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『禁忌(ジャンク)フードで帝国陥落。〜断罪令嬢が放つニンニクと背脂の匂いに、最強騎士団も胃袋から屈服しました〜』  作者: 月雅


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第11話:聖女の清掃と、噴火する「魔山ハンバーグ」


離宮の朝は、かつてのような静寂とは無縁のものとなっていた。

「シェフ! エレーナ・シェフ! 床の磨き上げが終わりましたわ! ですから、ですから……次のお食事を!」

「セフィリア、君は欲張りすぎだ。僕こそが、この離宮で最も重い薪割りをこなした。エレーナ、僕には肉を。あの黄金の脂を纏った肉を、優先的に与えてくれ!」


厨房の入り口で、聖女セフィリア様が雑巾を握りしめ、皇太子ジュリアン殿下が斧を担いで私に詰め寄ってくる。

かつて私を「不潔」だと断罪した二人の面影は、もうどこにもない。

今の彼らは、私の料理という名の快楽に魂を売った、ただの熱狂的な信者だ。


「……五月蝿いと言っているだろう。エレーナ、こいつらを今すぐ離宮から叩き出せ。お前の料理を食べていいのは、俺と、俺が許した兵たちだけだ」


私の背後から、低い唸るような声が響く。

アラリック閣下が、私の腰をがっしりと抱き寄せ、首筋に顔を埋めた。

閣下の魔力は、昨夜の「背徳トースト」の影響か、朝から絶好調を通り越して周囲の空間に熱波を生じさせている。

彼は、私が他の誰かに微笑むことさえ許さないと言わんばかりの独占欲を隠そうとしない。


「閣下、彼らも一応は労働で対価を払っていますから。……さて、今日は趣向を変えて、見た目も味も『噴火』するような一皿を作りましょう」


私は、まとわりつく閣下を優しくいなし、調理台に向かった。

今日、錬成するのは、これまでの集大成ともいえる一品。

肉の旨味を閉じ込め、さらにその中から「禁忌の溶岩」が溢れ出す料理だ。


「錬成――アイアンタスクボアの粗挽き肉。そして、細かく刻んだ『雷鳴玉葱』。さらに、中に入れるのは、スノーゴートの乳を限界まで発酵させた『黄金の粘着乳脂とろけるチーズ』」


まな板の上に、赤身の鮮やかな挽き肉と、刺激的な香りを放つ玉葱が現れる。

私はまず、ボアの肉に塩、胡椒、そして多めの魔臭球ニンニクを混ぜ込み、力強く練り上げた。

肉の粘り気が増し、私の手に脂が吸い付いてくる。


「エレーナ、その肉の中に何を隠すつもりだ? まるで、何か恐ろしい魔法の核を封じ込めているように見えるが」


アラリック閣下が、興味津々に覗き込んでくる。

私は不敵に微笑み、練り上げた肉の真ん中に、テニスボール大に丸めたスノーゴートのチーズを埋め込んだ。

そして、それを大きな楕円形に成形する。


「これは『魔山ハンバーグ』。見た目はただの肉の塊ですが、一突きすれば……すべてが変わりますわ」


私は、熱した大きな鉄板に、その肉塊を叩きつけるように置いた。


ジューゥゥゥゥーーッ!!


