表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/132

第84話 帳簿の向こう側

閉店後の麦猫堂。

昼の賑わいが嘘のように、店内は静まり返っていた。


ランプの明かりの下、

エリは帳簿を前に座っている。


(今日は……悪くない)


数字だけを見れば、安定している。

派手な跳ね上がりはないが、落ちてもいない。


それでも、視線は自然とページの余白に向かっていた。


「エリ、難しい顔だね」


ハンナが湯気の立つお茶を置く。


「ありがとうございます」

エリは一口含んでから言った。

「今日、商人連合の人が来たでしょう。

売り上げだけじゃなくて、帳簿も見ていって……」


「そりゃあ見るさ」

ハンナは肩をすくめる。

「連合が見てるのは、今日じゃないからね」


「今日じゃ……ない?」


「続くかどうかだよ」

ハンナは帳簿を指で軽く叩いた。

「一日良くても意味はない。

でも、地味でも崩れなければ、それは信用になる」


エリは帳簿に視線を戻す。


売上。

仕入れ。

人手。

無理のない量。


(数字って……冷たいだけじゃない)


そこには、自分たちの動きが全部残っている。


   ◇ ◇ ◇


「エリ」


セシルが静かに声をかけた。


「帳簿、もう一度整理してみましょう」


「え、今から?」


「はい。

今日の数字自体は問題ありません。

ですが、見る側の視点で整える必要があります」


セシルは紙を取り出し、簡単な線を引いた。


「ここです。

店頭販売と納品分が、同じ列に並んでいる」


「……あ、ほんとだ」


「エリたちには分かります。

ですが、第三者には少し読みづらい」


言われてみれば、その通りだった。


「評価する側は、現場を知らない者も多い。

だからこそ、帳簿は言葉の代わりになります」


「帳簿が……?」


「ええ。

誠実さを示す書類です」


エリは、紙の上の数字を見つめ直した。


(私たち、ちゃんと誠実にやってる)


胸の奥で、小さく何かが整う感覚があった。


   ◇ ◇ ◇


帳簿を整理し終えた頃、

エリはふと顔を上げた。


「セシル」


「はい」


「評価されるって……

怖いだけじゃないね」


「そうですね」


「見られる分、自分たちのやり方を

ちゃんと説明できるってことだもんね」


セシルは、わずかに頷いた。


「エリは、すでに説明できています。

あとは、続けるだけです」


「続ける……」


「はい。

それが一番、難しくて、強い」


エリは帳簿を閉じた。


(私は、パンを焼くだけの人じゃない)


売る。

守る。

続ける。


その全部を、少しずつ担っている。


「……明日も、ちゃんとやろう」


「ええ。

明日も、いつも通りに」


二人の言葉は重ならなかったが、

向いている先は同じだった。


ランプの明かりの下、

帳簿は静かに閉じられた。


本日の収支記録


項目 内容 金額リラ

収入 店頭販売(通常) +25

収入 店舗手伝いの取り分 +20

合計 +45


借金残高:22,576 → 22,531リラ


セシルの一口メモ


数字は結果ですが、

帳簿は姿勢を映します。

誠実に積まれた記録は、必ず力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