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第94話 選ばないことは、選ばれている

朝の麦猫堂は、いつもより少し騒がしかった。


「今日も売り切れそうだね」

「例の噂、聞いたよ。連合の催事に声がかかったんだって?」


客の何気ない会話が、

鋭い棘のように耳に刺さる。


(まだ……何も決めてないのに)


エリはパンを並べながら、視線を落とした。


   ◇ ◇ ◇


昼前。

店の外が、ざわついた。


「来たぞ」

「連合の人間だ」


低い声が走る。


扉を開けて入ってきたのは、

商人連合の記章を胸に付けた男だった。


「失礼」


落ち着いた声。

だが、視線は店内を一巡し、逃がさない。


「麦猫堂の責任者は?」


「私だよ」

ハンナが前に出る。


「準会員エリに、連絡があって来た」


エリの胸が、きゅっと縮む。


「……私です」


男は、書類を一枚差し出した。


「催事について、進捗確認だ。

 回答期限が近づいている」


「まだ……考えさせていただいています」


「承知している」


だが、男は続けた。


「ただし、これは注意喚起だ」


店内の空気が、ぴんと張る。


「参加を見送る場合でも、

 一定期間は行動を制限してもらう」


「制限……?」


「連合名義で注目を集めている以上、

 自由行動は他の会員に影響を与える」


選ばないことが、

すでに選択として扱われている。


その現実が、はっきりと突きつけられた。


   ◇ ◇ ◇


男が去ったあと、

店内はしばらく静まり返った。


「……つまりさ」

ハンナが低く言う。

「何もしないってのも、許されない立場になったってことだ」


エリは唇を噛んだ。


「私……ただ、急がずに考えたかっただけなのに」


「分かるよ」

ハンナは頷く。

「でも、外から見りゃ、あんたはもう渦の中だ」


   ◇ ◇ ◇


夕方。

パンを売り終えた帰り道。


人通りの多い通りで、

エリは視線を感じた。


振り返ると、

建物の影に、あのフードの人物が立っている。


逃げない。

だが、近づきもしない。


(……見られてる)


その距離感が、余計に不気味だった。


セシルが、静かに一歩前に出る。


「ここから先は、見届けるだけでは済まなくなります」


影は、何も言わずに背を向けた。


だが、その一瞬。


確かに、目的の色を帯びた視線が、

エリに向けられていた。


   ◇ ◇ ◇


夜。

帳簿を閉じたあと、エリは小さく呟いた。


「セシル……私」

「はい」


「選ばないって、楽なことだと思ってた」


「ええ」


「でも……今は違う。

 選ばないことで、周りが動く」


セシルは、静かに頷いた。


「その通りです。

 あなたはもう、舞台の外にはいません」


エリは、深く息を吸った。


(逃げない。

 でも、焦らない)


その二つを同時に抱える覚悟が、

今、必要なのだと分かっていた。


   ◇ ◇ ◇


本日の収支記録

項目 内容 金額リラ

収入 店頭販売(通常) +24

収入 店舗手伝いの取り分 +20

合計 +44


借金残高 21,874 → 21,830リラ


セシルの一口メモ


選ばないという選択は、

周囲に委ねる選択でもあります。

主導権を取り戻す覚悟が、

次の一歩を決めます。

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