に得意気な表情を作った。

  

「じゃあ、我が家に伝わる、友達をたくさん作る方法を輝夜に伝授してあげよう」


 ピクリと、輝夜の耳に熱が(こも)る。

 友達のいない輝夜にとって、それは願ってもない話だった。

 だが無論、父の話は息子の興味を引き、勇気づけるための方便に過ぎなかった。

 そんな都合のいい秘伝技など、最初から存在しないのだから…。

 そんな事実など知る由もない輝夜は、父がした作り話を鵜呑みにして、面白いくらいに鼻息を荒くした。

 

「そんな方法があるの!?教えて!」


 その微笑ましさに、両親は小さく微笑んだ。

 父は輝夜の頭を撫でて、空を見上げながら答えた。


「それはね、人とたくさんお話をするんだ」


「お話?それだけでいいの?」


「ああ。お話をして、相手に自分のことを知ってもらえばいい。話しているうちに、自分も相手のことも理解して、そうして気づいたときには、お互いに友達になっているさ」


「ホントに!僕、次に学校に行ったとき、早速試してみるよ!」


 純真にして無垢。

 期待を胸に、少年は意気込んで見せた。

 その微笑ましい姿に、両親は息子の未来が楽しみで仕方ないのであった。


「さぁ、そろそろ時間よ」


 スマホのアラームが鳴ると、母は二人にそう呼びかけた。

 ようやく、待ちわびた瞬間がやってくる。


「輝夜。ここからは、(まばた)き厳禁だ!」


「うん!」


 夜空という壮大なスクリーンに、視線が釘付けになる一家。

 風がほんのりと肌を撫で、静寂を連れて来る。

 映画が始まる直前のような短い沈黙に、輝夜の期待値はぐんぐんと上がっていく。

 そして、今度こそ願い事を叶えるんだと、懸命に目を凝らした。


 ──五秒後。

 一筋の光が(そら)を引き裂いた。


「………あっ…」

 

 呆けた悲鳴の後、星に願いを託し損ねた輝夜は、「しまったぁ!」と情けない声を上げた。

 ふるふると頬を震わせて、悔しそうに唇を噛む。

 だが、今の(ひらめ)きがこれから始まる壮大な奇跡の予兆でしかなかったことを、輝夜はこれから身をもって知ることになるだろう。


 ──そこからさらに八秒後。


 『さんっ』『にっ』『いちっ』

 と、まるでカウントダウンを始めるかのように、夜空に三本の白い線が駆け抜けた。

 その直後、その流れ星の筆跡を新たな軌跡が追従し、目にも止まらぬ速さで、何度も何度も、(ひらめ)き、(きら)めき、(またた)いた。


 輝夜が息を呑んだ頃には、無限とも思えるような群星(ぐんせい)が折り重なる。

 そして、清冽(せいれつ)な川の激流が如く、流星群は一天いってんを埋め尽くした。

 時折観せる化学反応の火球。

 夜は捲れ上がり、星彩のみが空を(あや)なす。


「輝夜、願い事は大丈夫?」


 母の言葉で、ハッと我に返る輝夜。

 願いはもう考えついた。

 筆舌に尽くしがたい感動で目を丸くしながら、少年は祈るように両手を握りしめる。

 そして静かに、胸の内を空に打ち明けた。


(お星さま…どうか僕に、たくさんの友達ができますように…。そして──)


 大いなる星の流れに、その純粋な願いを託した。

 

(その仲間たちと誰も見たこともない冒険をして、最高の人生を送りたいです…)


 そうして、光が干上がる最後の瞬間まで、輝夜は星の行く末を見届けた。

 その先で、自身が託した願いが、成就されることを信じて…。


 これが、竹取(たけとり)輝夜(かぐや)の原点のひとつ。

 彼の人格に多大なる影響を及ぼした、転換点とも言える出来事だった。

 そんな彼には遠い未来、多くの苦難が立ち塞がることになる。


 運命的な出会いをすることもだろう。

 壮大な別れに涙することもあるだろう。

 絶望に打ちひしがれて膝をつくこともあるだろう。

 その度に、少年は立ち上がり続けるだろう。


 そうした数多の経験を経て、いつしか少年は世界を救うまでの成長を遂げるのだ。


 ともあれ──、

 まだ見ぬ不透明な未来を(かた)るよりも、今は確実に言えることがある。

 

 祝福を授けるように…

 運命を慈しむように…

 希望を抱けるように…

 絶望(やみ)を払いのけるように…

 そして、世界に愛されているかのように…


 この瞬間は紛れもなく、輝夜を中心にこの世界(そら)は回っていた。


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