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第68話 揺らぐ噂の中で

昼過ぎの麦猫堂は、店内にふわりと甘い香りが満ちていた。

けれど今日の空気は、どこか落ち着かない。


「はい、お待たせしました。陽だまりパンです」


エリが笑顔でパンを渡すと、客は嬉しそうに受け取った――

が、その足で隣の客とひそひそ話し始める。


「パンの娘って、どこの出身なんだろうね」

「最近よく噂になるよな。前は何してたんだろうって」


エリの手が、ほんのわずかに止まった。


(……また、出自のことを)


胸の奥に小さな痛みが刺さる。


最近の街では、クレアル家への納品をきっかけに噂が広がった。

いい噂もあれば、余計な憶測も増えていく。


「エリ、大丈夫かい?」


ハンナの声で我に返った。


「う、うん……大丈夫」


「気にするこたないよ。噂なんて勝手に育つもんだ」


ハンナは軽く笑う。

だがエリの胸のざわつきは、簡単には消えなかった。


(どこから、噂が……

 誰が、何を……)


昨日の影とガレドの言葉が、頭の隅をちらつく。


「エリ、休憩にしましょう」


すぐ近くにいたセシルが声をかけた。


「……ありがとう」


エリは奥の席に腰を下ろし、深く息を吐いた。


「……また噂、広がってるね」


「はい。しかし、心配する必要はありません」


静かに言いながらも、セシルの目にはわずかな警戒がある。


(セシルも……気づいているんだ)


「エリ。噂の広がり方が急すぎます。自然ではありません」


「……誰かが、広めてる?」


「その可能性が高い。昨日のガレドの話もある。

 そして影――」


セシルの言葉が途中で途切れた。


その瞳が鋭く動く。


「エリ、下がってください」


「え……?」


店の外に、近づいてくる足音。

エリの胸がどくんと大きく脈を打つ。


扉が開いた。


「やあ、やっぱりここにいたか」


姿を現したのは――ガレドだった。


けれど、その表情は以前よりも険しい。


「ガレド……?」


「少し話がある」


セシルが前に出る。


「用件を聞きましょう」


「まあ待て。敵じゃねえよ」


ガレドは軽く手を上げた。


「エリシア。少し耳を貸せ」


エリはセシルの横から一歩も動かない。


「ここで言って」


「……いいだろう」


ガレドの目がエリを射抜く。


「お前の出自に興味を持ってる連中が動き始めてる。

 昨日の影だけじゃねえ。もう数人だ」


「っ……!」


「どうして……?」


「知らねえよ。ただ一つ言えるのは――

 お前の過去に金になる価値があると考える奴がいるってことだ」


冷たい沈黙が落ちた。


エリの手が膝の上で強く握られる。


(私の……過去が……?)


セシルが低く言う。


「ガレド。その情報源は確かですか」


「ああ。俺の目的に必要だから、エリシアに関する情報は押さえておきたい。

 そのついでに教えてやってるだけだ」


「……恩を売りに来た、ということですね」


「ご名答」


ガレドは薄く笑ったが、その目は笑っていなかった。


(私……どうなるの……)


胸の奥に小さな恐怖が広がる。


ガレドはふっと視線をそらし、言い捨てた。


「今日は警告だ。次はないと思え」


そう言って店を出ていった。


扉が閉まった瞬間、セシルが静かに息を吐く。


「エリ。大丈夫ですか」


「……うん。でも……」


「心配しなくていい。私がついている」


その言葉はいつもより力強かった。


エリは小さくうなずく。


(……怖いけど。それでも……)


胸の奥の不安と共に、

セシルの存在が、確かに支えてくれていた。


本日の収支記録

項目内容金額リラ

収入店頭販売(通常)+20

収入店舗手伝いの取り分+20

合計+40

借金残高22,560 → 22,520リラ

セシルの一口メモ


噂は、風のように形を変えながら迫ってきます。

しかし、揺さぶられても折れない芯さえあれば、必ず乗り越えられるのです。

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