これまでで最も激しく、重厚な音が厨房に響き渡った。

肉の焼ける香ばしい匂いと、雷鳴玉葱の甘酸っぱい香りが混ざり合い、通気口を通じて外で待機している騎士たちの鼻を直撃する。

外からは「おおおぉ……」「また始まったぞ、神の業が……」という、地鳴りのような呻きが聞こえてくる。


「仕上げに、この『暗黒の濃厚肉汁デミグラスソース』を……」


私は、ボアの骨と香味野菜をじっくり煮詰めた想定の、漆黒のソースを鉄板に流し込んだ。

ソースが熱い鉄板に触れた瞬間、香りの爆弾が炸裂した。

濃厚なコクと、焦げたソースの香りが、離宮全体を制圧していく。


「はい、お待たせしました。本日のメインディッシュ、『噴火する魔山ハンバーグ・チーズ溶岩仕立て』ですわ」


私は、熱々の鉄板のまま、四人の前に料理を並べた。

直径二十センチはあろうかという巨大な肉の塊が、漆黒のソースの海の中で、プツプツと音を立てて震えている。


アラリック閣下が、震える手でナイフを手に取った。

彼は、その肉の頂点に、ゆっくりと刃を入れた。


その瞬間。


「――っ!? 溢れ出す、溢れ出すぞ! 黄金の溶岩が!」


肉の裂け目から、真っ白で熱々のスノーゴート・チーズが、まるで噴火した溶岩のようにどろりと流れ出した。

漆黒のソースと、白いチーズが鉄板の上で混ざり合い、完璧なまでの背徳的なマーブル模様を描き出す。


「食べてください、閣下。中から溢れるのは、肉汁とチーズの混じり合った、逃れられない快楽ですわ」


アラリック閣下は、チーズをたっぷりと纏わせた肉の塊を、大きく一口で頬張った。


「――ッ!! ぉ、ぉぉぉ……っ!!」


閣下は、椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。

彼は口を押さえ、あまりの衝撃に目を見開いたまま、激しく咀嚼する。


「旨い! 旨すぎる! なんだ、この肉の弾力は! 噛むたびに、閉じ込められていた肉汁が口の中で暴発し、そこにスノーゴートの濃厚な乳脂が追い打ちをかけてくる! ソースの深み、玉葱の甘み、すべてがこの肉のために存在している!」


「自分も……自分も失礼します! ……あぁぁ! これ、これですよ! 口の中が、肉の幸せで埋め尽くされています! このチーズ、どこまでも伸びるのに、味はどこまでも濃厚だ!」


グンターも、顔中をソースで汚しながら、夢中で肉を飲み込んでいる。


そして、ジュリアン殿下とセフィリア様も、もう止まらなかった。

二人は競い合うようにして、鉄板に残ったソースをパンですくい取り、肉を頬張っている。


「シェフ……! 僕は、僕は今まで何を食べていたんだ! この、チーズを絡めた肉こそが、王者に相応しい食事だ! 王宮の料理人が作る、あの飾りだけの肉など、もう二度と見たくもない!」

「わたくしも……わたくしも、このチーズの海に溺れてしまいたいですわ! 聖女の使命など、この肉の一切れよりも軽い! エレーナ様、おかわりを……どうか、おかわりを!」


聖女にあるまじき言葉だが、今の彼女を責める者は誰もいない。

彼女の瞳には、かつての冷徹な光はなく、ただ「美味しいものを食べたい」という、純粋で根源的な渇望だけが宿っていた。


厨房を支配するのは、鉄板の上でソースが跳ねる音と、四人の荒い吐息。

そして、あまりの多幸感に漏れる、嗚咽のような歓喜の声。


「……エレーナ」


アラリック閣下が、最後の一口を惜しむように飲み込み、私の手首を掴んだ。

彼の指先は、肉の熱量を受けて信じられないほど熱い。


「お前は、たった一皿で、この国の頂点を完全に屈服させたな。見てみろ、この無様な皇太子と聖女を。こいつらはもう、お前がいなければ、一歩も歩くことすらできん」


閣下は、私の耳元に顔を寄せ、その唇を私の耳たぶに寄せた。


「だが、それは俺も同じだ。エレーナ、俺の魔力も、俺の心も、もうお前という毒がなければ動かない。お前が俺を満足させるたびに、俺の中の欲望は、底なしの深淵へ堕ちていく」


閣下の瞳には、ソースよりも黒く、チーズよりも濃厚な、逃れられない執着が渦巻いていた。

私は、彼の熱すぎる視線を受け止めながら、確信した。


これこそが、私の描いたシナリオ。

お上品なだけの帝国を、ニンニクと脂とチーズで塗り替え、世界を私の「味」で支配する。


離宮の窓の外では、ハンバーグの匂いに当てられた騎士たちが、次々とその場に膝をつき、祈りを捧げるように空を仰いでいた。

悪役令嬢による「胃袋からの革命」は、今、揺るぎないものとなったのである。


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