第63話 胸のざわつきと、戻れない足音
ガレドが去った公園には、
風の音と、足元の落ち葉が揺れる気配だけが残されていた。
エリはしばらく何も言えず、
胸の奥で波打つ鼓動だけがやけに大きく響いていた。
「……セシル……」
声に力が入らなかった。
セシルはエリの肩に手を添え、
顔を覗き込むようにして穏やかに言う。
「戻りましょう。
ここは落ち着けません」
「……うん……」
足は重く、ひと歩きするたびに
ガレドの言葉が頭を締め付けてくる。
家は、お前を探している。
報告するかどうかは、まだ決めていない。
戻る気があるなら手助けする。
戻る気がないなら、別の金にする。
(どうして……どうして……)
考えようとすると、胸が冷たくなった。
◇ ◇ ◇
麦猫堂へ戻る道の途中。
セシルはエリを横目に見ながら言った。
「エリ。
まずは落ち着くことだけを考えなさい。
今日聞いた言葉に、すぐ結論を求める必要はありません」
「……でも、もし……
本当に家が私を……探してるなら……」
「探している理由も、目的も、わかりません。
少なくとも、誠意ある探し方ではありませんでした」
エリは歩みを止める。
「セシル……
私は……戻ったほうがいいのかな」
その問いは、か細く震えていた。
セシルはエリの前に立ち、
正面からその瞳を受け止める。
「エリ。
あなたが自分で望むのなら戻ってもいい。
しかし――」
言葉に力がこもる。
「恐れから戻る必要はありません。
あなたはあの日、逃げたのではなく……
踏み出したのです」
エリは息を呑んだ。
「踏み出した……?」
「ええ。
家はあなたの心を守ってはくれなかった。
だからこそ、あなたは自分のために歩き始めた」
セシルの声は柔らかくも、確信に満ちていた。
(私は……逃げたんじゃない……?
あのとき、必死に、生きたくて……)
胸の奥に、小さな灯がともる。
セシルが続けた。
「恐怖で心を閉ざしてしまえば、
ガレドの思うつぼです。
あなたは、あなたの道を決めていい」
「……うん……」
その言葉で、
張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。
◇ ◇ ◇
麦猫堂に戻ると、
ハンナが心配そうに飛び出してきた。
「おや、どこ行ってたんだい。
エリ……顔色が悪いよ!」
「だ、大丈夫……ちょっと風に当たっただけで……」
ハンナは眉を寄せる。
「嘘おっしゃい!
ほら、座りなよ。水飲みな!」
エリは苦笑しながら席についた。
(大丈夫じゃないけど……
二人がいてくれるから……大丈夫にしたい)
セシルはハンナにかすかに目で合図する。
「事情は後で説明します。
ただ、今は」
「わかってるよ。
エリを休ませるのが先だね」
その気遣いが胸にしみた。
◇ ◇ ◇
少し休んで呼吸が整ったころ。
エリはそっとセシルに聞いた。
「ねえ……
もしまたガレドが来たら……どうする?」
セシルは迷いなく答える。
「来させません。
来たとしても、あなたには触れさせません」
その強い言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
(私は一人じゃない……
怖いけど……ちゃんと、今の場所に立ってる)
エリは小さく息を吸い、
自分の胸にそっと手を置いた。
「……ありがとう、セシル。
もう少しだけ……強くなりたい」
「強くなっていますよ。
自分でそう言えることが、何よりの証です」
エリはかすかに笑った。
不安の影はまだ残っている。
けれど、その中でも歩ける気がした。
今日はただ、
自分の足で立っていることを確かめる日だった。
本日の収支記録
項目内容金額
収入店頭販売(通常)+20
収入店舗手伝いの取り分+20
合計+40
借金残高22,540 → 22,500リラ
セシルの一口メモ
恐れは消すものではありません。
抱えながら歩けるようになった時、
それはあなたの力になります。




