盗賊に魔法学園で教鞭を執らせるのかぁ……
私の名前は湯浅奏だ。
湯浅が苗字で、奏が名前。
高校三年生だったのは三年も前の話。
勇者召喚に巻き込まれ、魔王討伐の旅に同行する事になり、そして勇者御一行の盗賊としてちょっとした有名人になってしまった。
すっかり魔王の脅威がなくなって平和になった世界であるが、魔物や迷宮という未知や謎への探究に対する需要は未だ高騰しつつある。よって、特にする事もない私は、昔取った杵柄とでもいうべきか、冒険者として活動している。
今日も惰性で潜った迷宮で得た物を売り払うため、私は王都にある冒険者ギルドと呼ばれる組合の建物を訪れていた。
「さすがは勇者御一行の盗賊様、たった一回の迷宮探索でこれだけの素材を持ち帰られるとは……」
カウンターに広げた売却予定物を前に目を丸くする鑑定士に対して、私は両手を軽く左右に振る。
「いやいや、これも【放浪神】の導きと【迷宮神】の気まぐれによるものでしょう。今日はたまたま幸運だった、それに肩書きや経歴は関係ありませんよ」
私の言葉に鑑定士は頷く。
「それもそうでしたな、迷宮の恵みは気まぐれ、いかに神に愛された者でも運に見放される事もあります。では、神々の導きとお恵みに感謝を申し上げましょう」
鑑定士は天秤と貨幣をシンボルとした聖印を掲げ、売却予定物の検品を始める。
この世界では、社会の営みを創成したとされる七大神を中心とした多神教が広く信仰されている。多民族かつ国家や統治者が違えども、多神教が根底にあるので排他的な思想を持つ者は極めて珍しい。
盗賊なんていう肩書きを持つ私が社会に受け入れられているのも、七大神の一柱に盗賊出身だったとされる【放浪神】がいるからだ。
鑑定を待つ間、【放浪神】のシンボルである風に揺れる木の葉をシンボルとした聖印が刻まれた腕輪を外し、手の中で弄る。
この腕輪は、魔王討伐の旅の最中に立ち寄った迷宮で拾ったものだ。いくつものギミックが内部に仕込まれていて、知恵の輪のような構造をしている。手持ち無沙汰の際に手慰みとするにはもってこいの品だ。
いつものように腕輪を弄っていると、背後に気配を感じた。振り返ると、そこには見覚えのある男が立っていた。
まるで金塊をそのまま削り出したかのような金髪は編み込まれているというのに、その人物の背丈の半分にまで届いている。琥珀のような艶やかな肌に、虎眼石を彷彿とさせる鋭い眼差し。裾の長い漆黒のローブは、魔術師としての威厳を放ちつつもどこか貴族のような近寄りがたさと高貴さを思わせる装いだった。
それを裏付けるかのように、長く尖った耳が神経質そうに細かく痙攣する。
唐突に現れた男に気づいた他の冒険者たちが、一斉にこちらに視線を向けた。警戒、好奇心、その中で畏怖を向けているのは魔術の心得がある連中だ。
それもそのはず、転移魔術は高度な技術と莫大な魔力を求められる。百年の研鑽を積んで、ようやく三歩先への転移魔術が行使できるような代物だ。
「お、エルドラか。久しぶりじゃん、元気してた?」
私はいきなり現れた男に向かって片手を挙げ、軽い口調で話しかける。
勇者御一行の魔術師として名を馳せた、ハイエルフのエルドラ。彼の長い耳と黄金の姿を見て、その正体に気付かない者はいないというほどに有名だ。
「貴様は……」
エルドラの視線が、私を上から下へ眺め回す。
この世界では珍しいとされる黒髪は痛み、艶がない。それを肩口でバッサリと切り揃える女は、特に少ないとされる。どこかの地域では、髪を切ると悪運を呼び寄せるなんていう迷信もあるのだとか。なので、男も髪を伸ばし、バンダナや兜などに仕舞い込んでいる。
高校では平均的だった百六十センチメートルという身長も、この世界ではチビに分類される。種族や地域にもよるが、女はだいたい百八十、男は二百が平均らしい。
薄い胸に、薄い尻。細身な体は探索を有利にするが、世話好きな性格の持ち主からすると餓死寸前に見えるそうだ。これでも、魔王討伐前より体格は良くなったんだけどなあ。多分、この幸の薄そうな顔と死んだ魚のような目が第一印象を強めるんだろうなあ。
