表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/132

第55話 届いた招待状と、胸に走る予感

翌日の昼下がり。

麦猫堂の厨房には、焼き上がったばかりの陽だまりパンの香りが満ちていた。


「うん、今日もいい焼きだよ」

ハンナが満足げに頷く。


「よかった……昨日よりも生地が扱いやすくて」


「エリは日に日に手際がよくなってる。嬉しいことだねえ」


エリは照れたように微笑んだ。


(ここにいることが、だんだん自然になってきた)


その気持ちは、ほんの少しだけ誇らしかった。


   ◇ ◇ ◇


店先で客を見送り、エリが厨房へ戻った時だった。


「エリさん。お届けものです」

アンナが店先に立っていた。


「アンナさん!? どうして……」


「本日は奥様からの伝言がございまして。

 その……こちらを」


差し出された封筒は、淡い金色の縁取りが施された上質な紙。

クレアル邸の紋章が押されている。


「え……私宛て……?」


「はい。奥様が、ぜひ直接お渡しするようにとのことです」


エリは胸がざわつくのを感じながら、封を開いた。


中には、丁寧な筆跡の手紙。


 ――陽だまりパンの味と、あなたの姿勢に深い感銘を受けました。

 ――つきましては、三日後の昼食の席にお招きしたく存じます。

 ――あなたのお話を、少し聞かせていただければ幸いです。


「……え、昼食……?」


「奥様は、エリさんとゆっくりお話ししたいのだそうです」


「わ、私なんかが……奥様の食事に……?」


エリは混乱のあまり、セシルのほうを振り返った。


セシルは一瞬だけ目を細め、すぐに落ち着いた声で言う。


「断る理由はありません。

 むしろ……受けるべきでしょう」


「でも……私、貴族じゃないし……

 ちゃんと話せるかどうかも……」


「話せます。今のエリなら」


「本当に……?」


「本当です」


その静かな自信に満ちた言葉が、エリの胸を温かくした。


   ◇ ◇ ◇


アンナは深く一礼し、屋敷へ戻っていった。

店には、しばし沈黙が落ちた。


「すごいじゃないか、エリ!」

ハンナが声を弾ませる。


「まさか奥様に招待されるなんてねえ!

 いやあ、あんたはどんどん出世してくよ!」


「出世って……そんな、そんな大げさですよ……」


エリは必死で言うが、顔は真っ赤だった。


(でも……少しだけ、嬉しい

 あの奥様に選ばれたって思うと……)


しかし嬉しさの奥に、

昨日の影のざわめきがわずかに残っていた。


(……大丈夫だよね。

 クレアル邸なら安全だし……)


そう思いかけた時、


「エリ」

セシルがそっと声をかけた。


「昼食会の日、私も同行します」


「えっ……でも……」


「何が起こるかわかりません。

 あの影が偶然で済むとは限らない」


エリの心臓が強く跳ねる。


「……怖いけど……でも……行くよ。

 呼んでくれたのに、逃げるのは違うと思う」


「はい。その決断は間違っていません」


セシルの言葉は、まるで盾のように心を支えた。


   ◇ ◇ ◇


夕暮れ。

麦猫堂の窓に赤い光が差し込む。


エリはそっと護符の袋を握った。


(三日後……クレアル邸で昼食。

 どんな話をされるんだろう)


期待と不安が、静かに胸の中で混ざり合う。


(でも……行く。

 セシルが隣にいてくれるなら……大丈夫)


エリはゆっくりと息を吸い込み、

明日に向けて小さく決意を固めた。


   ◇ ◇ ◇


本日の収支記録

項目 内容 金額リラ

収入 店頭販売(通常) +24

収入 店舗手伝いの取り分 +20

合計     +44

借金残高 22,593 → 22,549リラ


セシルの一口メモ

招かれる席ほど、慎重であるべきです。

しかし怖れる必要はありません。

準備を整え、堂々と向かえばよいのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