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第40話 準会員としての第一歩

三日間の販売勝負が終わった翌朝。

 体の疲労はまだ残っているはずなのに、

 胸の奥には小さな灯りのようなものが揺れていた。


(今日から……新しい段階が始まるんだ)


「エリ、顔色がいいね」

 ハンナがパン生地を打ちながら笑う。


「はい。緊張もあるんですけど……でも前ほど怖くないです」


「それが成長ってやつだよ。

 準会員になったってことは、陽だまりパンの看板も、

 エリの名前も、もう小さな店だけのものじゃなくなるんだ」


 その言葉に胸がきゅっと締め付けられる。

 でもどこか誇らしい。


(私……大きな場所に出ていくんだ)


   ◇ ◇ ◇


 午前の仕込みを終え、

 焼き立ての香りが店に満ちた頃。


 トントン、と扉が軽く叩かれた。


「エリシア様に、商人連合第四席より書状です」


「アークさんから……?」


 文官から受け取った濃紺の封筒は

 見覚えのある重厚さを持っていた。


 封を切り、紙を広げた瞬間――

 息が止まる。


 ――準会員第一段階課題

   陽だまりパンの安定供給

   週五日以上の販売

   月間販売数:三百個以上


「さんびゃ……」


「三百個?」

 ハンナが目を丸くする。


「む、無理ですよ……!

 三日で百五十以上売ったのは……あれはもう限界で……!」


 昨日まで五十という壁に必死だったのだ。

 それを一か月で三百。


 喉が乾く。


「まだあるよ」

 ハンナが二枚目の紙を示す。


 ――商品情報の書面化

   製造工程の記録

   店舗外販売の許可申請


(ぜ……全部やるの?)


 膝が少し震えた。


   ◇ ◇ ◇


「反応が静かですね」


 低い声が背後から落ちた。


 アークが、いつの間にか店の奥に立っていた。


「びっくりするじゃないですか……!」


「扉は開いていましたよ。

 商人連合の監督官は、現場をよく観察するのも仕事ですから」


 さらりとした口調なのに、

 その場にいるだけで空気が変わるような存在感があった。


「三百個……難しいです」


「難しいでしょう。

 しかし連合は、容易な者だけを準会員にするほど甘くはない」


 淡々とした言葉が、逆に重みを帯びる。


「ただし、三百は絶対数ではなく指標です。

 日によって二十でも四十でも、ゼロでも構わない。

 積み上げた先が三百であれば、それでいい」


「積み上げ……」


「昨日までの三日間で、あなたは百五十以上を売った。

 偶然ではない数字を示したのです。

 あとは継続だけですよ」


 アークの声に、

 ほんの少しだけ温度のようなものが混ざった。


「不可能ではありません。

 あなたなら、という意味です」


「……やってみます」


「やってみる、では弱い」


 アークは軽く一歩近づく。


「成すのです。

 未来を掴むのは、あなた自身だ」


 その言葉は、まるで胸の奥に直接落ちるようだった。


   ◇ ◇ ◇


 アークが去ったあと、店に静けさが戻る。


「三百個……できる気がしない……」

 思わず漏らすと、


「できます」


 セシルが迷いなく言い切った。


「エリは三日間で百五十以上を売り切りました。

 昨日より今日、今日より明日、確実に成長しています」


「セシル……」


「数字は積み上げれば力になります。

 エリが歩くなら、私はその道を整えます。

 共に三百を越えましょう」


 その静かな声に、

 震えていた心がゆっくりと落ち着いていく。


(できるかどうかじゃない。やるんだ)


「はい。私、やります」


「ええ。エリならできます」


 その言葉だけで、また一歩進める気がした。


   ◇ ◇ ◇


本日の収支記録

項目内容金額リラ

収入通常営業の日給+25

収入陽だまりパン指名販売(少量)+10

合計+35

借金残高23,118 → 23,083リラ


セシルの一口メモ

数字は道標です。

迷わず進めば、必ず辿り着けます。

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