「貴様は……なんというか変わらんな。その阿保そうな言動と、貧乏そうな見た目含めて」
「ん、そうかな?」
改めて自分の装いを見直してみる。
深い墨色のジャケットは、体にフィットするように仕立てた。いくつかのポケットには探索に必要な小道具が仕舞われている。胸元を紐で結び、呼吸に支障のない範囲で服を固定している。
ジャケットの下には艶のない黒のインナーと同じ色のズボン。ズボンには内側と膝部分に補強が入っていて、高い所へ飛んだり、スライディング時の怪我を防いでくれる。ベルトには鍵開けに使うロックピックや、小さなナイフなどが布に包まれて吊り下がっている。
底の薄い魔物革のブーツに、指抜きされた手首までのグローブ。
魔王討伐の旅路での旅装に比べて遥かに華美な服や貴金属を纏うエルドラからすれば、当時とまったく服の系統に変化のない私は新鮮さに欠けるだろう。
「そういうエルドラは、魔法学園の特別講師に相応しいファッションだね。あ、その耳のアクセ、もしかして……」
エルドラの耳を飾る貴金属のイヤーカフに目が留まる。揺れる飾り部分に嵌め込まれた、鮮血のように赤い宝石の表面には、銀色の粒子が渦模様を描いている。その宝石には見覚えがあった。
「貴様が押し付けてきた魔法石を活用して何が悪い?」
ぎろりと睨みつけてくるエルドラ。
私は意味がわからず首を傾げる。
「君にあげたんだから、君がどう使おうと君の勝手じゃないの? あげた時に売るって言ってたから、てっきり売ったのかと思ったんだけど」
エルドラは口を噤むと、ギリギリと歯軋りをして私を睨みつけてきた。
この通り、エルドラは気難しい性格をしている。扱い方が未だによく分からない。
気まずい沈黙に、作業中の鑑定士が困惑した表情で私の様子を窺っているのが視界の端で見えた。まだ鑑定は終わらないらしい。
「……ま、いいけどさ。それより、私に何か用があるんでしょ。今、手が空いてるから手伝えるよ。何すればいいの?」
エルドラの歯軋りがピタリと留まる。
彼が誰かの元を訪れる時は、大体が警告だったり、頼み事がある場合が多い。たまに、本当に何がしたいのかわからないけど来訪してくる事もあるが……私以外に経験ないらしいけど。
「まったく、嘆かわしい。貴様は俺を取り巻く環境について何も知らんのか。あの凡夫な勇者ですら把握しているというのに、まったく貴様ときたら……ああ、嘆かわしい。実に嘆かわしいぞ!」
うーん、まったく分からん。
エルドラは何が言いたいんだ?
多分、私に何かを手伝って欲しいんだと思う。魔物の討伐だとか、欲しい素材は依頼という形でやり取りしていたのに、何故か今回は本題に入るまでが長い。
「そうか、そうか。そんなに大変な事になってるのか。これまで気付かなくてごめんな。それで私は何をすればいいのかな」
にこにこしながら椅子に座るよう促す。
エルドラは当然とばかりに顎を突き上げ、鼻息荒く椅子に腰掛け、尊大にふんぞり返り、収納魔術で異空間からティーセットを取り出す。
香りから察するに、王室御用達の茶葉を使っているようだ。エルドラは拘りが強い。手慣れた様子でエルドラは懐からオブラートに包んだ粉を紅茶の中に注ぎ、私に差し出す。
差し出されたティーカップを受け取って口をつける。仄かな甘みと柑橘系の香り。やはり香り高い紅茶は、市販で手に入るようなものではない。エルドラのおかげで、巷の紅茶では満足できなくなってしまった己に少し嫌気が差す。
「いいか、この俺に一国の王が頭を垂れて魔術の真髄、その一端でも構わないからと、我が知識を愚鈍な小僧どもに講釈してほしいを頼み込んできたというのに、肝心な小僧どもは俺の手に会えんほどに愚かで救いようがない。俺の精神的な我慢も限界を迎えつつある。早急にどうにかせねばならん。こういう調整は貴様の役目だろう?」
「そうだっけ?」
「そうだ」
「そうかな……そうかも……」
調整が私の役割だった事があるだろうか?
