第39話 三日目・決着
三日目の夕刻が近づいていた。
籠の中には、まだ十個近くの陽だまりパンが残っている。
足は重く、声も掠れ、腕もしびれてきた。
(でも……あと少し……あと少しなんだ)
焦りではなく、今はただ一歩一歩を噛みしめるように進む。
◇ ◇ ◇
「陽だまりパンです。焼きたてです!」
声を張り上げた時。
「お嬢ちゃん、昨日のパン、美味しかったよ!」
市場で出会った主婦が手を振ってくれた。
「今日も買ってくれますか」
「もちろん。三つちょうだい」
「ありがとうございます!」
籠が少し軽くなる。
その流れに呼ばれるように、
農夫、荷車引き、子ども、旅商人――
小さな輪が広がっていく。
(昨日より……人の顔がちゃんと見える)
一生懸命な声だけではなく、
心を込めて向き合うことが、やっとできていた。
◇ ◇ ◇
陽が落ち始めた頃。
あと三つ。
(もう少し……!)
そこへ。
「エリ嬢ちゃん!
広場移動の前に寄ったけど、まだ残ってるかい」
「ベンさん!」
警備服の胸元が汗で濡れていた。
急いで駆けてきてくれたらしい。
「三つ、くれ。
仲間に配ってやりたい」
「はい、ありがとうございます!」
最後の三つが手渡される。
籠の底が、空になった。
「やった……」
思わず、その場にへたり込みそうになる。
(売れた……ちゃんと、全部売れた……!)
胸の奥が熱くなる。
涙がにじむ。
「よくやりました、エリ」
背後から静かな声が落ちた。
振り向くと、セシルが穏やかな笑みを浮かべていた。
「エリは最後まで走り切った。
誇っていい成果です」
「……セシル」
言葉にならず、胸がきゅっと詰まる。
◇ ◇ ◇
「ふむ、なるほど。
確かに……売り切ったようだな」
響く涼やかな声。
振り向けば、アークが立っていた。
「監督官さん……!」
「報告用に市場を見て回っていた。
売り場の痕跡も、客の声も確認した。
三日間の数字は、合格水準だ」
「本当に……?」
「ただし」
アークは表情ひとつ変えず言い放った。
「準会員は通過点に過ぎん。
これで終わりではない。
むしろここからが本番だ」
「……はい!」
胸の奥から自然と声が出た。
怖さではなく、力が湧くような声。
「その意気だ。
次は、販売の継続性と支持の獲得。
数字が偶然でなかったことを証明してもらう」
「やってみせます」
アークは小さく頷き、去っていった。
◇ ◇ ◇
「エリ」
セシルが寄り添う。
「今日の数字は、エリの努力の証です。
焦りでも恐怖でもなく……確かな成長でした」
「うん。
私、やっと見えた気がする。
数字って……怖いだけじゃない」
「その通りです。
エリと共に積み重ねれば、数字は味方になります」
彼の言葉が、夕暮れの空気に溶けた。
(私……ここから、強くなれる)
胸の奥で、静かだけれど確かな火が灯っていた。
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
項目内容金額
収入陽だまりパン販売(出張三日目・売り切り)+50
収入通常営業取り分(少量)+8
合計+58
借金残高23,176 → 23,118リラ
セシルの一口メモ
数字は積み重なるたびに、武器へと変わります。
エリならきっと扱いこなせます。




