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『禁忌(ジャンク)フードで帝国陥落。〜断罪令嬢が放つニンニクと背脂の匂いに、最強騎士団も胃袋から屈服しました〜』  作者: 月雅


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第9話:朝の背徳と、黄金に輝く「魔臭球チャーハン」


離宮に差し込む朝日は、かつてないほど「脂っこい」空気を照らし出していた。

昨夜の『黄金の厚切り断罪肉』という名のトンカツパーティーの余韻は、まだ厨房の隅々にまでこびりついている。


ふと足元を見ると、そこには信じられない光景が転がっていた。

帝国の至宝であるはずの皇太子ジュリアン殿下と、聖女セフィリア様が、厨房の床で身を寄せ合って眠りこけているのだ。

二人とも、口元にはソースの跡が残り、頬は昨夜の脂のせいでツヤツヤと輝いている。


「……目障りだ。グンター、こいつらを叩き起こして庭の掃除でもさせろ」


背後から、低く不機嫌そうな声が響いた。

振り向くと、そこにはシャツのボタンを半分ほど外した、ひどく色っぽい姿のアラリック閣下が立っていた。

彼は不機嫌そうに床の二人を蹴飛ばそうとしているが、その瞳は私を捉えた瞬間、熱っぽい期待の色に染まる。


「閣下、おはようございます。昨夜はあんなに召し上がったのに、もうお目覚めですか?」


「当たり前だ。お前が隣にいないことに気づいて目が覚めた。……それに、腹が減って仕方がなかったのだ。エレーナ、俺の胃袋はお前の料理を知ってから、眠っている間も『次』を求めて叫んでいる」


閣下は私の腰に手を回し、独占欲を隠そうともせずに引き寄せた。

彼の魔力は、朝から離宮の空気をピリピリと震わせるほどに満ち満ちている。

高カロリーな食事が、彼の底なしの魔力回路を完全に繋ぎ直してしまったらしい。


「……ん、ぅ。……あ、あの、香ばしい匂いは……」


床で丸まっていたセフィリア様が、鼻をピクピクと動かして身じろぎした。

続いてジュリアン殿下も、焦点の合わない目で起き上がる。


「シェ、シェフ……。朝飯か? 今、朝飯を作ってくれているのか……?」


「殿下、昨夜あんなに『もう食べられない』と泣いていたのはどなたですか?」


私が呆れて言うと、殿下はなりふり構わず私の足元に膝をついた。


「昨夜の僕はどうかしていたんだ! 今の僕は、昨夜の僕よりもさらに空腹だ! 頼む、あの黄金の肉、あるいはあの白いソースを……!」


「わたくしも……わたくしも、もうあの薄味のサラダには戻れませんわ……。清らかな朝の祈りより、今は魔臭球の刺激が欲しいのです……!」


聖女にあるまじき発言に、私は思わず吹き出した。

さて、重たい揚げ物の翌朝。

胃を休めるどころか、さらにアクセルを踏み込むのがジャンク道の極意というものだ。


「分かりました。では、朝の活力を強制的に注入する『黄金の魔臭球チャーハン』を作りましょう」


私は右手をかざし、新たな錬成を開始した。


「錬成――一晩寝かせて水分を飛ばした『白真珠米』。そして、疾風鶏の濃厚な卵。具材は、アイアンタスクボアの塩漬け肉を細かく刻んだもの」


パラパラとした米、鮮やかな黄金色の卵。

私はまず、ボアの脂をたっぷりとフライパンに熱した。

そこへ、昨日よりもさらに大量の、細かく刻んだ魔臭球を投入する。


チリチリ、バチバチ!


強烈な、それでいて食欲を狂わせるガーリックの香りが爆発した。

昨夜の脂が残る胃袋に、この香りは最高の「呼び水」となる。


「錬成――黄金の練りバター。そして、隠し味に『焦がし黒大豆の煮汁』を」


溶けたバターの泡が、魔臭球を包み込んで黄金色に変わる。

そこへ、溶き卵を一気に流し込んだ。

半熟の状態で白真珠米を投入し、高火力で煽る。


ジャッ、ジャッ、ジャッ!


小気味よい音が厨房に響く。

米の一粒一粒が、ボアの脂と卵、そして魔臭球の香りを纏い、鉄板の上で踊るように跳ねている。


「な……なんだ、あの黄金の輝きは! 米が……米が光っているぞ!」


ジュリアン殿下が、身を乗り出してフライパンを見つめる。

セフィリア様も、恍惚とした表情でその煙を吸い込んでいる。


「仕上げに、この『追い魔臭球』を振りかけて……完成ですわ」


私は、山盛りの黄金色に輝くチャーハンを、四つの皿に盛り分けた。

一番上には、さらに追い打ちをかけるように、半熟の目玉焼きを載せ、その上から黒胡椒をたっぷりと振りかける。


「さあ、召し上がれ。朝の背徳、魔臭球チャーハンです」


アラリック閣下が、一番にスプーンを突き立てた。

目玉焼きの黄身がとろりと溢れ出し、黄金の米に絡みつく。


「――っ! っ、ふ、ぉぉ……っ!!」


一口食べた瞬間、閣下の首筋に血管が浮かび上がった。

彼は力強く咀嚼し、熱い米を喉へと流し込む。


「旨すぎる……! 昨日あれだけ脂を摂取したというのに、この米は別腹だ! バターのコクと魔臭球のパンチが、寝ぼけた頭を無理やり覚醒させる! この、パラパラとした食感の後にくる、米の甘みがたまらん……!」


「自分も、自分も頂きます! ……あぁぁ! これですよ! この、塩気と脂が米に染み込んだ背徳感! これ一杯で、城門を素手で持ち上げられそうです!」


グンターも、朝から全開でスプーンを動かしている。

そして、恐る恐る口に運んだジュリアン殿下とセフィリア様は、同時に天を仰いだ。


「ああ、神よ……わたくしを許さないでください。この、魔臭球の刺激が舌を刺すたびに、魂が浄化されるどころか、さらに深い欲望に沈んでいくのを感じます……! でも、止まらない! スプーンが止まりませんわ!」


「僕の……僕の知っている米料理は、こんなに攻撃的ではなかった。だが、今の僕は、この攻撃が心地よい! もっとだ、もっと俺の胃袋を、この黄金の塊で満たしてくれ!」


もはや皇太子のプライドなどどこにもない。

殿下は皿を抱え込み、ガツガツと音を立てて米を詰め込んでいる。


厨房を支配するのは、スプーンが皿を叩く音と、荒い呼吸。

そして、あまりの旨さに漏れる呻き声。


「……エレーナ」


アラリック閣下が、最後の一口を飲み込み、私の手首を掴んだ。

彼の指先は熱く、視線はチャーハンよりもさらに濃厚な熱を帯びている。


「お前は、俺の兵を最強にし、俺の敵を胃袋から無力化した。だが、お前が俺を満足させるたびに、俺の中の『飢え』は、別の形に変わっていく」


閣下は私の耳元に顔を寄せ、周囲に聞こえないような低い声で囁いた。


「今夜は、誰にも邪魔させん。俺だけの厨房で、お前の『最高のデザート』を用意してもらうぞ」


その言葉の意味を察して、私の頬が、さっきのチャーハンの熱よりも赤く染まる。

冤罪で捨てられたはずの悪役令嬢は、今や帝国の心臓部を、文字通り胃袋から、そして愛から掌握してしまった。


離宮の窓の外からは、チャーハンの匂いに釣られた騎士たちが、再びゾンビのように集まってくる地響きが聞こえ始めていた。


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