第91話 問いかけの中身
第四席執務室は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
机の向こうには、監督官アーク。
その斜め後ろに立つのは、灰色の外套をまとった男だった。
年齢は四十前後。
商人というより、役人に近い雰囲気。
鋭い視線が、最初からエリを見据えている。
「座ってください」
アークの声に促され、
エリとセシルは椅子に腰を下ろした。
「本日の呼び出しは、二つの件についてです」
淡々とした口調。
感情を交えない、いつものアークだ。
「ひとつは、準会員としての進捗確認」
エリは小さく頷く。
「月間販売数、安定供給、品質管理。
いずれも基準を満たしています」
「……ありがとうございます」
「評価としては、良好です」
その言葉に、胸の奥で緊張がわずかに緩んだ。
だが――
「もうひとつは、こちらが本題です」
アークが視線を横にやる。
「彼は、商人連合の顧問調査官。
街で流れている噂と、その出所を調べています」
調査官の男が一歩前に出た。
「失礼。
あなたが、エリシア・リースフェルトですね」
「……はい」
「最近、あなたに関する噂が増えています」
「没落貴族がパン屋で成り上がっている」
「連合が特別扱いしている」
「裏に何かあるのではないか」
淡々と並べられる言葉に、
エリの胸が少しずつ重くなる。
「事実ではないものも、混ざっています」
セシルが低く言った。
「承知しています」
調査官は即座に答える。
「問題は、誰がそれを意図的に流しているかです」
アークが続けた。
「現在のところ、
貴族関係者、元使用人、商業区の一部商人が絡んでいる可能性が高い」
エリの背筋が冷えた。
(やっぱり……過去と、今が繋がってる)
「エリシア」
アークが名を呼ぶ。
「あなたに確認したい」
「はい」
「これらの噂に対し、
自ら動くつもりはありますか」
一瞬、言葉に詰まる。
(自分から……動く?)
「沈黙を貫けば、
噂は勝手に膨らみます」
「ですが、
不用意に反応すれば、
別の火種になる」
調査官が静かに補足した。
部屋の空気が、重くなる。
その中で、セシルが一歩だけ前に出た。
「彼女は、ただパンを焼き、
正当に評価されただけです」
「それは理解しています」
アークは目を伏せない。
「だからこそ、守るか、前に出るかを選ぶ必要がある」
エリは、ゆっくりと息を吸った。
(逃げないって、決めた。
でも、闘うって……どういうことだろう)
「……教えてください」
エリは顔を上げた。
「私は、どうすればいいんですか」
アークは少しだけ目を細める。
「すぐに答えを出す必要はありません」
「ただし――」
机の上に、一枚の書類が置かれた。
「次の一手は、
あなた自身が選ぶことになります」
その紙に書かれていたのは、
連合主催の催事の名だった。
(これは……)
新しい局面が、
はっきりと形を持って現れ始めていた。
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
※本日は商人連合からの呼び出し対応のため、営業収入なし
借金残高:21,916リラ(変動なし)
セシルの一口メモ
動きのない日は、停滞ではありません。
状況を見極めるための、大切な一歩です。