魔王討伐での旅路を思い出し、勇者に振り回され、エルドラに振り回され、魔王や魔王軍に振り回されていた苦い過去が蘇る。そして、当時の関係者たちに『なんとかしてくれて本当にありがとうございます!』と感謝された記憶に辿り着いた。
調整していたのかもしれない、無自覚に。
「というわけで、貴様はこれから俺と共に魔法学園で講師となる。学園から払われる給料の他に、この俺が特別に報酬を用意してやろう」
「わーい、やったー!」
「うれしかろう、うれしかろう」
不機嫌だったエルドラの表情が緩む。
エルドラは気難しいが、手伝った際の報酬はどの依頼よりも気前がいい。特別な魔術を教えてくれたり、独自の魔道具を作ってくれたりするからだ。
「まずは、俺の関係者であることを証明する為にコレを渡しておく。これは備品だから、くれぐれも紛失しないように」
エルドラから手渡されたものは二つ。
一つめは彼が身につけるイヤーカフと同じもの。しかし、あしらわれている宝石は青の宝石に金色の渦模様。対照的な色合いのアクセサリーだ。
もう一つは魔法の杖だ。赤い宝玉は、かつてエルドラに贈ったものより廉価版のものが使われているが、細部に施された意匠はエルドラ独自のもの。値段なんて付けられない、売却しようにも商人に断られるだろう。
これら道具の気合いの入れようから察するに、どうやらエルドラは本当に私に魔法学園の講師をやらせるつもりらしい。
「……まあ、エルドラの読みや備えが外れたことはないからなあ」
どれだけ突拍子もない事でも、エルドラが提案しているなら意味がある。魔王討伐の旅が成功したのも、エルドラの指示があったからだ。
なので、私はエルドラの事を信頼している。
しかし、盗賊に魔法学園で教鞭を執らせるのかぁ……。エルドラは良くても、他は絶対に反対するだろうなぁ。そこら辺も、まあ何かしら備えてあるのだろう。
「ここまで用意されたら断れないね。まあ、元から断るつもりもなかったけれどさ。で、いつ頃に学園へ向かえばいいの?」
「今日の午後に、学園長と国王を交えて面談を行う」
真っ直ぐな眼差しでエルドラはそう告げた。
一切の躊躇もない、無慈悲な宣告であった。
間違いであって欲しいと願うが、現実は非情である。
「今日?午後?マジで?」
「ああ。貴様、どうせ暇だろう」
「まあ、暇だけどさ……心の準備ぐらいさせて欲しいなあ」
「三十分ほどあるぞ」
アンティーク調の懐中時計を取り出し、蓋を開いて中を覗いたエルドラが淡々と答える。これでも、旅の道中よりマシになった方なのだ。以前は事前予告もナシだった。
「面談に行くような服とか手持ちにないんだけど、先方はそれでいいの?」
「たかが学園長と国王だぞ。非公式の面会を、向こうがねじ込んできたのだ。俺たちの手を煩わせておきながら、服装まで指定してくるほど恥知らずではないだろうよ。まあ、もし仮にそうであったら俺がぶちのめすだけだが」
盛大な王族不敬罪を大声でぶちかますエルドラ。ギョッとした顔でこちらを見る冒険者たちは、私が知る限り熟練かつ寡黙な面子。いかに場数を踏んだ冒険者であれども、公共の場で大声で王族不敬罪をかます者を生まれてこの方見た事がないのだろう。
私には、慣れてしまった光景なのだが。
「あ〜はは……」
呆れて笑う私を、ギルドの鑑定士は化け物を見るような目で見ていた。そんなにドン引きしないで欲しい。私はまだ何も言ってないよ。
さて、時間も押していることだし、冒険者ギルドでの用をさっさと済ませてしまおう。
青ざめた顔の鑑定士を呼び出し、素材の売却を終えた私は報酬を片手にエルドラの転移魔術で面談に向かうのだった。




